プロローグ
「……で、僕はどうなるんですか?」
停止する思考の中、少年は黒髪を弄りながら言葉を絞り出した。
彼の前には、一人の女性の姿。彼女は仏頂面を浮かべて、少年を見据えている。
無の狭間と形容すべき空間。辺り一面はひたすら広がる無限の闇。
少年と女性は、静かに見つめ合う。数秒の沈黙。
女性は、一度ため息を吐くと、重い口を開いた。その声は、聞き惚れる程に、凛としていた。
「あなた、どうしてそんなに落ち着いているの?」
「どうしてといわれても……。正直、あまり死んだっていう自覚がないんですよね」
あはは、と苦笑い。少年は、つい先ほど命を落としたばかりだ。
死因は事故死。トラックに轢かれて即死だった。その記憶はきちんと脳裏にある。
しかし、突然の出来事だったからか。彼は、死の自覚がなかった。
夢か、幻か、はたまた妄想か。兎に角、今の状況が現実だとは考えられなかった。
――まあ、これが本当に現実だとしても、少年は取り乱したりしないのだろうが。
「たしかに、いきなりの出来事だから仕方のないことだろうけど」
「そうですよ。気が付いたらここにいて、貴方は死にましたってね」
幾分か、曇る女性の顔。少年は知ってか、知らずか、健気に笑顔を絶やさない。
しかし、案外死ぬというのはこういうことかもしれないと。
少年は、うんうんと頷き、口を開いた。
「それで、僕はこれからどうなるんですか? やっぱり天国とか地獄に行く感じですかね?」
「そうね。あなたの人生で地獄に行くことはないわね。天国か新しく生まれ変わるか。もしくは……」
ごくりと唾を呑む。というのも、少年は僅かに期待を抱いていたのだ。
彼は、アニメや漫画、ライトノベルが大好きだった。
そのため、実を言えばこのような状況を何度も創作物を通して目にしており――。
女性が次に発する言葉に予想がついていた。
「あなたのいた世界とは違う。全く別の世界。つまり――」
「異世界! ですね!」
興奮からか、歓喜からか、はたまた両者か。嬉々とした少年の声が響き渡る。
死んだというのに何がそんなに嬉しいのか。女性は解せない様子で補足した。
「でも、貴方が望むなら元いた世界に戻してあげるけど? 今ならまだ、生き返ることができるけれど」
「いや、いいです」
「え?」
即答。一切の迷いを見せずに少年は答えた。
半ば反射的に聞き返してしまう。思わず女性は呆気に取られてしまった。
「なんで? 本当にいいの? 現代に戻れるのに?」
「はい。思い返せば色のない人生でしたし。せっかくなら新しい世界に行きたいですし」
少年の言い分は確かに分かる。が、悲壮すら見せない彼に幾分かの嫌悪感。
命を大切にしろ。とは言わない。が、少々人生を甘く軽く見すぎでは、と。
浅はかな考えは理解できない。というよりは、するつもりもない。
「ふーん。まあ、あなたが良いのなら構わないけど」
「やった!」
冷たい声音で了承。対して、少年の高鳴る声。
幾分か、気の緩んでいる少年を女性は軽視した。
「なんか、納得してくれてないですか?」
「別に。それより異世界に行くのなら二通りの方法があるけどどうする?」
首を傾げる少年。
女性は最早、早く終わらせたいと残りの確認事項を問いかけた。
「もしかして、転生か転移ですか? なら転移でお願いします!」
「分かったわ」
転生と転移。似ているようで異なる二つの方法から、少年は楽な道を選んだ。
文字通り、転生ならば赤子から。転移ならばそのまま異世界へと旅立つ。
どちらが楽で、どちらが苦かは一目瞭然だろう。
「で、やっぱり転移だとなにか貰えるんですか?」
「え、そうね。まあ、私が決めてあなたに授けるって感じだけれど」
「じゃ、じゃあ、魔法のセンスと規格外の強さを下さい!」
捲し立てる少年に、再び溜め息。
