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コールオブイビルシャイン  作者: ぽこぴー
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昇格依頼(2)

 イビルシャインは神だ。この世界では絶対者でないが、尚も神だ。

 彼女は、この世界を滅ぼす権利を巡り、四体の神と魔王の座を賭けて競い合っている。



 神々にとってこれはただの遊びだ。勿論、だからといって、手は抜かない。

 遊びだからこその真剣さが、イビルシャインにはあった。



 ゆえに、彼女は真面目に凄惨にこの世界を楽しむ。利用する者は全て使い。

 冒険者になったのも、アイリスと親しくなったのも全ては、目的のため。楽しむため。

 そして、現在もイビルシャインは心から世界を楽しんでいた。


「口の中がしゃっきりポン。バルアルの柔らかな肉感とセバのすっきりとした……すっきりとした……あれよ。うん。さっぱりとした」


「あの、無理して感想言わなくても良いですよ? 美味しいのは顔見れば伝わりますから」


 手作りサンドウィッチを頬張り、イビルシャインは口を開く。語彙の乏しい感想に、アイリスもルルファも苦笑いを浮かべた。

 イビルシャインとアイリスは現在昇格試験の最中だ。商人ルルファ・シェロンの護衛。



 王国から聖国までの道中を二人は護衛として彼にお供する。それが依頼内容だ。

 ルーナ階級の二人が護衛依頼を受けるのは、今回が初めてだった。



 そのため、こうして昼食を取りながらもイビルシャインは気を抜いてはいない。

 アイリスのお手製サンドウィッチを手にとっては、周囲を警戒する。



 安全が確認できた瞬間、サンドウィッチを頬張る。一連の動きは半ば作業じみていた。

 取って、安全確認。食し、ない筈の尻尾を振り、伝わらない感想を述べる。



 昼食になってから、彼女が起こす行動はそれだけだった。会話と呼べるやり取りはない。

 依頼と食事に夢中なのだ。ルルファもアイリスも理解しているのか、それに文句は言わない。



 寧ろ、二人は微笑ましい表情でイビルシャインを見ていた。彼女は気づいていないが。


「……あら、もうなくなってしまったの?」


「ほとんど、お前さんが食べたがな。残念だが、バケットは空だ。こっちとしては、美味しそうに食べる姿を見れて腹一杯だからいいけどよ」


「イビルシャインさん、凄く美味しそうに食べてましたね」


「まるで私が食いしん坊みたいな言い方ね」


 イビルシャインは一人、納得のいかない表情を浮べた。対して二人は和やかな雰囲気を醸し出している。

 暖かな空気が辺りを包み込んだ。


「まあ、いいわ。それよりもそろそろ進みましょう。モンスターの気配も姿もないけど、これ以上、滞在する意味はないのだし」


 真紅の瞳が鋭く光る。アイリスもルルファも静かに頷いた。

 先ほどまでの空気が一瞬にして払拭される。素早く広げていた用具を回収し、三人は移動を始めた。



 このまま、順調に進めれば数時間もしないうちに、聖国には辿り着くだろう。

 しかし、絶対はない。イビルシャインは再度、警戒心を張り巡らせた。







******



「……これは、なに?」


「デカい穴ですね。落とし穴でしょうか?」


「この道は、毎回通るがこんなの見るのは、初めてだな……」


 場所を移して数十分。三人の瞳に映ったのは珍妙な光景だった。

 緑が生い茂る大地に一カ所だけ穴があった。覗き込む者を飲み込むような深淵が、ポッカリとそこにあったのだ。



 不自然な程に場違いな穴。大きさからして、人為的な物ではないことは明らかだ。

 では、この穴は何か。それを判断するのに時間はいらなかった。


「――!? 二人とも下がって!!」


 イビルシャインは叫ぶ。普段の彼女を知るアイリスが聞いたことのない声で。



 ただ事ではないのを理解した二人は、強く馬を叩く。答えるように馬はその場を駆けた。刹那――。




ぁああああああああああぁははははははははははあああああぁぁぁぁぁぁはあはぁああああ




 耳を劈く怨嗟が穴から這い出た。


「っ!?」


 それは、黒かった。そして異様だった。巨大な百足の様な生き物が、無数の人面を胴に浮かばせて、うねり天を仰いでいた。


「なに……これ……?」


 それを見たアイリスの声は震えていた。ルルファは目を見開く。

 見たことのない異形を前に声を出せなかった。化け物がそこにはいたのだ。



 名前があろうが、なかろうが、人々はそいつをそう呼ぶだろう。化け物と。


「これは……気味が悪いわね」


 冷たい口調でイビルシャインは呟く。真紅の瞳は怯まず異形を見据えている。



 人面が叫び声をあげる度に、生温かな血の臭いが漂う。吐き気を催す腐敗臭だ。




ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああアああああぁぁぁぁぁぁああああああははあははははははぁぁぁぁ





