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コールオブイビルシャイン  作者: ぽこぴー
2/14

初陣

 相棒とも呼べる帽子へお辞儀。

 三年間、自分の成長を見守ってきた被り物へと少女は話しかけた。


「相棒さん。今日は遂に初依頼です。正直、物凄く不安ですが、私の力なら大丈夫だと信じています。なので、どうか成功を祈っていてください」


 前言撤回。彼女は、帽子を相棒と呼んでいた。

 エメラルド色の瞳は優しく。

 しかしながら、どことなく力強く。

 目の前に飾られた黒の被り物を見据えている。



 少女が、魔道学院を卒業したのはつい昨日。

 三年間の魔法勉学に耐え抜いた彼女は、今日を持っていよいよ冒険者として活躍する。



 勿論、冒険者という職業が安全だとは微塵も思っていない。寧ろ、逆だ。

 常に死と隣り合せ。時には、悲惨な終わりを遂げた者もいると聞く。



 しかし、だからといい彼女の憧れを消せる理由にはならなかった。


「よっし! それじゃあ、行ってきます!!」


 フンスと高鳴る気持ちを吐きだして。

 少女は、煌めくクリーム色の髪を大きく揺らし。

 勢いよく家を出た。



 帽子の隣には『英雄の冒険譚』『大魔道士への道のり』と記された本。

 そして、遠くで冒険者をする姉の写真が置かれていた。









*********




 少女は王都にある冒険者ギルド『明けの花』へ着くや早く、その活気に圧倒された。



 色めく英雄譚とはかけ離れた無頼漢達のざわめき。部屋に蔓延するアルコールの刺激臭。

 そして、相も変わらず依頼書で埋め尽くされた掲示板。



 冒険者ギルドと呼ばれるそこはいわば斡旋所だ。

 様々な依頼を冒険者へと託し、依頼主との仲介を取り繕う施設。



 役所と酒場を併用したような内装には、輝くお伽話の欠片を感じることはできない。

 ぎゅっと拳を握りしめて、少女は掲示板へと向かう。


「聞いたか? エイヤーの奴、また昇格試験落ちたんだとよ」


「帝都近辺で『吸血鬼の伯爵(ヴァンパイア・ウラド)』が出たらしいぞ」


「大丈夫だろ。あそこにはオフィリアがいるんだし」


「可愛い女戦士っていないもんかね」


「は? 私がいるだろう」


 時折、耳に入る冒険者達の世間話。どれもが自分にはかけ離れた話だった。



 彼らの会話に混ざれる頃には、自分も立派な冒険者になっているのだろうか――。



 そんなことを思いながらも、気が付けば掲示板付近までやってきていた。


「え、えっと。あ、あと、あ、あー……」


 しかし、少女はそれ以上近づけなかった。掲示板の前には、溢れんばかりの人混み。



 自分よりも一回りも大きい男冒険者。自分よりも大人びた女冒険者。



 誰もかれもが、自分よりも圧倒的でいて先輩。

 そんな彼らに新人がどうして声をかけることができよう。



 僅かに足を踏み入れては、弾き飛ばされ、体制を立て直そうとするも、再びはじき出され。



 気が付けば、掲示板からはかなり遠ざかっていた。

 待ちに待った初陣が、思わぬ形で阻害される。



 少女はどうすることも出来ず、近くの椅子へと腰を下ろした。


「はぁ……。昨日はこんなに混んでなかったのになあ」


 見れば、掲示板の前で喧嘩が起きていた。大方、依頼の取り合いに違いない。



 我が強い冒険者は多い。というよりは、そうでなければ勤まらないだろう。



 それを踏まえると、自分は冒険者に向いていないのでは、とそんなことを考えてしまう。


「って、いきなり弱気はダメだよね!」


 喝を入れて、自身を奮い立たせる。弱気こそが冒険者の一番の敵。

