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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第一章第二節 神秘庭園
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神秘庭園 儚げな橋 Ⅰ

 ドバァァァァァァァァアンンンン!


 突如、私の目の前で水飛沫みずしぶきが上がる。


 まあ、当たらなくて、よかった……か。


 気持ちが切り替わる。運がいいといえばいいのか、悪いといえばいいのか、何ともな感じではあるが……。


 何か、落ちてきたらしい。そして、それが何かは分かりはしない。


 だから私は急いで立ち上がり、即座に噴水の外に出て、全裸のままではあるが、落下物に対して警戒の体勢を取っていた。


 水面が落ち着き、私はそれの正体を知る。


 赤い、玉……?


 しばらく凝視していたが、それは突然動き出したりといった変化は起こさないようだったので、私は恐る恐る、水中に沈んでいるそれを手に取ってみる。


 ズッ、ズバァァン!


 赤色の水晶のようだ。


 半径4センチくらいの、片手に乗る程度の大きさ。見掛けほど重くはない。200~300グラムといったところだろうか?


《[ "赤の水晶球" を手に入れた ]》


 割れ一つない。あの水飛沫からして、それなりの高さから落ちたのは間違いない。沈んだ地点の石畳にも跡は無い。


 それに、この球、水が付着しない……。表面に達する前に弾いているかのように……。


 私の掌の上に乗っている、この球との間の水は、付着しない。だが、玉に触れている感覚は、掌全体にある……。


 どう考えても、普通の代物ではなさそうだ。


 その赤い球を畳んだスーツの上に置き、天を見上げる。


 だが、人影や仕掛けの類は一切見当たらなかった……。先ほど見上げたときよりも少々明るくなっているのだから、見落としているとも考え難い。


 一体、何だと、いうのだ……。


 私は頭を抱えた。






 じっとしていても、不安の種は尽きることはない。


 そう結論付けた私は、とにかく体を動かすことにした。そうしていれば、少しは気も紛れるだろうから。


 私は服を着て、歩き出した。


 周囲は、花壇から発生する光によって随分明るくなっていた。


 これならもしかして、この庭園の淵から見える何かを視認できるようになっているかも知れない。


 そう思って北東方向の庭園の淵へと向かった私は、唖然あぜんとする。


 道が、台座が、生えていた……。


 北東の庭園の淵の中心地点で私はしばらく、立ち尽くしていた。






 噴水のあれらのスイッチを押したとき、作動したのは花壇の仕掛けだけではなかった、ということだろうか?


 だが、それを考えるより目の前にあるそれを調べる方が有意義だと思えた私は、早速調査に取り掛かった。


 だが、その道には足は掛けない。ただ、その直前から観察するに留めた。足を踏み出して身を預けるには、それはとてもはかなげに見えたから。


 それはまるで、橋のように見えた。


 向こう岸の何かへと繋がっている。花壇からの光によって明るくなったとはいえ、向こう岸の様子は見えない。


 件の白大理石擬きによって形成されており、道幅は1メートル程度。手()りなどはない。落ちれば下に広がっている闇へと真っ逆さまだろう。


 途中に、闇の底から生えた、同じく白大理石擬きで形成された台座がある。そこから少し進んだところで、どう見ても飛び越えることは無理そうな距離、橋は途切れている。


 地面に突っ伏して斜め横から見てみると、橋の下に一切の支えとなる柱は無かった。それに、この道には厚さがない。まるで、立体物ではなく、平面であるかのように。一枚の紙ほどの厚さも無い。


 それが何故曲がることも、折れることも、垂れることもなく、真っ直ぐ、落ちずに存在していられるのか、不思議でならなかった。


 念のため、残る三辺も見てきたところ、同じ変化を生じていた。






 私は思い悩んだ末、決断する。


 橋の途切れている地点まで行ってみることを。


 花壇の草花から大量の光が放たれるようになって、より先の方まで見渡せるようになっているが、それでも、庭園の淵からでは向こう岸の様子は見えないのだから。


 他に進むべき道の候補すら見つかっていない。


 このままここにいるということは、この一辺500メートルの正方形の中に閉じ込められていることと同義。


 そのうち、抱える不安に耐えきれなくなることは間違いないだろう。もう、その兆候は出始めているのだから。


 だが……、私は一歩を踏み出せずにいた。


 分かってはいても、あの橋に足を踏み出すのは怖い。足を踏み外すかも知れない。突然、橋が割れるかも知れない。すうっっと、私が渡っている途中で消えるかもしれない。あの穴から飛び降りたことよりずっと、危険。


 額から流れ出す、汗。


 それをハンカチを出して、ぬぐう。


 っ、そうか!


