精神唯存揺篭 隔離庭園 無数架橋連結塔群 溶け合う前後と混じる現幻 Ⅲ
「ああ、良かった。何とか、届いたのですね、間に合ったのですね」
白い世界。ぽかぽかと暖かくて静かな場所。
そこで私は寝そべっていた。気を失っていたらしい。彼女の声色から、言葉から、何かそれなりに危険なことがあったようである。
「ここであれば、姉の力は及びません。ここは、貴方の中なのですから。私が貴方に干渉する為の」
【何がどうなっている?】
「一つだけ明かします。私は貴方の放った矢に巻き込まれ、消滅しかけています。ですが、そうなると予想する機会がありました。貴方の発言が、扉を潜る前でしょうか。少し変でした。ですので、保険を打って、このような空間を作っておいたのです。私はですから、白羽根の残滓とでもいいましょうか。
ああ……。確かに。どういう訳か、彼女が私の矢の進路上に飛び込んでいった……。
「ですが、力の大半はこちらにあります。ですから、問題ありません。少なくとも姉の目は欺けたかと。」
【要するに、私は認識を操られているということか? いや、だが、少し違うような気もする。】
「貴方が感じている疑問の通りです。頼みます、今一度、何とか自力で答えに辿り着いてください」
疑問、か。
何度も何度も思い浮かべたような、その度に気のせいと、掻き消したような? 虫したような?
記憶を、状況を、遡って思い出してみよう。
私はこの白羽根と共に、彼女の姉たる悪魔を打ち倒そうと、危険過ぎる方法でこの地に……。この白い世界では無い。殺風景で乱雑な庭園がどこまでも広がっていて、その中央に巨大な灰黒色の塔群があった。そんな場所だ。
で、白羽根の案内……。
【聞いていいか?】
「何でしょう?」
【私は何時から、君を、君と呼ばず、白羽根と呼び始めた? そもそも、君に了承を取ったか?】
彼女にそう書いた紙片を見せた途端、白い地面から、黒い太い、蛸の腕の様な触手が私の左手に巻き付いてくる。
そして、発生した、黒く澱んだ沼のような渦に引き摺り込まれそうになる。
この状態で武器は使えない。どうすれば……。
「私に任せて下さい」
そう彼女は言って、その身に纏う紅色の炎を剣状に伸ばして、全身を使って振りかざし、その炎が触手に触れると、
ボォォォォオオオオオオオオオオオオ、ザァァァァァァァ!
その炎は触手とそれが作り出したであろう沼のような渦もろとも一瞬で包み込み、一瞬で塵に変えた。
「未だです! 貴方にはこれがあと何本も巻き付いています。貴方が気付くとそれは具現化します。さっきまでは無理でしたが、姉は貴方から最も強力な拘束を解きました。そんな今、ここでなら、それらを燃やせます」
【今一つ分からないが、あれが危険なものであることは分かる。そんなぼかした言い方をするということは、制約があり、今は言えないということか】
「さあ、早く。ここがばれる前に全てを具現化させ、燃やし、全てを思い出さないと、私たちは終わりです」
成程。では急がなくては。しかし、その前に。
【君のこと、白羽根と呼ばせてもらって構わないか?】
「ええ、どうぞ」
取り敢えず、この白い世界には、彼女の言葉より、何度か来ているようだな。ああ……、二度来ているな?
一度目と二度目。どちらも同じようなことを言っている。どちらが先でどちらが後であるか。まあ、二度目、一度目の順番で思い出したが、時系列はこのままで合っているか。
時系列?
ああ、これか。これが、弄られている。白羽根が私を救うために作り出した白い、私の内向世界。だが、そこにも影響が出ていたとすれば、唐突に始まった白羽根の語りも何とか意味が分かる。いや……。ん?
いや、何でそんな話を?
それをしているのは本当に白羽根か?
いや、違う。それぞれの世界の切れ目、最後に聞こえてきた、語りかけてきた言葉。あれだけが白羽根のものだとしたら?
【利用されていた。この世界のことは、悪魔である君の姉は把握している。把握した上で、潰さず、利用してきた。偽りの記憶を入れて、攪乱に利用してきた。】
白羽根に答えを示した。
そして、三本の触手が同時に出現し――――白羽根がすかさずそれらを燃やし尽くした。
「あとは、剣です。出してください。燃やします」
【どうしてだ? あれほど頼りになる武器など、無いだろう?】
「思い出してみてください。貴方が渦を、竜巻を通って、この世界に来て、最初に手にしたのは何でしたか? それでしょう? 終始それだけしか拾っていませんよね?」
ん? 何か……。
ああああああ! 言っていた。あの悪魔少女? 悪魔女? が言っていた。種明かしした。どうして忘れていた……。
「ですから、十中八九、それです。それこそ、貴方の記憶の前後を入れ替え、現実と幻を混ぜ合わせています。私にはそれが何かは分かりませんが、間違い無く、それが姉の用意した罠であると断定できます」
その通り、私を操るための起点となっているのはこれだ。
[[[全てに気付いたとき、それで自身を貫け]]]
ああ……、何とか抵抗できている、が……。左手に握られた剣。手からは放せそうにない。柄から黒い四本の触手が生え出てきて、私の腕、浸食……・、してきて……。
ボゥ、ボォォォォォォオオオオオオ、ザァァァァァァ!