 昨日、登録手続きをした際に受付嬢から言われた言葉を思い返す。



 魔道学院の卒業式後、すぐさまギルドへ直行。そしてそのまま、冒険者登録。

 あの時の行動力と強気を思い出す。少女は、今度こそと拳を握りしめた。


「君、どうしたの? なんかさっきから一人みたいだけど」


「へ?」


 不意に声をかけてきたのは一人の青年。と、その後ろには三人の女性。



 思わず素っ頓狂な声を出してしまい、少女は赤面した。

 耳の長い女性が微かに笑っていたせいで、余計に頬が熱くなる。


「いや、ずっと一人だし、見ない顔だなって思って。あ、悪い。もしかして迷惑だったかな」


「い。いえ! 別に! 微塵も! これっぽっちも迷惑じゃないです!!」


 変に気を遣わせてしまった。少女は勢いよく首を振る。

 その様子が可笑しかったのだろう。耳の長い女性が再び笑った。

 とうとう少女は力なく俯いてしまう。


「ふふ。そんなに緊張、しなくていいのよ?」


 口を開いたのは青と白の修道服に身を包んだ女性。

 姿から察するに僧侶系統クラスの冒険者だろうか。



 その右手には何故か、大剣が握られているが。

 透き通る声から感じれる優しさ。僅かに、少女の心から緊張が解けた。


「あ、すみません。えっと、特になにってわけじゃないんですけど……」


 微かに言葉が濁る。とてもではないが、掲示板に辿り着けないとは言えなかった。



 言い淀む少女を見て、女性は首を傾げる。しかし、追及をしていたのは別の女性だった。


「アンタ、掲示板に行けないんでしょ? さっき弾き飛ばされてたもんね」


 目に涙を浮かべて、核心を突いてきたのは先ほどまで笑っていた女性。



 蒼い髪に長い耳。特徴的なその耳から、彼女が人ではないことは直ぐに分かった。


「エルフ……?」


「ん? 何か珍しい?」


「あっ、いえ! 綺麗だなって思って!」


 魅入られるような笑顔を向けられ、思わず赤面。

 同性だろうと、彼女の笑みには何故か魅力を感じてしまう。

 エルフは人離れした美貌を持つ。きっとそのせいだろう。


「あ、そういえばアンタ名前は? あたしはアン・メリューネ」


「私は、えっと、アイリス・リリアっていいます。今日からこのギルドの冒険者をさせていただきます!」


 僅かに震える声は緊張からか。アイリスは激しい鼓動の音が聞こえていないことを願った。

 エルフの女性――アンは、アイリスの不審な挙動にまたしても笑み。



 笑うなと言う方が無理な話なのだろう。

 ややあって先ほどの青年が口を開いた。


「ってことは新人冒険者か。成程成程。確かに、新人で女の子だとあそこに突っ込むのは難しいよなぁ」


 何処か懐かしげに青年は掲示板へ目を向ける。そこは未だに喧嘩が繰り広げられていた。



 ――というより、さっきよりも激しくなってるような。



 アイリスの顔が僅かに引き攣る。

 あのまま挑み続けていたら、巻き込まれていたかもしれない。


「それで、貴女は入れず、でもしかし何もできず。ってことかしら?」


「はい……」


 僧侶と思わしき女性の言葉に、アイリスは俯き頷く。

 女性は豊富な胸をわざとらしく揺らし顎に指を当て思案。



 「んー」と悪戯めいた声が聞こえたのは気のせいだろう。



 何を考えているのか。アイリスは首を傾げ、彼女の言葉を待つ。


「なら、私達がガツンと言ってあの者達を退ける?」


「ええっ!? いや、それは流石に……」


 ぶんぶん、と首と手を同時に振り、アイリスは声を上げる。



 その様子に、むっつりとしていた三人目の女性がやっとこさ口を開いた。


「やめとけ。これも新人の通貨儀礼だ。お前も自分の力で何とかしないと、冒険者は勤まらない」


