一の巻
「久しぶりだな、長手。一国の王子さまが今じゃ囚獄の見張り番とはな。」
長髪の男はそう言ってほくそ笑んだ。暗がりの中、焚松の明かりに細面の顔が浮かび上がる。長い白髪はそのために少し赤みを帯びている。しかしその髪の色は生まれつきで、彼がまだ22そこそこであることを長手は知っている。
「確かに、お前のような囚人の方がまだ救いがあるかな。益荒どの。」
そういって鉄格子の向こうの男に頬笑み返した。
「自分だってこんな仕事がしたいわけじゃないが。実をいうと、ある人の情報を集めているんだ。」
「ほほう、じゃあ俺がそいつの情報を提供したら、ここから出してくれるってのはどうだ。」
「おいおい、ずいぶんと話が早いなあ、まだ名前もいってないぜ。」
「立華北周、違うか?」
「・・・そうだ。でも半年も牢に入っているお前が、なぜそれを知っている。」
長手の問いに、彼は軽く鼻を鳴らした。
「獄吏に答えられるかよ。でも忍の俺になぜ、と訊くとは愚問だな。しばらく見ない間にずいぶんと見くびられたものだ。」
「すまん、すまん、お前の技のほどは知っているよ。でもあの邑で暮らしているとどうもな。実感が薄れるというか。」
「いいわけはよせや。前から言ってるだろ。最近の都会はまだ白髪一本もない若者だってたいそう早めに耄碌させるとな。爺さん口癖だったが、こっちに来てはっきりわかったよ。生来 蟲霊に敏感な質のお前にさえ身に迫る気配を感じ取れなくしちまうんだからな。」
「それはどういう・・・」
突然、木枠でも嵌められたように口の自由が利かなくなった。それだけではない。全身が金縛りにでもなったかのように硬直し、立ったままの状態でまったく身動きが取れない。
突然、牢の中で彼が立ち上がると、いとも簡単に拘束していた手足の枷を外した。そしてまるで腐った細木でも破るように、鋼鉄でできた牢獄の格子を蹴破った。
「待ちくたびれたぜ。実を言うとな。俺もお前に用があるんだ。来い!」
自分の意思とは関係なく、いや、性格には自分自身の脳裏に巣食う何者かの意思によって、彼の体は動き出す。
と同時に、やはりその何者かの力によって、抵抗しようともがき続ける自己の意識も遠のいていった。