何故、少年が異世界に魔法が存在すると知っているのか。
それを聞きはしない。この女性には既に分かりきったことゆえに。
「はいはい。じゃあ第八流出魔法までの使用能力。及び莫大な魔力。後は、適当に固有魔法と戦闘能力。それから――」
頭に浮かぶ案をポンポンと少年に与えていく。
とはいっても、女性は言葉を発するだけだが。
気のせいか、確かか。少年は溢れんばかりの力を感じた。
その意味を理解し、情けなく破顔。
やがて、数分の時が流れ、儀式と呼べる行いは幕を閉じた。
「はい、終わり。後は異世界に転移するだけだから」
初めとは違い、邪険な声。しかし、やはり凛とした声調。
少年は、目の前にいる女性と別れるのを名残惜しく感じた。
できれば、再び会いたいと切に願い、それを胸に仕舞い込む。
――が、どうしても確認だけはしたかった。
「……また、会えますかね?」
「さあ、どうでしょうね? あなたが死ねば会えるかもしれないわ」
蠱惑的な表情を浮べて、女性は意味を含めた答えを放った。
冗談か、照れ隠しか。羞恥を感じていると判断し、少年は持ちうる最大の笑顔を向ける。
「では、楽しい異世界ライフを」
その言葉が最後。少年の意識は闇に溶ける。
次に目が覚めたとき、彼は異世界にいるだろう。
そして、驚愕と歓喜、興奮を覚え、身を震わせるに違いない。
破顔する少年を脳裏に浮かべ、女性は――神は舌を打つ。
やがて、役目を終えた彼女の身体は霧となり、その場から消え去った。
********
何色にも染まり、何色にも染まらない。白地と無の空間に彼の者達はいた。
曰く、神と称される天上の存在。
あらゆる全てであり、何処にでもいて、何処にもいない。無形の概念。
ある神は世界を創り、ある神は時間を創り、またある神は理を創る。
そして、ある神は――。
「いい加減、異世界転生? 転移? 止めてほしいのだけれど」
「分かる」
「全くの意見だ」
――死者を導いていた。
昨今、地球と呼ばれる世界に神々はうんざりしていた。
というのも、日本という国で流行を見せるとある現象。
いわゆる、異世界への憧れ。もとい、異世界転生転移ブーム。
現実世界から、異世界へ行きたいと憧れを抱く人間が後を絶たないでいた。
先ほどの少年もその一人であることは、言うまでもない。
「大体、死んだのにリアクションが薄すぎる」
「もっと、嘆くべき。残された人間のことを考えたり、自分の人生を後悔するべき」
勿論、異世界など幻想。架空の存在。妄想と願望の産物。
そのようなことは、誰もが理解していた。しかし、それ故に憧れは強くなる。
手の届かない存在だからこそ、人は焦がれるのだ。
しかし、死を経験した時に神を名乗る者が現れれば話は大きく変わる。
同じく、神も――信じる者もいるが、幻想の存在。
ゆえに、幻の存在が確かにいると分かれば、自ずと期待もしてしまう。
同じく、異世界もあるのでは……と。
「あら、良いことなのではないかしら? 新しい生を授かるのだから、悲観をしても無意味だと思うわよ?」
「まあ、確かに一縷あるわね。だけれど、あいつらは妙に達観しているのよ」
「大体が未練はないと言うな。それに切り替えが早すぎる。異世界に行けると知ったとたんに興奮するのは見ていて気に入らない」
「地球ってそんなにつまらないのかしら? 娯楽とか沢山あるし、楽しめるようにいろいろな工夫をしたのだけれど……」
「娯楽が溢れる故の退屈か?」
「高度な文明も困りようだな」
一体の神が愚痴を零す。それに続くように他の神々が同調した。
最早、何度目か。このやり取りは異世界に行く死者が現れる度に行われていた。
「じゃあ、もう地球がある世界。あー、試作世界Aだっけ? まあ、その世界を消さない?」
「馬鹿か。そのようなことすれば、余計に異世界に行きたがる人間が増えるだろう」