「あら、でもアンタだって最初から上手くできた訳ではないでしょ? こういうのは助け合いが大事なの」


「そうよ。それにアイリスちゃんが頼るわけじゃなくて、私達がお節介でするだけ。彼女の冒険者人生の門出を助けるのは、先輩としての役目。違う?」


「先輩ならば、冒険者の厳しさを教えるのも務めだろう!」


 遂に、女性陣が言い合いを始めてしまう。アイリスは完全に置いてけぼりだった。



 止めようにも、熱を浴びて行われる口論に口出しできる勇気はない。


「だから、貴様はいつもそうだ! 昨日だって――」


「それはアンタが馬鹿みたいに脳筋だからでの判断でしょうが!」


「あら、でもそういうアンも幾分か脳筋だと思うけれど?」


「なんですって!? この動く淫乱!!」


「あららまあまあ。それは誰のことでしょう?」


 やがてアイリスの話は消え去り。三人は今にも乱闘をせんと身構えだした。



 ここでも喧嘩が起これば、アイリスも巻き添えは免れないだろう。

 あわあわと、どうにかして止めようと――。


「はいはい。三人ともそこまで」


「むっ」


「はあい」


「ったく、しょうがないわね」


 尻込みするアイリスより早く、涼やかな声が彼女達を止めた。

 見れば、青年が三人の間に割って入っているではないか。

 彼の言葉に、女性陣はすぐさま喧嘩を収めた。


「悪い悪い。こいつらいつも喧嘩ばかりするから」


「そうなんですか?」


 首傾げ三人へ視線を移し。

 ――未だにブツブツと文句を言い合う彼女達。

 アイリスは言い難い表情で、青年へと視線を戻した。


「そういえば、まだ名乗ってなかったな」


 ややあって青年は思い出した様に手を叩いた。

 その拍子に三人の姿勢がぴしゃりと良くなったのは見間違いだろうか。



 ともあれ、アイリスは先輩たる冒険者達の名を聞き逃さぬようにと。

 青年の後ろに立つ三人と同じく、背筋を伸ばした。


「それじゃあ、俺からだな。カシワギ・タツヤっていうんだけど――」


「ええっ!?」


 青年の言葉を遮り、アイリスが叫ぶ。

 予想以上に声が響いたのだろう。冒険者達の視線が集まる。



 しかし、アイリスはそれを気にも留めずに、早口で青年へと詰め寄った。


「あ、あのっ、も、もしかして明けの花最強のカシワギ・タツヤさんですか!? 次にセフィロトの称号を持つって言われている!!」


 人類史、英雄と謳われる者達は例外なく最強と呼べる力を持っていた。

 セフィロトの称号とは、いわば英雄の証。冒険者の最上位階級のその先。

 只の無頼漢では決して辿り着けない、人類の守り手たる領域にして英雄そのもの。




 そこへ踏み込もうとする、片足を踏み入れた男の名をアイリスは知っていた。

 色めく英雄の冒険譚。それに憧れ、冒険者となった者が彼の名をどうして無視できよう。

 高鳴る声調と共に輝く眼差しを向けて。アイリスはずいっと身を乗り出した。



 はたして、それに気分を良くしない女性が一人。


「ちょっと、ちょっと! なんか私の時と反応が違くない?」


 アンがずかずかと、タツヤとアイリスの間に割って入ってきた。

 ぶすっと唇と尖らせて、アイリスの額を三度突く。

「あたっ」とアイリスが声を漏らした。


「まあまあ、タツヤさんが有名なのは仕方のないこと。でも、貴女が無名なのも仕方のないこと……ね?」


「うぎぎぎ!!」


 歯を噛みしめ、アンが声を鳴らす。

 自分が無名なのは彼女の言うとおり仕方ない。が、幾分か認めたくないという気持ち。



 何となく、アンの性格が分かったような気がして、アイリスは頬を緩めた。


「それでは、私は誰か分かる? あ、こっちの女はへレス・フィール。野蛮な騎士。アンは野蛮な魔法使い(ウィザード)


