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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第二節 精神唯存揺篭 ~誰かの終幕の風景~

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精神唯存揺篭 安心の終着駅 古城 姿見せし空想の主 Ⅰ

 ここは……?


 お、体に実体が戻っている。ということは、上手くいったということか?


 どうやらここは、薄暗く、じめじめした城の中らしい。ほこり臭く、かび臭い。


 緑色のこめの生えた、灰色の煉瓦れんがでできた、灰色の壁や床や天井。所々に蜘蛛くもの巣が張っている。肌寒い。隙間風が吹き抜けている訳でも無いのに。


 年季が入っており、人の手が入らなくなって久しいことは間違い無さそうだ。


 灯り一つ無いというのに周囲の様子が見える状態なのは幸いだ。






 さて。今いる場所はどこかへと続く通路のようだが。


 辺りは静まりかえっている。何の気配もしない。


 後ろは行き止まり。通路の幅は1メートル程度。高さは4メートル程度か。窓の類は無い。扉も無い。前方へ20メートル程度行けば、曲がり角か。そして、右へ通路は続いている、と。


 私は歩き出し、その曲がり角まで進み、気になるものを見つけた。


 ん?


 向こうの方から見えるのは、灯りか? 中かられ出してきている。この通路の端、ここから100メートル程先か。その間に他に何も無いらしい。あの奥の、光漏れ出してきている部屋以外は。


 中の様子はどういう訳か見えない。


 進んで来いということだろう。


 恐らくまだ、ここは誰かの空想の中だ。私にそう自由は無い。だが、これで分かった。意思相通はやろうと思えば可能。何もかも一方的という訳では無いらしい。


 私はその通路の端にある、光漏れ出る部屋へ向かって歩いていき、そこへ足を踏み入れた。






【私は醜いのです。】

【私は腐敗ふはい臭を生じさせる。私はおそれをまとっている。】

【貴方は私を見て、負の感情を抱かない、と誓えますか?】

【事情を聞いて、同情や哀れみを抱かない、と誓えますか?】


 いきなり浮かんできた四行に渡る白い文字と、首から下を金縛しばりにされた自身の体。私はいきなり、まるでわなめられたかのような状況におちいっていた。


 その部屋は、幅3メートル程度、奥行き10メートル程度、高さ4メートル程度の縦長の部屋。その四隅すみかがり火が置いてあり、入り口付近の二つの光が外へ漏れ出ていたのだ。


 燃料が何であるかは分からないが、かなり強くオレンジ色の炎をまとい、周囲を照らしている。そこからバチバチと燃料が燃える音が一切していないのが、少し不思議だった。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 私をこの状況に陥らせた、あれ。あれこそが、彼女に違いない。


 私は部屋に踏み入って、奥にちん座している、あれ、つまり、黒いもやまとった何かを目にした。


 そのそば左右に2つものかがり火があるにも関わらず、黒いもやが覆っている中身はどういう訳か全く見えず、確かめようと接近しようとしたところ、突如このように、浮かんできた白い文字に視界は占有され、金縛りにったかのように、首から下が全く動かなくなった。


 あの黒いもや、床面から沸き起こる高密度の煙のようにも見える。燃えているのかも知れない。


 間違い無く、そんな得体の知れないあれが、私の視線の先にある、あれこそが、私をこんな状態にした者だ。そして、私を雪原やあの塔やこの場所へ転移させ、誘導してきた、この空想世界の主だ。


 つまり、こいつが"safety"の悪魔、か……。不用意だった。部屋に入って即、矢を放つべきだった。


 そう自身の軽率さにまたまた私は後悔することになった。だが、起こってきたことは変えられない。ここはあれの空想の世界であるが、物事の繰り返しはできても、展開を変えるやり直しはできない。


 だから今の私にできることは、提示された問いに答えること、か。


 眉間にしわが寄っていくのを感じる。これだけしてやられて、私はくやしくてたまらないのだ。


 この口で、言葉を! 直接! ぶつけてやりたい! 言葉を発することができないこの身がここまでやるせなく感じられたのは初めてだ。


 私は怒りを目に込めて、それに向けた。






【聞いていますか……?】


 そう表示され、金縛りが解ける。あまりに突然だったそれに私はあっけに取られる。


 こいつの目的は、私を捕えることでも、唯無意味に害を加えることでも無い。よくよく考えると、私をほうむる機会が何度もあったにも関わらず、そうしてはいない。


 一度深く呼吸し、取り敢えず無理やり自身を落ち着いたということにした私は、心の中で念じて答えてみる。


『ああ』


 だが、返事は無い。


 どうやら本当に心が読めないらしい。何でか分からないが、何となく、目の前のそれが首を傾げたかのように見えた。だが、それでも、今のも演技という可能性は十分にある。今のだけでは、判断するには足りない。


