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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第三節 精神唯存揺篭 ~無数架橋連結塔群~

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精神唯存揺篭 隔離庭園 無数架橋連結塔群 灰黒の悪魔 Ⅰ

『お前は悪魔であろうと、それと同時に、唯賢いだけの少女でもある。ここはお前の幻想の中。見え透いている。いい手だとは思う。多層構造の幻想。普通であれば、絶対に気付かれないだろうなぁ。だが、お前はそういった策をろうするには愚か過ぎる』


 スサァァァアアア、ガシュッ、ギュッ、バキャッ!

 ドサッ!


 右目も貫かれる。更に、抜かれた触手によって、私の首は落とされたようだ。とはいっても、そんなものは()()()だ。


 物分かりが悪いな、この悪魔は。所詮しょせん、子供、か。原始の庭園の悪魔と比べれば、ぬるい。呑まれさえしなければ、対処は容易。


 読心で読めるのは、所詮しょせん思考の表層だけ。深くからめ、並行して思考。そして、その順序を無秩序に見せればもう、どうしようも無いだろう?


 言葉で私の思考の方向を誘導するなんてことは、この悪魔には即興ではできはしないのだ。


 それに分かり易く()()()も与えたというのに気付く気配は無い。私は今悪魔少女の幻想に囚われているが、幻想が解かれたとして、即座には判断できない。


 しかも、悪魔少女が多層構造の幻想の中に私を引きり込んだことには気付いているが、果たしてその層が何枚あり、現実との解離の幅が、近似度がどれ位あるのかまでは分かっていない。


 悪魔少女は別に私に追い詰められてはいない。幻想を解く必要などないのだ。結局のところ、私はそれに対処できていないのだから。


 それに、これは悪魔少女の幻想。私の自由意志でできることなど限られている。これだけ精神に作用する力を使いこなせているのだから、私如きに()る理由が分からない。


 結局、本当に愚かか、全ては演技か。その二つに一つしかない。


 そうなれば、私が積極的に動くことにデメリットは無い。

『こう言えば分かるか? お前は唯、()()()私をだまそうとしている。私をだましにかかるお前がそもそも、本気ではないという、何ともいえない状態なのだ』


 バグシァァァ!


 とばされた? 少しつぶれたか?


 私はまるで他人事のように現状を分析する。なぜならこれは、言葉通り、他人事。私はただ、その場に居合わせ、それを見さされているだけに過ぎない。


 だから、問いかける。


『それで本当にいいのかな?』


 そうして、動かしにくくなった口でどうにか私は笑ってみせる。






 この悪魔少女が演技をしていないという前提ありきではあるが、私は悪魔少女が何をしたいか。それが薄々とだが見えた。


 安全。妹の再現。思考誘導。逆らう余地。洗脳でなく幻想。衣服のこだわり。おままごと。無意味な問い。形だけの派手な破壊。執着。


 それでは当然、


『それでどうやって、生じる違和感を覆い隠せる? 相手を呑み込める? そして、ずっと、だましていられる? それから何がしたい?』


 何もかも半端になる。


 それは、()()()()()()()()()()()思想だから。


 答えは返ってこないようだ。いや……。私の意識が薄れていっている。この幻想が、終わるらしい……。






「おかえりなさい。ずい分、早かったわね」


 その猫()で声に反応し、目を開けた私は戸惑う。


 誰だ、こいつは……?


 黒を基調としたゴシック調の、フリルを多用したふわふわなファッションをした、私のいた世界基準では、北欧系の、美少女といってしまっていい区分の、まるで御人形のように整った、綺麗きれいな、美(れい)な少女が、そこには、居た。


