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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第二節 精神唯存揺篭 ~誰かの終幕の風景~
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精神唯存揺篭 ある終幕の風景 想片廃棄塔 Ⅰ

 ん……。


 まどろみから目を覚ました私は、目をこすりながら上体を起こそうとする。


 パラッ。


 その物音に反応し、それが聞こえてきた方を向きながら擦り終わった目を見開いてみると、そこが雪原では無いことに気付いた。


 自分の手が、実体を取り戻している。凍傷のあとも無く、状態は良好。足の先にもちゃんと感覚がある。体は不備なく動かせそうだ。


 手を上にかざす。






 その向こうには、緑色のこけがところどころに生えた緑茶色のれん瓦が積み上がってできた湾曲した壁面と、遥かその上にある終点から、外が、夜の空が見える。一方、足元というか、私の下の地面。それは、積み重なっている大小様々の大量の白い紙片の山で構成されていた。


 そう明るくは無いが、完全な闇に包まれている訳でも無く、ほの暗い。だから、そのように周囲の様子を把握することができた。


 ここは、塔のような構造物の中らしい。


 半径は2メートル程度。それがはるか上まで続いている。


 立ち上がり、真上を、私を囲う壁の唯一の開口部を見上げる。丸く切り取られた夜空が見えた。きらめめく点が幾つも見える。


 この世界にも星はあったのか。


 心が安らぐ。


 しばらくそのまま、切り取られた空を眺めていた。それはさながら、井戸の底から見る、決して届かない、外の断片。だからこそ美しい、中から見る天。


 ……。何をしているのだ、私は……。詩人では無いぞ、私は……。






 ブゥオオオオォォォ……。

 ブゥオオオオオオオンン……。

 ブォ、ブォォォォォォン……。


 冷たく強く吹きつけるような風の音が聞こえる。その風を浴びているのは、この塔の最上部辺りだろう。 私のいる、この底までは届かない。


 まるで、ここは廃棄はいき場だ。


 寝そべったまま、その辺にある紙片の一枚を拾い上げ、広げる。それは偶々《たまたま》、私が識読可能な文字で書かれていた。


【ずぅっと、世界が、平和でありますように。そんな世界で数十年後に、穏やかに終わりを迎えられますように。】


 紙片は薄汚れていたが、そこに書かれた黒いインクによる太い文字の列はしっかりと跡を残しており、容易に読み取れた。


 私はその紙片からぴらりと手を放し、それを再び、大量の紙(くず)の一枚へと返す。読む者がいない願いの紙。そんなものは、もう、唯のごみでしか無い。


 人は滅びた。原始の世界同様、この世界でもそうなのだろう。だから、唯一それを読むことができる、結果を観測できる私がそれを捨てた地点で、もうそれの価値は失せた。


 他の紙片も手に取ってみる。


 読めるものも読めないものも、混ざり合っていたが。きっとその全てが、願い。滅びた人々の願い。


 だからここは、廃棄場。願いの廃棄場だ。


 沈む心。


 そんな心で私は考える。前提に立ち戻る。そもそも、自分のことが何も分からない私が、これらの紙片に対して考えを抱くなんて、決して良いこととは言えないだろう。


 だから、紙片を手に取るのはもう、止めた。






 私は依然として、そのまま寝そべって星を見ていた。だが、それもそろそろ飽きてきている。幾ら綺麗きれいだとはいえ、見える範囲は、この塔の開口部の径の大きさの分だけ。


 代わり映えしない。


 手を空にかざす。


 透けない。


 雪の中で意識を落として、目を覚ますと実体が知らないうちに戻っていて、実質出口がないような塔の中に入れられていた。喜べばいいのか、悲しめばいいのか、今一つ私には分からなかった。


 自分の状況が分からない。そんなことすら、私は今まで自覚せず、のん気にしていた。


 この状態は、実質、手()まりだろう……。


 ブォ、ブォォォォォォン……。


 風の音まで、それをこう定しているようだ。こういうのを、感傷的、と言うのだろうか? このままここに居たら、私はそのうち、もう旅を続けていけないかも知れない。そして、それでもいいかも知れない。


 そんな情けないことを考えている。


 緩やかに、私の火が、消えようとしているのだ。


 ブォ、ブォォォォォォン――――、ベチィッッ!