「おい、人の名を勝手に教えるな!」


「誰が野蛮ですって!!」


 まあまあ、と咎めるタツヤ。

 アイリスは記憶を辿り、彼女の該当情報を探す。



 ――冒険者階級最上位オリーゴ。

 カシワギ・タツヤは、そこに位置する冒険者だ。



 であれば、彼と共にやって来た彼女達も、同階級だと思える。

 が、女性のオリーゴ階級の冒険者が明けの花にいるという話は知らない。


「で、分かった? まあ、知らなくて当然だから」


「ちょっと、私は貴女と違って有名よ? ほら、聞いたことない? 戦駆ける乙女って」


「戦駆ける乙女……ああ!!」


 ぴんと指を立て、アイリスの顔に閃き。女性は満足げにうんうんと頷いている。

 アンは舌を打ち、へレスが悪態な表情を浮べた。

 タツヤが再び咎める様子に、大変だなあ、なんて思いながら。


「大剣をぶん回す脳筋聖女! 大司祭(アークビショップ)のフェリス・セリカさんですよね!!」


「ぶっ!!」


「あ、ちょ、何よその異名!?」


 思わず吹き出すアン。続いてタツヤとへレスも声を殺して笑い出した。



 今まで余裕を取り繕ってきたセリカも流石に赤面。

 笑わないで、と三人へと抗議する姿を見て、アイリスは咄嗟に口元を抑えた。


「で、でもセリカさんは凄く有名ですよ!」


「その肩書で有名ってある種の嫌がらせとしか思えないのだけれど」


 あぐっと言葉に詰まるアイリス。ジトリとセリカの視線が突き刺さる。


「それにしても、脳筋騎士に自称聖女の脳筋聖女。認めたくないけど私も脳筋。わあ、脳筋に脳筋が被って大変なことになったぞ」


「それは私に対しての嫌味?」


「さあ?」


 肩を竦め、やれやれと。セリカを挑発するアン。

 今度はセリカが歯を噛みしめ、声を鳴らした。


「はあ。お前ら、本当にいい加減にしろって……」


 困った様子でタツヤがちらりと掲示板へと目を向ける。

 見れば、喧嘩は収まり人の山も散り散りになっていた。


「そういえば、アイリスちゃんは一人で行くのか?」


「あっ、はい。まだ仲間(パーティー)はいませんし。それに私みたいな新人を好んで誘う方もいないですし……」


 新人の冒険者が一人で依頼を熟すのは別段、珍しい話ではない。

 しかし、だからといってそれが当たり前という話でもなかった。



 新人は新人と仲間(パーティー)を組む。それが定石だ。

 だが、運悪くこの日に彼女以外の新人冒険者はいなかった。

 そして、わざわざ新人を誘う酔狂な冒険者もいない。


「なら、俺達と組むか? その手の刻印は魔法使い(ウィザード)の証だろ? 俺のクラスは魔法剣士(ウォーウィザード)だから、きっとアイリスちゃんの参考になると思うけど」


「あ、それ良いわね! 見習い(アプレンティス)魔法使い(ウィザード)なら育てて、召喚士(サモナー)にしましょう! そうすれば、私達の仲間も遂に完全な布陣になるわ!」


