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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~

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精神唯存揺篭 精神唯存揺篭 最後の儚い聖域の島 Ⅰ

 これは……。


 手足が透けている。


 真っ白な空に、島の上空に、私はいた浮遊していた。私は精神体になっていたのだ。つまり、この島では私は唯、見ているだけしかできない、か。


 網膜に浮かぶ文字がそれを示している。


なんじ、見届け、考えよ。その滅びは避けられるものか、喩え避けてもそれは滅びの先延ばしでしかないか。】


 読み終わると文字は消えた。






 ゆっくりと高度が下がっていっている。落ちるという感じではなく、下へと徐々に降りていっているという感じだ。


 それにしても、ここは明るい。


 周囲を見渡す。太陽の光では無いのだが、明るい。周囲一帯が、巨大な光源によって照らされているように、満遍べんなく白く明るい。そして、たまに、点滅するかのように光は途切れる。だが、光源の発生源は一見見当たらない。どこから光が差しているかという方向性も無いように思える。どの方向を見てもまぶしさは変わらない。


 雲一つない、白い、明るい空だ。


 だいぶ地上が近づいている。


 大きな白い建物が見える。白く四角い、窓のない建物。それでもこれが建物と言うのは、これが紛れもない人工物だから。直線や直角。人工的に整えられることによってできるそれが多用されているのだから。正方形の層を重ねた一辺数百メートル程度の直方体のような形をしている。


 島の形はこれまでのような円状に近い形ではなく、長方形に近い楕円だった。その建物の背後には、灰白色の地面が続いていたのだ。その建物は島の端に存在しているのだから。


 時折強い風が吹き、立っている人がいるとしたらそれを完全に覆い包んでしまうであろう高さの、灰白色の土煙が上がる。草木一つ見当たらない、平坦な地表ではあるが、これではまるで、白い砂漠だ……。風の方向は一方向ではなく、様々な方向からやって来ているようだ。


 更に高度が下がる。


 私はその細長い島の末端よりだいぶ手前、病院の入口前に降り立つことになりそうだ。私は後ろを向いた。地上部付近、一階に相当する部分に、建物の入口が見える。おそらく、がら子扉の出入り口。柱と屋根と階段付き。


 硝子ガラス扉には、木の板が打ち付けられている。わずかな隙間しかない。その隙間から中が見え、指がある一定のところから先に通らないことから、それが硝子ガラス、もしくはそれに準ずる透明なものであると判断したのは、そこから透けて中の様子が見えたから。


 大量の机や箪笥タンスなどの家具による、バリケードが、硝子ガラス扉の先の空間にはひしめいていた。


 そうして地上に降り立った私は、その地面を構成するのが、灰白色の土ではなく、灰とちりであることに気付く。


 嫌な予想が頭をぎるが、そう決めつけるのはまだ早い。






 階段を登り、その建物の中へ入ろうとした私は、硝子ガラス扉に自身が干渉できないことを知った。扉には触れられる。厳密には、触れているような気ではいる。だが、感覚は無く、押しても引いても、扉はびくともしない。音一つ鳴らない。つまり、私は、物体によって進路をさえられるように干渉されはするが、自身がその物体に干渉することはできないのだ……。


 これでは、見たいものを見にいけない……。他の入口を探そうと周囲をぐるりと回ったが、何も無い。どこにも、私が拡張することなく中へ入っていけるようなすき間は無いのだった。


 もっと上の方も調べてみたいが……。私は無駄だと分かっているが、ジャンプしてみた。すると、体が浮かび上がる。


 もしかして、これは!


 好きに浮遊できるようだ。これではまるで、ゆう霊のようではあるが。精神体ではなく、ゆう体、か。とはい、この場合、都合がいい。


 私は一辺数百メートル程度の巨大な正方形の平らな屋上へと降り立った。まあ、降り立ったつもり、とでも言うべきなのだろうが。足の裏に相変わらず感覚は無く、体は半透明なのだから。


 ゆう体であるということは――――、ああ……流石に無理、か。この地面を透過して中に侵入するのは……。


 私の認識が固く融通が利いていないからなのか、そういう仕様なのかは分からないが、浮遊することはできても、物質透過や物質干渉はできない、ということらしい。


 足をとんとんとしても、その白い地面で、足は止まる。少しめり込んでいるように見えることもたまにあるが、せいぜい1~2センチ程度。


 この場所でも場面や時間が動いているとしたら、そのうち何か起こるだろう。それを私は目にしないといけない。それがいつか分からない以上、できる限り、何か起こりそうな場所に早く行かなくてはならない。


 ここで、透過しろ、透過しろ、透過しろ、と念じ続けている訳にもいかないのだから。






 やけに広いその場所を歩き回り、最初に目をつけていたもの以外何もないことを確認したので、私はその目をつけていたもののところの前で立ち止まる。


 屋上の中央辺り。ペンキで白くられた赤()びが所々にある金属の四角い板の前。その大きさはおよそ、一辺5メートル程度。周囲と一体化するように嵌められているのか、置かれているのか。1センチにも満たない程度だが角欠けしている箇所があり、私はそこに指を嵌め、板を持ち上げようとしてみた。


 やはり、持ち上がらない。


 なら、私の手で直接触れなければ開けられる、か?


