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冥界のハルト  作者: にひけそい
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 《イーリアの沼地》、その近辺にある丘陵地帯。

 背の短い草の他には痩せ細った木が点在するだけのそこでハルトは何体目とも知れぬ魔物にとどめを刺した。

 青白い光ーー《アルマ》が魔物の死体からハルトの身体に入り、胸の辺りが熱くなるのを感じる。

 アイビ曰く、《アルマ》はこの世界に於ける『力』全ての源だという。

 筋力、精神力、生命力、その他にもありとあらゆる『力』は全て、《アルマ》から生じており、それの持ち主が殺されれば《アルマ》は元の持ち主を離れ、その者を殺した者へと受け継がれていくのだ。

 動く死体といった様相の魔物を殺した影響で、ドス黒い血や肉片で汚れてしまった剣をその辺のぼろ切れで拭いながら周囲を警戒していると。

 

 「・・・まだいたか」


 動く死体ゾンビや、レイス、近くの木に寄り添って動かなかった筈の骨に、腐肉を漁る狼など、何処から現れたのか大量の魔物に周囲を囲まれていた。

 かつてのハルトであれば絶体絶命の状況であったが、彼は余裕そうに手に持った剣を構え直すと、群勢の中に自ら飛び込んだ。

 

 「ハァッ!!」


 振り下ろした両断の一撃で、レイスと数匹のスケルトンを巻き込む。

 周囲の魔物が即座に殺到するが、今のハルトにとって彼らは有象無象でしかない。


 「ッ!」


 剣先が霞むほどの速度で振り抜かれた剣の一振りで、明らかにその剣の届かぬ範囲に居た魔物すらも一掃する。

 地面に転がる骨、飛び散る肉片、そして一度に流れ込んでくる大量の《アニマ》。

 その後、ハルトは見通しの良くなった辺りを見渡して、周囲に他の魔物が居ない事を確認、今度こそ剣をしまうと、あの老婆に報告をするべく、町の方へと足を向ける。


 この世界で目覚めてから一ヶ月、ハルトは漸くこの世界に慣れ始めていた。



 「そろそろ、教えることも無くなったね。それに、あんたも一人で仕事が出来る程度には強くなっただろう」


 老婆の家にて、ハーブティーに口をつけながらハルトの報告を聞いていた老婆がそんな事を口走った。

 驚いたように、無い目を見張るような動作をハルトがすると、愉快そうに彼女は笑う。


 「当たり前だろう?元からそう言っていた筈だよ。ま、流石にこのまま放置する訳じゃ無いから安心しな」

 「あんたの冗談は区別がつかない」

 「ハッ、褒め言葉だね。付いてきな」


 そう言って、アイビが案内したのは街の中央に建てられた巨大な屋敷であった。

 灰色、というよりは藍色に近い色合いをした石造りのそこは、入り口の前に作られた門の前に甲冑の騎士が立っており、やたらと物々しい。

 常に霧が立ち込める暗澹とした、おおよそ活気という物とは縁遠い街の中でも、一際不気味な雰囲気だ。


 「ここは《グレイプレイス》。住居や職の斡旋を主な業務としている場所だよ。この街に住むなら何度も訪れる場所だからね、覚えておきな」

 

 内部はアーチ状に作られた石柱に等間隔にランタンが並べられ、奥の方に数人の人影が並んでいる。

 その内の一人、灰色の髪を無造作に垂らした女性にアイビが声をかけると、彼女は無表情のままハルトの方を見てきた。


 「ようこそ、グレイプレイスへ。何か御用でしょうか?」


 氷のよう、とでも言うべきだろうか。

 恐ろしい程に抑揚の無い声、全く動かない表情、真っ白な肌も相まってどうにも人と話しているとは思えない。

 思わずたじろいでいると、アイビが肋骨を叩いてきた。


 「あっと・・・職と住居を斡旋してほしい」

 「分かりました。お名前は?」

 「ハルトだ」

 「はい・・・現在、担い手の居ない職はこの三つとなっております」


 差し出された三枚の用紙にはそれぞれ、ロストターミナルの受付人、生者の案内人、フォルトステア森林の守護と書かれている。

 さっぱり分からずにアイビへと視線をやるが、彼女はそこに関与する気はないらしく、何も言ってはくれない。


 「内容は?」

 

 とりあえず尋ねてみると、受付嬢はまるで何を言っているか分からないといった具合に首を傾げる。


 「内容・・・ですか?」

 「まさか、分からないのか?」

 

 その反応に少しイラついたような声音になってしまったのを自覚して、訂正するべきかと迷うが、結果としてその必要は無かった。


 「いえ、そのような事を気にする方はこの世界には居なかったもので、返答に窮してしまいました」


 彼女が全く気にした様子も無く、無表情のままにそう言ってのけた為だ。



 