「アイリス、あれは何? 随分と悪趣味なモンスターだけれど」


「わ、分からいです。あんなの見たことも聞いたこともありません」


「そう。あなたは?」


「し、知らない……な、なんなんだあの化け物は!?」


 結果不明。目の前にいる化け物の正体は三人には分からなかった。未知との遭遇だ。

 ルルファの言葉から考えるに、ここにいること自体が異常なのだろう。



 化け物の人面は全て、三人を見据えていた。アイリスの身体が思わず震える。

 人の顔と何ら変わりないそれと目があったのだ。生きている。あの、人面は意思を持っている。



 アイリスは直感的に感じた。無数の人面はそれぞれが意思を持っていると。



 ――ニタァ



 人面が不気味に破顔する。気色の悪い笑みをアイリスに向けた。


「え?」


 アイリスは目を見開く。人面の口が裂けるほど開いているのだ。明らかにおかしい。

 背筋が凍る感覚をアイリスは覚えた。イビルシャインは興味深そうにそれを見ている。


「イビルシャインさん……」


「あなたは私に協力。ルルファさんはここから……いえ、このドームから離れないで」


 アイリスは強く頷く。不安はあるがイビルシャインを信じて。

 そして、助力を支持されたことを喜んだ。彼女も自分を信じてくれていると感じたからだ。



 イビルシャインは、半透明のドームをルルファに展開させた。

 第四流出魔法『領域守護(イージス)』。対象者を物理・魔法から守護する力を持つ。



 一定の攻撃を受ければ破壊されるが、それでもないよりはいいだろう。

 問題は、目の前の化け物だ。これを果たして倒せるか。絶対はない。



 イビルシャインは絶対ではない。絶対者ではない。

 彼女達――神々は力を最小限に抑えた。一より低い値に制定した。


 しかし、この世界において神々のそれは百なのかもしれない。十なのかもしれない。



 この世界は、神を基準に考えてはいけない。目の前の化け物は千かもしれない。

 ゆえに、絶対はなく、油断もない。冷たく殺意に満ちた真紅が化け物を見据えた。




きゃあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああ


 女性の悲鳴が轟く。人面の裂けた口からどぷり――と肉塊が吐き出された。

 腐臭を纏わせた塊は弾丸の様に空を駆ける。べちゃり、べちゃりと大地には真っ赤な液体が零れ落ちる。

 放たれた肉塊は五つ。砲弾が如く三人を穿とうと全てが降り注ぐ。


「『聖なる光弓(オリヴィエ・トリガー)』!!」


 恐怖を打ち払い、アイリスは叫ぶ。腰から弓の形状をした遺物形成武具を構え。襲い掛かる肉を撃つ。



 遺物形成武具『聖なる光弓(オリヴィエ・トリガー)』――それがアイリスの武具だ。

 形は弓であるが矢はない。使用者の魔力が矢として姿を見せるのだ。



 弓に魔力を伝わせ、弦を引く。そして、魔力は矢の形を形成するという仕組みだ。

 使用者の魔力に比例して、弓の威力と速度は向上する。

 アイリスは限界まで魔力を弓に伝わせると、力強を引く。そして、手を離した。




ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああ



 魔力により形を得た五本の矢は光彩を纏い、肉塊を貫く。繊維を刻む音が響き渡った。

 アイリスは嫌悪感を抱き、顔を歪ませる。貫かれた肉塊は灰となり消えた。


 化け物は声を上げる。愉快そうな笑い声だ。アイリスの顔は更に歪んだ。


 人間の本能が化け物に嫌悪感を抱いていた。胸の奥、更に深い、生の根底からの拒絶反応だ。


 あれは、生き物ではない。命の冒涜する、命を犯す、何かだ。

 アイリスは化け物の放つ死の臭いを感じ取った。あれは生きてはいない。


怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)……」


 不意に背後のルルファが呟く。イビルシャインは無言で言葉を続けるよう促す。


「……リッチやエルダーリッチを喰らうモンスター……。そいつは、怨念や邪念を好み、食べたリッチ達の魂を体内に飼い……逆に魂を犯され、死ぬ……。そんなモンスターがいると以前、聞いたことがある。確証はないが、もしかしたら……」


「なるほどね。確かに納得のできるモンスターだわ。あの、人面は体内に飼われているリッチ達の魂。本体は内側から魂を穢されて、既に生きてはいない。あれを動かしているのは、体内のリッチ達……の魂」


 ルルファの説明にイビルシャインは頷く。つまりは、リッチに逆襲された間抜けな、モンスターだと。



 愉快そうにイビルシャインは嘲笑う。まるで下らないと言いたげに。

 ただ、一つ彼女には気になる点があった。


(そんなモンスターが何故、ここにいるのかしら?)


