精神唯存揺篭 精神唯存揺篭 最後の儚い聖域の島 Ⅲ
A:「お前、大人の言うこと信じてるのか。そんなの、大人たちが、生きた保存食であって、こき使える俺たちを外に出さないための言い訳じゃないのか」
Aがまた声を荒げている。今話している、おそらく子供たち。成人はしていないだろう子供たち。彼らはきっと知らない。この世界が、彼らを狂った状況が取り巻くようになったその理由を。
一体何があったのか。私にも、予想しか立てられない。過去ここで何が起こり、今実際何が起こっているのかを。そうでなければ、このどうしようもない外に出るなんて選択肢を考えることは有り得ない。
そこから間が空いて、再びAが話し始めた。力強く、諭すように。Aがこの何人かの子供たちのリーダー格なのだろう。
A:「なあ、俺たちはさあ。ここにいたら未来が無いんだ。明日すら、無いんだ。じゃあ、たった数日伸びるだけでも、リスクを冒してでも、外に出るべきだろう。案外、汚染なんてものは嘘で生きていけるかもしれないんだからよお」
食料事情が非常に切迫しているということだろうか。それとも、人肉の塊に変えられ、食われてしまうということだろうか。たった数日と言っている。Aは色々、事情を知っているのだろう。
彼は知って、選んでいる。どちらも死が確定していると分かった上で、死に方を選んだ。前向きに選んだ。なら、その選択に彼は後悔しないだろう。彼は。
B:「……、私、怖い。でも、だめなのよね、ここにいても。分かってるから、ついてきた。そう……だよね、みんなも。だから、行きましょう、みんな一緒に」
Bは決意を決めたらしい。
だが、私には、その決意には熱量が足りないように思えた。どうして、同意を求める? どちらを選んでも死が待っているどうしようもない二択とはいえ、それは、命の決断。そこに同調なんてものはあってはならない。これは生を拾う為の選択では無いのだから。
どうしようもなく救いようの無いものだからこそ、確固たる自身の意志で決断しなくてはならないのだ。そうでなければ、必ず、揺らぐ。後悔する。責任を転嫁する。そして、怨念に塗れて、呪詛を吐いて、惨めに、未練たらしく、終わるのだ……。
E:「……俺は、引き返すことにする。無理だ、俺には……。大人たちの怯えようからして、やっぱり、外に希望なんて、ない……」
ここにきて、また別の誰か。ずいぶんな老けた渋い声だ。だが、この集団に属しているということは、まあ、若いのだろう。Eとでもしよう。
一見消極的、後ろ向きであるとも、自身で選んでいる。自身の終わりを決めるのだ。だから、その責は自身で背負うべきなのだ。どのような形であっても、他人に決断を委ねたり、他人の決断を強要してはならない。
A:「俺は出る。たとえ俺一人だとしても。もう戻れはしない。戻っても許されはしない。見せしめに無残にばらされるだけだろう、きっと。」
また、A。おそらくわざとだ。わざと力強く言葉にしたのだ。今のこの集団の状態、立場を認識させるために、そうしたのだ。
どうやら彼らは既に何やら、この建物内で定められた破ってはならないルールを幾つか破っているのだろう。そして、それはもう許されはしない段階に来ている。そういうことになるだろう。
E:「……。分かった。俺も行く。そうだったな、もう後戻りはできない、ん、だな……」
Aの言葉は効果があったらしく、Eは同意した。だがそれは、沈んだ声だった。もうどうしようもないから、Aについていく。まるでそう言っているような……。
悪いことでは無いと思う。しかし、私から見ると、彼らの選択は残念に思えてならない。ここに留まる選択を取ったとしても、彼らなら、外に出るよりも長い期間の生存を得られるかも知れない。
だとすれば、目指すべきなのだ。少しでも長い生を。奇蹟を運ぶのは、時間だ。生きていなければ、奇蹟は掴めない。可能性は創れない。長い長い生存という奇蹟を、未知の可能性を、私なら諦めないが、彼らはそうではないのだ。そして、それが普通なのだ。
苦しみが、恐怖が、長く長く、いつまでも続くか、次の瞬間には終わるか。そんな状況が延々と続く。そんなもの、大半の人には耐えられない。それは拷問の類だ。……。だとしても、私なら、足掻くが。
彼らにとって、自身の命が価値無きもの、という訳ではない。苦しみや恐怖に、負けたのだ。そして、命を自ら捨てに行くことを選んだのだ。どうして、そんなことができるのか、私には理解できない。
以前の私が残してくれた、第三者視点での様々な映像からも、彼らのようなのが普通であるということは分かるのだ。だが、私にはやはり、理解できない。私にはそんなこと、絶対にできないから。
そうして、私は、自身の精神の異質さを垣間見ることとなった。
この真下で今行われていたのは、肉塊に変えられるまでは生きてゆけるように与えられる大人の庇護から離れて外で生きていくという、脱走の直前の意思確認。
