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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~

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精神唯存揺篭 浮遊島群 崩壊の記録の島 Ⅲ

 話を終えた私たちは、それからはずっと、町を俯瞰ふかんしていた。この光景ももうすぐ終わり。ここがあの雪原世界と同じ場所であるのだから、ここが跡形も無く消えることを私は知っている。


 そして、


「来てしまいました、この時が……」


 とうとう、終わりの時間がやってきた。


まぶしいでしょうが、目を閉じる必要はありません。危険はありません。ここで今から起こることは、ただの再現でしかありません。止めることはできません。悲しむことはありません。全ては終わったことです……」


 機械のように、抑揚のない声で、早口で彼女は私にそう言った。だが、それはきっと、私にだけ向けられたものではない。彼女が自身に言い聞かせているのでもあるのだ。


「ですから、ただ、見ていてください。これから起こることを」


 彼女はそう言いながら、彼女自身の手をぎゅううっと握りめていた。


 変化が起こったのは、町のはるか上空。


 そこに、薄暗い中見難いが、大きな物陰が見えた。空に浮く、得体の知れない物体。ここからでは距離のせいか、実際のそれの大きさは分からないが、きっと巨大なのだろう。


 その巨大な物体から、何か、小さな塊が下へ落とされていく。そして、巨大な物体はそこから去っていった。全速力で。そう見えた。


 彼女の顔をのぞき込む。


 今にも泣き出しそうな顔をしながら、彼女はしっかりと前を見ていた。弱弱しく、今にも塞ぎ込んでしまいそう。


「私なんて、生まれてこなければよかったのに……」


 彼女がそう小さな声でつぶやき終わった直後、


 ブゥオオオオオオオオオオオンンンンン――――、


 激しい光が周囲を照らす。それは物凄い速度で拡張し、かなり街から離れた私たちまでも包み込む。真っ白な世界がそこには広がっていた。


 何も、見えない。白しか、見えない。


 そして、続いて、


 ゴグゥゥゥ、ゴホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアヴヴヴヴヴヴヴヴァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンンン!


 とどろくような爆発音や、強大な地()れの音などの混ざり合った、怨嗟えんさの叫びのような音が、長きに渡って、鳴り響いた……。


 私はその音を知っている。知識として、知っている。それは、同質量の火薬を遥かに上回るエネルギーの暴力を生み出す、トンクラスの爆弾が、まき散らす破滅の音。


 なぜそんな音を知っているのか……と、怖くなる余裕すら私には無い。


 私は立っている。一切の損傷を負わず、ぴくりともふらつかず、光に目をやられず、耳をおしゃかにされず、熱で蒸発せず、立っている。


 見ている。


 色々な見たくないものが、本来であれば見ることも叶わないものが、光の中で消えゆく者たちが、見える。見えてしまう。


 そこから発せられる絶望が、聞こえる。


 成程、確かに、これは地(ごく)だ。だが、地(ごく)の記録だ、これは。過去の地獄の再現だ。今起こっているさん状では決して、無い。


 私の横で狂ったようにのたうち回っている彼女以外は……。





 そして、続くこと数十秒。音がまず止み、続いて光が止んだ。


 私と彼女の目の前には、廃(きょ)となった、真っ白に染め上げられた街が広がっていた。街を照らす光も、動く人も、暖かい活気も、何も感じられない。


 何も動かない。


 この場所も、私たちの周囲数十メートル以外、消し飛んでいた。丘の下部は消滅してしまっていたようで丘の高さは低くなっていた。だが、これでは普通には降りられない……。建物数階分の高さは地面まである……。スムーズに降りられる斜面は無く、全て、がけ……


「じゃあ、降りましょうか、街まで。問題ありませんよ。私が羽根に転身し、貴方を地に降ろします」


 彼女は死んだ目をして、生気の無い、抑揚の無い声で、弱弱しく、私にそう言った。だが、その足は、力なく進もうとしたせいで、彼女は前へ転んだ。


 バタッ……。


「大丈夫、です……、行きましょう……」


 彼女はのっそり、のっそり、立ち上がり、そう言った。


「大丈夫な訳無いだろうがぁぁぁ!!!」


 思わず私は叫んだ。


 心が痛かった。目の前で起こった過去の地獄の光景などよりもずっと、彼女を見ていると心が痛んだ。


 すぐさま彼女の正面にしゃがみ込んで、彼女の両肩を持って、


「そこは、気が済むまで泣くところだろうが……」


 彼女を前後に揺すりながら、私はそう言った後、彼女を抱き寄せ、彼女の耳元でこう言った。


「泣くべきだ。そうしないと、君は君でいられなくなる、きっと」


 そして、私は彼女と共に、声もあげて、泣き続けた。涙が枯れるまで。顔をぐしゃぐしゃにして、みじめに、みっともなく、共に、泣き続けた。






 私が乗っても全身がはみ出ないくらいの一枚の巨大な白い羽根に変身した彼女によって丘から降ろされた。そして、私と彼女は、先ほどまで町だった場所を歩き回り終え終わったところだった。


