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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第五節 精神唯存揺篭 ~砕け散りし伽藍洞~
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精神唯存揺篭 ??? 浮島白羽根宮 Ⅰ

 ぱちりと目を開けると、周囲の光景は変わっていた。


 私は立ち上がった。


 どうやら私は白い空間にいるらしい。周囲は満遍べんなく明るく、未だ目が慣れていない。目を細めて確認する。服装は元通りになっていた。


 目を覚ましたら別の場所、というのにも慣れてしまった私は、あわてることはなかった。


 手先に何か触れた。それを指先を使って再び触れてみると、ばさっとそれは散る。それは白色の花びらだった。


 そろそろ目も慣れてきた頃だったので、細めていた目を全開にする。


 白い地面に空間にこつ然と現れた色とりどりの花の絨毯じゅうたんふちに私は立っていた。


 奥の方に、白い丸い光の球が浮遊しているのが見える。距離が分からない為、大きさははっきりしない。だが、そう簡単に見落とすような大きさでは無い。ここからでも、サッカーボール一つ分位の大きさには見える。もっと大きいのだろう。


 周囲には他には何も無かった。


 白羽根の声がしたのだから、彼女が出てくるのかと思ったが、姿を現していない。ここに来てからは、声すら聞いていない。


 だから私はその中に立ち行って行く。






 先へ進む程、草花の背丈は高くなっていき、見渡しは悪くなっていくが、どんどん鮮やかになっていった。周囲は黄色やオレンジやピンクや赤といった、彩度の高い色の様々な花が咲き乱れていたのだから。


 甘い花の香りがする。だが、それは、悪魔少女が発していたにおいとは違い、吸っていて心が落ち着くのだ。


 そして、植物の背丈が私の背を越えたあたりで、それ以上大きな植物は出て来なくなった。


 そうしてどれだけ接近していっても大きさが変化しない白い光の球を追い続けていると、突然、草木の壁が終わった。


 私は足を止めて、周囲を見渡す。


 開けた土地と建物が見える。こけの生えた石(だたみ)の地面が広がっているのだ。そして、近くにはふん水が見える。


 青い空が広がっており、ある辺りから先は灰色の雲で覆われている。少なくともこの場所の上空は明るく晴れている。


 ずい分見覚えがある光景がその先にあった。向こうには二つのとうがある屋(しき)が見える。ここは、やはり、あの島の上のようだ。だが、時間軸は不明だ。


 季節は春であるようだが。


 人の気配は無い。それどころか、小動物の存在や痕跡こんせきも見当たらない。これだけ色取り取りの花が咲いていて昆虫一匹見当たらないのはある意味不気味だ。


 まるでこの空間が作り物のようではないか。ああ、そうだ。ここは作り物だ。悪魔少女の力によって作為的に切り取られ、維持され、何度も再生される、過去の光景だ。


 吹く風はさわやかで、島はこれまでの中で、最も綺麗きれいな景色を有していたにも関わらず、有難みは無かった。


 ただ、虚しさを感じるだけだった。






 後ろを振り返ると、来た道は消えており、色鮮やかな草花の壁は、唯の密度の高い樹木帯に変わっていた。樹間は狭く、たやすく通れそうには見えない。道の類も存在していない。


 樹木は成長の早いものばかりで、伐採の後や、計画的な枝切り、そして、植え替えの跡があった。


 きっと、土の柔らかさからして、それなりに頻繁に入れ替えが行われているようである。スコップで掘り返し、根の地面への定着具合まで確かめた。間違いはないだろう。


 退路は断たれた。彼女の誘導か? それとも、悪魔少女、か……?


 私は前へ向けて歩き出す。


 ふん水まで進み、それの石材の消(もう)具合を確認する。それを見れば、前来た二回よりも時間が前か後かぐらいは分かるはずだと思い。


 あの二回よりも後であるようだ。ふん水のふちの石の摩(もう)が、これまでの中で最大だった。


 そうして探索を終え、後はもう屋敷しきへ向かうしかない。できればあまり近づきたくは無いが、この場所の出口が見当たらないのだから、仕方ない。白羽根に会って、出してもらうしか無い。


 庭園と屋敷の周りは森で囲われており、出口は無いのだから。






 そうして、屋敷の正面(とびら)の前に私は辿たどり着いたが、扉は閉じられていた。しっかりとかぎが掛けられて、罠を承知で無理やり突破することもできない。


 そして私は、無駄だとは分かっていたが、その隣についていた呼び鈴の灰色のひもを引いた。前来たときは存在に気付かなかったが、扉から少し離れて、地味にぽつんとそれはぶら下がっていたのだ。


 プツゥ、ガッ!


 びた破片と共に、ひもも千切れて落ちてきたのだ。よく見ると、ひもに、鈴から流れ出したさびが、雨水とともに伝い、その痕跡こんせきを残していた。


 ゴンッ、ブゥキィィ!