「ええ!? いや、そんな私みたいな新人が無理ですって!!」


 目に前の冒険者は酔狂かなにかか。

 新人を誘うは熟練冒険者。しかも、オリーゴ階級の冒険者が筆頭の仲間(パーティー)だ。



 そんな彼らの誘いなど歓喜こそあれど、とても手を取る勇気などない。

 我が強い冒険者であれば、即座に食いつくだろう。



 しかし、生憎アイリスは新米。駆け出しどころか、未だに地面を蹴っていない。

 今さっき、靴を履きだしたばかりだ。これから、駆け出すと意気込んでいる状態。



 そんな彼女に彼らの誘いを受け取る我の強さはなかった。


「いや、ここは錬金術師にするべきだ。ユニーククラスの冒険者が仲間。なかなかどうして、惹かれる響きではないか」


魔法使い(ウィザード)ということは魔力があり、才もある。であれば、やはり私と同じく大司祭(アークビショップ)になるべきよ」


「わざわざ、僧侶にクラスを変えて? しかも見て育つ背が脳筋聖女さんだと、いずれアイリスちゃんも同じになりそうで嫌よ」


 やがてヘレスとセリカも話に加わり。

 四人はアイリスの今後の話し合いを始めた。

 どうやら、彼女が仲間(パーティー)に加わることに対しての異論はないようで。



 寧ろ、全員が乗り気だった。勿論、一番困るのはアイリス本人。

 断ろうにも、それを言い出せない雰囲気。

 だからといい、仲間(パーティー)になることは嬉しいが申し訳なさがあり。


「それで、アイリスちゃんはどれがいい?」


「ふぇ!?」


 話を聞いていなかった途端、話題を振られ困惑。

 間抜けな声で反応してしまい、「えっと」と尻込み。


「いまの所、候補は大魔道士(グランド・ウィザード)大司祭(アークビショップ)魔弾の射手(ザミエル)の三つね」


「あの……うち二つはクラス変わってませんか?」


「まあ、いずれはクラスチェンジ出来る程経験積むし大丈夫でしょ!」

「ええ……」


 どうしよう、とアイリスは困惑。

 断りたいが嬉しい。しかし申し訳なさ。と様々な感情が混ざり合い。


「あ、あの……今回は一人で行ってみようと思います。で、でも、いずれ成長して皆さんに追いついたら、本当に烏滸がましいですがもう一度誘っていただけませんか!?」


 ぺこり、とアイリスは頭を下げた。

 その為、言葉を聞いた彼らの反応は見えない。アイリスの心に不安が募る。


「っぷ! あははははは!!」


「え、なんで笑うんですか!?」


 最初に声を出したのは、やはりとでもいうべきか。アンだった。

 彼女は目に涙を浮かべて笑っている。合わせてぴこぴこと長い耳が動いていた。



 思わずアイリスの頭が勢いよく上がり。驚いた表情でアンに問いかけた。


「い、いや! すごい真面目だなって!! お、おもっあはははははは!!」


「そんなにおかしいですか!?」


 アンはお腹を押さえて笑い転げた。

 何がそんなに面白かったのか。アイリスには分からない。



 しかし、怒っていないということは流石に理解できた。

 新米が熟練冒険者の誘いを断るなど生意気にもほどがあると考えていたゆえに。


「気にしなくていいわよ。アンは笑い袋が先祖のエルフだから」


「ちょっとどういう意味よ!!」


 喧嘩するなという方が無理な話なのだろうか。

 本日何度目かの言い合いにさすがのアイリスも呆れた表情を浮べた。



 最早、止めるだけ無駄なのだろう。二人を無視して、ヘレスが口を開いた。


「しかし、私達に追いつくのは大変だぞ。タツヤは勿論。私やセリカ、それにアンもだが有象無象の冒険者とはわけが違う」


 そう言って、見せたのは灰色の首飾り。

 それが何を意味するのか分からない冒険者はいない。アイリスは目を見開かせた。


「灰色……! ステルラ階級の冒険者!! しかも首飾り……!」


 ステルラ。つまり、オリーゴの次に高い階級だ。

 そして首飾りを付けるクラスは一つしかない。戦士系統最上位の一つ。聖騎士(クルセイダー)



 そこで、アイリスは先ほどのセリカの言葉を思い出す。



 ――アンは脳筋魔法使い。



 たしかそんなことを言っていた。ちらり、とアンの手を見れば――。


「灰色の杖の刻印。大魔法使い(アークウィザード)!!」


「ん、なになに? 今さら気が付いたの?」


 アンがにやにや、と笑みを浮かべた。

 目の前にいるのは、オリーゴとステルラで固められた仲間(パーティー)



