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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~

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精神唯存揺篭 浮遊島群 墜落溶解 反芻するひとつの崖と灰色の海の島 Ⅱ

 私はがけの端に立ち、がけ下ではなく、反対側を見る。反対側のがけの端の少し手前上の空中。ジャンプしながら、それを視界の中央に合わせ、上へ飛びながら札を千切る。


 竜巻に覆われた私は、一秒も掛からず、その空中の想定の場所へ転移していた。転移が終わると同時に竜巻は止み、私はそれからわずかに遅れて着地した。


 今ので分かった。空中でも使える。これで短距離移動していき、この島の淵まで辿たどり着けばいい。転移が成功すれば、落下の運動エネルギーは消える。これならば、連続転移でも、焦点が合わないなんてことにはならない。


 となると、問題は、この札の短時間での連続使用でどのような不都合が起こるか、だ。


 だが、それを確かめる余裕はそう無い。もしも、札の仕様で精神力が削られ、動けなくなりでもするとすればとでも考えると、恐ろしくてこれ以上の実験はできない。


 ……。


 やはり、この方法では、駄目だ……。危険が大き過ぎる。それに、札を何枚使うことになるかすら分からない。だから、分の悪い賭けでしかない。下に着地することなく、できれば、もっと余裕を持って、連続転移できれば。それも、回数を抑えて。


 この島は、私が今いる円柱状の岩場と溶解液が入った、平皿に高さのあるふちをつけた入れ物のような形をしている。


 ふちまで辿たどり着けば、そこから次の島をしっかり視界に入れ、転移できるだろう。流石に、落下しながらだと、遠くに焦点をしっかり合わせるのは困難。


 道が、足場があればこんな苦労はしなくて済むというのに……。ん! ああ、そうか、それなら、届く、確実に。無ければ()()()()()()()、道を! 転移回数はこれなら、2度か3度。少々しくじって回数がかさんでも二桁けたには及ぶまい。


 それに、次飛ぶ予定の島の方角も、これで分かる! 作った道が、方角を示す目印になる! ()()は地図上に大きく示されるのだから。


 上手くいく見込みは十分にある。これは、分の悪い賭けから、五分五分の賭け程度にはなった。そう思いたい。確定要素は、自身の()()。ほぼそれだけに抑えられたのだから。そして、それはかなりの困難。失敗したら、私はそこで終わる。


 私はそれに賭ける、と決意した。






 私は崖のふちに立ち、勢いよく前方へと、足を蹴り出すように、飛んだ。そして、空中で体を翻す。手に持つのは、紙片の束ではなく、弓矢。


 それを、しっかり引いて、未だだ、未だ我慢するんだ。未だ、未だだ。


 ビュゥゥゥゥゥ――――!


 体中から、汗が、流れ出る。それが風を受けてすぐさま乾いていく。そうして、冷えてゆく体。


 落下の体感時間は、嫌らしいくらい長い。


 風圧がどんどん強くなっていく。だが、震えて機を逃すことは許されない。そして、すぐさま矢を放つ訳にもいかない。そう。せめて、眼下に溶解液の海が見えるかどうかという位まで、我慢だ、我慢。


 ブゥオオオオオオオオオオオオオ――――!


 だが、見える見えない以前に、体に受ける風圧の中、手を動かせる限界がそろそろ……。


 仕方……、あるまい。この辺りが……、限界!


 私はかっと目を見開き、歯を食いしばり、体を動かす準備を完了させ、精密に矢を放った。狙いは先ほどまで私がいた岩柱。その横っ腹を、ぶち抜く。これまでの幾度もの使用から、どれ位の力で放てば、どれ位の体積を消し飛ばすかは分かっている。


 ビュゥオオオオオオオ、ブゥオオオオオオオオオオオオオ――――!


 放たれた矢は風をまといながら進んでいき、岩柱の横っ腹に当たり、消滅の暴風をき散らしながら進んでいき、抜けた!


 柱の横っ腹に、私が余裕を持って入れる程の穴が開いた。柱は予定した通り倒れはしていない。


 だが、これで完了ではない。ここからが本番。


 弓を仕舞い、"転移紙片束"から一枚取って仕舞い、焦点を穴へ。


 ピリッ!


 落下は止まり、竜巻に覆われる。上下には渦が。そして、十数秒後に竜巻が止むと、私は矢で作った、半径9メートル程度の向こう側まで貫通した横穴のふちに立っていた。


「……、ははっ、ふははははははは、あっはははははははははは―――――!」


 私は高笑いし、理想そのままとはいかなかったが、それでも事を成せたことを存分に喜ぶのだった。






 理想としては、横穴は貫通していて欲しくなかった。そうであれば、籠の世界のホログラムに新たにできた、その半端な横穴から、次に向かう島の方角を特定できただろう。そうすれば、この岩柱をその方向へ倒し、最短の時間で次の島へ向かえただろう。


 だが、そんなことを言っても仕方無い。とにかく急ぐ。時間との戦いは終わっていないのだから。何でもいいから、この岩柱を倒してふちへ!


