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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~

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精神唯存揺篭 浮遊島群 墜落溶解 反芻するひとつの崖と灰色の海の島 Ⅰ

 どうしろと、いうのだ……。


 灰色の竜巻が止むと、そこは半径10メートル程度の灰色のがけの上だった。下は見えない。周囲一帯には薄灰色のもやがまばらに漂っていて薄暗い。もやの隙間からは数百メートル先程度までは見える。


 そして私は自分がどうしようもない状況に置かれていると知ったのだ。


 少なくとも、私の視界の範囲には、ここ以上の高さのがけは足場は存在していない。がけふちから見下ろす限り、下の地形すら把握できない。延々と、地面に垂直に、円柱の側面ような断(がい)絶壁が延々と広がっていた。


 がけふちもろく、私が先端に立ったとき、拳大程度の岩の塊となってその一部がくずれたが、それらが地面に着地する音はしなかった……。


 ブゥオオオオオオオオオオオゥゥゥゥ!


 風の音が吹き抜ける。体勢が崩される程強くは無い。だがそれは乾いていて、冷たくて、服を突き抜けて、私の体に当たる。臭いは特に無い。


 ああ、寒い。


「ああ、あぁぁ」


 声が、言葉にならない……。


 ああ……。悪魔少女が私に掛けた力を解いたのか。あの状態だ、仕方あるまい……。


 ということは、言葉も文字も、識別できなくなるということか……? いや、だが、これは、絶好の機会でもある。本当にこの世界が、以前の私がいた世界と相関が無いのか、言葉や文字が識別できないのか。それが明らかになるかも知れない。


 それにこの状態がそう長くは続くとも思えない。悪魔少女がそれだけ損耗そんもうしているというだけ。時間が空けば、回復するだろう。


 とはいえ、そんなこんなは、ここから無事脱出することができれば、の話だ。


 ここに付いてすぐ、網膜に文字が浮かんだのだから。黒い文字が。


【一刻も早く、その島から脱出せよ。】


 それは不穏な課題。これまでとは毛色が違う。謎解きでは無く、唯、脱出するだけ……? 一刻も早く? 何故、付けられた時間制限がこんなにも曖昧なのだ……?


 何れにせよ、私はここから出て先に進まなくてはならないのは変わりない。ここでじっとしていることは、半径10メートル圏内に閉じ込められているのと同義なのだから。


 だからその通り、ここからの脱出を目指すことにした。






 前の島からここを見たときあった、二つの塔は、何処だ……? それに、あの夕焼けは何処に消えた……?


 夕焼けは、周囲の薄灰色のもやのせいでここまで差し込んでこないと考えるとして、今私が立っているのが二つのとうのうちの一本だとするには少々無理がある。ここが二つの塔のどちらかであると考えるにしても、色が違う……。そして、もう一本の塔も、ここから見えはしないのだから。数キロも離れて存在しているようには見えなかったが……。


 そもそも、今立っているこの場所は、人工物っぽくないのだ。ただ、自然の営みの結果、たまたま、こういう形になっただけだろう。このがけは完全な真円状の円柱では無い。よく見ると円になっているのだ。人工的に作られたのだとしたら、ふちが崩れたことといい、少々雑過ぎる。


 あれら二つの塔が見当たらないということが、脱出に関するヒントなのだろうか? あの二つの塔には、何かある。私にはそう思えてならなかった。何故ならそれらはあまりにも似ていたのだ。二つ前の島で見た、高さも太さも同じくらいの二つの塔。邸宅の内側にそびえ立った、白と黒の双塔とうに。


 だが、そもそも、ここは、私が前の島から見た島なのか……? そこから考えていななくてはならない……。






 だが、幾ら考え込んでも、出てしまった結論は変わりそうになかった。立ち止まるわけにはいかない。不安定なあの少女が、いつ気が変わるかなんて、分からないのだから。


 周囲のもやは消える気配は無い。これだけ風が吹く場所でも晴れないというのは少々妙だ。幻の類か? そう考えると辻褄つじつまは合うが……、それを証明する方法が無い。危険を通り越して無(ぼう)とも言えるような方法以外は。


 ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。


 私はがけふちに立った。手に悪魔少女から渡された札の束を握って。


 ヒュゥオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ……。


 吹き寄せる冷たく乾いた風。


 とうとう、足も震え出した。


 無理だ……。私には、飛べない……。私は後ろに数歩何とか足を引き、地面に崩れ落ちた。


 思った通りにならなくて、はるがけ下の地面に衝突し、砕け飛び散る自身の様子が目に浮かび、それが頭から離れなかった。


 わずかな形も留めない位、ぐちゃぐちゃに飛び散るだろう、きっと。そうなればもう、意識など立ち消える。そうなれば、ここで旅が終わるのだ……。自滅で、終わる……。もう一人の私に会わす顔が無い……。


 だから、()()()()()()、飛べない……。そうして、私は初めて、自分の不甲斐ふがいなさにむせび泣いた……。






 スッ、ザッ、パラパラパラ――――。


 私は駄目元で本を開いていた。新たな記述が、情報が、増えていないかとわらにもすがる思いでページめくり、調べる。そしてとうとう、その手を止めた。全体のおよそ五分の一読み進んだ辺り。そこを開いたとき、それはあった。


 地図! それも、ホログラム、だと……。


 本のそのページからは光が生じていた。セピア色の光が。それは陰影だけで、違いが示された、単色のホログラム。今いるこの島を現しているようだ。尺度は不明であるが、島の全容が明らかになる。


 輪投げの土台付きの棒みたいな形をしている。土台の直径は、棒の長さよりも少し長いようだ。私のいるこのがけの小ささからして、半径数百メートル~数キロの、大きめの島であることは間違いないだろう。