 だが、浮かべている笑顔は物凄く自然。だから彼女は人形では無い。


 そんな少女のひざの上に、私は首を、頭を、もたげているようだ。冷んやりとしていて、心地良い。


 そしてここは、屋外であり、えらく殺風景な場所であるようだ。薄闇色の空が広がっている。


 そして、無言で寝返りを打ち、見渡す。


 庭園であるというのに、生えて居る植物は、一種類。これらの青々しい芝だけ。


 噴水の水は絶え間なく出続けている。その水には草の断片一つ浮いてはいない。透き通っていて、浅い底がよく見える。


 生き物の存在は一切感じられない。


 向こうには、灰黒色の幾つもの、頂上が見えない塔と、それら同士を繋ぐ無数の道が見えた。






 私は再び仰向けの姿勢に戻っていた。


 いつまでもこうしている訳にもいかない。どれだけ長い時間こうしていたかは分からないが、早いとこ起き上がった方がいいだろう。


 そう思ったのだが、どうも足にしっかり力が入らない。だから、紙片に


【未だ立ちあがれないらしい。暫くこうしていていいかな? それと寝返りを打ちたいのだが。寝返りくらいなら、どうにか自力で打てそうだから、助けは要らない。君が許してくれるなら、頻繁に寝返りを打つことになるが、気にしないでくれ。】


 そう書いて提示する。


 すると彼女は、


「構いませんわ」


 と、少しばかり口角を上げて、微笑んだ。


 早速、寝返りを打つように姿勢を変えて、少女を見渡す。


 彼女が彼女自身の足の横についている手を見た。


 肌は雪のように真っ白で、透き通っている。しかしながら流れる血の色は見えはしない。そして、黒子、しみ、あざ、そばかすの類は一切無い。


 少女はそう大柄ではない。かなり小柄な部類だろう。推定だが、身長は140センチもないだろう。太っているわけではない。寧ろ、華奢きゃしゃ





 そんな少女の造形の美麗さに私はすっかり目を奪われていた。


 特に手足が秀逸しゅういつ。手の指の長さ、手の大きさ、腕の長さ、太さ。足の長さ、太さ、内(また)の程度。それらの比率が素晴らしいのだ。まるでモデルのように。


 体には厚みはまだないとはいえ、いや、それも含めてか。彫刻ちょうこくのように、計算されたような、作られたようなうるわしさを感じる。服の上からであるが、私にそう確信させるのだ。






 数度の寝返りの末、私は最初と同じ体勢へ戻った。


 寝返りの度に、もわっと立ち上げてきた香り。それはとても甘く、暖かかった。彼女のその冷たい冷たい、布越しの大(たい)は違って。


 そうして、再び直視する彼女の顔。


 やはり、何より完成度が高いのは、この顔だ。この少女を見て、かわいいという印象を一切抱かず、綺麗きれいと思った理由でもある。


 白目全体に大して大きな虹彩。高密度で、くるっと反った睫毛まつげ。焦点の合わない目。それでいて、虚ろではなく、はかなげに見える。


 これ程素敵な笑顔を、この少女は持っているというのに……。そのひとみに当たる光が少なく見えるからだろうか?


「どうか致しましたか?」


 そう彼女は私に、首を傾げて尋ねる。


【いや、何も。】


 私はさっと走り書きした紙片を見せた。すると彼女は口を小さく開け、口元に人差し指を当て、先ほどよりも大きく首を傾げる。


 黄金比に沿って配置したような顔の各部位。完全な左右対称を実現している顔。それは、口を開いても崩れはしない。






 額で半分に分けた、床まで伸びる真っ直ぐな直毛、しかし、色は黒ではなく、薄めのブロンド。


 ひとみは、右が灰白色で、左が灰黒色。左右で色が違う。


 ん……? 先ほどは気付かなかったが、これは?


 いや……。これは目ではない。彼女の左目の中。そこにあるのは虹彩こうさいではない。代わりに眼球の中央に位置するのは、虹彩こうさいの大きさ程度に丸めたような、一枚の、羽根。


 本来、不気味なはずだが、どうしてか、見入ってしまう。


 左眼球に入っているのは、灰黒色の、くすんで痛んだ羽根。左眼球に入っているのは、灰白色の、毛先の整った傷のない羽根。


「あら、興味があるの、()()に。ふふ、そうね、こうしましょう」


 声色には感情がこももっているのに、その表情は不動。だが、どうしてだろうか? それが不気味だとは思えない。


 彼女は左目を片手で隠し、私に息がかかるほと近づいて、そう言った。あざといなんて段階は通り越し、それは妖艶ようえんだった。


 一瞬、ほのかな紅潮色が付いていたかのように見えたからだろうか? うるんだ黒い小さいくちびるのせいだろうか?


