8 捜査・解決
翌日。政人は松木戸とともに三人目の被害者が勤務していた本屋へと移動した。天気は時折青空が見える曇天だった。
彼女は沼草の本屋に勤務していた。政人がいた世界では、沼草は沼草村という田圃しかない小さな村だったが、この世界では都市化が進み、家屋が多くなっていた。彼女の本屋は、四車線の大きな道路に面し、反対側は住宅街だった。
駐車場に車を停め、政人はスタッフ専用出入口の前から、当時の彼女の行動を想像してみた。
「彼女はいつも、どのように帰るんですか?」
「はい。仲の良い同僚の話ですと、原チャリに乗って帰るそうです。彼女の家は、少し遠くて、原チャリで約15分だそうです」
「なるほど。それじゃあ、当日も原チャリに乗って、帰ったんですね?」
「それが、当日は雨が降っていて、彼女は徒歩で職場まで来たそうです」
「雨が降っていた?」
「はい」
思案顔で遠くを眺めた。
「帰りは夜の10時でしたっけ?」
「はい」
「それで雨が降っている……」
政人はしばらくその場に留まって、当時の被害者の心情を想像してみる。しばしの沈黙の後、政人は言った。
「被害者がどんな経路で家に帰るかは、調べていますか?」
「ええ」
「教えてもらってもいいですか?」
「もちろん。徒歩で行きますか? それとも、車で?」
「時間を節約するために車で行きましょう」
政人は被害者の家までのルートを眺めながら、松木戸に質問する。
「当日、彼女は徒歩で帰ったんでしょうか?」
「わかりません。色々聞きこみは行っているのですが、彼女の帰宅方法についてはまだ特定できていません。ただ、本屋の前にある神社の前で、被害者と思しき女性を見かけたという情報はありました。ああ、ちょうどこの辺ですね」
松木戸が車を停める。神社と言っても、住宅街の中にひっそりとたたずむ、一人くらいしか参拝できないような小さな神社だった。政人は辺りを眺め、振り返る。後部のガラスの向こうに、本屋の駐車場が見える。
「本屋からは、そんなに離れていないんですね」
「はい」
「ここから先の目撃情報はないんですよね?」
「はい。ですので、今、聞き込み中です」
政人が渋い顔になると、松木戸は申し訳なさそうに眉根をよせた。
「すみません」
「いえ、俺にとやかく言う資格はありません。情報をもらっているだけですしね。むしろ、ただ情報をもらっているだけで、申し訳ないくらいです」
「まぁ、それは私が勝手にやっていることですし。発車してもいいですか?」
「お願いします」
車が走り出し、被害者の家へのルートを進む。被害者の家の前まで来て、政人は難しい顔になる。昼間ということもあって、道は明るかったが、二人目の被害者と同様、夜なら危険そうな場所が何か所か存在していた。
「当日は、この辺も巡回が多かったんですか?」
「ええ。いつもよりは多くなっていました」
「なら、警察と遭遇するリスクがある中で、犯人はどうやって被害者をさらったのでしょうかね。松木戸さんはどう思います?」
「犯人は複数で犯行に及んでいることが考えられることから、一人が人気のない場所に待ち伏せし、被害者を襲う。そして、仲間を呼び、誘拐したと考えます。」
「当日は雨が降っていたんですよね?」
「はい。だから、より人気はなくなるんじゃないかな、と」
「なるほど。そう言えば、他の方が誘拐された日の天気ってどうなんですか?」
「全員、雨が降っていました」
「へぇ。それは結構、重要な情報かもしれませんね。他に、何か共通点とかあるんですか?」
「天気以外は、とくに今のところありません」
「そうですか」
犯行が行われた日は、雨が降っていた。この事実にどんな意味があるか、政人は考える。
「萌子さんの話をする前に、遺体現場の方を先に見ておきますか? 明るい方がいいと思うので」
「そうですね。お願いします」
それから三時間ほどかけ、遺体が遺棄されていた場所を巡った。犯人は一度遺体を遺棄した場所から、10kmほど離れた場所に遺体を遺棄するようにしていたようだ。そのため、街の端から端へと移動することになった。
「一度遺棄した場所は、警察のマークが厳しくなる。だから、警察のマークが薄いような場所を選んで、遺棄したのだと思います」