 「あんまり気にしない方が良いよ」


 《グレイプレイス》を出て、最初にアイビはそう言った。

 ハルトが続きを促すように目をやる。


 「ここで人らしい性格を維持できているのは、殆ど居ない。普通はただ、与えられた仕事を機械的にこなし続けるだけなのさ」

 「それは・・・」

 「どうせ、それを気にする心も持ち合わせちゃいない。哀れみも憐憫も、何の意味も有りはしないよ」


 言われて、『フォルトステア森林の守護』と書かれた用紙を見る。

 聞いた内容としては森林内への侵入者の駆除、兼魔物の討伐であった。


 「・・・そういえば、ここに来た奴って人の姿のままのもいるんだな」


 ふと、ハルトが尋ねる。

 これは初めて受付嬢を見た時から思っていた事だ。ここに来てから、まともに姿を見たのが、アイビと自分自身のみ、かたや蜥蜴頭の老婆でかたや骸骨だったので、初めて見た人の姿は少し感じるところもあった。

 しかし、そんなハルトの考えを読んだのか、アイビは心外そうな表情で答える。


 「あんたみたいなのと一緒にすんじゃないよ。私だって元は人間の姿だったんだ。異業の連中は好んでそういう容姿に変えているだけで、あんたみたいな、最初っからその姿ってのは珍しい」

 「・・・あんたもそうなのか?」

 「私は・・・どうなのかね」


 いつだって切り裂くような鋭い言葉を口にする彼女にしては珍しく、言い淀んだ言葉は歯切れが悪く、最後の言葉は己自身に問い掛けるようだった。

 もう一度問い掛ける事はハルト自身でも躊躇われて、何より、何となくだが、その問い掛けに彼女は答えられないのだとわかってしまう。

 

 「そうか」


 だから、それ以上は踏み込まない。

 彼女から視線を切って、提示されたハルトの家の住所へと向かう。

 霧を被った陰気な街は日が昇っているというのに日の暮れ程に暗いが、霧の向こうに覗く人影は随分と多く、黙って歩いていると絶え間の無い足音が嫌に不気味だ。

 無言になってからどれ程経っただろうか、長いようで、意外と短いその時間は唐突に終わる。


 「ここだね」


 アイビが指を指したのは五階建ての石造りの建造物、木製のドアには黒のドアノブが付けられており、開けると鈍い鈴の音が響いた。


 「何号室だ?」

 「・・・二一七」

 「二階だね」


 言葉少なく答えて二階への階段を登るアイビに続く。

 窓の外から入る灰色の光と、埃を被ったランタンを光源とした廊下は昼だというのに薄暗いが、足元も見えぬ程では無い。

 時折見える観葉植物はどれも枯れてこそいないがしなっており、やけにそれと建物の内装がマッチしていた。

 二一六号室の右隣、二階の中では最も右側に位置するその部屋の扉に鍵を差し込んで回すと、やけに重たい解錠音、ドアを押せば予想外に重たい感触がある。

 

 「っ」

 「きゃっ」


 少し力を込めて押し込むが、ドアは少しズレただけで、代わりに何かを引きずるような音と同時に甲高い声。

 ハルトが周囲を見回すが、廊下に居るのはアイビとハルトだけで、この面子が先程のような可愛らしい声を出す訳もない。

 直ぐに中に誰かが居るのだと判断して、ハルトが無理矢理扉を開けようとした瞬間、何か尖った物がドアを突き破ってハルトの右目へと迫った。


 「っ!」


 咄嗟に首を捻って回避しつつ、腰に吊るした鈍でドアを斬りつけてドアを吹き飛ばす。

 木っ端微塵になったドアの残骸の向こうに覗くのは窓と簡素なベッドが置かれた部屋ーーそして、槍を構えた少女。


 「誰だ?」

 「フッ!」


 問い掛けに対する返答は槍の一閃。

 ハルトの眼窩を射抜くかと思われたそれは、しかし、別方向から加えられた力によって弾かれる。


 「余計な手出しだったかい?」

 

 アイビだ。

 彼女はニヤリと耳元まで裂けた口を歪めると、槍を弾いた杖をクルクルと回す。


 「いや、助かった」

 「そりゃどうも・・・で、誰だい?」

 「俺も知らん」


 二人して話していると、突然何かが落ちたような軽い音が響いて、二人は思わず視線をそちらの方にやる。 

 すると、そこには驚愕の表情をして、槍を取り落とした少女の姿があった。


 「アイビさん!?」

 

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