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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第六節 神秘庭園 ~ひとときの逡巡~
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精神唯存揺篭 灰墟 Ⅰ

 私はうずの中へ、今度は自発的に飛び込んだ。勢いよく飛び込み、そこに浮かぶ背景の中へと私は無事侵入した。


 灰色の風が視界を奪う、モノクロの世界が視界一杯に広がっていた。


 これまで見てきた場所とはずい分雰囲気が違う。だが、これがきっと、この世界の本当の姿なのだと私は直感した。


 灰混じりの風が吹く。それは冷たく、乾いていた。空は灰色のちりと雲で覆われており、ろくに光も差し込まない。


 だが、前方向への視界はそう悪くはない。数百メートル先、なだらかな丘の上に見覚えのある屋敷しきが見える。


 二つのとうは見えないが、何度も見たあの屋敷であることは間違いない。屋敷しきの上空は、周囲と比べて濃い濃度の空舞う灰で覆われている。


 誘われて、いるのか……? いいだろう、乗ってやる。そこまで行ってやる。






 駆けることなく、ただゆっくりと、しかし立ち止まることなく、振り向くことなく、進んでいく。


 ガサッ、ガサッ、ガサッ、ガサッ――――。


 そんな無機質な足音を立てながら、私は半ば埋もれる足を前へと進める。


 灰色の雲にどこまでも覆われた、薄暗い空。灰色の、火山灰のような、燃えかすのような、灰の大地。幅数メートルの、丘の上の屋敷まで真っ直ぐ続く、灰色の石畳の道。雨は降っておらず、雷は鳴っていない。


 ただ、強く冷たい、渇ききった、灰のにおいのする風が吹く。それは、悪魔少女からした灰のにおいと同じものだった。


 遠くまで見渡せるが、地面の終わりも、空に浮かぶ島も見えない。


 そして、なだらかな丘を昇り、広場へ辿たどり着く。ふん水も、花(だん)も、灰でもれていた。私はそれをスコップでり起こし、確認した。


 一際強い風が灰を巻き込みながら、私に向かって吹きつける。


 目をつぶった。


 再度目を開ける。ふん水も花(だん)も、再び灰にもれてしまった。


 私はそれを放って、先へ進む。


 広がる景色の中で、色と時間と熱を唯一持つ私だけが、意志を持ってただ進む。


 こんなやるせない風景の中にいれば、詩人にもなりたくなる。こううそぶいていなければ、私もその景色の中にもれてしまいそうに感じるから。


 そうして、屋(しき)の入口である扉の前に到着した。


 扉は原型を留めていたが、炭化しているようだった。そんなことに目がいくのは、目の前の屋(しき)が、原型を留めた廃墟はいきょとなっていたからだ。


 この場所も核で滅んだとするなら、損壊がこれだけで済むのはどう見ても可笑おかしい。






 スゥゥゥ、ガコォォンンン!


 私は扉をスコップで叩き壊し、中へ入った。


 溶けて、固まって、砕けて、風化して、劣化して。襤褸襤褸ぼろぼろの穴だらけで灰が侵入していつつも、屋敷は私が踏み入っても床が抜けたり倒壊したりしない、探索可能な程度の損壊度合いで存在していた。


 都合が良過ぎる……。


 やはり、管理されている。悪魔少女の力が隅々《すみずみ》まで及んでいるのだ。この屋(しき)がそんなに大切なのか?


 私を四度殺した悪魔少女と、そんな彼女を作り出した世界に同情する私は、ある意味狂っているのかもしれない。これなら、ずっと、彼女の方が人間らしい。


 そんな皮肉を頭に浮かべながら、扉を思いっきり蹴り飛ばす。


 バキバキメキ、ガーン!


