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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第三章第二節 精神唯存揺篭 ~誰かの終幕の風景~

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精神唯存揺篭 ある終幕の風景 白灰雪 Ⅰ

 ゴォォォォ、ビュォォォォォォ――――。


 その音と共に吹き寄せてくる冷気。周囲を見渡すと、何もかも、真っ白な光景が何処までも続いている。


 ああ、私は知っている。眼前に広がるこの光景のことを。


 そう、これは、一面の銀世界――――雪に覆われた純白の地平。私以外の存在が一切の物音を発することのない静寂せいじゃくの世界。


 雪と私以外、見える範囲では何一つ存在していない。


 空を見上げても、真っ白。太陽の存在は見当たらない。しかし、雪はほのかに白い光を放っている。雪自身が光を放つ物質を含んでいるのだろうか?


 足元の雪をすくい取ってみる。するとそれは、あっという間に溶けて水となった。その色は無色透明。てのひらに貯まった水を地面に落とす。


 するとそれは、私のてのひらから地面の雪へと落ちる水の線の姿そのまま、氷となった。それに再び触れてみると、溶けて地面に落ち、雪に戻っていった。


 だが、そんな大自然の美にこのままふけっていられはしないらしい。


 寒い……。


 グシャッ!


 知らないうちに、私は一枚の紙片を握りめていた。それを開いて伸ばしてみる。


なんじは経験す。】

【その白い世界で、ある者たちの終(えん)を見ることとなる。】

【それが起こる場所まで生きて辿たどり付けたなら、だが。】






 どうやら、言葉通りの意味らしい。指先が赤くかじかんできていた。肉体が物理的に寒さを感じている。


 つまり、このままじっとここにいては、私は死ぬ。そういうことだろう。


 この服装で、この場所は少々どころではなく、かなり無理がある。幸い今は雪は止んでいるようだからこの程度で済んでいる。


 もし雪が降り始めたら、これよりずっと寒くなる……。寒さを免がれることができる場所か、寒さから身を守るために羽織れるものを探さなくては。


 今なら、私が残した足跡はくっきりと残る。どこまで見渡しても同じ光景が続いているだけだから、今を逃せば周囲の探索は非常に困難になる。それに都合良く、今足元に積もっている雪の深さは10センチ程度。何とか歩いて進めるだろう。


 これのどこが、"安心"をテーマとする世界だというのだ……。


 私は紙片をぐしゃりとジャケット下部のポケットにめ入れて、スコップを取り出す。


 周囲の雪を集めて、小さな山を作り、初期位置の目印にでもしようと考えたからだ。体を温めるためにも、せっせいと周囲の雪を集め、一箇所に放り投げるように積み重ねていく。


 数十分後。


 そうして、高さ5メートル程度の高さの雪の三角錐すいができ上がっていた。体はそれなりに温まった。少しばかりつかれとのどかわきを感じる。


 この空間では、肉体的疲労も有効らしい……。だとすれば、以前の私がいた世界基準での雪山で行動していると想定して行動した方がいいだろう。


 それに当てめると、これは遭難そうなんに相当するのではないか……。そう考えると、ぞくりと寒気が背中を駆け抜けた。


 に角、何か無いか、探そう。


 私はスコップを仕舞い、ても無く歩き出した。






 くちびるはすっかりかじかんでしまっている。両手はジャケット下部のポケットに入れっぱなしになっている。足先の感覚が薄れてきており、それが何より、怖い。とはいえ、以前の私がいた世界を基準にした場合よりも、かなり、冷え込みの進む速度は緩やかであるらしい。


 この雪原に私が放り出されてから数時間は経過しているが、未だ、足先にも、手先にもわずかであるが感覚が残っている。


 しかし、確実に、消耗しょうもうしていっている。肉体に直接蓄積されていく疲れが、わずわしくてわずわしくて仕方ない。そんないらいらと共に、不安が蓄積していく。


 ここは、一体何処なのだ……。


 視程の長さすら測れない、どこまでも平坦で変わり映えしない雪の平野を私は歩き続けていた。人一人すら、見つからない。それどころか、野生動物一匹すら、木の一本すら、見つからない。私以外に生物の存在は一切感じられない。


 だからこそ、きつい。


 肉体的にも、精神的にも。ずっとこの風景の中を、変化無き白い世界が、どこまでも延々と続いているような気がして。この寒さから、静寂せいじゃくから、無変化から、逃れる術が無く、延々と永遠に続くような気がして……。


 だが、そんな不安になるようなことを私が今考えられていられるのは、とうとう、手掛かりになるかも知れないものを見つけたからだ。


 それはこの、目の前にある、私一人がすっぽり入る程度の大きさのかまくら。


 かまくらなんてものは勝手にできあがるものではない。誰かが作ることで形になるものだ。つまり、これを作った誰かが、いた。そういうことだ。


 少々、両足に疲労ひろうまってきたので、その中を調べるついでに休んでいくことにした。






 かまくらの中には、雪以外何一つ無かった。手掛かりが得られない状態で、そうのんびり、こんな寒い場所でのんびり貴重な体力と精神を無駄に消費していく訳にはいかなかった。


 だから、両足の疲れがある程度緩和したところで、私はかまくらでの探索兼休(けい)を終え、かまくらから出て、再び歩き出した。


 相変わらず、雪は止んだままだ。そして、降り積もった雪は解けずに残ったままだ。どこまでも平たく続く雪原が変わらず広がっていて、嫌になる……。もう既に、初期地点を示す、雪の三角(すい)は見えなくなってしまっている。


