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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~

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精神唯存揺篭 精神唯存揺篭 最後の儚い聖域の島 Ⅳ

 それでも彼らは停滞しない。一(かたまり)の集団となって、建物の入口正面から向かい側、果て無く続く灰の大地を進み続けた。


 彼らの進行に合わせ、地面がスクロールする。だから今度は彼らが見切れることは無かった。どれだけ彼らが進もうとも、灰の大地には何も存在していない。同じ光景がひたすら続く。時折吹く強い風と灰をまとった、砂嵐じみた突風といい、まるで砂漠だ……。


A:「おい、そこの奴。俺たちが外に出で、何時間経った?」


「今で、7時間です」


A:「……、分単位で教えてくれ」


 Aはいら立ちをあらわにしていた。


「すみません……。7時間23分です」


 Aはそれを聞き、全員に言い聞かすように周囲に響き渡る大きな声でこう言った。


「皆に順番に薬を配る。これは、屋外で活動する際に大人たちが使っているらしい薬だ。8時間周期で服用することで、体の状態を固定するらしい。俺たちの夜の食事に必ずこいつは含まれていたらしい。だから、今回の脱走は晩餐ばんさん直後に決行したんだ」


 それが本当か嘘かは、私には判断できそうにない。必要な情報が足りない。


 今私の持っている情報からは、どっちでも取れる。Aは見事に不屈のリーダーを演じている。あの建物の中の内情を知らない私には、そんな薬が実在しているかどうかは分からないのだ。あの建物の中の放射能の濃度を私は知らないのだから。


 Aの周囲の者たちを見渡してみると、それを聞いた全員が少しばかりの安心を得たようだった。


「薬は行き渡ったな。少々早めであるが、気にすることはない。薬の効果が切れる方がずっと怖い。さあ、飲み込むんだ、みんな。水はない。つまらせないように気をつけて飲むんだ。間違ってもくだいたりするなよ。食事とセットじゃない場合、んでしまえば効果がなくなるそうだからな」


 彼らは皆、一粒のじょう剤を手に持って掲げていた。


 何の薬なんだ、あれは? それに、どうしてAはこんなに事情に詳しい……? 幾らなんでも、一人だけ情報密度がおかしい。何か隠している? どうして共有していない? それだと、Aが死ねば全て終わってしまうだろう……。


 私はそう思いながら、Aを見つめていた。だが、Aが何か嘘をついていたり、何か不都合や企みや悪意を隠しているようには見えなかった。






 かなり長い時間が経っていたが、周囲の明るさは全く変わっていない。私の目にそう映っているだけではなく、彼らにとってもきっとそうなのだろう。


 なぜなら、彼らの虹彩の大きさは、最初見たときから変わっていない。つまり、目に入る光の量がずっとほぼ一定であることを示している。私はわざわざ降り立って、それを確認した。丁度彼らは足を止めて休息を取っているところだった。


 全員沈んだ雰囲気のまま、座り込んでいた。誰一人眠っていない。眠れるはずが無い、か。この状況で……。


 その中で、Aだけ何か様子が違う。しきりに口を動かしていた。口を開いて何か言おうとして、辞めて。それを何度も繰り返しているような。


 だが、とうとう覚悟が決まったようである。Aは一度(くちびる)を強くみしめ、そして立ち上がった。


 Aに周囲の視線が集まる。


「行くぞ、みんな。実は、一ヶ所。俺たちには行く宛がある。ここよりずっと東。きっと俺たちの体力が保つか保たないか、ぎりぎりの距離だ。恐ろしいから、どれくらいの距離かは言わない。心折れられても困るからな。足手まといになるなら、置いていくことになる……」


 Aはそう言って、周囲の者たちの態度をうかがっている。迷いや戸惑いを顔に抱いている者たちと、ひとかけらの希望を見た者たち。そう半々に分かれていることを確認したようだ。


 Aは頬に一筋の汗を流しつつ、広角を上げ、熱い目をして、再び口を開く。


「そこは時折大人たちが訪れる、重要な場所らしい。食料と水が豊富にある、な。でもって、ここよりも、滞在する大人の人数はずっと少ない。まともな食べ物を食べる、まともな生活がそこでなら送れるかもしれない。外に出ても何事もなく大丈夫だったんだから、あとはそこへ向かうだけだ」


 全体の8割程度が立ち上がってAに同調しているようだが、残り2割程度は未だ不安であるようで、座ったまま。


 Aは更に言葉を続ける。


「本当は、どこか近くでゆっくり休んでから出発したかったんだが、何もないんなら、どうしようもない。それに、お前たちなりの希望を何か、実際に外を見てつかんでもらいたった。何もなかったが……。済まないな。だが、もう大丈夫だ。俺がお前たちを希望の元へと連れていく」


