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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第四節 精神唯存揺篭 ~断裂浮遊島群~
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精神唯存揺篭 浮遊島群 崩壊の記録の島 Ⅰ

 最初に見えてきたのは、点滅する光。次々に闇の中に現れ、その数を増やしていく。近くにも遠くにも右にも左にも上にも下にも正面にも後ろにもムラ無く、その密度を増やしていく。そして、点と点が白もしくは檸檬れもん色の雷のような線で繋がれていき、風景が徐々に浮かび上がってくる。


 かなり強い光であるが、見ていても不思議と、目は痛くならない。熱も感じない。だが、自身の体にきちんと感覚があることから、夢の類ではない。


 それらの風景の断片はどれもこれもそう大きくはない。せいぜい、大きいものでも1立方メートル程度。小さいものになると、数立方センチメートル程度。


 映った景色の断片が徐々に繋がっていき、それが何であるかが見えてきた。そこに映る風景は、雪降る街。夜のようではあるが、明かりに照らされ、多くの人々が行き交い、陽気な、街。


「よりによって、ここに飛ぶことになるなんて……」


 気付けば白羽根が隣にいた。その声色は明らかに不安と動揺を含んでいる。


()()()()()()()はありません、心して、ください……。済みませんが、これ以上は言えません……」






 私と白羽根は、蛍光色の緑色の光に包まれた。だがそれはわずか数秒で眩いくらいになり、私は目をつぶる。


 どうやら収まったらしいとまぶた越しに感知した私がゆっくりと目を開いていくと――――何処どこかの冬の都市の夜の雑踏の中に私と白羽根は立っていた。


 妙に既視感がある場所だ。あの建物の鐘といい、町の大きさといい、その外側を囲う城壁といい、その周囲に広がる山やがけといい。


 町は白く色づいているが、どういう訳か寒くはない。ぽかぽかと快適。私より薄着な彼女も平気な顔をしている。


「寒くないのは、私たちはそのようなルールで今存在しているからです」


 私の視線から察した彼女は、そんな意味深な情報を私に伝えた。


 行き交う人々は私と白羽根をすり抜けていく。だが、私にはちゃんと実体があるのは感覚で分かる。それに、私の足元には、自分の靴の跡がしっかり付いていた。


 私の中の記憶と照合すると、西洋、北欧の都市が最も近いだろうか、いや、だが……、いや、そのものか? 


 戸惑いつつも、私はそう判断した。少なくとも、非常に以前の私のいた世界に非常に近しい特徴を持った場所ということだろうか、この世界のこの場所は。


「ここは、雪積もる地。そして見ての通り、この日はクリスマスです。世界が終わる日に飛ばされると思ったのですが……。まあ、それならそれで心配事が消えるだけです。はぁ、本当に、良かったです」


 彼女は大きく息を吸って、胸をで下ろした。


「私たちがこの場所でしなければならないのは、この場所の終わりを見届けること。要するに、意図的に目を背けさえしなければ、それでクリア……だそうです……。よく分かりませんが、何か、嫌な予感がします。何が起こっても対応できるように、心の準備だけはしておいてください」


 彼女は真剣な面持ちでそう言った。


 きっと、どうしようも無いくらいに悲惨で、救いようのないことが過去、ここで起こったのだろう。そして彼女はそれを知っている。若しくは、見ている、味わっている。


「私たちは、彼らに干渉できません。起こってしまった過去の焼き直し。だから私たちは、唯、見ていることしかできないでしょう……。何一つ、変えられないのです。そして何があろうとも目を背けることは許されない。この島ではどうやら大丈夫なようですが、後が、怖いですね……」


 だからきっと、そんな今にも死にそうな青白い顔をしているのだろう。覚悟することにした。


 課題についても、彼女は明らかに言いたくなさそうに言った。そして、今になって言った。そのことから、彼女は言わされているということが分かる。彼女の口から必要なときに課題について説明することも彼女とその姉の契約の要項の一つなのだろうか。






 彼女が言葉を発しても、誰も反応すらしないことからしても、私たちは何をしても彼らに気付かれはしないのだろう。そして、彼らも私たちに一切干渉できない。


 これなら、彼女との筆談も問題なくできそうだ。


 周りから見たら、突如ペンと紙片が浮いているように見えるなんてことにもならないだろうし、紙片もペンも実体がないなんてことにはならないだろうから。


 彼女は、見届けろ、と言っている。それは、唯待っているだけでいいのだろうか? 彼女の言葉からして、私たちが動かないと終わりが訪れないなんてことはまず無さそうだが、見届け方にも色々ある。


 そこに隠された条件があるなんてことになると面倒だ。見届けたと、どういう観点で判断されるか。それが分からない。彼女に聞いても、先ほど伝えてくれたこと以外、彼女自身も知らないらしい。


