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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第五節 精神唯存揺篭 ~砕け散りし伽藍洞~

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精神唯存揺篭 浮遊島群 未だ尾を引く後悔の島 (冬) Ⅰ

 数回、距離を稼ぐための転移が必要だったが、無事島に辿り着けた私は、一度目の訪問とは異なることに気付く。


 季節が、違う……。


 真っ白な、銀世界だった。白銀の、雪下の庭園がただ、私の視界には広がっていた。


 足がめりこむ。靴が雪の下へと埋もれる程度に。見かけよりもかなり積もっているようだ。まともに進めないくらい積もっていないだけ、まだましなのだから。今は雪は降っていない。だから、これ以上深く積もることはないだろう、と信じたいところである。


 周りには誰もいない。動物一匹いない。物音一つない。風の音すら。噴水は雪で埋もれており、稼働している様子はない。


 と、まともに何か探せる状態ではない。だから真っ直ぐ屋敷へと向かっていくと、――――扉が、壊されて……いる。


 だが、とびら付近には誰かが踏み入った足跡型の泥水の跡といったようなこん跡は無い。とびらの木の断面にも湿り気はなく、鮮やかな木の発色をしていたのだ。


 壊れた扉の先を見る。そうして見えた薄暗く照明の類が見当たらない最初の部屋は一本の真っ直ぐな通路であるようだ。ここからではよくは見えないが。


 赤い絨毯じゅうたんが扉のすぐ後ろ辺りからかれているが、全く汚れていない。跡もついていない。誰かが踏み入った形跡は見られない。屋敷の、扉に面した絨毯じゅうたんは湿ってすらいない。


 扉が壊されて、どれ位時間が経過している? どちらとも取れる条件がそろっている。結局、踏み入れ、自身の目で事実を確認する他あるまい。


 私は、念の為に扉に触れないように気を付けながら、その中へと足を踏み入れると、絨毯じゅうたんが私の靴裏の雪解け水を吸い、少し黒く、湿った。


 それを見て嫌な予感がした私は、弓矢を構え、前へと進んでいった。






 やはり、一度目の来訪時とはかなり様子が違う。人の気配が全くない。音がない。熱がない。空気の流れがない。照明がない。あの少女が隣にいた一度目よりも、ずっと、ずっと空気がよどんでいて、不気味だった……。


 空間と空間の繋がりは、どうやら正規のものになっているようである。部屋と部屋の区切りであるとびらくぐっても、変に転移させられる感覚は今のところは感じられない。どこもかしこも薄暗いが、何も見えない暗闇では無い。窓一つ無いが……。外から見たとき見えた窓は今のところ存在を屋敷の中からは確認できていない。


 破られたわな付きとびらの玄関口から真っ直ぐ進んでいき、やたら広くとられた間取りのロビーを真っ直ぐ突っ切って、T字のろう下に私は差し当たっていた。


 赤い絨毯が敷かれた床面。窓のない壁面。異様に高い天井。1メートル程度しかない幅。通路は全て、そんな規格で統一されていた。一回目の訪問の時に通ったあのろう下と同じ。


 熱くも寒くもないはずなのだが、どうも、寒気がする。息が苦しい。空気が、薄いような気が、する……。ここは山では無い、平地に建っているというのに……。






 気付けば、ぐるりと一周回っていたようだ。角を曲がった回数は、T字通路を左に進んでから、右に四回。屋敷の入口を南としたとき、この囲いろう下の北側中央には階段があったが、それは後回しにした。


 囲いろう下の途中には、左右に幾つもとびらがあった。他の部屋へと続いているのだろう。そのどれもが施(じょう)されており、中へは入れなかった。壁もとびらも、弓矢やスコップで傷一つつかなかったのだから、壊して入るということもできない。


 この囲いろう下の内側には目的地である二つのとうがあるのだろうが、その入口らしいものは判明していない。






 私はそれでも、何か掴もうと、二階へと続くコの字を左に90度回転させたような形の階段を上ろうとしていた。


 それを後回しにしたのには理由がある。


 嫌な雰囲気が、階段付近から、上から漏れてきていたからだ。しょう気とでも言えばいいのだろうか。


 それでも私は突っ切ろうと、一段目に足を掛けた瞬間、上に行くなという心の声が、鼓動が、大きく鳴り響いたのだから。


 数分の間、そこで私は躊躇ちゅうちょしたが、二歩目三歩目を踏み出す。汗がぞっと体中からき出す。それでも私は足を止めない。


 幾何学模様が掘られており、羽根のレリーフがその始点に付けられた青銅の手摺りにしがみ付くようにして、登っていく。重くなっていく体をどうにか引きって。






 そうして辿たどり着いた二階。階段から離れると負荷は消えた。それが慣れなのか仕様なのかは分からない。


 探索の成果もかんばしくない。瘴気は一階よりも濃くなり、寒気を感じる。二階の囲い廊下のの左右に幾つかある扉は全て、一階とは違って、黒く鍍金メッキされた、幾何学模様の刻まれた金属扉とびらだった。