「何とか、間に合いましたか。足りましたか、力……。ですが、お別れ……、で……すね……。後は、どうか、お、ね……が……」
ボゥ、ザァァァァアアア!
白羽根は、その身の中心から突如発生した蒼い炎によって焼かれ、紫色に燃え上がりながら、塵になって消えた。
「【チィィィィィィッ!】」
やたらに大きな舌打ちが聞こえた。それはあの悪魔少女のものに違いない。
白羽根の意志を継ぎ、お前を滅してやる!
私はそう決意しながら、白い世界の倒壊と共に現れた、元の世界、あの立方体の広い部屋で、四本の黒い触手を出した悪魔少女と対峙する。
本を出し端をさっと破り、5つの断片を作り、ペンを出し、さっと紋様を書き入れる。
今度はハンデ無し。
あのような方法で矢を防いだことからして、彼女には強力な物理干渉能力は無い! そう判断した私は、噛み締めた唇の血を糊にして矢の先にくっつける。残り4つの断片は血でジャケットの肩部分に仮留めした。
「【やるわねぇ、貴……、って、何するの!】」
先手必勝。こいつが体現してみせたことだ。放った矢を悪魔少女は触手の一本を犠牲にして防ぐ。大体思った通り、か。
激しくはじけ飛んだことからしても、オーバーキルだったか?
「【私がわざわざ話してあげているのだから、聞きな……。】」
二射目。彼女の顔面を狙って放った矢を、彼女はまた、触手の一本を犠牲にして防ぐ。
「【って、いい加減にしなさい!】」
三射目。それは隙以外の何でも無い。突かせてもらう。同時に残り二本の触手を消し飛ばす。
「【あれがいたとはいえ、私の精神混合から逃れるなんてねぇ】」
私に構わず話し続けることにしたらしい。妙に余裕ぶっている。虚勢かどうか、見てやろう。
四射目。
「【あらあら、忘れたの? 私は心が読めるのよ。だから、避けるなんてたやすいこと。】」
では何故、第一射から第三者まで、わざわざ触手で防いだ? それこそ、他にも読心の穴がある証拠だろうが。
今ので確信した。こいつの読心の精度は低い。かなり浅いところしか読めない。同時に一つのことしか読めない。そして、それを処理して対応を考えるのに時間がそれなりに掛かる。
そう考えると、こいつが私に"言の葉の剣"を握らせるなんて回りくどい真似をしたことにも説明がつく。
こいつは時間を稼いでいたのだ。そして、一方的な詰め将棋を展開する。中身は少女。
よくよく考えてみれば、あんな剣を作り出す必要がある地点で、自身の能力に穴があると言っているようなものだ。
私は小石を3つ出し、それらに紙片をくっつけて弦を限界まで引く。
私自身も今一つ理解できていない攻撃。さて、どう防ぐ、悪魔? 準備時間も無しで、なぁ?
「ふはははははは、ふははあははははははは!」
私は愉悦の笑いを浮かべながら、それを放った。
ギィィィ、ボシュゥ! シュイ、キィィィ、バリバリバリ、ビリビリバリバリ、
「【ちょっと、何よ、それ……。どうなるか貴方自身にも分からないようなもの、何放ってるのよぉおおおおおおおおおおおお――――!】」
いい感じで紫電を纏った黄緑色の濃密な烈風が周囲を吸い込んでいき、
ピィィ、ブゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、バリバキベキバキ、ブゥオオオオオオオオオオオオオオオ――――!
やたらめったら真っ白な強い強い光を放ちながら拡散していき、私は自身がぶっ飛ぶのを感じた。
私のぶっ飛びが始まる地点で周囲一帯が既に消し飛んでいたため、私は止まることなく、激しく激しく何処までも吹き飛ばされて――――。
そう。後になって色々怖くなってきた私は、もうかなり長いこと飛んでいるのに速度は落ちるどころか、益々加速していき、激しくきっと、どこまでも高く遠くへぶっ吹っ飛んでいきながら、意識を自ら落としたのだった。