 そこからのぞいた見えた小さな鮮やかなピンク色の舌がとろりとしていたからだろうか? ねとりとした、口内のつばの糸のせいだろうか?その息の熱と、彼女の熱の無い冷たい手との温度差を感じたからだろうか?


 だが、表情は変わらないまま。


 ああ、何て、歪……。


 一度そう感じてしまえば、そのようにしか見えはしない。余程のことが無い限りは。


 美しいはずのその少女が、ひどくおぞましく見えた。全身から汗が引いていくような、冷え切った感覚……。冷たい水に漬かっていくような、感覚を失っていくような……。


 ああ、これは――――。では、頼む、間に合え!


 "言の葉の剣"を私は捨てる。もうそれは私の所有品では無い。そう強く念じる。


 そして、


[[[思い出しなさい]]]


 私は頭の中に響いたその声に対して、心の中で返答する。






『何をだ? なぁ、悪魔ぁ!』


 私はにやりと笑い、その膝の上にもたげた首を持ち上げ、そして、その少女、つまり悪魔少女の前に立ち、見下すように笑ってみせた。


 間に合ったようだ。


 私に掛けられていたらしい、幾つもの認識阻害が解除され、新たな命令が刻まれようという、絶妙なタイミングで。もうこれで、悪魔少女に、私を操る術は無い。悪魔少女の話術では私をみ込めないのだから。


「くぅぅっ!」


 同じように立ち上がった悪魔少女は、腕を組んで、いら立ちを顔に浮かべながら、


 ガシガシガシガシ――――!


 地面を踏みしだいている。


 私の指摘に反応し、それなりに上手いこと演技してみせたことには素直に関心できた。


 認識阻害の助けを借りたとはいえ、文字表示を切り、声からノイズを取り、服装を変え、顔など体の極一部を覆っていた黒い靄を取り外し、放出する圧を消して、雰囲気をほわほわなものに偽装。


 言葉遣いを含む喋り方の一切を変えておらず、違和感ある情報をあれだけき出したにも関わらず、私に直前まで、僅かな疑念すら抱かせなかった程の雰囲気を作り出す演技力。


 少々めていた。


 だが、同時に、やはり、甘い。何故そこで固有の能力らしいものを使う? しかも、その発動時の雰囲気を隠すこともせず、偽ることもせず。その上、穴の大きい能力を。


 答えは出ている。悪魔少女はそれらを作ることができても、使いこなすことはできないのだ。


 だからこそ、私は対処することができているのだ。これで詰めが甘くなく、読み合いでも上をいかれるとなれば、もう私に手の打ち様は無かった。


 この幼さであろうが、悪魔少女の考える策は穴はあるとはいえ、かなりたちが悪い。一つの札につき、こういった策を一つ考えるだけで思考が終わってしまっているのだろう。だからこそ、彼女がもう少し、そう、人との関わりの中であと2年か3年でも年を重ねていたら、私に勝ち目は無かっただろう。










 未完成な少女でありながら、完成された仕草。定着している上品な口調。


 これほどミステリアスで、美麗であるこの少女が、成長したらどのような姿になるのか。どうしてか、露ほども、想像できなかった。それはきっと、少女がもう完成してしまっているから。まるで少女が永遠の子供であるかのように。そんなことあるはずが無いのに、そう思えてならない……。


 それが私の彼女の未来へ対する直感なのか、私の願望なのかは分からない。






【さあ、白羽根を出して貰おうか。居るのだろう、ここに。】


「はぁ……。ええ、居るわ。許可するわ、妹よ。出てきなさいな」


 すると、


 ポチャン!


 水面に石でも落ちたかのような音とともに、紅炎をふちまとう、一枚の白い羽根が、私と悪魔少女の間の地面からすっと出てきた。


 だが……、一回り小さくなっていないか?


「【、どうやら私の負けみたいね。とっても悔しいわ。だって、こんなこと、今まで一度も無かったもの。とはいえ、私は悪魔。結んだ契約は絶対。じゃあ、()()()()()()()()()】。」


 再び元のように顔やその体の淵に黒いもやまとわせた悪魔少女は意味深なことを言い、質問する時間すら与えず、私を、


 ブゥオン!


 飛ばした。

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