 このまま真っ直ぐ進み続けるだけだと、体力も気力も尽きるだろう。そう思った私は、唯一方向に真っ直ぐひたすら進んでいくという探索方法を変えた。


 かまくらを中心として、出口を取り敢えず北ということにして、かまくらを中心として、捜索範囲を広げていった。


 一応方角を仮決めし、捜索範囲をどんどんどんどん広げ、かまくらが識別できるかできないかギリギリくらいの辺りまで私は来ていたが、捜索を終えた範囲内にかまくら以外の構造物は一切見当たらない。


 どんどん吹く風が冷たくなっていって、体が芯から冷え、固く、動かなくなってきているような気がする。


 既に手先や足先の感覚は無くなっていた。


 皮膚が赤く変色し、痛々しく見える程腫れた状態はもう過ぎた。皮膚に黒変が見られ、水泡がところどころに見られた……。


 取り返しがつかなくなるかならないか瀬戸際の段階まで来た、凍傷の病状だ。だが、痛みは無い。


 それと同時に、私には大きな問題がある。依然最初と同じ薄着のままなのだ。体温がもう、保てなく、なって……きている。

 もう、そんなに長くは保たない……。そんな気がする。


 たとえ、凍傷による部位損壊が起こったとしても、生き延びてあの庭園の花壇で蛍色の液体を浴び続ければ治()する。


 だが、その為には生き残らなくてはならない。今の手持ちの"蛍色の液体"のハンカチを使うタイミングも、考えなくてはならない。やはり、足が動かなくなったときに使うべきだろう。だが、恐らく、手の方が先に動かなくなる。胸ポケットにある"蛍色の液体"のハンカチ、取り出せるか……?


 私はそれを胸ポケットから取り出し、空間に収納した。これなら、いつでも取り出せる。たとえ手が使えなくなっていても。


 私は既に、最悪を想定し始めていた。






 ブゥオオオオオオオ、ビュオオオオオオオオ!

 ブゥオオオオオオオ、ビュオオオ、ビュオオオオオオオ!


 とうとう、雪が降り出していた。しかも、唯降っているだけではない。吹雪いている。私の体に、冷たい風と共に、雪の粒がぶつかる。


 足跡含む、私の探索済みの領域の痕跡こんせきが跡形無く、消えた。


 もう既にかまくらが見える範囲での探索を諦め、もう随分ずいぶん前にかまくらは見えなくなっている。


 体力、気力、共にここいらで限界……かも、知れない……。足を止め、突っ立った姿勢のまま、自身の重心を後ろへ向かってすっと傾ける。


 ガッ、ガサァ!


 私は後ろ向きに、地面の雪に向かって倒れ込んだ。そして、そのままぱたりと倒れ込み、ひとみを閉じ、激しく息を吸っていてを繰り返す。


 もう、足が、動かない……。


 蛍色の液体の使い処、だろうか……。念じて"蛍色の液体"のハンカチを手に出し、それを足へと持っていこうとするが、……、手が、動かない。全く、持ち上がらない……。


 これまで、か……。くっ、未だ、未だだ。未だ、終われない……。こんな、ところ……で……。


 意識が、薄れ、て……い……。






 私ははっとして、起き上がり、周囲を見渡した。


 起き上がったにも関わらず、一切周囲から音はしない。依然吹雪は続いている。だが、全く寒くない。体は別にぽかぽかしている訳でも無い。


 手から、凍傷の症状が消えている。そして、半透明だ……。雪が、手の上に着地せず、透過していく……。着ている服の上にすら、雪は積もらず、透過していっている。


 何だ、これは……。死んだのか、私は……。それとも、仮死状態、幽体離脱状態、か?


 だが、足元含む周辺に、私の体は見当たらない。


 一度意識を失ってからどれだけ時間が経過しているかも分からない。それに私は、地面の雪に干渉できない。


 雪の上に立ってはいるが、雪には触れられない。






 ともかく、できることをやろう。


 私はくさることなくそう決めて、歩き出した。先ほどまでより、格段に楽だ。雪に足が沈まないから、雪に足を取られない。


 だからこうやって、走ることもできる。しかも、疲れを一切感じない。この銀世界に来る前と同じ状態に戻った?


 そのようにも取れる。それの方が、自分が今死んでいて幽霊になっていると考えたり、仮死状態で幽体離脱していると考えたり、夢を見ていると考えるよりもずっと前向きで、建設的だ。


 だが、そうやって前向きな気持ちでいられる時間は終わりを告げた。


 周囲が少しずつ暗くなっていく。光が弱まっている。以前の私がいた世界のように、夕焼けが見えるなんて兆候もなく、光源がはっきりとしない光はどんどん弱くなっていく。


 まるで、部屋の伝統の、目盛り調整で輝度を調整できるもののつまみを、どんどん、弱、もしくは、切の方向へと回していくかのように。


 どんどんと暗くなっていく。空に星など見えないこの場所でそうなってしまっては、完全な暗闇が広がることとなってしまう……。


 そしてとうとう、私は暗闇に包まれ、何一つ見えなくなった……。


 今、私が精神体のような状態であるかだだろうか……。何も見えなくなったことで、周囲の音が徐々に徐々に、小さくなっていき、消えた。


 暗闇と静寂に包まれる。今できることは、せいぜい、再び明るくなるか、再び音が聞こえてくるなどといった変化が起こるまで休んで備えるくらいしかない。


 私は後ろ向きに倒れ込み、そのまま目を閉じた。

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