「貴方は……、何を感じましたか?」


「虚しさ。唯、それだけだ。他にも色々思ったが、結局は、虚しさが全てをりつぶしてしまった」


 彼女はそれに対して何も言葉を返さない。


「姉から連絡が届きました。」


 彼女は、強引に話題を変えた。


「条件達成だそうです。ですので、次の場所へ跳べます。島の淵へと移動すれば、転移が始まるそうです。ここから北へ向かいましょう」


 私はうなづいた。


 ガサ、ガサ、ガサ、ガサ――――。

 ガサ、ガサ、ガサ、ガサ――――。


  地面を踏みしめる私と彼女の足音は、すっかり変わり果てていた。


「姉から追加の情報です。聞きますか……?」


 聞かない訳にもいくまい……。私は首を縦に振った。


「ここは、姉が切り取って、保存したある時間ある場面の一つです。姉にとって、重要な時、場所。それが選定の条件だそうで、姉の安心を構成する記憶の一部。それが、ここを含む浮遊島群なのです。そこでは、一定の時間の間隔での出来事が繰り返されるのです。この街の滅びは何度も何度も繰り返されています。唯一人のために。姉の為だけに……。どうして、どうしてなんですか……、姉さん……」


 私は大きく息を吸って、暗い顔をした彼女に、折れそうな彼女に、熱をめてこう言った。


「きっと、君の姉は、知って貰いたがっている。何よりも君に。ついでに私に」


「何を……ですか……」


「全て。君の姉は自身の全てを知って欲しいと渇望しているのさ。全ての行動を。それらの行動の意図を。その裏での心の動きを。そして、私たちはその為の情報を集める機会を与えられている。島々を巡るというのが、それだ」


「姉は本当に、私に全てをさらけ出そうとしているのでしょうか……」


「ああ、そうさ。巡り終えたあかつきには、きっと、君たちの()()()()は終わる。君たち二人とも、そう望んでいるのだから」


 彼女は何も言わず、唯、私に微笑んだ。その目には強い光が宿っている。もう大丈夫だ。






 北上を続け、私たちは島のふちに到達した。足元を見ると、がけになっており、下の空と雲、他の島々が見える。


 本当に浮いているのだ、この島は。そして、この島も他の島も、流動的にただっているらしい。雲と同じように。


 空を見上げる。気付けば知らないうちに爆発の後発生していたキノコ雲はすっかり消え、この島の上空だけは晴れ渡っていた。


 そんな感じで、この島の果てが視認できている。町が灰になる前は一切視認できていなかったというのに。


 彼女が悪魔少女からの条件達成の連絡を私にした辺りに、この場所の果てが姿を現したのだ。見た感じでは、ここは凡そ、半径数キロの円形の島。ここからは果ての向こうにある島々は見えないが、島のふちからであれば何か見えるだろう。


 島の外の空は、灰色の雲が散りばめられている。天候が変化したのだろうか?






「次は何処へ飛ぶことになるのだろうな?」


「私の知らない姉のことを知ることができる場所だったらいいですね」


「ああ、そうだな。もうすっかり立ち直ったか」


「おかげさまで。あっ、始まりましたね、転移」


 周囲の風景がひび割れ、砕けていき、真っ暗になる。そして、光の点が現れ、それらが数を増やしていき、光の線で結ばれて、次の場所を映し出す。


 そうして、現れた場所は、巨大な庭付きの邸宅が一つあるだけの、大きな島。私と彼女はその庭の一角に立っていた。


 彼女はいつの間にか、幼女の姿から少しばかり成長し、少女の姿になっている。それについて尋ねようとしたが、彼女の様子が……。両手で顔を覆い、震えている。


 どうやらここは、彼女にとって非常に重要な場所でありつつ、非常に重い過去がある時間であり、場所であるらしい。

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