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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第一章第二節 神秘庭園
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神秘庭園 本能台座先末端 Ⅱ

 準備を終えて、覚悟を決めて。私は再び、"本能"台座の先の、くだんの扉の前に立っていた。


 それは、半円の地面の直線部から1メートル程度の地点に、半円の地面の直前部と平行になるように、地面の幅一杯にそびえ立っていた。


 扉の外枠の役割を果たす、幅10センチ、高さは見える限り果て無し、そんな二本の漆黒の角柱。二本の間隔4メートルの部分に存在する両開き()()()()()二枚扉。扉の()()()()()()()から見える、何処かへと続いている直線通路。


 ()()()()()、私は今から突っ切らなくてはならないらしい。


 込み上げる嫌悪感はその全てを処理したが、どうやら少々見込みが甘かったらしい……。





 異形。その扉を一言で言い表すとそうとしか言いようがない……。


 二本の柱の間に存在しているもの。それは、人。滅びたはずの、人。その、生きた抜け殻の集合体だった。


 ()()()()()()()()


 人種、性別、年齢、美醜びしゅう。そういったもの一切関係無く、顔と手がその面から生やして、こちらへ向かって手を伸ばしているのだ。二本の漆黒の角柱の間に、上から下までぎっしりと。今にも飛び出しそうに。まるで、本物の、生きた状態の人体であるかのように。


 綺麗で厚みのある白い一枚布を巻いただけのような腰布と胸布を彼らは装備していた。


 二本の柱の間には、闇をそこだけ切り抜いたかのように、無色透明な膜があった。それを突き抜けて、数多の人体の首から上と手が生えているのだ。


 そして、膜の向こう側にも無色透明な空間を内包する通路が口を開けている。そちら側に存在している筈の人体たちの首から下、手から先は一切見当たらない。


 き……、つ……、い……。


 できる限り、客観的に、他人事のように、映像や写真を見るかのように、目の前の光景を処理するのだ……。だが、正確で、精密で、緻密ちみつでなくては、ならない……。


 私は再び噴き上がってきた、嫌悪の塊の残りを闇の底へと吐き落とし、それでも逃げずに扉の前に、立つ。






 数多もの伸ばされた手たちは、まるで、扉の外の何かを掴もうとしているかのよう。


 こちらを向く無数の頭。首から上だけがその空間から出て、喜怒哀楽、感情の満ちた顔をしていた。


 涙や鼻水、唾液だえきなどを流している顔もそこにはあったが、それらの液体は時でも止めたように不自然に座標を固定されているようだった。


 どれだけ不自然な状態であろうとも、そこから生えている人体たちは微動だにしなかった。それがかえって不気味さを際立たせているのだが。


 明らかに生の肉体のつやと臭いと拍動を持っているにも関わらず、石像のように不動なのだから。

 

 だからといって、動き出されても困るのだが。


 目は例外なく全て白目をいていることが唯一私への救いとなった。もしこの扉がうごめき始め、それらの目が私を捉えでもすれば、私は発狂するだろう。






 観察を終えた私は、震えながら、汗を垂れ流しながら、手を伸ばす。この構造物は扉であると私が判断した理由である()()へと。


 壁でも柱でもなくこれは扉である。人体でできた取っ手の存在によって、そう私は判断した。


 コの字を縦に伸ばしたような取っ手が二つ、二本の柱の中点付近かつ、1.5メートル程度の高さのところに存在していたからだ。


 私はこれが取っ手だと決して認めたくはなかった。扉における取っ手。それは扉を開ける場合には触れることを避けられない。


 その取っ手は、伸びている手が、握手するように繋がることによって形成されていた。しかも、この扉は引き戸、だ……。


 この通り。


 私は空間から"錆びたスコップ"を出し、それを使って、扉の人体の一つを強めに、


 グニュゥ、メリッ。


 肉にスコップがめり込む感覚。手に伝わってくる、人の肉と骨を圧している感覚。


 開かない。


 その人体のスコップがめり込んでいた部分は鬱血うっけつしていた。


 思わずそれをしっかりと視界に入れてしまった私は込み上げる寒気と共にはたまた気持ち悪くなり、半円の縁へと移動する。


 這いつくばって、虚空に向かって、その嫌悪感と罪悪感を吐き出した。






 頭に浮かぶ懸念。最悪の可能性。これが扉であると認識したその瞬間から、その結末を想像していた。


 肉の取っ手に触れる、という結末を。


 だからこそ、私は手を用意した。"びたスコップ"の剣先を私から見て左側の繋ぎ手の取っ手へと向ける。


 扉から生えた人の目が白目で、私と目が合うことはなさそうなのがせめてもの救いだった。


 スゥゥ、ギィ、キィキィ、ガァァ!


