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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第二節 精神唯存揺篭 ~誰かの終幕の風景~

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精神唯存揺篭 安心の終着駅 古城 姿見せし空想の主 Ⅱ

「ええと、その……」


 彼女は戸惑っているようだ。まあ仕方あるまい。私の顔は未だ険しい表情をしたままだろうから。


 だか、その原因が取り除かれることは今のところ無さそうだ。だから、これは、どうしようも無いことだ。


 変にこらえることは嘘になる。不安を抱えている相手に対しての作り笑いというのは逆効果。こうやって正直に顔に出している方がまだましというこの。


 にしても、面倒だ、彼女との遣り取りは。


 だから私から話を進めよう。強引でなければある程度は可能だろう。少なくとも意思疎通の取れる相手なのだから。


 後は、私の許容を超えるくらいに彼女の姿がエグく無ければ問題ない。気絶したり、吐いたりするのはどうにか耐えないとは思うが果たして……。


 ともかく、不快感を抱きさえしなければいい。反射的に吐いてしまっても、別にそれは問題では無い。それでも再び顔を上げて、彼女を直視したくない、と思ってしまったら、それは不快感を示したことになるだろうが。真っ直ぐ再び顔を上げて再び吐いても問題は無いだろう。


 だが、それは、彼女と交わした約束上の話。やはり、私が見て吐いてすれば、彼女は辛い思いをするだろう。それで感情的になられては、非常に面倒だ。


 私は面倒なく、この空想空間から出たい。土産に彼女から情報をある程度引き出した上で。


【先ほど約束した通り、不快感は抱かぬと誓う。吐いたりはするかも知れないが、それは反射的なものだ。私は奇怪なものへの耐性は低い。それでも不快感を君に抱いたりはしない。気絶だけは何があってもしないようにこらえるから、勘弁願いたい。】


 かなり遠慮の無い物言いであるが、言っておかねば、私の命に関わる。後は、これが嘘にならないように努めるだけ。


 そして、


【君が落ち着いたら、私に一声掛けてから、姿をあらわにしてくれ。】


 そう駄目押しする。


 提示したそれに、彼女がうなづいたかのように見えた。





「では、いきます……」


 そのか弱い一声の後、黒いもやが散っていき、そこには、肌が焼きただれた女性が現れた。


 背丈は150センチ程度。それと声を参考にして考えると、少女時代を少し過ぎ、乙女という位の年齢だろうか?


 髪の毛も焼け焦げ、まぶたは燃え落ちている。白一色のゴシックドレスを着ている。そう悪くは無い。が、似合っているかどうかの判断はこの状態では致しかねる。


 ところどころ、ドレスが朽ちている。元の仕立てが良さそうなだけに残念だが……。肩部分は、太めの帯状の肩紐以外は露出している。胸は8割方隠れているな。


 彼女の言葉や話し方から受ける気弱そうな印象によく合っている。側面は全部フリルになっているのか。これが、彼女の自然な雰囲気に実に合う。腰の絞り具合も程々に控えられていて、性格通り。スカート部分も長めだ。靴は、白いバレエシューズか? この手の服を着ていながら、飾りつけは甲のひもタイプのリボンのみ、か。敢えてそうしたかのような。


 訂正しよう。それなりに洒落ている。だからこそ、衣服の破損を修理していないのははなはだしく残念だ。


 それに比べると他の事など細なこと。腕から見える骨や筋肉、消し墨になった皮膚の部分や、焼けただれた皮膚の部分を見ても正直、何とも思わない。


 少々痛みがあるらしく、彼女の言う通り臭がするが、原始の庭園の、"physiological"の悪魔の居城のあれらに比べればはるかにまし。


 身構えるだけ損した。


 私が苦手なのは、血管浮き出た臓物剥き出し、それがどくどく動くようなタイプらしい。それにしても、き気すら感じないのは意外だったが。


【それ位ならどうということは無いだろう? それより、君のその衣服。良いセンスをしているのに、破損を放置しているとは、何と、もっ体なくて、恥ずかしい。君が気にするべきは、そこだ。】


 そう書いた紙片を彼女に見せる。






 あまり凝視するのは好ましく思われないだろうから、この辺りで止めておこう。


 手足と胴体の長さのバランス、胴体と比べた顔の小ささ、全体的に引き締まっていながら、その割にありそうな胸や尻など、悪くは無いと思うが。衣服が破損しているからこそ、そこまで分かった。よりもっ体なさが目立ったというべきか。