 とにかく巨大なのだ。と同時に、何でできているかは分からないが、波打つ海のような地面があることと、地面までの高さは絶望的なほど高い、ということが分かった。


 そして、ホログラムの上部に、このような文字が浮かび上がっていた。


【反(すう)する荒野の島】


 これがこの島の名前らしい。






 前の島から見えた二本の塔や夕焼けは幻だったとでも言うのだろうか……。ホログラム中にはそれらしき物は存在していない。そして、私が今いるこの場所だけが周囲よりはるかに高い。他には、このような高台どころか陸地すら無いようなのだから。


 そして、更にページめくると、今まで出ていたホログラムはすっと消える。該当頁ページを開いたとき、現在地のホログラムを出す仕組みなのだろう。


 新たに開いたそのページからは、また、新たなホログラム映像が浮かび上がる。それが何であるかはすぐに分かった。


 前のページとは違い、セピア色の高さ1メートル程度の光の柱の中に、黒い線で形作られる立体物。


 巨大な鳥(かご)だ。それも、出入り口のない鳥籠かご。閉じられた世界。黒く、太さと立体感のあるやけに濃い線で、堅牢そうに見えるそれは構成されていた。


 その中には、数多くの大小様々な島が浮かんでいた。


 ん、これは!


 かごの頂よりも少し上に、


【精神唯存揺籠("安心"の世界)】


【※北の端は南の端、西の端は東の端、頂点は底点と繋がる。】



 と、黒い文字が浮かんでいるのが目に付いた。


 この籠の世界がどういうものであるかを、この文字列は示しているのだろうか? 精神だけが存在する揺りかご。そういう意味になるが。これまでにこのかごの世界で遭遇そうぐうした出来事から考えると、非常にしっくりくる。


 何もかも、空想的なこの世界は、悪魔少女の記憶的な精神的な空想的なものだけで構成された世界といえる。そんな閉じた世界。確かに、彼女だけにとって、どこまでも"安全"だろう。私を入れたのも、みこんでしまえると判断したからだろうか。


 そして、米印の付いた注釈は、この島の端は、正反対の側の端っこと繋がっているということを示している。つまり、強引な方法、籠を壊してのこの世界からの脱出は不可能ということだ。






 白く点滅しているのが、私の今いる島らしい。現在地を大まかに現しているのだろう。一本だけ高くそびえた岩柱から、間違い無く、それが今私のいる島であると断定できる。それに、すぐそばには小さくだが、このように文字列が浮かんでいるのだから。


反芻すうする荒野の島】


 だが、それだけではなかった。その文字列の下に、


【※岩柱溶解による滞在時間制限有 残り時間僅わずか】


 そのように書かれていた。


 残り時間僅わずかと書かれているが、がけ下をのぞき込んでも、液体であろう地面は見えない。今のところ、この崖がかたむいたりはしておらず、低くなったようには感じない。


 ということは、前触れは無い。時間が来たら、どういう経緯になるかは分からないが一瞬にして溶け落ち、私も落ちて溶かされることになる?


 前のページに戻ってみる。


 浮かび上がったこの場所のホログラム。


 島の形を示す濃淡のある線の様子は変わらない。だが……、この岩柱。僅かだが、低くなっていないか、先ほどよりも……。


 ということは、下にあるのは地面ではなく、溶解液の類であり、この岩柱は真っ直ぐ垂直に浮いていて、かっている部分から溶けていって徐々に低くなってきており、そのうち、全て解け落ちる? ということだろうか……。


 だが、少なくとも、私視点から見たら残された時間はそう短くは無いらしい。とはいえ、ぐずぐずしていては終わるということは分かった。


 もう、リスクを恐れてはいられない。何でもいい、とにかく、試さなくては……。何もせず終わることこそ、最もおろか。






 だが、先ほど思い留まった方法は、唯の自殺に近い。だから、もう少し練らなくてはならない。


 私はホログラムを念入りに観察し、解決の糸口を探すことにした。


 私がしなければならないのは、この島からの脱出。ということは、どうにかして、次の島が見える位置へ移動しなくてはならない。


 何でもいい。私の身が溶けたり、砕けたりすることなく、次の島を視界の中央に入れ、札の一枚を千切ればいい。できれば安定した地面の上で。空中で使えばどうなるかは不明。それでも、最悪そうしなくてはならないか。


 となれば、探るべきは島々の位置関係。


 私は次のページめくり、かごの世界の全体図を出した。そして気付く。この島、どんどん、下へ降りていっていないか……。


 この島の下には、この島がすっぽり入るくらいに大きい。そして、その島は全体が沸騰ふっとうしているように、湯気のようなものをあげている。黒い薄いもやがそこから発生しているようなエフェクトがついている。


 その島の少し上空には、矢印を添えられてこのような文字列が存在した。注釈を添えて……。


【忘却滅却炉底島】


【※切り取られた事象を滅却する焼却()。高音の溶岩の溜まった。要らなくなった浮遊島を沈め、滅却する。その灰と蒸気は、灰色の雲となり、かごの中を漂う。】


 時間制限の意味するところは、これだったのだ……。間違いない。


 確かに、残り時間(わず)か、だ……。私のいるこの島が、真下にあるその島に向かって真っ直ぐ降下していっている。この速度だと、せいぜい、保って数分……。


 もうゆう長にはしていられない。前のページとこのページを見ながらの、次飛ぶ島の選定を私は急ぐ。


 もう時間はわずか。最悪、ほぼ自殺に等しいあの手を使うしかないだろう……、と覚悟して。


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