 やけに有機的な音を立てながら、とびらは私の予想通り、吹き飛んだ。私をさえぎるつもりは彼女には無いのだ。






 とびらが壊れ、ロビーが見えた。だが……。


 部屋に入って、目を細め、せき込む。


 ゴホッ、ゲホッ、ゴホッ……。


 息苦しい。暗い。


 天井や壁の照明は付いている。だが、薄暗い。前の部屋よりも本来明るいはずだ……。入口からロビーへ続くろう下には灯り一つ無かったのだから。


 存在する天井の灯りは、この部屋を照らすに出力が足りない訳でもない。


 ほこりが被っている。黒色のかびが生えている。ところどころ食している。蜘蛛くもの巣が張っている。そんな様子がちゃんと見えているのだから。


 なら、これは、具現化した威圧感、か……。


 この屋敷の何処かで、悪魔少女は私を待ち構えているのだ。


 酷く朽ち果てていたロビーを抜けようと、以前は無かった、通路へ続くやたら重いとびらを開ける。


 ズゥゥゥゥゥ、ギィィィィィィ! ドサァン!


 私が手を放すとすぐさま扉は大きな音を立てて閉まった。先ほどの部屋より暗い。物理的に暗いだけでなく、雰囲気も重々しい。


 進路はこれで合っているということだろう。視程は20~30センチ程度しか無い。私はゆっくりと先へ向かって進んでいった。


 それは一本道であるようで、ただ真っ直ぐ、何処までも続いているかに思えた。だが、実際には未だ、数十メートル程度しか進んでいない。


 バラバラバラ……。


 私はぴたり、と足を止めた。


 崩れる音が物凄すごく近くから聞こえた……。それは、私の爪先辺りから。恐る恐る視線を足元へ向けると、私の前へ出ている方の足の爪先より先に床は無くなっており、


 メキメキメキ、


 その足元の床にひびが入っていくのが見えたため、私はそっと後ろへ数歩退いた。


 突然、何なのだ、これは……。


 汗が、止まらない……。


 目の前に、床は、地面は、無くなっていた。地面のない通路が、ただ、ひたすら向こうまで続いていた。左右の壁は消えていない。床だけが消えているのだ……。


 それが視認できるのは、消えた床の先、下から光が差していたから。だが、光そのものが差しているのではない。


 そこから現れたものが、光を発していたのだ。青白い光を……。


 何だ、あれは……。


 それは、灰色の、たこの足のような……巨大な半透明の触手……。灰のにおいをまとった触手。


 その触手は、明らかに私に向けて敵意を放っていた。先ほどから足が震えてしまっているのだ。威圧をまともに浴びてしまって……。


 だが、そこまでだ。そのたこのような触手は、それ以上何もしてこない。不気味に下で光っているだけだ。


 私はかかとを翻し、ひっそりと逃げるようにエントランスへと戻ることにした。気付かれないように、気付かれないように。






 そして、それは上手くいきそうだった。あと10メートル程度でとびらに着く。


 依然触手は動きを見せていない。


 あと8メートル。あの扉がすんなり開いてくれればいいが……。


 あと6メートル。だが、いつまでもこの状態が――――、ゴォォォォォォォォォォォ!


 な、何だ……!


 突然、とどろきとともに、平行方向の強い揺れが発生した。


 あと6メートルで変わらず。数十秒経過したにも関わらず、止む気配はない。


 私は何とか大丈夫だが、屋(しき)はそうではないようで……。揺れに耐えられなくなり、ぴきぴきと、天井や壁や床にひびを走らせていく。


 メキメキメキ、ピキピキビキ!!


 まだ、止まらないのか……。


 更に数十秒経過した。揺れに振り回されないように踏ん張るのがせいぜい、なんてもう言ってはいられない……。


 不幸中の幸いか、これでも未だ、あの触手は動いていない。


 私はわざとその場で倒れ込み、四つんいで進む。エントランスへ向かって、あと6メートル、5メートル、4メートル、


 キィィィィ、ガシャーン!!


 上からせまってきた、落下してくる付かない灯りを辛うじてのところで、転がって避ける。そんなもの、明らかに存在していなかったのに……。


 ……。どうやら、上の階から落ちてきたらしい。


 何がしたいのだ、悪魔少女は……。私にこの中を探索させたくないのか……? なら、どうして招き寄せるような真似をした……?


 だが、そんなことは後だ。あと、3メートル、2メートル、


 あと1メートル、……、届いた。


 ドアにもたれかかるように立ちあがり、とびらの取っ手を、思いっきり踏ん張って、引く、が……、


 開かない……。


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