精神唯存揺篭 隔離庭園 無数架橋連結塔群 溶け合う前後と混じる現幻 Ⅰ
あれか! 間違い無い。
私はその、見えているだけで一辺20メートル程度の矢鱈に大きな部屋に入ってすぐ見えた、黒い影の塊のようなものに向かって即座に矢を放った。
はっきりとした輪郭が見えていない状態であったが、白羽根の彼女に問う必要すら無く、間違いなくそれが悪魔であると、発している雰囲気から確信できたから。
そして、矢が効かなかったときのために、"言の葉の剣"を手にし、一直線に突進していこうとしたのだが、何かが私の後ろから、横を通り過ぎていった。
「先行します! あっ……」
白羽根か……、ああ、もう間に合わない……。
ブゥォオオオオオ、バァアアアアアアアアアアア!
丁度風を纏い終わったところだった進んでいく矢に触れてしまった彼女は、私が予め言っていたにも関わらず、巻き込まれてしまった。
駄目だ、これで足を止めては。
最悪の結果は、目的そのものを果たせないこと。そう分かっている私は、それでも足を止めない。予定と変更し、直線コースではなく、弧を描くように迫るコースに変更し、再び黒い影の塊を視界に捕えられるくらい迫ったところで、
[[[動くな]]
頭の中に幾重にも反響するように聞こえてきた、無機質な機械のような声が発した命令に、私の意志に反して体が従ってしまい、動けなくなってしまう……。
そうして私は、左手に剣を持ち、突貫の体勢のまま、金縛りに遭ったかのように、首から下を動かせなくなってしまった……。
白い世界。そこに私は立っている。目の前には、白羽根がいる。
【あとは、この話を絶対にあなたに伝えておかなくてはいけません。貴方も疑問に思っていますよね。その剣を貴方に掴ませた者のことを。この世界で、おそらく貴方に立ち塞がる唯一の、人だった者のことを。】
そして、彼女の長い話が始まった。それは、後悔に満ちていた……。
彼女には姉がいた。とはいっても、同じ日に生まれた、双子。一卵性双生児だそうだ。
彼女は姉といつも比べられて育ってきたらしい。彼女は姉よりも総合的に優れていた。姉よりも彼女がいつも褒められて、姉は彼女の劣化品のような扱いを、両親から受けた。
だからだろうか。彼女の姉は望んだ。自身が妹である彼女と別の人間、別の存在であることを認めてもらうことを。同じ存在ではないから、たとえ、総合的に劣っていようとも許してほしい、と。
そう、両親に訴えたのだ。
そう。彼女の姉は疲れていたのだ。もう壊れてしまいそうなくらい。それは、彼女の姉と彼女が20歳を迎えた日のことだった。
だが、それは許されなかった。彼女の家はこの世界において、名家だった。彼女の姉は、彼女より優れていないといけなかった。
この世界の決まり事らしい。最も先に生まれた者がその家を継ぐ。その者が死んでも替わりはいない。その家は取り潰しとなる。
だから、この世界の名家は、すべからく、長兄もしくは長姉の教育に全精力を注いだ。ところが……、彼女の家は違った。
あまりに二人は似すぎていたのだ。まさに、コピーというほどに。違うのはスペックだけ。外見からは一切その違いは分からない。仕草などからも一切分からない。
違いは、何かやらせたときに残す成果のみ。八割方、彼女の姉ではなく、彼女がより良い結果を残す。
彼女は姉に追従するかのように、両親に訴えた。なぜ私たち二人を同等に扱ったのですか、と。
姉妹の両親は答えた。
『それは、お前たち二人が、同一だからだ。残す結果以外、何もかも同一。そして、二人の優劣、どちらが長姉かを見て判断できるのは、実のところ、私たち家族だけ。』
姉妹の親は、非常に珍しかった、遺伝子上、同一という二人の特徴を最大限に利用したのだ。それは、二人が一卵性双生児であるからできること。
『お前たちは、互いに互いの保険なのだ。どちがら長姉でも良いのだから。私たち以外、誰もわかりはしないのだから。そもそもお前たちは双子だ。本来、長姉なんてものはない。ただ、暫定的に決めているだけ。』
この世界では双子には、両親が好きにどちらが長子か決めていいことになっている。男女の平等が認められているから、子が女であっても長子という言葉を使うのだろう。
『どちらが先に発生して、人の形となったのかなど、それこそ神以外には分かりはしないのだから。だから、どちらにも力を注いで育てればいい。一卵性双生児とはいえ、中身、つまり精神は違う。同じ教育をしても異なる成長をし、少しずつ、同一でない別人となっていくのだから。』
そして、冷酷な結論が述べられることとなる。
『私たちは、お前たち二人のうち、優秀な方を姉とすればいいのだから。まあもう、結果は決まっているようなものだが。もういいだろう、寝ろ。』
それはあまりに酷な現実だった。彼女の姉だけではなく、彼女にとっても。二人はそんな答え、望んではいなかったのだから。
二人が望んでいた答え、例えば、愛。そういったものはそこには一切ない。示された事実は、どこまでも、冷めた、打算的な、酷な、答え。
【一旦、中断しましょう。貴方、物凄く苦しそうな顔をしていますよ……。】
彼女が私にそう心配そうに言葉を向けてきた。白い世界が、消えていく……。
展開が動いた。椅子に座ったままだった彼女が立ち上がってこちらまで歩いてきた。
ん、気のせいか? 何か違和感のようなものを感じたが……。ああ、この状況、十分に異常事態だ、緊急事態だ……。
「【貴方が手にしているその剣はねぇ、私が創ったものでねぇ、】」
先ほどまでよりも、大人びた、背筋をなぞられるような声で、私の左耳に、手を当てながら、それは囁き始める。
その息混じりの声は、とても甘美な香りがした。あざといというより、艶やか。そのまま、抗うことを止めてしまいたいような、もたれかかりたいような、どっぷりそれに沈んでいきたいような……。意識が、薄れていくような……。
ビチッ!