 遅らせながら、かっ色にび切った鈴は鈍い音を立てて、地面に転がりくだけた……。


 私が引いた紐は根元から千切れていた。


 ということは、この屋(しき)は入る方法は今のところ、無いということだ。外から開けることも、中から開けてもらうこともできないのだから。そもそも、中に誰かいるか分からないが。


 手持ちの所持品ではここを突破できるものはなさそうだった。武器の類は一通り使い、札を使うことも考えたが、どういう訳か、札に書かれた文様は消えており、力を失っていた。千切っても何も起こらなかった。


 仕方無しに、本を開いて、立体地図を出す。


 他の侵入経路があるかどうかを調べる為に。そして、他の侵入経路についてではないが、収穫があった。この島の名前が分かったのだ。


【浮島白羽根宮】


 私の知らない名だったが、それでも幾何か安心できた。






 ふん水を背にして座り込み、屋敷を仰望ぎょうぼうしていた。そして、膝の上に置いた、今いる島のホログラム地図のページを開いた本に時折目線を下ろす。


【浮島白羽根宮】


 もうひとつ私の時間感覚も働いてはいないが、おそらく、屋敷しきに入ろうとしてそれを一旦(あきら)めてから半日は優に経過しているかのように思える。


 踏み入れたときと同じように、島はいつまで経っても、春の昼下がりのまま。暗くなる気配は一切ない。そもそも、太陽などないのだから、暗くなりようがないのかもしれない。


 そういう島だということだろう。


 どうすればいい……。


 私は頭を悩ませる。白羽根がいそうなのは、屋(しき)の中しかない。他は調べたがいないのだから。


 で、その屋(しき)はというと。


 扉は開かない。破壊もできない。壁も窓も同様。その辺の小石を拾って矢で放ってみても結果は同じ。何やら不思議な力で守られている。


 前この屋敷に入ったとき、壁に傷一つつけられなかったときと同じ。衝突直前で、矢として放ったものは推進力を急速に失い、壁に触れることなく、ぽとりと落ちる。


 スコップで地面を堀り、中庭へ侵入することも考えた。屋敷正面入り口の少し左側の地面。そこに自身がすっぽり入るだけの大穴を堀り、屋敷の下から中庭までのトンネルを作ろうと思ったのだ。


 途中まではこの目論見は上手くいっていた。だが、スコップが、丁度屋(しき)部分の下の土に差し掛かったところで、見えない壁のようなものにさえぎられ、堀り進められなくなった……。


 私はそれでもりず、今度は屋(しき)の上を、つまり、壁を伝って屋上を通り、中庭へ侵入しようとした。その方法だと、建物の中に入れなくとも、中庭へは侵入できる。


 屋敷の中庭の二つのとう。あれらを調べられれば、ここでの無為な時間も帳消しにできると思ったのだ。現に一度も、私はあれらを至近距離では見られていなかったのだから。


 途中までは難なく登れた。だが、屋敷の屋上に手をかけ、よじ上ろうとすると、突然、私の手、つまり、屋上の淵にかけた手が宙を舞う。


 そして、突然、仰向きになった私の視界には空のみが見える。正規のルートで入らなかったらそうなる仕組みらしい。高所から落とされるのではなく、初めから地面に横たわっている状態にされるのだから、これまでの仕掛けに比べたらかなり優しいが……。


 私の残ったやる気を砕くには十分だった。






 ん?


 においがする。花のにおいだ。先ほどの草木の壁の中のものと同じにおい。


 本を閉じて立ち上がった私は、自分が腰掛けていた噴水の傍が、色とりどりの花(だん)に変わっていることに気付いた。


 その花壇や噴水の配置はやけに、あの神秘的な庭園に似ているそう感じた。


 すると、花々の色が虹色に変化していく。


 これは、まさか……?


 漂い始めるほの明るい黄色の光。それが体に触れると、これまでの精神的な疲労が抜けていくのを感じた。


 周囲がどんどん、夜へと変わっていき、向こうに見える屋敷が黒く薄れていく。


 虹色に変化した花から、黄色の(しずく)が出ていた。それを指で取り、める。これは間違い無く、"ほたる色の液体"だ。


「【一度戻って、精神への干渉への対策をしてください。それさえちゃんと備えておけば、貴方なら、姉をきっと、止められるはずです。だから、存在を賭して、貴方を一度、逃します。お別れかも知れませんので、今一度貴方にお願いします。どうか、私の生死問わず、やり遂げてください。】」


 白羽根の声だ。その声は切羽詰まっていた。だから、私が彼女に聞き返す間も無く、転移が始まった。


 周囲の暗い空に星が浮かび――――白大理石(もど)きの石でできた常夜の神秘的な庭園のふん水の少し北の花(だん)の中に、私は立っていた。


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