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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第五節 原始の箱庭 ~禁忌を犯した者~

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原始の箱庭 人肉臓骨血殿 王の間 Ⅰ

「落ち着いたかい? ここなら気持ち悪くならないだろう?」


 そこは先ほどとは打って変わって、一見、ちゃんとした部屋だった。いや、部屋というよりもここは……。


「ここは王の間さ。さっき僕たちがいたのは、貴賓きひん室」


 ここの広さは、体育館一個分程度は優にある。私は、赤い絨毯じゅうたんの上に立っていた。そして悪魔は、そこから10mくらい離れた真っ白な素材でできた王座に腰掛けていた。


 この悪魔の根城はこれまで見てきた場所は全て、人体を構成する物質で作られていた。だからきっと、一見普通そうで、おぞましい臭いはせず、体液のような液体が吹き出す様子も無いこの場所も、人体のパーツから作られている。そう思えてならなかった……。


 そんな目で見ると、それまで普通に見えていたものが違って見えてくる。


 あの白い王座はおそらく骨を粉にして成型した素材から作られている。あの赤い絨毯じゅたんは、人毛で編まれていて、血で染色してある。


 壁面に張られている繊維による金色の装飾は人毛か? 壁面の大部分に張られている長方形の何かは、人の皮膚ひふか? 天井からぶら下がる蝋燭ろうそく照明の白い覆いは、頭蓋骨ずがいこつを加工したものか? そんな照明をぶら下げる黒い繊維は人毛か?


 と、きりがなかった……。


「はぁ。何て顔をするのさ。考えてみればすぐ分かるはずだよ。ここを訪れる客は、僕と同じ、悪魔。悪魔しか訪れない。となると、あそこが貴賓きひん室なのは納得いくだろう?」


 入れられた悪魔の茶々は読心能力保持者らしからぬものでありながら、とてもとても人間らしかった。少し私が求めている答えとは違うような、そんなすれ違い具合が。


 それが心を読んだ上でわざとやられたものか、心を読まず、私の求めている答えを推測してただ外してしまったのものなのかは、判断が付かない。






「さて。本題に入ろうか。そろそろ落ち着いただろう?」


 私はその問いに対して、頷いた。落ち着きはした。だが、物凄く、疲れた……。


 悪魔が前へ手をかざし、紫色の光を放ち、背の高い背もたれ付き、肘置き付きの白い四脚椅子(いす)を出した。


「座りなよ。少し疲れただろう?」


 だが私はそれに座るのを当然、躊躇ちゅうちょする。


「はぁ……。君ねぇ……。この場所で、この部屋だけが唯一、人体パーツで作られていない部屋なんだけど。見たら分かるでしょう? はぁ……。」


 やたらにめ息をかれながら、あきれられながらそう言われた私は、やるせない気分になった。


 もう色々面倒になって、座った。


「ああ、そうだ。ついでに」


 悪魔は再び手をかざし、紫色の光を私に向けて放つ。すると、私の体から付着していた臓物や吐瀉としゃ物の臭いが消えた。付着してみ込んでいたものも消えた。


 更に、悪魔は悪魔自身に向けて手をかざして掌を悪魔自身に向けて、紫色の光を放ち、背中に粘着していた粘液の糸や、私がき掛けた吐瀉としゃ物などを消し去った。






「さて。繰り返しになるけれど、丁寧にお互い色々話していこう」


 何で、こんなのほほんとした雰囲気でお話することに決まったのか、私にはもう、分からない。頭がついていかない。


 もう唯、受け入れるしか無い……。


「君が今手に握っているそれ。そして、今僕の手元にあるこれ」


 悪魔は何もない空間から"砕黒紋肉刀(ナイフ)"を取り出して、私に向けて掲げる。


「この"砕黒紋肉刀(ナイフ)"と、君が今手にしている"砕白紋肉刀(ナイフ)"はね、夫婦刀なんだよ。僕が人間だった頃、最も愛した女性との愛の証に作ったものさ。彼女が元いた世界だとこういったものは指輪らしいけど、この世界だと実用的なものな方がいいからね。彼女と相談してこうしたんだよ」


 とてもうれしそうにほうけて見せる悪魔。だが、彼女とのてん末を知っている私からすれば、当然笑えない。


 唯、私自身の正気がけずられていっているだけだ……。


「君は会って、見ているだろう? 覚えているよね、当然! 各部位の比率と大きさを至高のバランスで整えた、褐色かっしょくの永久に朽ちぬ肉体。彼女が未だ、少女と乙女の境目くらいの頃の成長具合の頃合いを再現したんだ。】


 この悪魔は歪んでいる。ひどく、歪んだ愛を彼女に向けているのだ。今ですら……。


「おっと。横道に逸れてしまったね。その肉刀はね、白が彼女の、黒が僕のだった。あっ、そうだ。交換しとこうよ。君のそれは、僕が持っているべきだ」


 そう言って"砕黒紋肉刀(ナイフ)"を差し出してきたので、私はそれを受け取り、代わりに"砕白紋肉刀(ナイフ)"を渡した。


《[ "砕黒紋肉刀" を手に入れた]》







「でもね、僕が悪魔と契約し、彼女に至高の肉体を与えると、彼女は悲しそうに僕が彼女に渡した"砕黒紋肉刀(ナイフ)"で僕を刺したのさ。あれ……。どうして僕は……。ああ、いや、そもそも……。あれ、あれ、あれぇ?」


 動揺する悪魔。ほころびが見て取れる。ともなれば、次に起こるのは、暴走……、か?


