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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第七節 精神唯存揺篭 ~剥き出しの対峙~

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精神唯存揺篭 基底 閉環籠姫心中 Ⅰ

 ゴボゴボゴボゴボ。


 私が落ちていった先は何も無い闇ではなく、水の中だったらしい。それも、き通った。少し飲んでしまったが、その味やのど越しはあの庭園のふん水の水にとてもよく似ていた。その水温が私の体温とほぼ同じくらいであること以外は。


 それに加え、身体に損傷は増えていない。服から水を含んだことによる重みが感じられない。水の特定の方向への強い流れは感じない。周囲がそれなりに明るい。そして、からみついていた触手がいつの間にか消えていたことは非常に幸運であったといえる。


 とはいえ、かなりの高さから落ちたようで、水面ははるか頭上。距離は……考えない方だ良さそうだ。


 片足がまともに動かないのはかなり厳しい。


 底は見えないもっと深いのか? 前方は緑青色の土の壁、か? ほの明るく光っている。そして、上からは白い光が。後方十数メートル程度先には、丸みを帯びた壁面が見える。


 に角早く水面から顔を出した方が良さそうだ。流石に、水中で息ができるなんてことはあるまい。






 私は片足と両手を動かし何とか水面から顔を出した。


 ザバァァァアアア!


 おぼれる瀬戸際だった為、


 ぶはっ!! ゲホッ、ゴホゴホ。ゴボボボボ、ザバァァァ、スゥゥゥ、ハァァ、スゥゥゥ、っ、ゲホゲホッ、スゥゥゥ――――。


 むせながら何度か頭を沈めつつも大きく何度も息を吸い、く。結構な量の水を飲んでしまっていたようだ。飲んでしまった水が清(りょう)だった幸運に私は再び感謝した。






 水中から見たよりもそこは明るくなかった。だが、周囲の様子を見渡すのに支障は無い。そこは、緑青色の土から成る洞窟どうくつのような空間だった。


 横幅は30メートル程度。天井ははるか頭上、100メートル程度? いや、もっとか?


 あんなに高いところから落ちてきたとは思えない……。天井に割れ目も穴も無い。本当に私はあの上から落ちてきたのかと疑う。


 落下途中に何処かに飛ばされたのかも知れない。そして、この場所に、生きたまま運び入れられた。


 そうやって、都合悪く考えた方がいい。運良く水の上に落下するなんて、出来過ぎている。あの触手がそうした? なら、何の為に?


 良く分からない。


 頭をひねらせても、まともな答えは何一つ思いつかなかった。彼女は狂っている。狂った者の思考を読み解くなど、自分でも驚く程冷静な今の私には無理そうだった。


 とにかく、陸地に上がろう。丁度、正面側は、波打ち寄せる海岸のように低くなっている。


 そうして上がった陸地は、水の中にいたときよりも更に薄暗かった。洞窟どうくつは奥へと続いている。






 風は吹いていない。そう周囲は寒い訳ではないはずだが、私は震えていた。


 衣服が吸っていた水が冷えてきたのだ。途端に服の重みを感じ始める。湿った布地が肌にこびり付く感覚を感じる。感覚がこれだけ鮮明だということは、幻想の類とは考え難い。


 不思議なものだ。つい先ほどまでは何とも無かったというのに。


 とはいえ、この様子であれば、割とすぐに服は乾きそうだ。空気が乾燥している訳でも風が強く吹いている訳でも、熱い訳でも無いが。


 脱いでしまえば気化熱としてこれ以上体温を持っていかれることも無いだろう。それに、負傷した右足の様子も見ておきたい。痛みが無いというのはこういうときには不便だ。


 服は湿っていたわりにあっさり脱げる。上から順に脱いでいきつつ、私は考える。


 この場所の出口は何処だろうか……? 風が吹いていない。それがやっ介。ここが閉じた場所である可能性が高い。


 そうなれば、考えられる脱出経路は、あの水中深く、か? だが、右足はこのざま。


 丁度、スラックスを脱ぎに掛かったところだった。()()()()()()、それをあっさり脱げ、驚いて私は自身の右足の様子を確認する。


 折れ……、ていない?


 どういうことだ?


 打撲痕こんは残っている。だからあの締め付けで砕かれたのは間違い無く、私の身に起こった出来事。だが、回復しかけている? 骨は元通り。炎症による少々の動かし難さが残っているだけだ。"ほたる色の液体"を使った訳でも無いのに。


 落下の際、白羽根でも干渉してきたのか? 私が助かるように。なら、私に巻き付いていた触手が見当たらないことにも納得がいく。


 だが、果たして、本当に、ここは安全な場所なのか? そして、この安全は続くのか? この場所から出る経路は存在しているのか?