 私はスコップを取り出した。


 やはり、スコップには触れられるようだ。当然か。そうでなければ、この島から次の島への転移すら不可能になる。ん……、妙に状態が良くなっているような。びは元のままだが、使用に際して増えていった損傷が見るからに減っていた。


 私はスコップを放って、本を出す。スコップは地面に触れてはいるが、干渉できない、か。半透明になったりはしておらずはっきり見えているのだが、そういう扱いらしい。


 最後のページを開き、耐久度を確認してみると、


【"びた金属製のスコップ" 耐久度6/8】


 回復している。どうやら時間経過で、消耗品でない耐久度のついた品は耐久度が回復していくらしい。前の島で結構がむしゃらな使い方をしたというのに、庭園で見たときより残りの耐久度が上回っているということは、前の島で使う前はもしかして、全快の状態だったのだろうか?


 前の島で使っていたときの損傷が無くなっているようだが。


 それは取りあえず置いておくとする。


 本の頁を前へとまくっていき、現在地のホログラムを浮かび上がらせるページを開いた。


【最後のはかない聖域の島】


 これが、この島の名前か。まあ、大体予想通りの名だ。ここで起こったであろうことを踏まえると。


 ホログラムで確認しても、この建物には私が出入りできるような間(げき)は特に見つからなかった。この建物が地上地下何層構造かも地図からは全く分からない。残念なことに、建物の外観しか分からない。中の様子はこのホログラムでは見られないようだ。


 ついでに、本の白紙のページの端を千切り、例の紋様を書き込み、ふたに触れさせてみたが、何も起こらなかった。


 では、弓矢なら、どうだ? 直接的に触れるでも間接的に触れるのでもない。特殊な効果を発動させた状態でぶつけたなら? 効果の発動が触れることによるものだったからこれまでは駄目だったとすれば?


 風をまとった状態の矢を当てたなら、ふたに触れるのは消滅の風。私が触れるでも、矢が触れるでもない。


 私は浮遊し、屋上上空数十メートルに上がり、ふたに向かってげんを引いて、矢を放とうとしたところ、風をまとった矢が、蓋に当たったかどうかというところで、その勢いをまとう風を、それ以上前に進むことなく失っていき、矢は音も立てず倒れ込んで、静止した。


 どうやら、私がこの建物内に侵入する手だては無いらしい。


 そう思うと、急に疲れが込み上げてきた。急がば回れ。休めば何かいい考えが浮かぶかも知れない。そう思った私は腕を頭の後ろで組み、横になり、目をつぶった。






 灰色の空間。地面はない。そこに私は浮いていた。薄明るく、物音は一切ない。私の体から発せられる音以外。


 突然、右腕が動き出した。私は意図していないにも関わらず。勝手に、動き出した。暴れるように出鱈目でたらめに。動きを止めようと、腕に力を入れてみるが、どうやら駄目らしい。力を入れた感覚は腕にあるが、ただ、それだけ。落ち着いてくれる様子はなかった。


 ため息を吐きながら、私は抵抗を止める。


 ああ、これは悪夢だ。それも私の意志は希薄。抵抗はままならない。なら、別にいいか。夢なのだから。


 すると、右腕は私ののどを掴み、少しずつ強く圧(ぱく)していく。


 動揺しながら、もがきながら、私は左手を動かし、右手を引きがそうとする。だが、びくりともしない。まるで私のものではないかのように、右手は私の意思に反して、私の首を絞め続ける。


 それはとても痛くて、苦しくて、私はもがく。何だ、この鮮明な感覚は……。これは夢であって、夢でない、ということか?


 悪魔少女が夢に干渉してきているのか? 私を始末する方針に変えて。いや、始めからそうであったかも知れない。悪魔少女は私を常に、幻影の中で始末しようとしてきた。現実ではなく。


 つまり、私の精神だけを殺すのが目的、なのか……。なら、何としても……、逃れなくては……。


 色々考えていると、意識が鮮明になってくる。だが、夢から覚めるでもなく……。もう駄目だと思い、最終手段に出る。


 強くイメージするのだ。手にそれらを握る光景を。そして、それを疑ってはならない。当然そうなるのだと、思い込むのだ。


 やった!


 矢を一本出すことに成功する。弓矢セットで出そうとしたが、今の私の状態だとこれが限界だったのだろう。だが、これで何とかできる。


 それを左手に握り込み、右手首内側へ向かって思い切り振りかざした。一度では駄目だったから、何度も何度も。


 グサリ、グサリ、グサリ、グサリ……。


 物理的に動かなくしてしまえばいい。庭園にさえ戻れれば何とでもなるのだから。


 重く、冷たく、熱く、そして、しびれる。痛みは無くとも、それに至らない、違う感覚である部分はちゃんと伝わってくるのだ。


 だからそれは、とても気味が悪くて、気持ち悪くて、苦しい行為だった。そうして……、なんとか、がれた……。


 激しく呼吸し、息を整えようと試みる。だが……。


 見るも無残に、私の右手の手首内側がその中身を露出していたのが目に入る。骨は砕け、筋は断裂し、神経はきっと、ずたぼろ。


 ドロドロドロドロ……


 激しくではないが、流れ出るように血が……。蛇口ではないのだから、と、私は薄れゆく意識の中、それをぼんやりと見つめていた。


 夢で血を流し、夢で意識が遠のいていく……。それは夢か、本当に……。ああ、これは、白昼夢か……。


 精神が肉体を支配するこの世界の法則に則ると、こんな鮮明な夢は、夢では無い。現実に確実に作用する……。


 ある程度までは大丈夫だろうが、致命を感じたら、それは間違い無く、現実の私に、刻まれる……。


 止め……なく……て、は。まだ……、なんとか、動け……る。だから左手……流血部……、圧(ぱく)止血……。


 そうしようと患部付近をつかもうとした地点で左手が……、止まる。私の意図に反し……て……。


 嫌な予感……が……した。


 そこで意識が途切れる。

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