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コールオブイビルシャイン  作者: ぽこぴー
8/14

夜のサーカス(2)

『レーディース&ジェントルメン! 今宵も摩訶不思議奇々怪々。幻想と現実の境界へ、ようこそ!!』


わああああああああああああああああ!!!!!


 高らかな少女の声が会場に響き渡る。席に座る観客達の歓声が一気に場を飲み込んだ。

 中央の広場を包むように円状に設置された観客席には、様々な者達の姿がある。



 冒険者、親子、夫婦、騎士団数名、エルフ――数百人が歓喜の声を上げていた。

 満員の客席を一望すると少女は満足げに深くお辞儀をする。


『今宵も楽しい時間の幕開け! 熱くなる心! 大人から子供! 皆々様を長い夜の宴が歓迎致します!!』


 天を仰ぎ、少女は宣言する。彼女の言葉に観客は喝采と拍手を送った。

 白い仮面を被り、赤と黒で彩られた丈の短いドレスを着用する少女は、衣服と同色の髪を持っている。

 黒のブーツをカツンと鳴らし、少女は更に話を続けた。


『申し遅れました。今夜、皆様を不思議の国へ案内しますは、おどけた声が特徴的! このチシャ旅団団長、アリス・クローバー・セプテムスこと、オクトーバーが務めさせていただきます! どうぞよしなに!』


 少女――オクトーバーは深々と頭を客席へ下げる。

 それが、前座の区切りだったのだろう。

 彼女の挨拶を合図に、室内の明かりが一斉に消滅する。


「うわ! 何が始まるんでしょうか!?」

「さあ? というか、アイリス座りなさい。後ろの人が凄い睨んでいるわよ」

「あっ、す、すみません」


 初めて体験する出来事にアイリスははしゃぐ。

 イビルシャインは、そんな彼女を横目に会場を凝視していた。

 そして――。


『ではでは、おまちまね。ショウタイムの時間です! 皆様どうかお楽しみを――』


 暗転。会場に小さな光が当てられた。

 誰の姿も確認できない舞台に、観客の視線は釘付けだった。


「何が始まるんですかね!?」

「だから落ち着きなさい」


 アイリスは高鳴る鼓動を抑えきれないでいた。

 期待に満ちた瞳で、身を乗り出している。

 そして何処からともなく再びオクトーバーの声が響いた。


『では、初めは恐ろしい魔獣による曲芸をご覧ください!』


 その言葉と共に舞台に現れたのは一人の男。

 彼が一度お辞儀をすると、舞台の袖から一匹の魔獣が姿を現した。


「えっ!? あれキマイラですよね!?」

「驚きね。こんな場所で見るとは思わなかったわ」


 アイリスは驚きの声を上げた。イビルシャインも興味深く魔獣を見据える。

 魔獣キマイラ――一の胴に二つの頭を持つ四足歩行の肉食魔獣。


 主に、密林や洞窟に多くに生息していると言われている。

 キマイラは出会う生き物全てを食糧と見なし襲い掛かる凶暴性の高い魔獣だ。



 そんな獣の登場に会場は一気に緊張感に包まれた。

 冒険者は無意識に武器に手を当て、いつでも戦闘できるように備えている。

 騎士団もまた同様だ。戦えない者達を守る為、戦闘態勢を取っていた。



 猛獣は鬣を靡かせ、男に近づく。首元には強固な鎖が繋がれていた。

 鋭い牙から流れ落ちる涎。唸り声を鳴らす姿は、人々の恐れる魔獣そのものだ。



 しかし、キマイラが見据えているのは一人の男のみ。そして彼は逃げようとはしない。

 驚くことに男は、丸腰でキマイラを待っていた。

 ゆっくりとキマイラと男の距離が近づく。やがて、彼は自らキマイラの元へ歩み寄った。


「――魔獣使い(テイマー)ね」

「え?」


 様子を見ていたイビルシャインが静かに口を開く。アイリスは反動的に聞き返した。

 イビルシャインは顔を舞台に向けたまま、説明を続ける。


「魔物や魔獣を自在に使役できるクラス。たしか、そんなのがあった気がするわ」

「そうなんですか? あ、いや、たしかにいましたね! 魔道学院で習いました!」

「どうして少し忘れているのよ。私、あなたの家にある本で読んだのだけれど?」

「あははは。あまり本って読まないんですよね」


 魔獣使い(テイマー)――自身の血と魔力を引き換えに凶暴な魔獣と契約を交わす魔法使い(ウィザード)だ。

 自在に魔獣を使役出来る力を持ち、魔法使い(ウィザード)としての知識と経験がなければ、取得できないクラスとなっている。



 上位クラスの召喚士(サモナー)とは異なり、常に魔獣を引き連れなければならない。

 そのため、多くの魔獣と契約するのは難しいが、強力なクラスであることには変わりないだろう。



 舞台に立つ男は魔獣使い(テイマー)で、あのキマイラは彼の魔獣。

 そう考えれば、男の落ち着き方にも納得がいく。

 魔獣は一度契約すれば、裏切ることはそうそうない。

 ゆえに、男は堂々たる振る舞いでキマイラを迎え入れようとしているのだろう。


「ああ、だからあの人は逃げようとしないんですね」

「そういうこと。まあ、彼が魔獣使い(テイマー)ってことを知っている人は何人かはいるみたいだし。こんな大勢の前で、魔獣を普通に操るなんてつまらないことはしないと思うけれど」


