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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第六節 神秘庭園 ~ひとときの逡巡~

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??? 神前 Ⅱ

 そうしていつまでも延々と続くかに思われたこの状況に変化が生じた。


闇しか無いはずの天が、一(しゅん)、黄金色に光った。


 それはきっと、外からの干渉。身体への干渉では無い。私の意識がここから登っていく感覚を感じた訳でも無いのだから。つまりこれは、精神への干渉。


 そして、どうやらその予想は当たっていたらしい。


 降ってくる神聖な声と黄金色にきらめく文字が、私に尋ねてきた。


「【貴方が見たそれは真実です】」


 それは、女性の声だった。高く、澄んだ、にごりがなく、響く声。幼くはなく、年老いているわけでもなく、若い、声。それは、とても聞き取りやすかった。


 状況があのときと似ている。あの神前と似通っている。だが、あのときとはずい分、雰囲気が違う。


 別の存在だろうか?


「【()()()()を差し上げましょう。貴方の一度目から四度目までの死というのは全て、貴方が、あのかごの世界の中で辿たどった死の回数です。貴方は原始の世界でもこの庭園でも一度も未だ死んではいません。】」


 成程。これは、あのときの神を名乗る者と同一の存在。ということは、私が原始の世界で世界を司る悪魔をたおしたことで力の一部が戻ったということか。


 それにしても、まさか、神を名乗る者が女神だったとは。これは予想していなかった。


「【貴方に威圧感を最も与えない、貴方が最も受け入れやすい形を取っただけです。私に性別は()()、ありません。それに、もう威厳をつくろわなくとも、貴方に神性を感じさせられていますので、こういった方針を今後取らせて頂こうかと思います。】」


「【貴方は私の協力者。だから、唯威圧的であるだけなんて、決していいこととは言えませんからね。】」


 また少し気になる情報を提示されたが、それは今はどうでもいい。


 色々と冷静に考える余裕ができたのは、私の四回の死の原因が、全て、物理的なものではなく、精神的なものによるものであることが判明したからだ。


 つまり、私が先ほど思い出した死の像というのは、悪魔少女が私に付与したものということだ。私自身が生み出したイメージでは決してない。屈したイメージではない。屈したことを唯忘れていたのでもない。そんなもの、最初から無かったのだ。


 私は屈していない。あきらめていない。たくされた思いを、信頼を、裏切ってはいないのだ。


 であれば、私はまだまだ、戦える。これでもまだ、悪魔少女に憐みは抱いている。きっと、攻撃を仕掛けようとしても、多少の躊躇は抱く。それはもう変えられないだろう。それでも、私は、私が間違っていないと信じて、進むことができる。


「【このまま、折れてしまいますか? 貴方にはその権利があります。そう一度尋ねるつもりでしたが、その必要は無さそうですね。】」


『当然だ。』


 私は心の中でそう強く、うなづいた。





「【今から貴方に、少したちの悪い質問をします。貴方はそれに答えてもいいし、無視しても構いません。もし貴方がそれに答えてくれ、私が納得するまで説明して下されば、ほう美を授けましょう。】」


『言ってみてくれ。』


 聞いてから判断することにした。先にそれを受け入れて、ほう美を私により都合の良い形に寄せるなんて駆け引きもできただろうが、もし本当に私に分からない、答えられないことであったとした場合、一方的に情報を引き出されるだけで終わる。


 そもそも、こんな遣り取り、神らしくない。少しばかり警戒を強めたというのもその理由だ。だが、ここからすぐ抜け出す方法も分からない。だからどちらにせよ、質問を聞くぐらいはしなくてはならない。


 一方的な拒絶ができる力関係では無いのは確かなのだから。


「【何故貴方は、伽藍堂がらんどうとして創られて間もない貴方は、それだけ傷ついて、砕けて、崩れそうで、それでもまだ、立ち向かえるのですか? 貴方が成さなければならないと考えていることは、そもそも、今の貴方が自身で選択したことではないですよね?】」


『その通りだ。だが、私はたくされて、それを受けた。最初はもう一人の私の想いだけだった。だが、それ以外も幾つか背負ってしまった。私がここで折れて消えるということは、それら全てを踏みにじることに他ならない。それはわば、』


「【きょう持ですか。貴方が短期間で、いや、存在しているうちにそのようなものを持つとは、思ってもみませんでした。】」


 割り込まれて、先に言われてしまったが、その通りである。私はそれらを背負って進み続ける能力があると自負している。現に、私は今も折れずに生きている。


 またもや意味深なことを言われているが、何処までも本気で受け取るのは危ゆい気がする。この神を名乗る者はこんなにも不完全なのだから。


 心を読めても、真意までは読めていない。真に神であり、その力を十全と振るえるのならば、誘導せずとも心の何処までも見透かせる。


 やはり、未だ力の大半が失われたままだからだろう。


 ああ……。そうか。神は力の大半を失っている。


 失い続け、そしてやっとのことで私経由で一欠片の力を取り戻した。だが、それまでに積み重ねた、彼女が以前私に提示した数多もの失敗の話からして、彼女はわずかずつだが失い続け、ああも弱まった。


 半ば脅すようにして無理やりにでも契約を結ばなければ、何一つ頼めない程、わい小に成り果てていた。だから、一欠片だけでは十全には程遠い。取り戻した欠片は、どれだけ大きかろうが、全ての力の4分の1程度でしか無いだろうから。他にも三つの世界が未だ、力と共に奪われたままなのだから。


 それが、答えだ。だとすると、どうして、以前の私を神は選んだ? それに、どうして、以前の私ではなく、今の私に旅をさせている? 以前の私はどうして、自身を牲にしたのだ? どうして、神はそれを認めたのだ?