 私は椅子からさっと立ち上がり、椅子の裏に隠れ、肉刀ナイフを構える。


「ん、ああ、そうだった。僕は彼女と永遠に共にいるために悪魔と契約して、悪魔になったのだ」


 額に手を当てながら、そう言った悪魔の声は、とてもはかなげだった。この悪魔がとてもとても、あわれに、私には見えた。


 私は、悪魔が座っている椅子の右隣を見る。私から見て、王たる"本能"の悪魔の右側に隣接してもう一つ。いつの間にか椅子いすが現れていた。


 それはきっと、今はもう存在しない、彼女の為の席だろう。間違いなく……。二度と分かり合える可能性はなく、もはやこの世を去ってしまった彼女の……。


「僕は悲しかったよ。刺されたダメージが心身ともに大きくてね。彼女の前から彼女は姿を消さなくてはならなかった。いや……。彼女は僕の元から、うぅ……。いや、僕は彼女の前から姿を消さなくてはならなかった。」


 悪魔の記憶は混濁こんだくし始めてきていた。額に手を当て、ぐったりとしているように見える。


「痛んだみじめな体で、完全な存在となった彼女に会うわけにはいかなかったからね。だから、契約した悪魔をめて、その力を奪ったのさ。」


「どうやったのかって? 君に教えるつもりはないね」


 そう悪魔が言い終わった後、雰囲気が変わる。紫色のしょう気と威圧感が、私を覆う。


 だが、これまでの狂気じみた仮初の平穏より、まだ、ました。今のような悪魔の反応こそ、自然だ。


 本来、出会い頭からこの状態であるべきだっただろうと、私は思う。この悪魔は心が読める。ならば、私が形がどうであれ、彼女を終わらせたことを当然、のぞき、知っている。


「だってこれから君は僕に殺されるんだから。これはばつだ。君が僕と彼女の思い出の品を奪ったんだろう!」


 にごりが入った声で、明確に間違ったことをほざく。だが、結局、怖さは感じない。只々、あわれな壊れた何かにしか見えない。これまでに感じた中で最大の威圧感を浴びせられているにも関わらず……。






 終わらせてやろう。殺意も無く、私はそう思った。


 空間から取り出し、悪魔に向けて差し出す。


「!!! これは……」


 そして、悪魔が感嘆かんたんしているその隙に――――ドスッ!


 鈍い音が王の間に響いた。






 私が手渡したもの。それは、"last reincernationer"。最後の転生者。彼女の残した思いの結晶ともいえる、本。


「ははは。あはははは、ごほっ……。僕は、なんて、愚かだっ、……ん……」


 チャララン!

 バサッ……。

 コロン。


 狂った悪魔は涙を流しながら高笑いを上げ、自身の愚かさを悟った上で、黒い血を吐き、ちりになって消えて、悪魔が持っていた肉刀と、私が渡した本と、庭園で見たのと同じような大きさのものと似たような水色の球を落とした。


 そして、王座の後ろの壁の一部が、すっと消えた。縦に長い長方形の形の出口が出現した。向こう側には、真昼の荒野が見えている。


 私は悪魔が落としたものを拾った。


《[ " 砕白紋肉刀" を手に入れた]》

《[ " last reincernationer" を手に入れた]》

《[ "青の水晶球" を手に入れた]》


 本は悪魔が開いていたページを下にして落ちていたため、私はそのページの内容を確認する。どう見ても狂っていて、もう戻ってこれそうになかったあの悪魔の心を正気に戻し、その心を打つ内容だったに違いない。


 それが気になったのだから。


 見開きで、中央に大きくこう書かれていた。


【愛する貴方を引き止められず、その上貴方を置いて逝った私を、どうか、許してください……。】


 やるせなくなってそっと閉じる。


 涙があふれてきた。自分が彼女に止めを刺さず、ここまで連れてきていれば、このようなことにはならなかったのではないか。それに、彼女を殺した私は、彼に殺されるべきだったのではないか。


 そう思ってしまったのだ。


 だが、もはや、二人ともってしまった。私ができることは、最早……。


 私は二つ並んだ王座の前に立つ。


 左の座に、"last reincernationer"をまず置く。"白の髪縄"を、両方の王座のしりが乗る部分掛かるように置いて、左の座には、もんの部分が触れないように"砕白紋肉刀(ナイフ)"を乗せた。右の座に、"砕黒紋肉刀(ナイフ)"を、もんが触れないように置いた。


 これらは、遺品であり、二人の繋がりの証だ。


 どんな姿になっても、どんなに歪んでも、結局お互いを思い続けていた二人。だが、ひどくすれ違ってしまい、このような結果に終わった。


 だからせめて、二人の遺品は寄り添わせてやりたかった。私が自分の都合でもらっていっていいものではない。


 そして、私は静かに祈りを捧げた。






 気持ちを切り替えて私は立ち上がる。


 次の道が開けた。


 青の球に対応した台座は"safety"の台座。ということは、次の場所にいる悪魔の親玉は、"安心"の悪魔、だろうか? 安心を司る悪魔。あり得るのか、そんなもの? それはどう考えても悪魔の役割ではない。


 ここの悪魔は本能の悪魔だった。本能を司る悪魔。欲が強くて抑えきれず、狂った悪魔と考えたら辻褄つじつまは合う。


 それと同じように考えると、安心を強く求めすぎて、過剰に臆病で狡猾こうかつになった悪魔でも出てくるのか?


 沈んだ気持ちを晴らすためにそんなことを考えながら、私はこの場所を後にした。

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