そくり、と、強烈な寒気が背筋に走る。
耳元に、何か冷たくもしっとりとねっとりとした、柔らかい何かが触れるような気がしたかと思うと――――、情報が流れ込んでくる。頭の中を黒い何かが触手を伸ばしてくるように浸食してくるような、そんなイメージと共に。
駄目だ、呑まれる、意識が……。て、てい、こう……、し、て、や……る。こ、この距離、なら、これ、で……。
左手に握る剣を空間に収納し、代わりに出した矢を握って、それを突き差そうと私がそれを振りかざそうとしたところで、
「あぁ、ヒトの味がするわぁ」
耳元からねっとり何かが離れてきつつも残る、べとりとした感覚、そして、恍惚としたそれの声が響き、頭が真っ白になり、矢を握る左手から力が抜け、抗う気は失せ…………。
白い世界。そこで私は一人立っている。きっとこれは私の頭の中。
彼女には姉がいた。とはいっても、同じ日に生まれた、双子。一卵性双生児だそうだ。
彼女は姉といつも比べられて育ってきたらしい。彼女は姉よりも総合的に優れていた。姉よりも彼女がいつも褒められて、姉は彼女の劣化品のような扱いを、両親から受けた。
だからだろうか。彼女の姉は望んだ。自身が妹である彼女と別の人間、別の存在であることを認めてもらうことを。同じ存在ではないから、たとえ、総合的に劣っていようとも許してほしい、と。
そう、両親に訴えたのだ。
そう。彼女の姉は疲れていたのだ。もう壊れてしまいそうなくらい。それは、彼女の姉と彼女が20歳を迎えた日のことだった。
だが、それは許されなかった。彼女の家はこの世界において、名家だった。彼女の姉は、彼女より優れていないといけなかった。
この世界の決まり事らしい。最も先に生まれた者がその家を継ぐ。その者が死んでも替わりはいない。その家は取り潰しとなる。
だから、この世界の名家は、すべからく、長兄もしくは長姉の教育に全精力を注いだ。ところが……、彼女の家は違った。
あまりに二人は似すぎていたのだ。まさに、コピーというほどに。違うのはスペックだけ。外見からは一切その違いは分からない。仕草などからも一切分からない。
違いは、何かやらせたときに残す成果のみ。八割方、彼女の姉ではなく、彼女がより良い結果を残す。
彼女は姉に追従するかのように、両親に訴えた。なぜ私たち二人を同等に扱ったのですか、と。
彼女たちの両親は答えた。
『それは、お前たち二人が、同一だからだ。残す結果以外、何もかも同一。そして、二人の優劣、どちらが長姉かを見て判断できるのは、実のところ、私たち家族だけ』
つまり、保険なのだ。お前たちは、互いに互いの保険なのだ。どちがら長姉でも良いのだから。私たち以外、誰もわかりはしないのだから。そもそもお前たちは双子だ。本来、長姉なんてものはない。ただ、暫定的に決めているだけ。
『どちらが先に発生して、人の形となったのかなど、それこそ神以外には分かりはしない。もういいだろう、寝ろ』
消えていく、白い世界。ああ、成程。これは、白羽根とあの悪魔の過去か。いや、だが、ところどころに矛盾が……。それにさっきも、これ、見たような……。それに何か、足りない?
あれ、私は何を……?
そうして消えていく白い世界。