「それに初めて創った世界よ? やっぱり愛着がある」
どうにかして異世界への憧れをなくせないかと神々は思案する。
すると一体の神が妙案を見出したのか、得意げに語った。
「なれば、異世界。試作世界Bを消すのはどうじゃ? 異世界がなければ、我々も死者をそこに導く義務もなくなる」
「でも、創ったばかりじゃない。それに、人間大好きな神が黙っていないわ」
「大丈夫だろう。神は今、試作世界Aで小説とかいうの書いているのだし」
神が作家とは片腹痛い。神々が嗤う。無限の空間に広がる、無限の霧が大きく揺れた。
「神が人間の真似事か。なれば、この場にいない神が悪いとして、先ほどの案は採用するべきだ」
「でも、勿体ないような」
「そういえば、試作世界Bを創ったのはお前だったか」
その言葉を肯定するように、一体の神が姿を変えた。
無限に広がる靄が揺れたのは一瞬。輝く闇は一人の女性へと、やがて形成された。
純白の髪に黒の衣服を身にまとった女性。
切りそろえられた前髪から覗く顔立ちは、人間離れ――生き物離れした美の化身。
真紅の瞳を輝かせて、女性は神々を見つめた。
「異世界の、試作世界Bの創造をした私的には、簡単に滅ぼされるのは不満があるわ」
「その言葉、取り方によっては破壊自体は賛成と?」
「ええ、破壊自体はね。でもやり方に不満があるわ」
目を伏せて、女性は言葉を続ける。
先ほど、少年に向けた蠱惑的な顔は恐ろしく邪悪な表情へと変わっていた。
「折角壊すならば、楽しく。そうね。娯楽的に遊びとして破壊したいわ」
「遊び?」
女性は嬉々と語る。彼女の思考を神々は理解できないでいた。
ゆえに、続く彼女の言葉を待つのみ。
「直接異世界に行って、楽しい異世界生活を送りながら、ゆっくり、じっくり滅ぼす」
裂ける程、口角を吊り上げ、破顔。無垢に瞳を輝かせ、純粋な笑顔を浮べた。
「なるほどな。つまりは、楽しんで壊す……か」
「ええ」
どうせならば愉悦を感じて、破壊したい。それが女性の提案だった。
ただ滅ぼすのではなく、一つの娯楽として。那由多の果てまで続く時の中、暇つぶしとして。
死者が憧れる異世界を楽しんでから、お礼として滅ぼそうと。
彼女の立案は他の神々をして面白いと思わせた。
「というわけで反論がないなら、私が担当するでいいかいら?」
ぐるりと辺りを見回す。僅かに高鳴る鼓動は――心臓はないが、彼女の興奮を描いていた。
しかし、かくして、その興奮は他の神の言葉で冷めてしまった。
「いいや、よくないな」
「え?」
てっきり、了承を得られると思っていた手前、思わず首を傾げてしまう。
しかしながら、彼女の疑問はすぐさま解消された。
「お前だけが楽しむのは納得がいかない」
「アタシもその案に乗りたいわね。貴女だけが美味しい蜜を頂くのは不平でしょ?」
「お主だけがという制限がなければ、儂も納得しよう。勿論、儂も参加じゃがな!」
「僕も行きたいね。異世界っていうのは楽しいんでしょ?」
――ああ、なるほど。
女性は気が付く。そういうことか、と。
つまり、神々も同じ考えなのだ。異世界を壊し前に楽しみたいと。
「じゃあ、私を入れて五。その数の神が異世界へ行く。というのは?」
「それならば全くもって賛成じゃ! 儂も楽しめるのでな!」
くすくすと笑い、神の声が響き渡る。
他の神々も同様に嗤い、大きく靄を揺らす。
「しかし、どうせなら何かルールでも決めないかい? ほら、僕達は全知全能。このまま下界の降りても直ぐに終わってしまうよ?」
「確かにね。だったら、制約を設けましょうよ? アタシ達でも楽しめるようにね」
遊びにおいてルールや決まり事は必要だ。十分に楽しむ為には、必ず確固たる決め事が必要不可欠となる。
法則の欠如した無法地帯であると、各々が好き勝手できてしまう。
