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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第六節 神秘庭園 ~ひとときの逡巡~
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精神唯存揺篭 灰墟 Ⅱ

 これを私は最も恐れていた。そして、それは現実となって私に立ちふさがったのだ……。


 何故だ……。かぎが掛かっているのでも無い。取っ手はちゃんと回った……。だが、押しても押しても、開かない……。


 メキメキメキ、ピキピキビキ!!


 どうする、どうする、どうする、どうする……。


 通路の壁の一部は既にくずれ始めていた。場所によっては天井も。そして、ほう落は徐々《じょじょ》に広がっていく。


 私は考えることを止め、とびらにただ、必死に体当たりを繰り返す。ふらつき、転倒し、立ちあがり、何度も、何度も。


 どんどん捨て身になっていく。必死になっていく。体をかばうなんてことはしなくなり、何度も何度も。


 っ!!


 体が浮かぶ感覚。とびらが度重なる体当たりによって、奇跡的に動いた。建て付けが悪くなっていただけだったらしい。


 連続で体当たりし、どんどん開いていくとびら。三分の一ほど扉が空き、これ以上の余裕は作れない。そう判断した私は、かたからその間(げき)に体を滑り込ま――――……、右足に何か冷たいものが触れた感覚。


 体がこおりつき、時間が極限まで遅くなるような感覚。私は震えながら、スローになった世界で、宙に浮いたまま、冷たさの発信源を見つめる。


 ん!!


 う、な、何だ、と……? ここにきて、だと……。


「あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぅぅ!(ああ、くそったれがぁあああああああああ!)」


 声にならない声を上げる私……。


 青白い光を浮かべるやみが、大きく口を開け、そこからい出てきたような、歪むやみが、いや、黒いもやが、私の足に触手のように実体を、形を成して、伸びてきて、からまってくる……。


 そして、遅れて漂ってきた、ドブのような、どろにおい……。灰のにおいで隠されていたにおい……。あのときの、人の血のにおいを色濃く漂わせていた最初の辺りの彼女のにおいよりもずっとずっと、それは強烈だった。


 様々なにおいが混ざり合った、むせにおい。だが、紛れも無く、彼女のにおいだ……。人の血のにおいが色濃い……。


 灰色の触手本体が私の腹周りに巻き付き、私を扉から引きがそうとしてくる……。


 せていられはしない。鼻も抑えられはしない。息を止めることもできはしない。そんなことをすれば、引きり込まれる。


 バコンッ!


 っ! な、な……、取っ手が……もげ、た、だと……。


 私はすぐさま、両足を壁につっかえさせ、ねばろうとするが、無駄だった。そんな姿勢で引きり込まれないように耐えるなんてできるはずが無かった。


 大きな、覚えのある気配、おぞましい気配。それが濃縮されたような、冷たい気配が急速に近くなる。


 みこまれそうな、われそうな、そんな感覚。


 まるで、へびに捕食されようとしている、かえるのよう……。


 こんな、逃げで終わりにする訳にはいかない……。失敗することは必ずいつかあるだろう。それがどうしようもない失敗であることもあるだろう。私は全知全能ではない。だから失敗は認められなければならない。だが、失敗にもやり方というものがある。


 失敗はどうしようもないものでなくてはならない。万全を喫して、それでもどうしようもない理不尽なものでなければならない。


 それが決して、私の不注意や準備不足であってはならない。油断の産物であってはならない。弱気のせいであってはならない。逃げのせいであってはならない。


 それでもやってしまったときは、最後まで足掻かなければならない。


 手段は、選ばない。これは、悪魔少女の触手だ。なら、こうしてやる。幼稚でありながらも、潔癖で高潔ぶる彼女には通るだろう。


 それは悪戯というか、悪足掻きにもなるか怪しい、唯のしゅう態。だが、きっと、一瞬だが、触手はそれでゆるむ。私はそう確信し、それを実行した。






 ジョォォォォオオオオオ!


 小の方をもよおした。垂れ流した。躊躇ちゅうちょ無く。生暖かさが下半身に広がっていくにつれ、しばりがゆるむ。腹を一周し、腰下辺りまで掛っていたそれは、私の右足首まで後退していく。覆われる、しばられる力は先ほどよりも強くなっている。


 メキメキメキ、ボキィィィィ!!


 砕ける音が、鳴った。だが、放される触手。ほら、甘い。ざまあない。私は転げ回らず、力も抜きはしない。


「ぅおおおおおおおおおおお――――!」


 手負いのけものの如くえながら、残っていた力をしぼり出す。砕けた右足を引きりながら壁に手をめりこませながら立ちあがり、うように、一歩、二歩、三歩、……、せませまる。そしてやっと、とびらまで、三歩、二歩、一歩、届いた……。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 バキビキィィ!


 左手の指を無理やり扉のすき間にねじり入れ、右手を取っ手があった隙間に突っ込み、引っ張る。全力で引っ張る。


「ぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 開、けぇええええええ!


 ギギギギギギギ!


 ガコォァアアアア、ガコォァアアアア、ガコォァアアアア、ガコォァアアアア――――!


 床が壊されていく音が響く。彼女は方針を転換したらしい。実に嫌らしい方法で攻めてきた。直接狙えないのか、わざわざそんなえげつない方法を採っているのかは分からないが。


 ギギィ、グゥイイイイイイイ!


 完全に扉を開け放つことに成功する。で、滑り込むように体全体をロビーに入れ、右の扉をしがみつき、体重をかけながら閉めた。


 ギギギギギギ、ブツゥゥ……!


 挟み込みやがった、か……。なら、める、つぶ……す。


 グホッ、ゲホッ、ゴホォォ……。


 私は吐血しながらも、扉を全力で抑えつけにかかる。腹辺りの骨と内臓を損傷したのだろう……。


 息が苦しいが、やるしかない。ダメージを与えてやれば、当分は攻めてはこられない。"ほたる色の液体"もある。これくらいなら、持ち直せる。ここさえしのげれば。

 

 ギィィイィィィィ、ビチッ、ブチッ、ギィィイィィィィ、ビチッ、ブチッ、――――!

 扉がきしみながら挟んでいるものを徐々に切断していく音が鳴り響く。鳴ってはならない音が鳴り渡る。


 いける!


 扉と触手の接触面からは血が、黒い血が、にじみ出て……、し、しまった……。だが、もう遅い。扉から離れる余裕は無く。このまま切断してしまっても、みだ……。


 黒い血は、黒いもやへ変わり、私の周辺を覆い包んでいた……。


 それが被さってきて――――、私はそれにおぼれさせられる……。口から入り込んでくる、幾多もの絶望を見せる液体……。


 ゴボボボボ、グブゥゥ……。


 ブッ、ボン!


 とびらは壁から弾け飛ばされ、ロビーの床に転がった……。


 そうなれば、当然、私はそのたこのような触手に引っ張られ、床の下へと引きられていく。それは私の体なんていたわらない。


 当然だ。私はそれに抗ったのだから。だが……、こん願せずにはいられなかった。


 頼む、止めてくれ。こんな終わりは、御免だ……。こんな終わりでは、以前の私や神を名乗る者に会わす顔が無い……。白羽根にも……。


 それは聞き入れられなかったようだ。


 私は放されることなく、そのまま、そんな心に強く浮かべた泣き言と共に、うすれていく意識の中へ、やみへ、ちていった……。


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