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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第二節 精神唯存揺篭 ~誰かの終幕の風景~

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精神唯存揺篭 ある終幕の風景 白灰雪 Ⅱ

 ペンを出して『挑みます』の部分を丸で囲うと、


 ズゥゥゥゥゥゥ―――――!


 突如、とう全体が揺れ始める。そして、


 ザァァァァァァァァ―――――!


 足元の灰が、下へと落下を始め、闇の底へ……。


 くそっ……、また、か……。油断した……。


 どんどん上がっていく速度。益々遠ざかって、小さくなっていく夜空。私は手を伸ばすが、当然、つかむものは無い……。


 だが……、しばらくすると、落下速度は減速を始め、ゆらり、ゆらり。舞い落ちる落ち葉くらいの速度まで減速して、


 ザァァァァァァアアアアアアアアア!


 突如、逆走してきた大量の灰が、私とは逆方向に突き抜けていき、遥か頭上の塔の出口から出ていった。そうして、見える地面。側面と同じ材質らしい。


 ストン!


 私はすんなり着地した。そして、目の前にある扉を開け、真っ暗な通路をただ、前へと進んでいく。すると見えてくる白い光と、感じる冷気。


 そのまま通路の終わりへと歩いていき、外に出ると、そこはあの雪原だった。後ろを振り向くと、通ってきた通路も、先ほどまで私がいた塔も、存在していなかった。


 幸い、雪は今は止んでいるらしい。だが、妙に空気が曇っているようで、視程は前よりはずっと短い。10メートル程度までしか先は見えない、か……。


 だが、それでも進むと先ほど決めたのだから、私は前へと歩き出した。






 少し歩いただけで、すぐ近くにかまくらがあった。


 だが、あの塔に飛ばされる前に見たものと同じものでは無いらしい。見るからに大きい。中で私が立ち上がっても、横になっても大丈夫そうなくらい。とはいっても、この向きからは中は見えないから、あくまで推測でしか無いが。



 ゴォォォォォォ――――!


 おいおい、もう、吹き始めるのか……。


 つんざくような音とともに、体の芯まで響く風が吹きつける。


 ビッ! ビュィィ!


 っ! 服を裂き、私の肌まで届き、切り付けるような雹混じりの吹雪だ、これは……。体をこれ以上傷つける訳にもいかないし、体温も体力も根こそぎ奪われるぞ、こんなところにいては……。


 私は急いで周り込んでその中に入ると、そこには、()()がいた。それも、1人ではなく、3人も。






 凍え震える3人の男たち。私とは違って、全身を毛皮の防寒具で覆っているようであるが、顔色は死人同然に青白かった。


 そして、どういう訳か、中に入ってきた私に一切反応しない、というか、気づいていない? 感知していない? そして、私は、彼らに向かって手を伸ばしたが、空を切るかのように透過し、触れられない。


 成程、そういうことか。これは決まった出来事なのだ。想定された道筋を辿たどらされているだけ。あるもの全て、舞台装置であり、私はそれらの一切に干渉すること無く、ただ、見ることしか許されていない。


 雪を味わえているのは、唯のフレーバー付けに過ぎないということ。そして、最初の凍死も、その次の焼死も、先へ進むためのチェックポイントに過ぎなかった。そういうこと。


 この寒さの中、この薄着で、活動できる時間が数時間に及んだことからして、できすぎている。


 もっと早く気付けていれば、こうも心乱されることは無かったのに。


 ヒュゥオオオオオオ、パシパシパシパシ、バシィバシィ、バシバシバシバシ――――!


 吹きつけるひょうの威力は弱まるどころか、益々強くなっているようで、かまくらの壁から聞こえてくる雪(あられ)のぶつかる音は鋭く、間隔の短いものへと変わっていき、そして、


 パサ、バサー!


 かまくらの天井が落ちてきた。そして、その一瞬後に、周囲の壁が、押し寄せられるようにせまってくる。


 3人の男たちはそれに反応することすらせず、相変わらず、3人で肩寄せあって、顔を見合わせて下を向いて、震え続けている。


 そして、唯一倒壊に気付いていた私も、回避は間に合わない……。それは、一瞬の出来事。だから、目が、意識が、反応できたとしても、体の反応は間に合わない。


 バサバサバサバサ!


 そうして、私は、3人と共に雪に埋もれた。






 ズゥゥゥッ、ガサッ!


 私は埋まっている状態で何故か自由に動かせた手にスコップを出して、仕舞って、手の位置を変えてまた出して仕舞ってをいそいそと繰り返し、自身が足を蹴り出せるスペースを作り出した上で、地面を蹴り出しながら、上へ向かって突き出ようとして、あっけないくらいすんなり、埋もれた雪の中から顔を出した。


 そして、手を足を、底から出し、完全に抜け出す。そのとき口に紛れてきた雪を吐き出す。そうしてめ息をきながら周囲を見渡す。


「がはっ、ゲホッ、はぁ……」


 当然だ。何だ、この()()は……。


 非常に都合良く、狙ったかのように、雪霰あられは止んでいた。視程も、一番最初に雪原に降り立ったときと同程度まで遠くが見渡せる程に回復している。


 少々雪が口に入っただけで、私は無傷だった。それはひとえに、この雪質のせい。


 パラパラパラ!