 とはいえ、イビルシャインは魔獣使い(テイマー)を見るのは初めてだ。

 彼のクラスを分かっても尚、興味深く舞台を見つめる。



 この世界における知識は最低限あれど、彼女にとっては未知に他ならない。

 本で読む知識と実際に見るでは大きく情報量は変わるだろう。

 幾分かの期待がイビルシャインの中に広がった。



 『では、イッツショウタアアアアアアアイム!!!』



 響くオクトーバーの声と共に曲芸は始まった。

 男は、指先から火を放ち、器用にそれを操る。炎は男の意思に従うように空中に円を描く。



 そして、さらに男は二つの炎を同じように操り、計三つの穴を空に制作した。

 浮かぶ炎の円をキマイラは凝視する。そして――。


「飛べ!!」


 男の合図と共に魔獣が駆けた。勢いの乗った疾走が首輪を引きちぎる。

 自由になれたキマイラはそれでも炎めがけ地面を蹴る。



 猛獣は唸り声を上げて飛躍。堂々たる鬣を靡かせて、迷わずに炎へ突っ込む。

 一連の行動を目にしていた観客は息をのむ。

 アイリスは口を手で覆い、食い入るように目を見開かしている。

 キマイラは向けられた観客の好奇を気にもしなやかに火の輪を潜り抜けた。



うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!



 全ての輪を潜り抜けたキマイラは静かに地面に着地する。

 客席は熱気に溢れた。舞台を囲う観客は一斉に熱を帯びた声を上げる。


「うわ!! 凄い!! あのキマイラ凄いですよ!!!」

「ちょ、分かるから。見ていたのだから分かるから」


 それはアイリスも同様だ。隣に座るイビルシャインの肩を激しく揺らしながら、高鳴る鼓動を抑えられないでいた。



 魔獣使い(テイマー)は魔獣を使役できる。しかしながら、その行動一つ一つを明確に操れるわけではない。

 あくまで出された指示――それも簡易的な行動指示でなければ効果は発揮されない。



 キマイラが飛んだのは彼の指示だろう。しかし、炎の縄を潜り抜けれたのは、キマイラの身体能力と訓練による経験の成果。

 野生のキマイラでは不可能な功績だ。ゆえに、キマイラを賞賛する拍手喝采が場を飲み込んだ。


『では、続きまして――』


 それからは驚きの連続だった。舞台で行われる催しは、全ての観客を魅了した。

 奇妙な姿をした者達による劇。キマイラとは別の魔獣による芸。



 魔法と剣技の交じり合った大道芸。見る曲芸が何もかもが客席を沸かす。

 そして、数時間の曲芸が終わり、ついに舞台は一番の見世物を披露する。


『皆様、悲しきかな。これが、本日最後の芸になります』


 いままで、姿を見せなかったオクトーバーが一人舞台に立つ。

 悲しげに観客を一望し、おどけた口調で身体をくねらせている。


『では、本日不思議の国に迷いし、お客様のご案内です!』


 オクトーバーは勢い良く指を客席のとある一席――アイリスへと向けた。

 舞台を照らす光が合わせるようにアイリスを映す。

 

「え? なに? なに? イビルシャインさんなんですか、これ??」

「いや、知らないわよ。私には、当たってないし」


 いきなりの出来事にアイリスは戸惑いを見せた。

 他の観客達は羨ましそうにアイリスを見ている。 

 そのことに気が付いたイビルシャインは、不審そうに傍観していた。

 