 だから、これ以上考え込んでも仕方が無い。


 私は "緑の代用紙片"と"黒枝樹液筆"を取り出した。紙片にペンを走らせる。


【言葉は話せない。だから筆談という形で答えさせてもらう。私は君のその問いかけに、はい、と答えることにしよう。】


 そう書いて、その黒いもやの前に置く。これなら確実に通じる。


【成程、それは済みませんでした。】

【では、そういう形式でり取りしましょう。】


【で、再度貴方に問います。】

【先ほどの問いかけ。貴方の肉体に賭けて、誓えますか?】

【貴方がその誓いを破ったとき、貴方の体を頂戴ちょうだいするという意味で聞いています。】


【貴方は今なら引き返せます。】

【それでも貴方は、誓いますか?】


 これだけ一気に文字を表示されると、視界の大半がまってしまう……。これまでの悪魔とは違って、私が読みやすいように表示する文量を調整してはくれないらしい。


 はぁ……、何たるくどさ。警戒けいかいして損した。


 どうやら、私は回りくどかったり、はっきりしなかったり、そういったことが大層嫌いらしい。文量とそこに表示された文章の二つに私はそのように辟易へきへきさせられた。


 この様子だと、彼女、つまり、この黒いもやに覆われた者は、悪魔では無い。これまで見てきたどの悪魔もそうだったが、精神の強度か、精神の在り様か、或いはその両方が異常だった。


 だか、彼女はそのどちらでも無い。姿はどうか分からないが、精神は並の人間のそれだ。感情的なタイプの人間のそれだ。


 精神力が肉体以上に重要な世界。精神で肉体に生じた不備が何とでもなってしまう世界。そんな、精神力がものを言う世界で、どう考えても彼女の心は悪魔としてはもろ過ぎる。


 心の弱点らしい弱点を付いた訳でも無いのに。


【くどい。】

【だがそれでも"安心"が欲しいなら示してやる。】

【私は、肉体と魂、つまり、私の全てをけ、君の姿形や過去からは負の感情を抱かない、あわれれまない。】

【決して。】


 だから、私は色々と面倒になって、そう強く紙片に文字を書き記して、提示した。






「有難うございます」


 はやり問題無いか。彼女が求めているのは、拒絶されないという保障による安心だ。だからそうしてやればそれでいい。


 これまでに遭遇そうぐうしてきた悪魔に比べると、他愛ない。だが、彼女が本当にそううれしそうに言ったのだろうなと考えると、少し胸が痛む。だが、それでも手をゆるめる訳にはいかない。


しゃべれたのか』


 私はわざとらしく心にそう浮かべてみた。


「ええ」


 お? あっさり反応が返ってきたが、ん……。顔が見えないから結局判断できない……。


『やはり、読心能力は持っていたか。とはいえ、距離の制約を無視できる程には強くはない、か』


 だからそう、探りを入れる。


「あ……、紛らわしいことしてしまい、済みません……。先ほどのは、貴方の顔に露骨に出ていたから読み取れただけで、私に読心能力はありません。ですから、そう、警戒しないでください……。あんまり……じゃ、ないですか……」


 これは私にとって、当然の行為。しなくてはならない行為。最善を尽くすための。だが……、それがとても悪いことのように思えてきた……。駄目だ……。何を、流されそうになっているのだ……。


 こんな葛藤かっとう、想定の外だ。


【そうか。それは済まなかった。】


 取り敢えず、謝罪した。






 私はそう彼女に謝罪したとはいえ、警戒を解くつもりは無い。


 それに、彼女の言っていることが今一つ分からない。話を聞いていて、不必要なくらいに共感はところどころできているかも知れない。だが、それでも違和感が残る。


 頭で考えれば考えるほど、彼女が何を言っているのか分からなくなってくる。何となくであれば、大体分かるし、一見意味も通っているようにさっ覚するのだが……。


 そして、特に、つい今彼女が最後に言ったこと。これが意味不明だ。


 私が不審を抱き、警戒を解きたくとも解けない状態にしているのは、私ではなく、彼女自身だ。私自身が今惑っているとしても、それは間違いない。


 にも関わらず、私が悪いように言われてしまっては、困る……。


 これが、男女差による、意識の違いというものなのだろうか。一般的に、男女で、ロジックに違いがあるというのは知識としてはあるが、これはその類だろうか?


 話が理論整然としておらず、分かりにくい。最初から何となく感じていたが、それが今は前よりも顕著だ。それなりに論理立てて話そうと努めている節は見えるが、あらが酷い。

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