 それらが結露していないことからしても、二階が一回より実際に低温になっていることはなく、まして、私の体感している温度とは(かい)離している。


 私が感じているこの寒さは、やはり、雰囲気であり、ある意味幻。






 そして無理して三階へも足を踏み入れる。


 階が上になるほど、薄暗くなっていき、視程は短くなっているのだ。今はもう、視程数十センチ程度しかない……。黒いもやが空間に漂っている。


 視界の2割程度をそれらが占有している。


 その中を歩いていると、何かに触れられるような感覚を時折感じる。だが、触れたものの大きさすら分からない。偶にぬるっとした触覚と冷たさを感じるのだ。


 焦って身を引き、触れられたであろう部分を触っても、何も付着してはいない。服に覆われた部分の下に直接触れられたような感覚を感じることもあったので、何も残留物が付着していないのは幸いではある。


 存在する扉の形状も材質も、二階と同様だった。一階も二階も三階も、存在する扉の数はバラバラだった。


 そして、三階南。そこにあるはずの扉が無い……。食堂へと続くあのとびらが無いのだ。


 あのとき見せられた部屋の位置関係の方が信(ぴょう)性は薄い。悪魔少女があそこで私に干渉していたのだから、あの食堂での光景以外は全て嘘であってもおかしいとは思わない。






 そして、今四階にいる私はく内容物が切れたようで、血反吐(へど)いていた。


 意識が時折……、揺らぐ……ように、かすむ。辛うじ……て息を……して、立っている状態……だ。階段から離れ……たというの……に、もう、まとも、に……は歩け……ない。


 視界の……4割程度、を占める……黒いもや。壁に……もたれかかり……ながら、私は、何とか、一周……した。


 三階と、さらに上の層、五階に続く階段の前で私はへたり込んで体を休める。上への階段から生じるしょう気は、上へ登ろうとしたときだけ、深い闇に覆われ、私を威圧してくる。一段目より上が全く見えないのだ。


 踏み入れてはいけない。闇にまれ、溶けてしまいそうだったから。


 進もうと検討すること以前の問題。もう、見ていることすら耐えられない。だから、五階へ進むという選択肢を私は頭の中で切って捨てた。


 すると、闇は晴れ、五階への階段からの威圧感は消えた。


 そして、――――ギィィ、カチカチ、ガチャァァ、ギィィ、グゥィィ、ガタン! 遠くで扉が開く音がした。






 私は再び立ち上がる。この四階の空気にも慣れてきたようで、壁伝いでなくとも、何とか歩けそうなくらいになっていた。


 四階の扉は、灰色の石のようであり、一枚の羽根が縦に半分に割かれていく途中をモチーフにしたレリーフが刻まれていた。


 弓矢を構えてろう下を進みつつ、とびらの一つ一つを開くかどうか再び確かめていく。


 ガシャ、ズ……。


 開く扉を見つける。それは、四階南中央の扉。


 重くて片手では開ききれそうにない。私は弓矢を仕舞い、その取っ手を両手でしっかり握り、引いた。


 ズズズズズゥ!


 間違いない。やはり、間違いない。この屋敷の中で感じる圧の発生源が、この中にいる、ある。濃厚な黒いもやが、とびらの隙間から漏れ出てきて、


 ブゥオオオオオオオオオオオ――――!


 急に扉の向こうから吹いてきた風。私はそれに吹き飛ばされ、廊下の壁に激突する。


 バァァン!


 せながら私は立ち上がる。周囲は、先ほど部屋からき出された黒いもやで視界の9割程度を覆われていた。それはとても居心地が悪くて、私はすぐさま動き出し、


 ズズズズズ、ギィィィィィ、


 扉を再び開け、その中に体を滑り込ませる。


 ズズズズズ、ゴォォン!






 黒いもやの晴れたその部屋は薄明るくて、吹き寄せる風がとても冷たくて、湿っていて、白くて……。雪を含んでいたことを、溶けていき私の衣服を湿らせていっている白い粒からそう判断した。


 そこは、夜の月明りが差し込む、扉の反対側が一面窓になっていてる部屋だった。その一面窓は開き切っていた。水色のカーテンが左右の端にまとめられて、全開になっているその一面窓の中央に丁度、三日月が映っている。


 部屋の色は灰青色。大きさは一度目に訪れた食堂と同程度。だが、絨毯じゅうたんかれておらず、壁も床も天井も、石造りであるようだった。


 部屋の中央に通常の大きさの安楽()子が置かれているだけ。


 先ほどまで感じていた威圧感は消えている。あの黒いもやがその正体だったのだろう。


 外は、雪が降り、風がこちらに向かって時折吹き寄せてくる。雲は少なく、雪の弾幕の密度も控え目であるため、外の様子がよく見える。雪化粧された庭園が広がっている。


 外からはこのような巨大な窓は見当たらなかったというのに。何か仕掛けでもあるのだろうか?


 そう考えた私は窓へ向かって接近していく。


 その際、子に触れてみた。熱はこももっていない。つまり、誰も座ってはいなかった。いや、そう判断するのは早計か。


 ここには何かいた。そして、それは外へ出た。そう考えるのが妥当。あの威圧感は方向性を持っていた。だから、自動的なものではなく、作為的であり、感情的であるものだ。


 そう思い、窓の前に私は立つ。


 下を見下ろしてみたが、足跡一つ存在していない。一面雪に覆われていて、雪の降る速度は今は緩やか。だから、足跡が、私が扉を開けてから今までの時間で消えるとは考え難い。


 では、建物の上か? それとも、あの黒いもやと共に通路に出たのか?


 そうして、上を見上げようとしたら――――、月が……、赤黒く染まって、血色の光を放ち始めていた……。

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