 ん? 何か、塔の天辺に引っ掛かった? 何か白いものがなびいているような? お、落ちてくる、ここへ向かって。


 ピラピラピラピラ――――、バシッ!


 立ち上がってつかんだそれを開くと、


なんじ、無為を感じつつも、胸の炎喪うこと無く、再起するか。】

【肉体一度死するとも精神不滅のなんじに問う。】

【再び、死に触れに征くか?】

なんじの意志、今一度、示せ。】

くならば、天を仰ぎ、紅くきらめく星を凝視せよ。】

なんじに炎、灯そうぞ。】


 この世界に来てから、いや、あの庭園で私をうずに包んでからずっと、私を見ている何者かからのものだろう。


 その何者かは、監視する者であるが、導く者でもあり、私を量る者。






 私の答えは決まっていた。


 その紙片に従い、空を見上げる。寝転がって。それが一番無理なく、空を見上げられる、相応しい姿勢だから。


 相変わらず、頭に浮かぶ言葉は過飾気味。詩人病は抜けていない。


 そうやって見上げる空には、先ほどまでと比べ、変化が生じていた。いつの間にか、星の数が増えているのだ。


 先ほどまでは、井戸の口のようなこの天への口からは、せいぜい数十個程度しか見えなかった。その輝きも微かなものだった。


 だが、今は違う。満天の星空といっても過言ではない。幾百、幾千もの星がきらめいているのだ。幾つかの星は、その中でも一際強い光を放っている。


 私は、かざした手の指で輪を作り、そういった強い光を放つ星の一つを見つめた。右目をつぶり、左目にその輪を当て、のぞき見る。


 どれか一つを凝視するには、これが最も相応しい手段。その輪の中に今あるのは、一際紅く、きらめく星。


 これに違いないだろう。


 だが……。…………。何も、起こらない。そして、他にそれらしい星は見当たらない。そう思って左目から手の輪を放すと、周囲の壁面が赤い光で照らされているように見えた。そして、その発生源は、下。紙片の山の中からだろう。


 ガサガサガサガサ、スッ。


 私は紙片の山を光が強くなる方へ向かって掘り起こし、その紅色の色地で、やや白っぽくも見える、彩度が高い赤い光を放つ紙片を見つけた。


 大きさは短冊1枚程度。他の紙と紙質は変わらず、薄っぺらい。


 周囲の赤い光の光源であるはずだが、どういう訳か、肉眼で直視していても、どういう訳か平気だ。しかも、その光は上に積み重なった大量の紙片を透過してもそれなりの強さを維持していたにも関わらず、熱を持っていなかった。


 表にも裏にも、何も書かれていない。


 透かして見てみると何か見えるのではないかとかざしてみると……、これは……。私の知らない類の文字が端から端へ、紙片事態が抉られるようにつづられていき、その粉が落ちる。


 紙片の文字刻印が進んでいくにつれ、紙片の紅色が濃くなっていき、血のように真っ赤になって、文字が端から端まですき間無く刻まれたかと思うと、


 ボォォォォォォォ――――!