 じ込む。


 スッ、ブラン、ブラン……。


 失敗、した……。






 左側の扉の取っ手にスコップの先を引っ掛けて開けようとしたところ、繋がれていた手がなんと離れてしまったのだ。


 それも、離れた後、死体の手のように力無く、それらはしばらく、ぷらぷらしていた。


 やがてその手は停止し、動かなくなる。再度動き出して取っ手を形成する気配は微塵みじんも見せない。


 私は意識が飛んで倒れそうになり、スコップで辛うじてその身を支えた。


 こうなってしまうと、もう、直接触って、取っ手の役割をしていた手を掴んで、引くしかない……。


 私は震えながら、涙を流しながら、扉の正面に立ち、左扉の取っ手の役割を担っていた二本の手を掴む。手首の辺りを。


 生暖かい、体温のある手。脈動を感じる。


「ゲホッ、ブハァ……」


 私の口から、血と鼻水と涙混じりのたんが床に落ちる。


 だが、離すわけにはいかない……。


 離せばもう一度同じことをしなくてはならなくなる。周りの手や顔は動き出さないことがせめてもの救いだった。


 発狂しそうな私は、声を殺し、それらの手を近づけてみる。


 ……。


 勝手に動いてつなぎ直してくれはしなかった。


 私はそれらの手を手首を持って動かして、手と手をしっかりとではないが組むことに成功した。


 だがまだ終わらない。しっかりと手を組ませなくてはならない。


 下側の手の手首を持ったまま、上側の手の手首を離す。そして、その手で二本の手をがっちりと組ませた。


 あまりの恐怖に、嫌悪感に、再び意識を失いそうになったが、くちびるみ締めることで何とかそれを阻止した。






 扉を開かなくてはならない。


 そうしなくては、終わらない……。


 私はまだ止まることのない震えと涙とともに、左右それぞれの扉の取っ手の組まれた手の部分を力強く握る。そして、力を込め、扉を引いていく。


 重い……。


 だが、びくともしないというわけではない。徐々に扉を引っ張って開けることができていた。一刻も早く手離したかったが、それはできない。


 10秒ほど掛かり、その扉を観音かんのん開きにすることができた。この扉は柱を中心に、手前側に回転するようになっていたのだ。


 開ききった扉が、私が力を抜いても閉まり始めないことを確認した私は、その先へ広がる通路へ足を踏み入れていく。






 扉を潜り抜けると、そこは四方が血のような赤色の煉瓦れんがで囲まれた通路だった。扉の外から見えていたのとは随分違う。そのときはこのような赤色、付いていなかったのだから。


 それが、扉による何やらの遮蔽しゃへい効果によるものか、扉を開けたことによってそのように染まるような仕掛けがあったのかは、分からない。


 血の臭いがするわけでもない。だから、余り深く考える必要は、今のところは無いだろう。


 その通路は、光源は無いにも関わらず真っ暗ではなく、10メートル先程度までは視程があった。通路の壁自身が光っているようには見えなかったので、どうして周囲の様子を視認できているかは謎のまま。


 視程の外には暗闇が広がっている。先ほどの苦行による涙や震えが止まる程度の長い時間歩き続けたがどこまでその道が続いているのかは分からない。


 何もかも、分からないことだらけ。


 そんなことを考えながら進み続けていると、白い光が差してきた。


 私の旅はここからいよいよ始まるのだ!


 心が浮き立った私は、光の中へと駆けていく。進むごとに光が満ちてきて、上下左右の壁が消え、私を包んだ白光が晴れていき――――ある風景が、ある種のさわやかな香りを乗せた暖かい風と共に浮かび上がってきた。


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