何でも出来てしまう神々にとって、それは魅力も面白さもない。
限られた制限の下、奮闘してこその愉悦と達成感。神々はそれを求めている。
思い通りの何が面白いのか。苦なき遊びの何が楽しいのか。
不条理に苦戦し、尚且つそれを覆す。それこそが遊びの醍醐味。
故に、神々は制約をする。遍く全ての事象を楽しむ為に。
「じゃあ、この中で一番初めに魔王となった者が異世界を滅ぼせるっていうルールは?」
「あら、それ面白いわね」
「あとは、あれじゃ! 儂達の力に制約を付ける! 知識は必要最低限。お互いの姿の情報はなし」
「それ採用。面白い」
決まった制約。もといルール。呆気なく定まる理に誰も口は出さない。
「それじゃあ、私はこの姿のままで行くけどちゃんと記憶は消してね」
一体の神を除き、未だ邪光を放つ無限の霧。
彼女の言葉に頷くように、神々はやはり大きく揺れた。
了承と受け取った女性は、大袈裟に両手を広げる。
狂気の破顔を浮かばせて、彼女は声高らかに宣言をした。
「私達が赴くは試作世界B! 魔法が溢れる世界でこれから楽しく遊びましょう!!」
「そんな御託はいいから、早く始めようぞ!!」
「僕は先に行ってるね」
「アタシもー」
「さて、俺も行くか」
「ぬ! お主らずるいぞ!!」
「え、いや、ちょ、最後まで話を聞きなさい!」
消えゆく神々。立案者である女性を残し、四体の神々は存在を消し去った。
ぶすっと口を尖らせ、しかし、蠱惑的な表情で、女性は静かに呟いた。
「では、偽りの未知を満喫しましょう。異世界で巡り合う時を楽しみにして――」
最後となった女性が姿を消す。広大無辺の空間には参加を流した神々だけがいる。
残された神々は、神々がどのように異世界を滅ぼすのか。
それを楽しく傍観するのだろう。
「どうでもいいが、あいつ等の分、我々が死者の案内をするのか?」
「適当に異世界へと投げてやればいいさ。どうせすぐに死ぬ」
「ああ。確かに」
異世界への嘲笑か。邪悪ながらも神々しい霧は淫靡な揺れを見せた。
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ふと、少女の意識が覚醒した。
辺り一面は緑生い茂る高原。そして透き通る青が広がる空。
神――少女は、自身が横たわっていたことに気が付く。
どうしてこんな場所で寝ていたのか。快晴を見つめ思案。
数秒の間、思考を巡らせ、慣れた様子で深呼吸。
鼻を擽る微風が脳を程よく解してくれた。少女は、勢いよくその場から起き上がる。
「……何もないじゃない」
ポツンと一人。この場には誰もいない。そして何もなかった。
零した言葉が寂しく溶けていく。しかし、彼女の声に反応はない。
本当に異世界――試作世界Bに辿り着けたのか。
一瞬、彼女の心に不安が生まれた。しかし、それはすぐさま解消される。
「魔力はあるわね。じゃあ、きちんと来られたのかしら?」
己の体内を駆け巡る力。言いようのない不可視の活力。
生命力と似た源が内包されている感覚。
それが何を意味するのか彼女には理解できていた。
「魔力があるなら魔法も使える……はずよね。うん、ならここは異世界ね」
特に何を試すでもなく。ただ、数回の頷き。
この世界がどのような創りなのか。それを理解している彼女には、魔力があるという情報だけで十分だった。
たったそれだけで、自分に何が出来て、何ができないのかを分かっていた。
「さて、それじゃあ適当に進む……が王道よね」
パンと勢いよく頬を叩く。抱く不安など皆無。寧ろ、彼女の中には歓喜しかない。
数多の人間――試作世界A。もとい、地球の人間が焦がれた異世界へ来たのだ。
娯楽溢れる世界の者達が憧れる世界だ。なれば、きっと想像の及ばない楽しさが溢れているに違いない。
頭を巡る限られた知識を頼りに、少女は歩き出した。