 セフィロトという異例を除けば、実質一位と二位の階級者達。

 アイリスの瞳に光が満ち溢れた。と同時に、何かとんでもないことを言ってしまったという自覚。


「確か、俺達に追いつくだっけ? それは楽しみだな」


 にやりとタツヤが悪戯めいた笑みを浮かべる。


「なら、その時にもう一度誘ってあげるわ! だから、せいぜい頑張りたまえよ! 新人!!」


「わっ!?」


 押されるように背中を叩かれ、体が掲示板へと近づいた。

 アイリスが振り返ると、頼もしく笑顔を向けるアンの姿。

 それに同調するかの様に、他三人も微笑していた。


「あ、あの私、頑張りますので! どうか応援お願いします!!」


「おう!」


 と精一杯の言葉を放ち。ぺこりとお辞儀。そして向かうは依頼書が張られた掲示板へ。

 やがて一枚の羊皮紙を手に取り、どうどうたる姿勢でカウンターへ。


「これ、お願いしますっ!」


「はい、受け取るわね」


 笑顔で対応する受付嬢。慣れた手つきで渡された依頼書に目を通す。

 アイリスの後ろでは、言葉通り応援する四人の声。



 ――そういう意味じゃないんだけどな……。



 声援が背中に刺さり、アイリスの頬が紅潮する。

 色めく英雄の冒険譚。それに近い者達もやはり無頼漢であると感じた瞬間だった。


「すごい声援ね。なんだか、私まで恥ずかしいわ」


「ご、ごめんなさい。私もまさかこういった応援をされるとは……」


 苦笑いを浮べる受付嬢にアイリスは申し訳な下げに目を伏せた。


「でも、これだけ応援されたらやる気も出るんじゃない?」


「あはは。確かに失敗はできませんね。それにこの依頼程度、成功させなきゃ今後が不安ですし」


「あら、どんな依頼もこの程度、なんて思わない方がいいわよ? 依頼にハプニングは付き物だからね」


「あ、はい!」


 受付嬢の忠告を心に刻み、アイリスは頷く。

 いよいよと胸を弾ませて、記念の初陣を待った。


「それじゃあ、薬草採取の依頼受理しました。気を付けて行ってらっしゃい、アイリスちゃん」


「はい! 行ってきます!」


 こうして、アイリスの冒険者としての第一歩が始まった。


「いや、薬草じゃなくてもっと派手なの選ぼうよ!」


「ここはモンスター退治にするべきよ」


「ドラゴンだ! ドラゴンだ!」


「いきなり厳しいな、お前ら……」


 応援する四人が――というより三人が口々に選択した依頼に文句を言っている。



 しかし、そこは無視だ。特にドラゴンなど論外。そもそも新米が選べる依頼ではない。


 初めは簡単な依頼から。経験を積み、難度を上げる。それが彼女の選んだやり方だ。


「それでは、行ってきます!」


 と四人へ挨拶をし、アイリスは夢叶って冒険者となり依頼へと向かった。


 残った四人はアイリスを見送り終えると、掲示板から『悪魔退治』の依頼を手に取り、カウンターへと向かった。








*********



 ガタガタ、と馬車に揺られながらアイリスは雑嚢を探った。

 中には低位治癒薬(ポーション)、依頼の書き写し(コピー)、非常食といった具合だ。



 本来ならば、解毒剤や強化薬といった物も欲しいが、新米冒険者には些か値が張る。



 駆け出しの冒険者の手持ち金は少ない。

 そのせいか、彼女の装備も万全とは言えなかった。



 丈の短い白妙の衣服に赤い外套を着た軽装。

 唯一の防具は腕を覆う籠手と、脚を包む金属靴のみ。



 そして、武器は心もとない短剣一振り。

 これがモンスター退治ならば、はたして彼女をみた者達はなんと言うのか。



 ただの馬鹿か。命知らずの阿呆か。将又、相当の熟練者と見受けるか。


「せめて、兜くらいは欲しかったかな」


 アイリスは魔法使い(ウィザード)だ。体内にある魔力を外部に流出させ、魔を紡ぐ御業の使い手。

 強者ならいざ知らず。しかし、彼女は新米。前衛向きとは言い難いだろう。



 八つの階級からなる魔法のうち、アイリスは第二流出までを扱えていた。

 彼女が十六の少女であると踏まえれば、才ある者だと誰しもが言うだろう。



 そして彼女が扱える魔法の中には、攻撃に特化した魔法もある。

 それが発動さえすれば、襲われようとも反撃は可能だ。



 運が良ければ一撃で撃退も出来よう。

 ――そう、発動さえできれば。


「魔法使う前に頭とか狙われない……よね」


 魔法を紡ぐ際に生じる一瞬の隙。その隙は魔法使いにとって致命的だ。



 だからこそ、彼女の様な魔法使い(ウィザード)は何かしらの対策をするのが定石だった。

 が、それにも金はかかってしまう。つまり、新米には厳しい話である。



 不安げに頭を擦りながら、アイリスは呟いた。

 か細い言葉は虚空に溶けて、やがて馬車が止まる。


「お嬢ちゃん、無事に着いたよ!」


「はい、ありがとうございます!」


「んじゃ、また数時間後。そうさな、二時間後にはここに来るから」


「了解です!」


「それじゃあ、気を付けてな」


 馬車を見送り、目的地である洞窟を見る。

 王都から数キロ離れた位置にある、なんてことはないただの洞窟だ。



 モンスターの確認は未だなし。迷うほど入り込みする迷宮めいてもいない。

 新人の冒険者が薬草を採取することに特化したかのような洞窟。

 まさにアイリスの初陣にはピッタリだろう。


「えっと、なんの薬草だっけ? ああ、これこれ」


 依頼の書き写し(コピー)を確認。今回のお目当てである薬草を頭に叩き込む。

 いくら安全とはいえ、依頼を見ながら洞窟を進むのは危険だと思える。

 雑嚢へ写しをしまうと、アイリスはズカズカと洞窟の中に進んだ。


「『光の灯(ライト)』」


 魔法を発動。めぼしい効果はない、ただの魔法の灯だ。

 今はまだ外界の日差しが差し込むおかげで、中は明るい。



 しかし、奥へと進めばいずれ日光は届かなくなる。

 そうなる前に、予め光を灯すことは正しい選択と言えよう。

 