松木戸の意見に、政人も頷いた。
萌子の遺体が遺棄されていた場所へ移動する途中、政人は花屋によって、花を買ってもらった。そして萌子が遺棄されていた場所に着いて、驚く。すでに花が添えられていたからだ。
「おそらく、萌子さんを見つけた夫婦が添えたものでしょう」
「なるほど」
政人も献花して、萌子の冥福を祈ると同時に、事件解決を誓った。
軽く周辺を散策した後、街へと戻る。駅前の駐車場に車を停め、萌子が勤務していた風俗店まで行った。駅前の飲み屋街も店が多かった。多くの雑居ビルが立ち並び、小さな店が入っている。二人が行ったとき、18時になろうとしていたこともあって、活気があった。
政人は松木戸に案内されて、店の前まで移動する。萌子は小さなスナックで働いていた。
「入りますか?」
松木戸に聞かれ、政人は悩む。必要な情報はすでに松木戸が得ているから、自分が改めて聞くことはない。それに、事件が解決していない状態で、萌子のプライベートを聞きたくないと思う自分がいた。今、彼女のことを知ったら、空しさが増すだけのように思った。
「いや、聞きたいことはすでに松木戸さんが聞いてくれているみたいなんで、いいです」
「そうですか」
店の前から離れようとしたとき、「あれ? 刑事さん?」と松木戸が声を掛けられる。ホストのような出で立ちの男だった。
「ああ、どうも」
「捜査中ですか?」
「はい」
「どうです? 何かわかりましたか?」
「すみません。まだ……」
「そうですか」男は悲しそうに眉根を寄せる。「あの日、彼女はいつになく、元気だったんですよね。『友達が見つかった』って言って、笑ってました」
政人は唇を結び、目をそらした。
「だから、俺は許せないんですよね。あんな彼女を殺した卑劣な奴が。だから刑事さん。犯人の逮捕お願いします。俺、できることがあったら、協力するんで」
「はい。私も許せないという気持ちは同じです。なので、犯人逮捕に尽力したいと思います」
「よろしくお願いします」
男と別れ、二人は萌子が通ったと思われるルートを通り、駅前の大通りまで来た。駅前は人が多く、深夜の時間帯でも、それなりに人の目があることが予想された。
「萌子さんの目撃情報は、店の前以外、まだないんですもんね?」
「はい」
「でも、ここなら目撃情報もありそうですけどね」
「そうですねぇ」
「だから、ここまでの経路で誘拐するのは難しい」
政人は、ここまでの情報を整理し、犯人が被害者を誘拐した方法について考える。いくつか、方法は思いつく。しかしどれも決定打に欠ける。そこで政人は、思いついた。
「松木戸さん。難事件を解決するのに、最適な方法って知っていますか?」
「何ですか?」
「被害者になって、生き残ることですよ」
「それって」
「俺が囮になります」
政人は不敵な笑みを浮かべて言った。
✝✝✝
結論から言えば、政人の囮捜査は成功した。犯人は、最初の被害者をタクシーに乗せたタクシー運転手とその会社の人間だった。彼らはタクシー内で被害者を眠らせた後、自分たちの会社まで拉致し、そこで行為に及んでいた。政人は寝たふりをすることで、タクシー運転手を出し抜き、見事タクシー会社内への侵入に成功した。
しかし社内で、政人は予想外の事態に遭遇する。社員たちが本物のゴブリンだったのだ。彼らは人の皮を被って生活していて、行為に及ぶときは、その皮を脱ぐのだった。DNAでの特定ができなかったのは、そもそもが存在しないはずの存在だったからである。
政人はゴブリンたちに困惑しながらも、物陰に身を潜め、奇襲することでゴブリンたちを討伐した。そして、ゴブリンの死体は残ることなく消えていったため、彼らが犯人であった証拠は見つけたものの、犯人は行方不明になるという形で、この事件は終結した。
政人は萌子を殺した犯人を見つけることができて良かったと思う。しかしその犯人がモンスターであったことに驚きを隠せなかった。そして、自分のここまでの経験はすべて裏で繋がっているのではないかと考え、政人は他の事件の解決にも乗り出すのだった。
突然ですが、完結します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。