 リッチを喰らうということは、このモンスター――怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)は餌となるリッチがいる場所に現れるはず。

 それが、何故、こんな開けた草原に現れたのか。あの穴は何処に繋がっているのか。


「解せないわね……」



 あああああああああああああああああああああああははっははあはははははっははははあははははははははははあははああっはあはははははは



 イビルシャインの思案を愚弄するがごとく、怨嗟の笑い声が響き渡る。

 アイリスは再び、弓を怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)へ向ける。いつでも攻撃が行えるよう魔力を込めて。


 「でも、いまは依頼が先よね」


 思考を捨て、イビルシャインは呟く。その声は幾分か投げやりな調子だった。



 真紅の瞳が冷たく、化け物に向けられる。突き刺す眼光を向けられ尚も、怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)は笑う。

 すべての命を恨み愚弄すかのように。


 ――パン、とイビルシャインは両手を合わせる。軽やかな音が一瞬だけ響いた。



 そして言葉を紡ぐ。自身の武具の名を呼ぶために。


「『慈悲深き(ミゼリコルド・レヴァ)災いの剣(ーテイン)』」


 合わせた手を離すと同時に、彼女の掌から紅蓮が螺旋を巻き現れた。

 渦巻く炎は灼熱を宿し、形を創る。



 そして、踊る紅蓮は一振りの剣となりて形成した。

 それは彼女の瞳と同じ色だった。真紅の刀身を持つ、神々しく禍々しい鋭い剣。


「初めて扱うけれど、上手く使いこなせるかしら?」


 呆然とイビルシャインを見るアイリスを余所に、彼女は軽く剣を振り回す。



 魅入られる程の赤は、血にも炎にも思えた。全てが真紅の剣は、やがて踊るのを止める。

 真紅の瞳と同じく、化け物を刺すように剣は向けられ――。


「その怨嗟、燃やし尽くす」


  灼熱の業火が刀身から放たれる。

  踊り狂う紅蓮が風を焼く。熱を内包する業火は蜷局を巻いていた。

  螺旋を描き、生き物の様に燃え盛る炎は怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)めがけ伸びる。



あああああああああああああああああああああああああああはああああああああっははあはっははははあはははああああああああああああ



 化け物は笑う。焔を前に尚も嘲笑う。その声は狂気に近い――限りなく、狂気そのものだった。

 人面は、再び口を開く。吐き出される汚臭と共に、肉塊が放出されようとした。


「『炎の吸血鬼(ファイヤー・ヴァンプ)』」


 イビルシャインは静かに言葉を紡いだ。魂を焼き尽くす紅蓮の魔名を。

 放った炎は剣の様に鋭く、主の声に応えた。

 素早く、豪快に、紅蓮は化け物を――怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)を貫いた。



あははははははっはあははははっはあはははははははははっははははははははははは



 人面は焼き爛れ、胴に風穴が開く。巨大な百足の体は左右に激しく揺れた。


「痛いの……?」


 痛みから逃れようとする化け物の様子に、アイリスは疑問を抱いた。

 イビルシャインとルルファの仮説が正しいなら、それはおかしかったからだ。



 怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)は死んでいる。魂は失い、あれを動かしているのは、体内のリッチ達の魂だ。



 つまり、魂だけが機能する存在に痛覚、痛みがあるのはおかしな話だった。

 イビルシャインは、アイリスの疑問に答える。


「痛いんじゃない。苦しいのよ。この炎は、魂も焼き尽くす。特に、あのモンスターみたいなのには、抜群の力を持つわ」


「魂を焼く?」


 それはどれ程の苦痛なのか。アイリスには理解が出来なかった。ただ、死者すらこの世に留める魂を焼かれるのは、恐ろしいと感じた。



 アイリスはこれ以上何も言わなかった。静かに瞳を閉じて。焼かれる魂に祈りを捧げるだけだった。



 怨嗟の害虫者(エルダーバンシー)を貫いた紅蓮は、やがて蛇の様にその体へと巻きついた。


「意外とあっけない終わりね」


 剣を下げ、軽やかにパチン、と指を鳴らす。焔は合わせるように火柱となり、化け物の身体を全て飲み込んだ。



 一瞬、炎が聳え立つ巨大な柱を形成し、次の瞬間、勢い良く爆発をした。

 強烈な爆発音が轟く。大地が激しく揺れる。アイリスの鼻を焼け焦げた煙が刺激した。



 怨嗟を放つ、化け物はその魂もろとも全てを無慈悲に焼き尽くされたのだ。

 嘘のような静寂が場を包む。アイリスもルルファも、ただ漠然と天へと泳ぐ煙を見つめるだけだ。








「食事にしましょう」


「いや、それはおかしいです。食いしん坊ですか。そういうキャラなんですか」


 一気に緊張感がアイリスから抜け落ちた。彼女は、ペタリ、と地面に座り込んでしまう。

 こうして、イビルシャインは彼女に腹ペコキャラの烙印を押されたのだった。

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