「それにしても声響くなぁ」


 残響となり溶ける独り言。思わず叫んでしまいたくなる。微かに残る童心が燻られた。



 しかし、こうも広い洞窟に一人とは不思議と心細さを感じてしまう。

 早く依頼を終わらせようと、アイリスは早足で奥へ奥へと進み――。


「あ、あった! これだ!」


 地面に生えた薬草を見付け、いそいそともぎ取っていく。

 ひとつ掴んでは雑嚢へ。もうひとつ掴んでは再び雑嚢へとしまう。



 最初は力任せに引っこ抜いていたが、慣れてくると力を入れずとも抜けるようになった。


「私って、薬草の採取センス抜群?」


 など思いながら、案外簡単に終えれそうな結果に失笑。

 誰がいるかも分からない洞窟に、アイリスの笑い声が木霊した。


「……どうせなら、もう少し先に進んでみようかな?」


 目的の薬草は依頼された数、手に入れた。これにて依頼は完了。

 後は、ギルドへと戻り、報告をして確認をもらうだけだ。

 しかし、馬車が迎えに来るにはまだ時間がある。つまり、この残り時間は暇だ。



 ――だったら、この洞窟を冒険するのも、うん。悪くない。



 アイリスは洋々と足を進めた。頼りない短剣に手を添えて。


「うーん、実は吸血鬼(ヴァンパイア)の住処とかないよね? もしくは悪魔とか。人喰い鬼(オーガ)も嫌だな……」


 徐々に狭まる道。先の分からない探検。

 不安と楽しさの入り混じった感情がアイリスの中で渦巻く。



 しかし、本来こういうものだ。

 今でこそ冒険者はただの徴兵めいた職業だが。


 正しくは未知を求めて、探検して、強敵を討ち、やがて最高の仲間(パーティー)と共に英雄となる。



 それが色めく英雄の冒険譚。憧れて仕方のない冒険者の本来の在り方だ。

 アイリスは今まさに、冒険者をしていると実感していた。



 いまはまだ一人だが、いずれよき仲間(パーティー)と出会うだろうと。期待を弾ませて。


「あれ、これ以上奥には進めない……?」


 早る鼓動に比例して、急いだ足はとうとう止まる。

 気が付けば、目の先には巨大な壁。行き止まりの証。



 アイリスは数回、ペタペタと壁を触り、深いため息。

 結局、何もなかった。



 ただここまで歩いてきただけで、アイリスの記念すべき探検は幕を閉じた。



 しかし、幾分かの満足感。収集こそなかったが、探索したという事実は揺るがない。



 だが、同時に若干の不満さ。何かしらの収穫を期待していた故に。

 そういった感情が混ざり、それゆえの溜め息。

 

「さてと、そろそろ戻ろうかな。多分戻るころには馬車くるよね」


 そうして戻ろうと来た道に足を進めて――。


「って、なにこれ!?」


 視界に映ったそれに素早く反応。俊敏に駆けると、一目散にそれを手に取る。

 弓の形をした武器。しかし、若干の魔力が手を伝って感じれた。


「もしかして遺物形成の武具?」


 思い当たる節があったのか、アイリスはポツリと言葉を零した。

 勿論、彼女の言葉に反応する者はいない。彼女は一人ゆえに。


「え、え? 本当に? これ本当に? もらってもいいのかな? あれ、良いんだよね!?」


 武具を手に一人興奮するアイリス。

 しかし、彼女の反応は当たり前のものだった。



 遺物形成の武具は階級こそ下から三番手である低位形成武具だ。

 だが、まともな武器を拵えない今のアイリスには上等極まりない代物だった。



 弓の心得はないが、練習すればきっと使えるだろう。

 予想外の収穫にアイリスの頬がだらしなく緩んだ。遂に心から不満が消える。



 知らない洞窟を探索し道具を収穫。まさに冒険。上機嫌なアイリスであった。


「さて、それじゃあこれは貰っちゃうね。やったー!」


 うきうきと軽い足取りでアイリスは出口を目指す。

 ここから、一時間あるかないかの時間をかけて歩くわけだが、今の彼女には苦ではない。



 ――どうせだから、タツヤさん達にも自慢しよう!