 ならば、できるだけ多くを見て、見届ければいい。そうすることが、条件達成の近道だろう。それに、ある程度は目途がついている。悪魔少女が私に求めているのはきっと、惨状を見ること。


 この場所が確実に今日滅びに直面するというのなら、それは容易に見れるはずだ。後は、申し訳ないとは思うが、ずい伴する彼女の反応から答えを推し量っていくことにしよう。






 私と彼女は並んで歩き出した。


 旧くからある街並みの残しつつも、時代に適応したタイプの都市であるらしい。人々の服装を見ても、近代的な洋装そのものであるし、人種的特徴を見てもそうだ。


 クリスマスの飾り木、光るイルミネーション、時折いる仮装した人々。この世界のそれらは、まるっきり、私の知るクリスマスのそれだった。


 人々が雪降る夜の寒空の中、灯りの灯された往来を人々が行き交っている。大人も子供も、男も女も関係無く、自然な笑顔をして、楽しそうに私たちを通り過ぎて通り抜けていく。彼らを見ていると心が和むような気がした。まるで町中に陽気が漂っているように錯覚するくらいに。


 家族連れが多い。子供たちははしゃぐ者と、眠たそうにしている者に分かれているが。


 私の体はどこか、それを憶えていたのだろうか。新鮮味もあるといえばあるが、懐かしさというような、ぽかぽかとした暖かさが心を包んだ。


 正面から慌てて走ってくる男、だが、


  ガッ!


「おい、気を付けろ」


 どういうことだ? 衝突した。そして、私は尻餅しりもちをつき、その防寒増し増しの中年を見上げる。


「すみません」


 思わず私はそうやって()()()()()()謝り、驚くのは後回しにして、私は頭を下げる。


 そして、男が通り過ぎていって。私は道の端に寄って、彼女に尋ねた。


 尻餅しりもちをついて、私のしり型に接地した部分の雪が溶けていたにも関わらず、湿ったにも関わらず冷たく感じないからといった理由では無い。


 この、突如喉のどから口から出た、発したものが唯の音でしかなかった私の口から出た、低いバリトンボイスについて、尋ねずにはいられなかった。


「……これは? どうして、声が出るのだ? それに、どうして、言葉が通じる。言語がたまたま一致しただけなのか、それとも……。ここはかつての私と関わりがあった世界なのだろうか?」


「いいえ、()()()も間違っています。それは貴方本来の声ではありません。それは姉の魔法による作られた声です。貴方が話したいと思えば、それが言葉となります。そして、貴方の言葉があの人に通じたのも、あの人の言葉が貴方に通じたのも姉の魔法によるものです」


「では、私が思ったこと、発言したことは君の姉に筒抜けかな?」


「何一つ、漏れません。()()()()()()()()


 そう聞いた途端、嫌な予感がした。ああ、これが彼女が仕掛けた仕込みの一つに違いない、と。





 ガシッ、ガッ!


 突如彼女に手を引っ張られて、私は脇道に引っ張り込まれた?


「突然何だ?」


 彼女は先ほどまでいた通りを指差し、言う。


「時間が飛ぶようです。あれに飲み込まれたら不味かったですから。確実に離れ離れですよ」


 映像の早送りのように、周囲の光景が移り変わっていき――――変化が生じ、元の速度へ戻る。


「日が変わった?」


「ええ……。どうやら、最悪の展開が待ち受けていそうですが……」


 どうやら今はクリスマスではないらしい。この脇道からでも今がいつであるかはすぐに分かった。ところどころにある、happy new year というのぼりや看板。


 新年、か。


 行き交う人々や町の様子を見ていて私はふと気づいた。街頭にテレビは無いらしい。それが私の世界との違いだろうか? そういえば、人々は携帯電話やタブレット端末、ポータブル音楽プレーヤーとつないだイヤフォンを耳につけたりはしていない。


「この後、何が起こる? 言えない、か……?」


 私は彼女にそう尋ねる。酷いことを言っているという自覚はある。彼女が幼女の姿をしているから余計に罪悪感は増す。だが、尋ねない訳にはいかなかったのだから、仕方無い。


「……、済みません。ですが、課題達成の条件は分かりました」


 そう言って、彼女ははるか後方を指差した。


 あれは間違い無く――――私があの雪原で、町を眺めるために立った崖。そして、その時の町は、ここ。


 繋がった。


「あの丘の上へ向かっていただけませんか。後は、そこで待てば時は訪れます、きっと……。本当に、御免なさい……。地(ごく)を、しっく、見せる、ことに……、ずぅぅぅう、なって、しっく……しまい、そう……です。ですが、……どうか、目を……、ぐすん、しっく、しっく、……逸らさ……ず、共、に……見届け……ましょう」


 彼女は涙ながらにそう言った。


「ああ、分かった」


 そう言って、私はしゃがみ、彼女の背中をさすり、抱きめた。

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