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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第三節 精神唯存揺篭 ~無数架橋連結塔群~

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精神唯存揺篭 隔離庭園 無数架橋連結塔群 紅炎纏う導きの白羽根 Ⅰ

「※%○●♯~~~――――」


 私は言葉にならない叫びを上げ続けていた。


 その元凶は、この目の前の存在、白い羽、つまり彼女。


 なぜなら、私はひたすら落下していたからだ。遥か上空。彼女が合図してから、突如私が彼女と共に飛ばされた場所というのが、どこかの薄闇色の空、灰色の雲の上。


 そこに足場なんてものは無かった。


 だから当然、そこから下へと、落ちていくこととなる。不幸なことに、実体がある状態だ。雲を突き抜けるときの冷んやりとした霧の中を潜ったような、そんな感覚がそれを証明している。


 雲の下も、灰色の空だった。とはいえ、視界はそう悪くは無い。遠くまで透き通ってとまでは言わないが、遠くまでよく見える。


 しかも、落ちる先は海の上などでは無い。陸地の上だ。視界に映る範囲では、全てが陸地。


 中央部の灰色の塔群と、その周辺から展開される、黄緑色の芝生だけで、花や樹木の見られないような、噴水と、蜘蛛を散らすように乱雑に張り巡らせられた石畳の道と浅そうな噴水。


 それらが見えている。どんどんどんどん大きくなっていく、地上が近くなっていくのだ。


 衝撃を緩衝する手は無い。


 ビィユゥゥゥゥゥゥゥウウウウ!


 と、風圧もどんどん強くなっていく。私の体が、つい落前にその風圧に耐えられなくなって潰れてしまうのでは無いかと思う程までに。


 まあでも、叫べているから、大丈夫? なのか?


 な、訳はない……。


 と、私は我にかえった。


 一枚の白羽根の状態である彼女は私の落下に合わせて、紅炎をまといながら、矢のように下へと突き進んでいく。


 私にできることは、彼女をにらみつけることと、これらの巨大な建造物と、下の陸地を眺めることだけ……。ああ、それと、恐怖に負けず、耐えること、か……。






 落下を始めて、もう数十分は経過しているように感じる。この落下で意識を保てるはずは無いとか、雲の上からであっても落下してから数分経過した地点でもう地面に激突していないと可笑しいとか、そういった常識は捨てておいて。


 落下を始めてからの時間が正確だとするならば、この建造物は、私が先ほど巨大と判断したときよりも、更に巨大。


 落下速度が速くて、その形も構造もそうはっきりは分からない。分かるのは概要だけ。


 下は芝生。芝生と庭と噴水と、庭園。それが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。で、目前に見えるこの塔を含む、灰黒色の塔群は、この場所の中央辺りに位置しているようで、塔同士は幾多もの道のようなもので繋がっている。


 駄目だ駄目だ。思考が渦になっている。その考察は()()()()()()()()()だろうが……。


「そろそろ地上ですよ。着地の準備を」


 そう横槍が入れられる。だが絶好のタイミングだ。私は少し落ち着くことができた。そう。私が今やるべきことは何より、着地に備えること。


 下を見ると、地上が迫っていた。だが、準備? どうやればいい……? 聞きたくとも、聞けない。この風圧では、ペンで紙片に書き込めない。


 せいぜい、私にできることは、恐怖を抑え込むことくらいか。後それと、着地して無傷な自分を強く強くイメージすること。


 となれば、あとは恐怖との闘い。絶望さえしなかったら、なんとか……なるのだろうか、これは……。


 これまで幾多もの困難を乗り越えてきた私ではあるが、さすがに、これはきつい。


 心折れずに着地、いや、違うな、衝突、……粉砕されても、全身が粉、液体、ゲル状にはじけ飛んでも、生きていられる、のか? 本来そうなるはずなのに、五体満足無傷で無事な自分なんて、想像できるか?


 無理だ……。さすがに心が砕けるだろう。浮かべる言葉が乱れてきている。酷く動揺しているな、私は……。


 でも、諦めるわけにはいかない。


 こんな終わり方は、御免だ!