 なんて思いながら、魔法の灯に照らされた道を進む。

 刹那――。


「た、助けてくれえええええええええええ!!!!」


「な、なに!?」


 洞窟に反響する悲鳴。

 声からして男だろうか。酷く怯えた声がアイリスの鼓膜を刺激した。



 一瞬、身を震わせ、弓をぎゅっと握りしめる。

 男の悲鳴が溶けて、やっとの思いでアイリスは行動を起こした。


「は、早く助けに行かないと!!」


 赤い外套を翻し、大地を蹴る。一切の用心を捨てて、無我夢中で声の元へと走る。



 アイリスは新米だ。しかし、冒険者だ。

 英雄に憧れた冒険者が助けを求める者をどうして無視できよう。



 早まる鼓動は焦燥と不安と恐怖。モンスターがいるかもしれないという思考からか。

 アイリスは余計な感情と思考を切り捨てて、遂に一人の男を発見した。


「大丈夫ですか!?」


 倒れる男にすぐさま近寄り、その身を手で支える。

 見たところ、モンスターはいない。男性も傷がない。

 アイリスはホッと安堵した。


「あの……いったいなにが?」


 とりあえずは状況把握だ。アイリスは男の顔を覗き込み――。


「なんちゃって」


「――っ!? いたっ!?」


 ぐいっと強い力で髪を後ろへ引っ張られた。

 苦痛の表情を浮べてアイリスは視線を後ろに向ける。


「な、なに!?」


「なにって別にィ? 俺達は善良な一般市民ですよォ」


 嫌悪感を抱かざるおえない笑みを浮べた男が一人。

 顔には無数の傷跡があり、とても善良な一般人とは思えなかった。


「それにしても、また随分と芋臭い女が釣れたな」


「きゃ、ちょっと、触らないで!!」


 支えていた男がゆっくりと起き上がり、アイリスの頬を指でなぞる。

 その笑みは恐ろしく醜悪極まりないものだった。



 ――はめられた。



 ここでようやくアイリスは事態を把握した。

 悲惨な終わりを遂げた冒険者もいると聞いたことがある。



 中には、野盗に騙され、嬲り殺されるか売り飛ばされるか。

 そしてそんな目に合うのは決まって新米冒険者だった。

 右も左も分からない冒険者が野盗に騙されて――。



 そんな話をよく聞いた。よくある話だと。

 その都度、自分ではありえない話だと聞き流していた。


「さて、一応抵抗できないようにしてもらうかな」


「お前、魔法使いだろう? じゃあ、口を閉じるか魔法を言えないほど痛い目に合うかだな」


 そう言って、目の前の男が短剣をアイリスの腰から奪い取る。


「ちょ、やめ……ぐっ!?」


 手足を暴れさせ、抵抗を試みるも、やがて身体をがっちりと抑えられてしまう。

 二回りも大きい男の腕力はそれなりで。魔法が使えるだけの十六の少女では解くことはできない。

 ならば、魔法をとアイリスが言葉を紡ごうとして。


「はいはい。魔法はダメですよーっと」


「っ!? あ、っ、があっ!? っあ゛あ゛っ――!?」


 繊維を割いて短剣がアイリスの腹を裂く。



 熱い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



 体験したことのない激痛がアイリスの全身を駆け巡る。

 しかし、生半可な痛みと傷はアイリスの気を奪うほどではなかった。



 それでも痛みと恐怖で彼女の頭は真っ白で。痛みから逃れようと身体を激しく動かした。

 だが、アイリスを逃そうとはしない。男の腕はアイリスを力強く捕えている。


「おー、可愛い声。はい次!」


「ぁがっ!? あ゛っ!?」


 木霊する悲鳴。目から流れる涙に口元からの吐血が混ざり、地面を濡らす。

 足を伝う生温かな感触に羞恥を覚える暇はない。鼻水が流れ、目の焦点が朦朧となる。

 二度目の激痛にアイリスの顔が醜く歪んだ。


「あーあ、漏らして汚ねぇな。これじゃあ、もう嫁にはいけないな」


「それじゃあ、そもそも腹に傷ある時点で無理だろ」


「確かにな」


 雑に地面へと投げられ、アイリスは地を這う。流れる鮮血に身を着けながら。

 自慢の髪は血で赤に染まっている。赤い外套も更に濃く赤が染み込んでいた。



 遠のく意識の中、自分がどうしてこんな目に合っているのか。

 そんなことを考えて。



 ――やっぱり一人で来るのは失敗だったかな。


「っ!?」


 身体に圧し掛かる重さ。這うことすら許さず、アイリスの身体を男は踏みつける。




 これから自分がどうなるのかは分からない。





 考えるのですら嫌になる。考えたところで意味などないのだから。



 破棄した思考には感情すらない。アイリスはただじっと、先の暗闇を見つめた。








「――あら、これはどういう状況?」




 だからだろうか。その声の主がいつ現れたか全く分からなかった。

 場違いで凛とした声音が辺りに響いた。

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