【私の知りたいことは知ることができました。ですが、貴方のそれらの疑問には、答えることができません。理由も教えられません。全てが崩れてしまいますから。何もかもが。以前の貴方が今の貴方に用意した全てが、無為になりますから。】」


「【私が貴方に教えることで、貴方は、思い出してしまうでしょう。以前の貴方を、思い出し、作り出し、再現してしまうことになってしまうでしょう。そうなっては、全てが無為に終わるのです。】」


『そこまで聞かせて貰えれば十分だ。』


 私はそう、心の中でつぶやいた。






 ヒントは与えられた。


 以前の私とは違う私で無いときっと、全てを取り戻すには足りないのだ。そのことを以前の私も、神を名乗る者も、分かった上で、ああ言ったのだ。


 だが……。以前の私はどうして、そうだと判断できた? 残された記憶映像の選び方からしても、以前の私が弱者であったとは思えない。常に強く、勝つ側にいた人間のそれが垣間見えた。


 だから、結末を知っていなくてはそうはならない。神を名乗る者がそう予言し、見せたのか、それとも、実際に、以前の私は終わりかけた?


 なら、納得がいく。


 届かなかった。そんな結果が残った。そして、それは、どう足掻いても、以前の私のままでは変えようが無いもので……。だからこそ、神を名乗る者と組んで、今の私を、伽藍洞がらんどうで始まり、保持させた映像記憶と知識と常識等の判断基準から、ある特定の方向性を持った、以前の私とは違う人間として、人格として、旅を通じて育て上げる?


 だが、幾ら何でも、それは突拍子過ぎる。そもそも、そうも思った通りになるはずがあるまい。分の悪い賭けでしかない。以前の私の人としての完成度が高ければ高い程、それは、劣化の恐れを多分に含むのだから。いや、十中八九、そうなる。それどころか、その途中でつぶれる可能性が高い。


 賭けにすらなっていない。可能性に賭け、準備を整え、それでも確実には程遠いにも関わらず、以前の私は自己を捨て、私を創った。全てをたくした。


 では、何故、そこまでする……? 自身を犠牲ぎせいにしてかなえる願いなぞ、あるのか、そもそも? 私より、彼が、この旅の適任ではなかったのか?


 結局のところ、旅の先にある以前の私の願いが何であるのか、私は知らない。私なら、こんな危険な賭け、思いつきもしない。万一思いついたとしても、実行に移すことはないだろう。以前の私はどうして、私を信頼して、そうした?


 ああ……。以前の私は完結している。一人で完結しているのだ。だから、自身が抱いた計画を策を疑わない。成功を疑わない。それは以前の私にとって賭けでは無く、確実な手段でしか無いのだ。


 そして、確実に以前の私はそれで自身の願いがかなうと確信しているのだ。


 つまり、私は以前の私に、自分が考えた通りに進んで問題ない、と保証されているのだ。






「【私は、貴方が今しがた考えていたことに対して、何一つ言及するつもりはありません。それでですが、何を貴方は望みますか? 私がかなえられる範囲で一つ、貴方の願いをかなえましょう。】」


 そんなもの、決まっている。


『私は、知りたい。以前の私、いや、私とはすっかり別の存在ともいえる彼を、私は知りたい』


「【良いでしょう。ただし、今は未だ教えることはできません。貴方が貴方として確立し、完成したとき、私は貴方のその問いに答えましょう。()()()()()であるそれをかなえましょう。その機会があるならそれは、貴方が旅を終える直前か、貴方が折れたときのどちらかになるでしょう。】」


 本来不可能? どういうことだ……? 私と以前の私は、同時には存在できないということか? いや、だが、二重人格等、二つの意思が一つの体に同居している例は幾つか存在する。


 だが、それに関して問いただしても答えがかえってくるとも思えない。それも以前の私に深く関係する事柄であるのは間違いないのだから。


「【神が願う。それほど可笑おかしいことは無いでしょうが、それでも私は、貴方に願わずにはいられないのです。】」


「【貴方に全てを託したのは、以前の貴方だけではありません。私もそうなのです。貴方が失敗すれば、私も消えるのです。ですから、信じてください。どうか、私を、信じてください。私が貴方を唯利用しようとしているだけの敵ではないと信じてください。私の言うことを、信じてください。】」


「【根拠は提示できません。私はその手段を持ち合わせていません。ですから、ただ、祈るのです。貴方に、今の貴方に、全てを託した今の貴方に、私は祈るのです。どうか、私の願いを叶えてください、と。】」


 そう神が言い終わったところで、私の意識は闇から浮上していった。






 ふん水のふちに上体をもたげていた私だが、そんな姿勢であったにも関わらず、体に疲れはまっていなかった。


 疑問は増えたが、不安はすっかり薄れた。


 悪魔少女に対応する策、結論は出た。


 迷っても躊躇ちゅうちょしても構わない。だが、決して、意志は曲げはしない。


 安全の究極の形。それは死なないこと。死にさえしなければ、可能性が残る。それが、どのような形であると、未来がつむがれる可能性が残る。


 これが、要。私なりの安全の形。それをしっかり持っていれば、私は迷いはしても、結論は貫き通せる。間違った安心を心に抱く彼女に、それをぶつけてやろう。


 それで全てはきっと、解決する。想いであれば、彼女にきっと、届くだろうから。


 私はハンカチにほたる色のしずくをたっぷりみ込ませ、顔を泉の水で洗い、再び、"safety"の台座の先へと向かった。

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