 かまくらを構成していた雪は、さらさらの粉雪だったらしい。4人中に入っても余裕があるくらいの大きさのかまくらを構成していた雪が、こんなもろいなんて、都合が良過ぎる。


 つまり、私はまた、何者かの誘導のチェックポイントをたった今一つ越えたということだ。


 避ける動作どころか、身を守る動作を取る暇すらなかった私は、頭からそれを被ることとなった。不幸中の幸いというべきか、その雪のかたまりは固くはなかった。


 いや、それどころか、不自然に柔らかかった。雪の重みに耐えるように丈夫に作られていたはずのかまくら。その元・天井であったにも関わらず。まるで、その辺りからすくい取った雪のように、私に当たって、粉雪となった。


 頭の上に残った雪を払おうとすると、その中に、雪ではない何かがあることを、かじかんで若干感覚がなくなりつつあった手で感知した。


 それをさっと掴む。少し嫌だが、雪を払う。鼻水がその動作に連動して流れ、空気に触れた瞬間、凍った。私はそれをつかんで、折る。


 ……、少し切ったか。それとも、圧迫してしまったか。感覚が鈍くなっているため、はっきりしないが、鼻水柱を切る際に、少し、鼻もしくは鼻周辺を傷つけたらしい。


 まあ、仕方ない……。怪我が直接の死因となって死ぬことはないだろうから、そこまで気にすることではない。


 それより、彼らを助けなくては。彼ら自体には触れられなくとも、その上に覆いかぶさっているであろう雪は除去できる。


 スコップをさっと出し、彼らの体に付き立ててしまうなんてことの無いように注意しながら、周囲を掘り起こし始めた。






 数時間後。


 ……。どうして、誰も、いない……。何も、出てこない……。


 私は、凡そ、半径30メートル程度の半球状に周囲を掘り起こしていた。だが、あの3人は、出てこない。まるで最初から居なかったかのように。


 私や彼らを埋めた雪の深さは多く見積もって3メートル程度。これだけ掘り進んで彼らの姿形は無い。つまり、そういう仕様。


 私はジャケット下部右ポケットの中の紙片を取り出す。そもそも、これに対して回答したことで私はここに飛ばされた。何か新しい情報は出ていないか? そんな気軽な気持ちで取り出したのだが、紙片の色は紅色に染まっている。


 間違いなく、中身に変化が生じているだろう。そう思って広げてみると、


【時間を進めるか、巻き戻るか、選んで下さい。】


 たったそれだけ。


 これまで以上に、問いの文章から得られる情報が少ない。何の時間についてこれは言及している?


 そして、もしかしたらだが、紙片は、私が最初にこの雪原に舞い降りたときからこの状態になっていた? それか、体が半透明になったときか? いやはや、あの塔の中で大量の紙片が発火したときか? いや、再びこの雪原に足を踏み入れてときか? それとも、かまくらが崩れてからか?


 意図は何だ……。


 これに今すぐ回答するのは危険な気がする。だが……。私は周囲を見渡す。相変わらず、何もない。これだと、また、一度目と同じことになるのではないのか? そういう不安が込み上げてくる。


 たとえ、誰かの空想の中であるとしても、何度も何度も味合わせれれば、それが心に焼き付いてしまうだろう。体は大丈夫であっても、心に影響が全く出ないとは考え難い。


 いや、それが狙いか?


 だとすれば、できる限り早く、この誰かの空想から脱出しなければならない。それも、できれば、正規の方法でのいつになるか分からない脱出ではなく、この空想から逸脱する形での即座の脱出。


 だとすれば、やはり、この茶番に付き合うのを止める。それが答えだろう。


 パラッ。


 私は紙片を空に掲げ、手を放す。風に乗って飛ばされていくそれを見据えつつ、弓矢を出す。紙片が私から数十メートル離れたところで、私は矢を放った。


 風をまとって飛んでいった矢は、進路近くにあった紙片を吸い込み、ちりにした。


 そうして、矢は見えなくなった。


 どうやら、狭い箱庭のような空間では無いらしい。矢もこれでまた1本失ってしまった。だが、それも仕方ない。必要な情報は得た。


 に角、考えよう。誘導に乗らずにここから出る方法を。そうして私は再び歩き出したのだが……。


 あれは、町か……?


 気付けば、延々何も無かったはずの雪原の向こうに、反り上がった丘と、その向こうに、町が広がっているのが見えた。


 半径数キロに及ぶ、立派な、煉瓦れんが作りの円形の町らしい。ほとんど雪(まみ)れだが。


 私は無我夢中で走り。その丘の先端である、がけの先端に立つ。町の周りは、私が立つここよりは低いが、似たような、町より高い地形で囲まれている。カルデラの中にできた町ということだろうか?


 にしても、見事なものだ。


 広大に広がる眼下の雪国然とした、黄色い灯りを所々で放つ、雪化粧(げしょう)された町を見下ろしていた。

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