 私は顔が云々より、調和の取れたバランスやメリハリや各部位の比率に目がいくのだろう。あとそれと服装か。


 まあ、自身がこれだけ上等な仕立ての服を着ていることからして、私も以前の私もそっち方面にかなりのこだりがあるのはよくよく考えると当然か。


 本来、そんなところに注目する必要は無いだろう。これは無駄だ。完全に無駄な行動だ。そう分かっていながら、私はこんなこだわり過ぎた考察を行ってしまった。


 これは俗に言う、変態に該当するのではないか? いや、唯、探究心が強いだけか? そうして私は、少し自分というものに不安を抱くこととなった。


「ぶっ、ふふ、貴方、面白い人ですね。それと、有難うございます。こんなでも、普通に人前に出ても大丈夫なこともあるんだなって、安心できました」


 恐らく、私だから大丈夫だったのだろう。常識ですら借り物の私だから、あっけなく受け入れられた。普通ならそうはいかないだろうことは、容易に分かりそうなものだが……。


 指摘するか? いや、彼女もそれ位分かっているだろう。分かった上で言っているのだ。自身が安心する為に。






【君は何を司る悪魔だ? それとも、まさか、悪魔では無いのか?】


 早速私がそう尋ねてみると、


()()悪魔ではないですよ。()()、ですけどね。そして私は、この世界のある悪魔の居場所を知っています。行ってみます? 身の安全は保障し兼ねますが」


【それはこの、君の空想世界の外である現実か? なら確かに、君では私の身の安全は保障できないか。悪魔でない君には。】


「ええ。では、行きましょうか。ですが、その前に、この体のままで行く訳にもいきませんので、ちょっと体取り換えてきますね。後それと、念の為言っておきますが、私はその悪魔のれい下でも、仲間でもありませんよ。ねっ、信じてください、私を。」


 そう言って、彼女は立ち上がり、私を庭園からこちらの世界へ連れてきたのと同じうずを発生させ、その中に彼女は沈んでいった。


 どこに信じる要素があるというのか……。彼女が悪魔かどうかは保留しなくてはならないな。悪魔で無かろうが、かなり強力な、人の枠から超えた力を持っているようだが?


 言っている内容も話半分程度に留めておくべきだろう。彼女は私に信用できる要素を示してはくれていないのだから。そういったものは、私から言って提示してもらっては意味がない。彼女が自然と私に提示しなくてはならないのだから。


 彼女が引き合わせてくれる悪魔を視界に捕えたら、即矢を放つ。私はそう決意した。彼女には悪いが、どの道私はそうする必要に迫られているのだから。


 それに、彼女にであれば、不利ではあるが抵抗はできる。だが、悪魔相手では、抵抗すらままならない。






 数十分経過した頃、


「お待たせしました」


 彼女がそう言ってうずの中からい出て、いや、浮かび上がってきたと言った方が正しいか。


 彼女の姿は人のそれでは無かった。化け物のそれでも無かった。彼女は、たった一枚の羽根だった。私の掌程度の大きさの、一枚の羽根。白い、ほわほわの毛並みの羽根。そのふちに、紅色の炎をまとい、浮遊している。


【どうして最初からその姿で私の前に現れなかった?】


 私は思わずそう尋ねた。


 先ほどまでの姿云々という話では無い。最初からその姿で私の前に姿を現していれば、無駄な話をせず、彼女自身が恐怖を感じるリスクを冒すことも無く、あっさり話は進んだのではないかと思うから。


「それは悪魔の下へ向かいながらお話ししましょう。」


 その言外の意味のどこまでを彼女が取られているか、はたまた何か誤解しているかは分からないが、彼女はそう私に答えた。


 不味い。ここで話が終わるのは不味い。悪魔の下への案内が始まる前に、聞いておかないといけないことはまだある。だから私はすかさず問いかけた。


【君は一体何をしたい?】


 詳しく書きたかったが、猶予はほぼ無かった。これが限界。彼女にそれを見せるのが間に合っており、意図が伝わっていますように。そう私は祈るばかり。


「それはですね、その悪魔は、私の、姉だからです……。だから、私が、終わらせないと……。ここまで聞いてしまった貴方を、唯返す訳にはいきません。貴方は、わらにもすがる思いだった私の前に降り立った、一粒の希望。目は薄くても、無理やりでも、貴方を連れていきますよ」


 ただ、悪魔としか言わない。~の悪魔とかいう言い方はしないのか? あれはもしかして原始の世界特有のものだったと? いや、まだ、判断するには早い。情報が足りなさ過ぎる。


 一瞬でそういう結論を出した私はすぐさまペンを走らせる。


【それを聞いて安心したよ。最大の不安はぬぐい去れた。そもそも私の目的は悪魔を滅すること。案内してもらって悪いが、君が止めたなら、君も消さなくてはならなかった。だからそれは私の台詞せりふだ。】


 さて、どう出る?


「では、行きましょう。心の準備はいいですか?」


 あっさり通ったか。いや、だが、どうしてそんなことを聞く? そんなこと言わずに先ほどは私を連れていこうとした彼女が。何の念押しだ、これは? 意図は何だ?


 だが、全く分からない。時間を空けるのは悪手。


【ああ。行こう。】


 だから、その疑問を頭の片(すみ)に追いやり、軽率に返事した。だが、私はすぐさまそのことを後悔することとなった。

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