外に出た彼らに待ち受けるのはきっと、苦しみに満ちた数日の生と、何も残らない死だけ……。そして、彼らのリーダーであるAを含めた数人はそうなることを知っている節がある。
食料も水も、彼らは持ち合わせていないに違いない。それらが見つからなかったら、放射能による死よりも先に、脱水死、餓死が先にくるかもしれない……。見つかっても、どうしようも無いか……。きっと、彼らには、放射能に対する知識は無い。だから、内部被爆についても間違い無く知らない……。
彼らが外の状況を知らないようであることからして、核が落ちてから年単位の月日が流れたと考えられる。それだけの年月、籠もっていたのだろう。
食料の備蓄が尽き、大人たちは子供ですらも食料にするような狂いつつもある意味理性的な計画的食人を行い、子供たちは自分の番が来ることに怯えていることしかできない。
ここは、唯生き永らえる為だけの、希望も未来も無い、シェルターなのだ。大人たちにとっては、最後の安堵の場所。未来無き子供たちにとっては、閉じられた檻。そしてもうじき、残ることを選んだ者たちの巨大な棺桶、死に場所になる。
だから、ここにいる彼らが儚い希望を追っての前向きな自殺を選ぶのも決して血迷ったからでは無いのだ。
成程、確かに、そこに希望は無い。先はない。待っているのは、絶望的な終わり。私はそうして、彼らの思考について自分なりに憶測する。
グゥオオオオオッ、
ゴォォオォン……。
重そうな白く塗装された金属の巨大な板が持ち上がり、鈍い音を立てて横にずらすように置かれた。そして、ぞろぞろと出てきた。
予想よりも多い。33人、か。その数に意味があるのか、偶然そうなのかは分からない。発言していたのは、この中の数人だけだったのだ。私が聞き耳を立てる前に他にも誰か喋っていたのかも知れない。
私は彼らに視認されない為、彼らを正面切って、至近距離で観察しても全く支障は無い。私は彼らに触れられず、彼らも私に触れられないのだから。
先頭をきって出てきた彼は、Aだろう。やたらとしっかりとした体つきをしている。岩のような体つき。
皆、真っ白なぼろきれのような簡素な服を着ている。頭をフードのようなもので覆っている。
全員必死な顔をしており、例外なく、両目を真っ赤に充血されていた。眠れなかったのか、泣き明かしたのか……。様々な人種、成長度合いの若者たち。だが、全員、少年や少女といえる年ではないと、私は彼らの首の皺の程度から確認した。
声と外見年齢のギャップが思っていたよりも酷い。栄養失調の状態が年単位で続いていたのだろう。
殆どの者は、想定される実年齢よりも声が幼い。声の老化の進行はよく使うほど、進行する。つまり、彼らは言葉を自由に発する機会が無かったのではないかと推測される。
この建物の中は、私の推測の通り、閉塞した世界が広がっているのだ……。
E:「何だこれは……。何もない。ただ真っ白な空間が広がっているだけだ。見渡す限り、何もない……」
Eが狼狽していた。建物の屋上の淵から外を見渡し、何も無いということをもう認めるしかなくなり……。
B:「ああああああああああああああ!!!!」
Bは喚き散らしている。涙を流して。
他の連中も、軒並み暗い顔をしていた。顔にまるでこう書いてあるように。出たのは、間違いだった。
子供であろうとも、命の決断の責任というのは常に自身に降り掛かる。払わされる犠牲は、誰にも肩代わりできないのだから。
だが、彼らはそのまま停滞してしまうことはなかった。すぐさま動き出す。彼らはロープや布を使って灰の大地へ降り立って、Aが飛ばす指示に従って数人単位の集団単位で散らばっていき、周辺部の探索を始めたのだ。
私は上空数十メートルからその様子を俯瞰していた。どうやら、私に見えている光景は、この場所の一部に過ぎないようで、島の端から幾つかの探索集団は見切れてしまったからだ。落下していったようには見えなかったことからも間違いない。
そして数時間経過して、その場にずっと残っていたAの元に散らばった彼らは戻ってきて、順次報告を行い始める。
Aが戻ってきた者たちに順次尋ねる。A以外誰が喋っているかは近くで見ていない為に分からない。喋っている内容は聞こうと意識すると不都合無い程度にしっかり聞き取れる。これだけ距離があるにも関わらず。精神体状態での仕様なのだろう。
A:「なあ、お前、何か見つかったか?」
「何も……」
A:「そっちの奴、どうだ?」
「水源なんて何処にもありません。というか、やっばり、何もありません」
A:「お前はどうだった?」
「駄目。何もない……。食べ物や水どころか、何一つ見つからない。見渡す限り、平らな地平が続いてるだけよ……。私たち、どうなるのよ……」
その全員が、負の感情を声に含んでいる。収穫は無い。