 それはある種の抱擁だった。そして、全員が立ち上がる。


 上手い。人の心理というものを分かっている。計算づくであるが、自然に見える誘導と鼓舞。行き届いた配慮。


 Aがこの集団のリーダーをやっている理由がよく分かった。そして、そんなAが見切った、建物の中の世界の大人たちは、Aが取り込むのを諦める程にもうどうしようもないのだろうと、私は悟った。


 そこでAは一旦話すのを辞めた。そして、自身の荷物の中から()()()()を取り出す。私はそれを見て、終わりを予感した。彼らの、いや、この島の終わりを。






「だが、その前に、こいつを設置する。追っ手が差し向けられたら、俺たちではもうどうしようもない。だから、混乱させるためにこいつを使おうと思う。親父の部屋の奥に仕舞いこまれていた、な。これが何か聞いたら、親父はこう言っていたのさ。『そいつは、スタングレネード。この引き金を抜いたらまぶしい光で少しの間目が(くら)むっていうもんだ。俺のとっておき。最後のお守りってヤツだ』と」


 そう、にやりとしながら話すAを見て、私はぞくりとした。それは少なくとも、スタングレネードでは無い……。


 つまり、Aは、それが滅びをもたらすものであり、今の彼らの状況を作り出した()()()()()()であるということに気付いていないのだ……。


「この集落のリーダーである俺の親父。いつも厳格で冷酷な俺の親父が、たまたまそんな風にひどく酔っぱらっていたんだ。だからだろうな。普段そういった無駄口は絶対叩かないのに、けろっといたんだ。で、すぐさま取り上げられたんだけど、場所を覚えておいて、こっそり持ってきた、っていう訳だ」


 周囲の者たちは驚きを浮かべ、そしてそれは狂喜寄りの歓喜に変わる。


 Aは、私が観察を始めてから初めて、子供らしい心からの笑顔を無邪気に浮かべていた……。






 熱気立つ彼ら。Aはそれを更に盛り上げに掛かる。


「だから、こいつをこの中に放り込んで発動させる。効果抜群だろう。パニックに陥らせるには。なんせ、建物の中全域に、光をいきわたらせられるように、全体が鏡張りになっているからな。きっと、中の大人たち全員をパニックにおちいらせられるに違いない。建物の中は薄暗いから効果抜群なはずだ。その間に俺たちは距離を稼ぐ。慎重な大人たちはおそらく、建物内を全部気が済むまで調査して、それからやっと外へ調査へ出るに違いない。数日かかるに違いない」


 そして、とうとう、Aは宣言してしまった。


「こいつを引き抜いて、中に放り込むだけだ。で、3、2、1、キーーーーーーンンンンン!! 強い光で大人たちは目がくらみ、パニックになる、だ。どうだ!! こいつを放りこんで、大人たちの情けない声を聞いて、そいつを景気付けにして出発しようぜ!!!!」


 Aがスタングレネードとのたまうそれは確かに、大きさはスタングレネード並みで、形状も似ている。だが、その側面に彫られ色まで付けられていたあるマークがそれが何であるかを物語っている。


 そのマークを私は知識として知っていた。三枚羽のプロペラの形の、丸いマーク。黒と黄色で構成されたマーク。それは、核兵器を現すものなのだから……。


 辞めるんだ、それだけは。それを引き抜いては、いけない……。ただの手(りゅう)弾やスタングレネードならまだいい。しかし、間違いなく、そうではない。


 私はこの世界の結末を知っている。知ってしまっている。だから、間違いなく、そのマークが私の知っている通りのものであると断定できる……。


 ああ、彼らは、そうして自滅するのか、と……。


 それでも、もう……、見ているだけなんて、できない……。


 その場の私以外の全員によるカウントダウンが始まってしまった。


「10、9、8、7、」


 最初の島であったように、時間経過によって干渉が可能になる可能性に望みを託し、私は信管を引き抜こうとしていたAに飛びつこうとしたが、届かない……。触れられない……。


「6、5、4、」


 Aはびくともしない。それどころか、きっと、私が触れたことすら、止めようとしたことすらAは感じていない……。


 場の熱狂は私の心中と逆行するように大きくなっていきながら、無慈悲にカウントは進む。そして……、


「3、2、1、っ」


 最後の言葉は聞こえなかった。なぜなら、瞬くよりも早く、強い光と熱とそして爆風がその周囲数百キロメートルを覆ったのだから。


 遅ばせながら来た拡散するごう音と共に、強い熱を持つ光が周囲一帯を覆い尽くした……。


 私は何故かその爆風に吹き飛ばされ、その場所からどんどんどんどん離されていく。強い真っ白な光の中を物凄い速度で吹き飛ばされていく……。


 ああ、そうか……。それが今の私の心象だからだ……。私は吹き飛ばされながら、ゆっくりと目を閉じた。


 そして、暗黒と静寂の心象に私は沈んでいった。

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