 紅色の炎を、白み掛かった紅色の火の粉をき散らしながら燃え出したのだ。私は紙片からすぐさま手を放してしまう。


 そこには、紅色の炎を纏った、何やら識別できない文字がぎっしりと綴られた紙片があった。私は驚いて、そこから距離を取る。


 そうなれば、展開は読める。下の紙片の山に燃え移り、このままでは、私は蒸し焼き。つまり――――わなだった……。そういうことだ。


 この幅だと、手足をつっかえ棒にして登っていくことも不可能。だからもう、周囲の壁を破壊して脱出できることに賭けるしか、ない……。


 私は弓矢を出し、思いっきり引いて、即、放った。


 ガンッ……、ガサッ……。


 矢は私の燃え盛る足元に落ちた。距離が足りな過ぎて、矢が風をまとえないのか……。


 もう私の下半身は紅(れん)の炎にまとわれている。痛みは無いとはいえ、熱は感じる。


 それが痛みとさっ覚する段階まではいかないみたいだが、真夏の炎天下の屋外で直射日光に蒸し焼かれているときくらいのような辛さは熱として感じている。



 疲れがひどくなったり、精神が弱ったとき限定ののどかわきがこれまでに無く強烈に感じられる。


 息が苦しい。むせる。


 その辺の紙片の一枚に、肉刀のもん様を書き込んで、壁に触れさせるというのも考えたが、この火だ。周囲の紙片は消し墨になっているか、今燃えている最中であるかのどちらか。火の勢いは増してきていて、私のへそ辺りまで火が吹き荒れている。


 だからもう、耐えるしか無い。消えるまで、耐える。心が折れなければ、どうとでもなる……はずだ。


 耐えられない程では、無いはずなのだ。だから、耐えてみせる……。脱出の手段は無く、と、も……。






 ……。


 …………。


 ……、ん……。生きて、いる、らしい。耐えきった、ということか。周囲から熱は感じない。強い光も感じない。焦げくさい。


 だが、体の感覚はあるようで、しかも、違和感の類は無い。五体無事なの……か? いや、まさか。また、体が半透明な状態になっただけだろう。


 そう思いながら目を開けて、起き上がった私は、自身の体も服も、全くもって無事であり、半透明でも無く、全く燃えて損傷している様子が無いことを確認し、仰(がく)する。


 だが、よくよく考えてみると、別に可笑しいことでも何でもなく、当然なのだという認識に変わった。


 あの雪原から、ここまで。全て、空想の類だったのではないか。そうでないと、少なくとも二度死んだように感じた私が今生きていることは説明がつかない。


 そして、痛みを感じない世界でどういう訳か感じた、あの熱。あれはどう考えても、感じ過ぎだった。足が切断されたときですら、たったあれだけで済んだ。それに何より、あの冷気。それによって足が損壊するなんて、この世界基準では本来、あり得ない。


 そういう法則が、こちらの世界に来てからずっと働いていた。それがこちらの世界の中の小さな一つの世界で塗り替わるなんてのは考え難い。原始の世界では少なくとも変わらなかった。


 だからこれは、空想の類。私は、誰かの空想の中にいるのだ。だから、その者の考えるルールに支配されていた。何もかも、自由であって、全く自由でなかった一本道な展開であったのはそれが理由。


 では、後は非常に簡単。


 どうせ大丈夫だから、最後まで誘導に乗り続けろ。






 私が今いるのは、塔の紙片の全てが燃えてちりとなって積もった灰の中。紙片は全て燃え落ちている。そう。これ以外は。


 私はジャケットの右側下部ポケットに入れたままになっていた紙片を取り出す。すると、ご丁寧に、紙片の地色は黄ばみ色に変わっていた。ぐしゃりとしていたそれを開いて伸ばすと、当然、中身は書き変わっていた。


 書かれているのは、黒茶色の文字。


 その文字の形は形容できるものではないが、一つ、特徴がある。とめ、はね、払い、といった技は一切使わずに書かれているようだ。


 つまりこれは、所謂いわゆる、丸文字。これまでとは違い、手書き感満載である。かすれやにじみは一切無く、時間を掛けて丁寧に書かれたのだろうと推測できる。


【貴方が、折れぬ精神を持つ存在であると、私は認めます。】

大仰おおぎょうな態度を取って済みませんでした。】


【さて、この辺りで本題に入りましょう。】

【あの雪原に、貴方は再度挑みますか? 挑みませんか?】

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