 念じる以外の解決法を取りたかったがそうするしか無かった。ストックした所持品を駄目元で出して試してみる訳にもいかない。


 そのままどこかへ飛んでいって、紛失扱いになること間違い無い。そもそも、こんな状態でまともに使えるはずがない……。


 最後に、例の本を出すが、記述は何も増えていない。嫌になってその辺に投げた。重要な品であるから、ロストすることは無い。それを分かった上での行動。だから問題ない。


 そして、下を見る。


 あ"あ"あ"あ"あ"あ"~、着く、着いてしまう、激突してしまう、ミンチィィイイイイ――――!


「ほら、着きますよ、あと、10、9、8、7、」


 彼女から何ともやるせないお知らせが……。それもこの風圧の中で、しっかりと聞こえてくるのがにくたらしい。


「6、5、4、」


 おい、そんなことしている余裕があれば何とかしろよこれ……。言ってやりたかった。この、燃え尽きそうなボロ羽根があああああぁ、と。なぜこんなことになったのだ、と叫んでやりたかったのだが、


「※%○●♯~~~――――」


 そのように、獣のような意味を持たない音波が私の口から放たれただけだった。


「3、2、1、」


 ブゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンンンンン!


「0、っと。ほら、しっかりして下さい。あ……、御免なさい……」


 無事だった……。体は。心も、無事といえば、無事だった……。だが、私の尊厳は、木っ端微塵(みじん)に砕け散った。


 間を中心に、下半身が生暖かかった。


 この世界でも、排泄はいせつ物、あるのか……。はは、はははははは……。くそ……が……。


 私はそれから、放心し、しばらくその場で突っ立っていた……。






「御免なさい……、これで勘弁して頂けないでしょうか……」


 彼女は自身の体にまとう紅炎で、私の粗相の跡を選択的に燃やし尽くし、跡形も無く消してくれたのだが、私が粗相そそうしたという事実は消えはしない。


【別に、気にしていない。死んでいないのだから、心が折れておらず、ひび割れてもいないのだし、君が痕跡こんせきを消してくれたのだから、何一つ問題無いだろう。】


 当然、そんなことは無い。私は微塵みじんもそんなことを思ってはいない。だが、彼女に悪気が無かったことは見てとれた。だから、間にしわが寄らないように、目つきが鋭くならないように努めたつもりだったが、


「御免なさい、御免なさい、御免なさい……」


 彼女がこんな感じでぺこぺこ、頭を繰り返し下げ続けている地点で、隠し切れてはいないのだろう。


 だから、この話題を終わらせるために、私は彼女に問いかけた。


【で、これ、入口は何処だ? 見渡しても全くそれらしいものが見当たらないのだが……。】


 私は周囲を見渡していた。えらく殺風景な場所だ、ここは。庭園であるというのに、生えて居る植物は、一種類。これらの青々しい芝だけ。


 噴水の水は絶え間なく出続けている。その水には草の断片一つ浮いてはいない。透き通っていて、浅い底がよく見える。


 生き物の存在は一切感じられない。


 向こうに見える、最も近い塔まででも距離は数百メートルはある。落下しならが見ていたが、あれらには入口は見当たらなかった。それは見間違えでは無いらしく、地上であるここから、しっかり塔を見据えられているが、出入り口の類は見当たらない。窓一つ、穴一つ見えない。


 見れていないのは、塔の頂上くらい。落下に気を取られて、私が塔を見始めたのは、塔の頂点が見えなくなってからだったのだから。


 だか、彼女はそのことについて何も言わなかった。前もっても何も言わなかった。だから、出入り口が屋上だけなんてことはまず無い。無いと思いたい……。


 この庭園の何処にも下り階段などは見当たらない。ついてくる彼女を尻目に周囲を探索したが、仕掛けの類もありそうには見えない。


「え、えっとですね……、怒らないで聞いてくれますか?」


【ああ。】


 そう答えたものの、物凄く嫌な予感がした。


「えっとですね、入口は――――」


 それを聞いて、予感は確信に変わった。これは、不味い……。すこぶる、不味い……。()()()……? 耐えられるのか、私は……?


 ドゥン!

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