 距離の問題で、弓矢でこれ以上岩柱を削ることはできない。スコップで壁面を崩す他無い。


 幸い、周囲の壁面は粘土質であるようで、スコップで辛うじて何とかできる程度の硬さであったため、私は数分程度でそれを倒した。全て掘り切る必要は無いのだから。どちらか片方の壁面を薄く薄く剥ぐように削り取れば、後は自重で勝手に倒れるのだから。


 ォオオオオオオオオオオオ、ガラララララララ、ブゥオオオオオオオオオオオ――――!


 後は、急いで一度穴から飛び出て、倒壊に巻き込まれるのを防ぐ。そして札を使っての転移で、岩柱の残った土台へと再び映り、


 ザバァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンン、バサァァァァァァァ……!


 余波が止んだのを確認し、倒壊した岩柱があるであろう方向に向かって、飛び降りる。






 念の為に札を使って一度運動エネルギーを殺し、さっと私は着地する。


 足元の岩柱の横に広がっていたのは、灰色の海だった……。島を吹き抜ける不規則な風によって、その表面が揺らいでいることからも先ほどの音からも、これらが液体であるのは明らか。ホログラムから予想した通りだった。岩がすぐさま溶けだす様子も無い。


 その場でしゃがみ、ジャケットの下部ポケットに入っていた糸くずを試しにその中に落としてみると、跡形も無く、溶けた。


 ……。最初の案のまま、飛び降りず、本当に良かった、と私は安()する。時間がそう残っていないことはちゃんと頭にある。倒れた岩柱は、足場としてかなりしっかりしているようなので、私はすぐさま立ち上がり、そこを走り抜け、淵へと向かった。


 幸いなことに、進行方向真っ直ぐに、ターゲットとする島が見つかった。だが、微妙にかすんでいる。だから念のため、淵まで私は走り抜けた。


 そして立ち止まり、転移する前に、足先の断崖絶壁を見た。下の方からは、もわんとした熱気と、硫黄のような臭いが。妙に熱い。


 ブク、ブクブク、――――!


 後ろを振り返ってみると、灰色の溶解液の海は、沸騰を始め、灰色の蒸気を上げている。本当にギリギリだったのだな……。だが、間に合ったのだ。




 札を出し、一つの巨大な四角い建物が島一帯を覆うように建っているその島を、視界の中央に収め、札を千切り、竜巻に包まれる。


 距離は遠い。発生した竜巻と上下の渦が消えるまでには数分は掛かるだろう。私はその間に、この、反芻すうする荒野の島について考える。それは、この島の存在意義。


 悪魔少女が大事に思ったある場面と一時だからこそ、この島は存在しているはずだ。この真下の島みたいに、保存を目的としない島もあるが、この島は少々意味が分からない。何を目的としてこの島は存在している? そして、外から見たときのこの島と、内側から見たときのこの島に酷い食い違いがあるのはどうしてだ?


 それらを踏まえて4通り程、すっと頭に可能性が浮かんだ。


 一つ目。刑罰、処分、殺害用。どうあがいても、ここから出ることはできず、この島が下の島に接して、溶けて、死ぬ。


 二つ目。秘密を隠した場所。時間制限のわなを仕掛けたのは、じっくり調べられたくないから。だが、悪魔少女自身もここを度々訪れる。だからこそ、時間制限を作った。自分の用事を済ませられ、侵入者が目的を果たす、情報を集めるには時間が足りない。ここにはあの悪魔少女が見られては困るが残しておきたい何かがあるから、罠が仕掛けられているということ。


 三つ目。ただ、たまたまそうなった。意思なんてない。


 四つ目。悪魔少女が形として残した島のごみ箱が、この島の真下に今ある島であり、この島はもう彼女にとって必要のないものであり、破()されようとしている。私は唯、巻き込まれただけ……。

 と、そんなところだろうか。


 この島が存在する意義というものを重視するとするなら、二つ目が最も近そうだが、何か隠すようなものがある島を、わざわざ本当に消し去るとは考え難い。知られるくらいなら、そいつごと消してしまおうという類の罠だと考えれば辻褄つじつまは合わないことは無いが……。では、どうして私をこの島に入れた……?


 この島が見せる必要がある光景だと言うなら、一体それは何だ? 私を消そうと方針転換したのか? それとも、錯乱して、衰弱して判断能力が鈍ってのミスか……?


 結局のところ、考えても答えは出ない。切りがない。だから、後でもう一度。この島がこの後も存在していれば、また来る。そうなった場合、いよいよ、何かが隠されていることが間違いなくなるからだ。


 そして、竜巻が止んで、新たな光景が視界に広がった。


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