「こういうのは地球だと縛りプレイと言うのだっけ? 忘れたけれど」
自分がどこにいるのかは不明だ。
しかし、歩けばどうにかなるだろうと。どことなく、適当に少女はのらりくらりと道を進んだ。
歩き始めて数時間。遂に、少女は溜め息を吐いた。その顔は酷く呆れていた。
彼女の目の前に広がるのは、ただただ高原。先ほどとは変わりのない景色だ。
視界に広がる緑豊かな草原。ずっと動かしてきた足を初めて止める。
「私ってもしかして方向音痴なのかしら? それとも実は全く進んでないとか? いや、それはないわよね」
額に手を置き思案。辿ってきた道のりを思い返す。が、記憶の景色までもが緑一色。
おまけに空も変わらぬ青。考えなしに進んだ結果が迷子とは素直に情けない。
村に辿り着くこともなければ、人にすら出会わない。
この世界には、エルフやドワーフといった亜人。他にも様々なモンスターがいるはずだ。
人間以外の存在も身を置いている。なのに――。
「なぜ……なぜ、出会えない?」
一度もそれらを確認できていない。ずっと一人ぼっちでここまでやってきてしまった。
とうとう少女は現実を前に頭を悩ませた。
「もうさっきの場所まで戻る? いや、道が分からないわ」
特に道順を決めて進んだわけではない。適当に曲がり、気の向くまま前へ。
やがて、道に迷い、途方に暮れる。なんとも間抜けか。己の浅はかさを悔やむ。
それにこの体になってからは、疲労は溜まり、空腹を感じるようになった。
いつまでもこのままというわけにもいかない。少女は手放した全知を僅かに欲した。
最低限の力という制約を掛けた故、今はその力がない。自身で思考するしかないのだ。
全知全能だったところには考えられない状態。ため息を吐いてしまう。
――いや、全知ならばこの状況も容易に想像できたのでは?
そんな現実逃避めいた考えを遂には巡らせた。
「そろそろちゃんと考えなきゃいけないわね。全知じゃないことが新鮮でついつい考えるのを放棄していたわ」
自然と零れる独り言。
人というのは――この少女は人ではないが、興奮状態であると口数が多くなるという。
つまり、なんだかんだ言い、ああだ、こうだと思いながらもこの状況を楽しんでいるのだ。
――さて、どうしましょうか。
目を閉じ、思考の海に意識を沈める。僅かに考える行為に新鮮さを感じて。
少女は様々な思案を巡らせた。そして、僅か数秒。妙案を見出したのか、ゆっくりと瞳を開いた。
「転移魔法……。いや、探知からの転移が確実ね」
導き出したのは存外に安易な答え。
周囲に魔力を持つ存在がいないかを探し、見つけ次第、そこへ転移する。
単純かつ若干の荒さが目立つ方法だ。しかし、この場ではこれ以外に確実的な方法はないだろう。
運よく、魔力探知も転移も魔法により行える。なれば、これをしないという選択肢はない。
「そうと決まれば早速。ええと、さすがに使える魔法のやり方は知っているのね」
決まるが早く。少女は意識を周囲に拡散させた。
広がる意識に魔力の反応があれば、既に彼女の作戦は成功だろう。
「……結構な数があるわね。村かしら?」
やがて一カ所に集まっている魔力を見付けた。
魔力を探知する魔法故に、そこがどのような場所かまでは不明。
しかし、魔力を持つ者達が集まっていることを考えれば、自ずとそういった答えが見えてくる。
行くべき場所が分かれば、少女の行動は一つだ。
「距離的にこっちね。『空間転移』」
虚空に手を翳し、魔法を発動。魔を紡いだのは一瞬。
彼女の言葉が静寂に溶けた刹那、一つの穴が空間に空いた。
少女の身の丈に合った闇の空洞。待ち人を迎え入れる様に口を開く空間。
「さてさて、私が初めて出会うのはどのような存在かしらね」
抱く期待を胸に仕舞い込み、少女は軽い足取りで闇の空間へと進んだ。