 地下独特の湿り気のある土の臭いすら無く、特に警戒すべき気配も感じない。だから私は、一旦落ち着くのと、服が乾くのを待つ為にその場に座り込んだ。






 自身の身の心配から、この周囲のこと、そして、悪魔少女が私をこの場所へ引きり込んだ際に見せたあの強大で巨大な触手の脅威は解決していないという根本的な問題へと思考の方向性は変(せん)していく。


 出口を見つけることも大事だが、私を引きり込んだあの触手についての対策も考えておく必要がある。ひょっとして近くにあれがいるなんてこともあるかも知れない。出口で待ち構えているなんて展開も想像できる。


 あの触感。あれは、どう考えても人や人型に近い類では決してない。力の大きさからして、巨体であることは間違い無い。悪魔少女は、私の知っている生物のらち外の大きさにまで各部位、いや、下手すれば全身の大きさを変える、若しくは、巨大化、異形化することができるのだ。


 なら、私を引きり込むのに、どうしてあれだけ時間が掛かった? 遊んでいたのか? いや、そんな感じはしなかった。特に、屋敷の穴の下へと引きられていくとき、最適で最短を彼女は採ったかのようだった。


 私をなぶるように遊ぶなら、扉から手が離れて地面から落ちていくその間は、できる限りたのしむはずだ。


 そうしなかったということは、何か制限でもあるのか? 持久力等の。


 ……。


 こんなものは、甘い、私に都合の良い認識だ。そんなはずが無い。


 服が乾いたようだ。


 私は服をさっと着て、周囲の探索を始めた。








 周囲を壁伝いに歩き回ったが、特に何もなかった。地形はあらかた把握できただろうが。ここは、何処かの地下の、トンネル型の空(どう)だ。長靴の甲より下の部分だけのような形の空間だ。


 そう狭くはないが、広大というわけでもない。酸素切れの心配は無いだろう。つまり、一先ずは安全という訳だ。


 そしてやはり、出入り口は、私の手の届く範囲には無さそうだ。


 右足が動かせるようになっているのだから、潜ってみて進路があるか調べてみる必要があるだろう。そうでなければ、何処かに隠しとびらや隠し通路でもあるのだろう。


 だが、本当に出入り口が無かったのだとしたら、ここはさながら、天然の牢獄ろうごくだ。人工的な感じはなく、自然な、ある程度の広さはあるが、閉じた空(どう)。出入り口は上からの一方通行。


 本当にそうなら、私にできるのは待つことだけ、ということになる。


 もしそうだと確定してしまえば、不安に耐える時間が始まる。だが……、それでも私は入り江に再び入り、出入り口があるかどうか探すことに決めた。


 悪魔少女の触手が湿り気を帯びていたことを思い出す。あの中に潜んでいたとすれば、おそわれたら対処法は無い。


 いや、だが、さっきあの中にいたときはおそわれなかった。だから彼女はあそこにはいない。






 服を脱ぎ、入り江の前に立ち、足を水面に付けようとしたところで、私はぴくり、とその足を止める。


 濃密な気配の塊が、水の奥深くに、いる。姿ははっきり見えない。だが、何かが間違い無く、いる。


 水は透明。周囲の壁面は仄かに光っている。だから、水の中は明るい。底は見えないがかなりの深さまで見える。その範囲には影は見えない。だが……、入ってはいけない気がする。


 私はそうして、その足を地面へと退いた。


 試しに叫んでみる。私の予想が当たっていれば、これは有効に働くはずだ。


「私で遊んで楽しいかぁぁ! 姿を現せ!」


 声が出た。この洞窟どうくつ内に大きく響き渡る。つまり、悪魔少女は、依然、意識と自我をしっかり保った状態で、存在している。


 なら、私をこんなにあっさり、逃すはずはない。彼女はもう、私を自由に泳がす気など、もう無いだろうから。


 今まで姿を現さなかったのは、何やら必要があったか、私を一度安心させ、絶望へ突き落して遊ぼうとしているか、どちらか。


 そして、あおりに弱い彼女なら、聞いていれば、近くにいれば、これできっと出てくる。


 そして、すぐさま、返事は返ってきた。それは声による返答では無い。この場に起こる変化と、突如濃厚に感じられてきた彼女の気配が、彼女の返事そのものだった。






 ゴォォォォォォォオオオオオオオオオオオ――――!


 周囲の空気がどよめく音がする。それはどんどん大きくなっていく。だが、私は後ろや上や右や左は一切見ず、入り江の水中を俯瞰ふかんしていた。


 私は弓を出し、その辺に転がっている形の悪い小石の一つを拾い上げ、数歩退きつつ、石を弦に引っ掛け、構えた。


 ブゥオオオオ、ブクブクブクブク――――、


 徐々に浮かび上がってきながら、大きくなっていく影。


 来るぞ、来る。彼女が――――、来る!!!


 ザバァアアアアアアアア、


 予想以上に大量の水飛沫(しぶき)を巻き上げつつ、巨大な水の球として浮かび上がる何か。


 半径4メートル程度の、黒いもやよどんだ、中がはっきり見えない球が、その上に透明な水の厚さ数十センチの膜をまとって現れた。


 ピュゥゥ!


 小石の矢を放った。


 バシャァァァアアアア!


 ブフッ……、ゴボゴボ……。


 飛び散る水飛沫(しぶき)の量は尋常では無く、それは私をすっぽり覆ってしまう程の塊となって、こちらへ落ちてきた。


 それは海で高い波に呑まれる感覚ととてもよく似ていた。


 私はそのまま穴の奥へと押し流された。背中から洞窟どうくつの奥の壁面にぶつかり、水圧で数十秒抑えつけ続けられる。


 ブブブブブ……。


 息を吐き出せさせられ続けながら、何とか保つことを、放った一発が発動することを祈り、私は耐える。


 ブゥオオオオオオオオオオオオオオ!


 発生した風と衝撃波。


 私を壁に抑えつけていた水は消えたが、今度は風圧によって、壁に抑えつけられる。


 息が……。


 フゥイイィィ……。


 何とか、保った、か。

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