『んんんーー! 麗しい少女! まさに今宵の宴に相応しいお方です! では、こちらへどうぞ!!』

「え? え?」

「来いってことじゃないかしら?」

「じゃ、じゃあ行っていきます……?」


 言われるがまま、アイリスは席を立つ。何処となく緊張した足取りで舞台に向かう。

 強張った表情を見て、イビルシャインは柄にもなく心配をした。

 選ばれたアイリスを歓迎するかのように会場は握手を響かせる。


『ようこそ! 夢と希望に溢れたステージへ!!』

「ど、どーも。どーも」


 照れくさそうにアイリスは頭を下げる。時折、イビルシャインの方をチラチラと見ながら。

 オクトーバーは大袈裟に身を動かしている。対して、アイリスは棒立ちだ。



 その姿が少しばかり滑稽に思えて、イビルシャインは口角を上げた。

 観客の視線はアイリスとオクトーバーに釘づけだった。



 アイリスは、何をこれから行うか不安を感じていた。しかし、おどけた司会者は彼女を無視して更に声高く話を続ける。


『ではでは、今宵のメインディッシュをご紹介しましょう! カモーン! 私の相棒!!』


 彼女の言葉に反応して天井から二本のロープが垂れ落ちた。

 宙高くに吊るされたロープは縦に伸びた円になっている。アイリスは、何を言われるか察したのか顔を青くしていた。

 オクトーバーは煽るように両手を広げ、その声を木霊させる。


『こちらのお嬢様に挑戦していただくは、ズバリロープ飛びです!』

「いやいやいや、無理無理無理!!」


 嫌な予感が的中した。アイリスは首を大きく横に振る。その目には僅かな涙を浮かべて。

 しかし、オクトーバーはそれを拒んだ。


『大丈夫ですよ! 私がお供しますから! 因みに飛行魔法はなしですよ? 私も使いませんので!』

「そもそも飛行魔法使えないですし! 怖いから嫌なんですけど!!」

『安心してください! 怪我をしても回復魔法で治癒しますから!』

「怪我したくないですから! 絶対に嫌です!! というか怪我するってことは危ないんじゃないですか!! 絶対に嫌です!!」

『では、時間も押していることですし、始めましょうか!!』

「いやだいやだ! 助けて! イビルシャインさん助けて!!」

「……知らないわ」

「イビルシャインさん助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

『それでは、イッツショウアアタアアアアアアアアアイム!!!!!!』

「いやあああああああああああああ!!!!!!!!」


 抵抗虚しく、そのままアイリスはオクトーバーに舞台裏へ連行された。

 アイリスの悲鳴が会場に響き渡る。一連の抵抗が場を盛り上げ、更に会場は沸き立った。



 せめて彼女の勇姿は見届けよう。イビルシャインはそんなことを決意した。

 これを境にアイリスが高所恐怖症になったのはまた別の話である。








*********



「アイリス、大丈夫?」

「大丈夫そうに見えますか? 無理やり高い場所から背中押された人が、テンション高いと思いますか?」


 舞台は無事幕を閉じた。アイリスの絶叫と共に行われた曲芸は十分に観客を楽しませただろう。

 しかし、アイリスは意気消沈とした様子で帰り道を歩いていた。

 隣に立つイビルシャインが心配そうに声をかける。


「……まあ、あれね。いい経験になったはずよ」

「なってないですよ!? あれをどう見たらそんな答えになるんですか!!」

「え、そんなに怒る?」

「起こりますよ! 助けてって言ったのに!!」


 薄情だ、とアイリスは訴える。イビルシャインは心当たりがないのか、顔を顰めた。

 

「それにしても、宿どうしましょうかね」

「うう~横になりたいよう……。目がまわるよぉ」


 帰る宛のない二人は街を進む。どこか適当な宿があればいいが、生憎今のところは見つかっていない。

 このまま野宿するにしても少々抵抗がある。なによりアイリスが煩いだろう。



 イビルシャインはどうしとものかと思案を巡らせる。

 その間もアイリスは隣で愚痴を零す。しかし、イビルシャインは一人で考えることに嫌気がさしてしまった。

 アイリスに妙案はないか聞こうとした刹那――。


「あれ!? ない!?」


 足を止めたアイリスが声を荒げた。イビルシャインは何事かと振り返る。


「ない! ない! どうしよう!? 武具忘れてきちゃったかも!!」

「はあ? なにをしているのよ……」


 呆れるイビルシャインを余所にアイリスは慌てふためく。

 よく見れば、アイリスの武具である聖なる光弓(オリヴィエ・トリガー)がないことに気が付く。

 彼女が言うまで分からなかった自分も馬鹿だと。イビルシャインは自嘲した。


「ちょっと取ってきます! すぐ戻りますから!! すみません!!」

「あ、ちょ、どうせなら一緒に――」


 制止するイビルシャインの言葉は届かない。アイリスは、全力で来た道を走り出した。

 一人残されたイビルシャインは疲れた様子でため息を吐いた。


「あの子、あんなに走るの速かったのね」


 ふと、意識したことはないがそんなことを思った。

 誰に聞こえるでもない独り言を呟き、イビルシャインはアイリスを待った。







*********



「あのー……すみません。忘れ物しちゃったんですけど」


 先ほどのテントは意外と速く見つかった。場所を覚えておいた故に、辿り着いた時間も予定より早い。

 これならイビルシャインの元へすぐ戻れるだろう。アイリスは安堵の息を吐いた。



 ついさっきとは別空間にも思える静けさが室内を支配している。

 アイリスの肩に少しばかり力が入る。彼女の声に反応はない。

 既に誰もいないのか。アイリスは申し訳ない気持ちを持ちながら奥へ進んだ。


『ようこそ。不思議の国へ。お嬢様』

「え――」


 突然、背後から声が聞こえた。振り返ることすら叶わずアイリスはその場に倒れ込む。

 ぼやける視界に映ったのは不気味に破顔する白い仮面の少女だった。


『それでは、イッツショウタイム。なんちゃって』


 意識を失ったアイリスにその言葉は届かない。

 静寂な空間におどけた笑い声が響き渡った。

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