 手にした、汗で湿ったハンカチを見て妙案が浮かんだ私は、橋に背を向けて、走り出した。






 あのしずくを指先でめたとき、恐ろしい程に不安が消えた。あまり頻繁ひんぱんに使いたくはないが、利用価値はある。


 恐怖を和らげるための劇薬として、使える。


 草花の葉や茎に付着した蛍色の雫を、指に触れさせては口に入れるという動作を十回程度繰り返す。


 やはり。先ほどまでの不安が、無かったかのように消えていく。そういったことを考えたことは覚えているが、それについて不安を感じなくなった。


 これまでのことから分かる。これの持続時間はそう長くはない。あくまで不安散らし、といったところだろう。もっと多く摂取すればより大きく効果が出るかも知れないが、それはリスクが大き過ぎる。


 続いて、ハンカチを出す。汗をいた後、噴水の水で洗って、ガチガチにしぼってあるものだ。


 これに、できる限り多く、雫をしみ込ませれば、橋の調査には足りるだろう。


《[ "蛍色の液体" を手に入れた ] 》


 全体に蛍色が染み渡ったハンカチを、ジャケットの胸ポケットに突っ込む。


 そしていよいよ、橋を含む、末端部の本格的な調査に私は取り掛かった。






 北東の橋の前に私は立っている。


 他にも、北東、南東、南西に同じような橋が存在しているのに、北東から調べ始めたのは、ハンカチ全体を蛍色の雫で湿らせ終わった場所から、最も近いのがここだったから。ただ、それだけ。


 どうせ全部調べるつもりなのだから、何処から見ていこうが変わりはない。


 私は怪訝けげんな顔をしながら、その薄っぺらい橋へ、徐々に体重を掛けるように、一歩を踏み出す。突然割れるなんてことがあっても大丈夫なように、体の大部分を庭園側に寄せた状態で。


 びくともしない。


 それを確認した私は後ろ歩きの要領で、橋の開始地点に背を向けた状態で後ろ向きり足で、徐々にその橋を進んでいく。進行方向を首を下げて確認しながら。


 一歩目で割れなかったからことは気を緩める理由にはならない。


 もし少しでも橋が割れる、落ちる、消える仕草を見せたとき、すぐに引き返せるように。少しの異変も見逃さないように。


 神経を集中させ、進む。


 この橋が、割れない、落ちない、消えない保障は無い。だから、常に考えて、予想し続けなくてはならない。もし、そうなるとしたらどの部分だろうか。橋のどの部分かが強度が弱いなどといった、見掛けでは分からない強度のむらはあるのか。


 不安がどんどん大きくなっていくが、それを抑えて私は先へ進む。


 まだ、いける。あれに頼らなくても。


 手に汗握りつつも、進み続ける。






 20メートル程度進んだ地点。


 そこで道が途切れていた。


 私は台座を支えにしながら、対岸に何があるか見ようとしたが、結局、暗くなっていて分からなかった。


 視線を足元に移す。


 不自然に垂直に道が断裂している。


  目線を右横に移動させる。


 道が途切れる直前の、私の進行方向の右側。橋の側面に接するように、闇の底から真っ直ぐしそびえている、柱のような台座。縦横50センチ程度で、橋の上部分へ露出しているのは、その頂上から1メートル程度。だいたい、私の腹辺りだった。


 台座の上面には半球状にくり抜かれたような半径4センチ程度の半球状のくぼみのがあり、そこにはほんのりと色が付いていた。その色は紫色。


 明らかに、何か嵌めてくれと主張しているそれ。大きさからして、あの水晶球がぴたりとはまりそうではある、が。


 嵌めるかどうかは、他を見てから考えてみることとしよう。


 取り敢えず新しい収穫があってよかった、と私はほっとしてめ息をく。そして、来た道を戻ろうと、台座の橋と接する側面に何か刻んであることに私は気づいた。


 せまい橋の上でさっとしゃがみ込み、そこに刻まれてあるものを手早く確認する。


【 "esteem" 】


 アルファベットの筆記体でそう刻んであった。私のジャケットの裏の文字とは違い、あっさりと読み取ることができた。


 "尊重"、という意味の単語である。


 そして、来た道を戻った。行きとは異なり、前向きに歩いて。






 同様に他の3つの橋と台座の調査を終えた。一つ目の橋でのように、びくびくおびえることなく、手早く、前歩きで済ませた。


 だが、調査を終えた私は頭を抱えていた。


 それぞれの台座に刻まれた言葉とくぼみの色。その意図が掴めない。


 北東には、赤の窪みと、"physiological"という言葉。言葉の意味は、"本能"。


 南東には、青の窪みと、"safety"という言葉。言葉の意味は、"安全"。


 南西には、オレンジの窪みと、"love/belongingness"という言葉。言葉の意味は、"愛/所属"。


 北西には、紫の窪みと、"esteem"という言葉。言葉の意味は、"尊重"。


 北東のものだけは意訳である。本来は、"生理的な"という意味だが、こうでもしないと他と比較し難い。


 言葉同士の相関も、色同士の相関も、色と言葉の対応の相関も、全く分かりはしない。


 赤の窪みに、"赤の水晶球"を嵌めれば、道は現れ、これらの意味深な言葉や色同士の相関など無い、というのが最も単純で、私に都合がいいが、幾ら何でもそれは無いだろう。






 まる生唾を飲み込む。


 私は"赤の水晶球"をジャケット下部のポケットに押し入れて、北東の橋の台座地点に立っていた。


 悩んでいてもいつまでも答えは出なさそうだったから。取り敢えず、試してみようと、今この場に立っている。


 これをここに嵌めれば台座のところで途切れている道が出現するのではないか? だが、その一方、この球を嵌めると、今ここまで続いている道が、私が立っている足場が消滅する可能性すらある。


 ここにきて、台座に球をめることを躊躇ちゅうちょしていた……。


 使う、か。


 私は胸ポケットに入れた、蛍色の雫で染まったハンカチを口に含ませた。

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