原始の箱庭 人肉臓骨血殿 人形保管庫 広大地平別景 Ⅱ
私があと試そうと思っているのは、肉刀とスコップ。この2つ。
肉刀の効果は物凄い。だが、射程があまりに短い。あのような悪魔とインファイトは御免だった。だから、こう運用することを考えた。
私はスコップの柄の剣先根元を掴み、取っ手側を前へ向けていた。取っ手の先には、括り付けた肉刀。"白の髪縄"でぐるぐる巻きにしてぐらつかないように、取れないようにした。
それを振り、左側の人形群の先頭の一体を狙い、ザクッ!
刺突。あっさり刺さり、人形は白い石の塊になり、光の柱に転化し、浄化されるように消えていった。
直接振るうよりもかなり楽だ。
薙ぎ払う動きも試した。これも、人形たちの肉や骨に持っていかれることなく、あっさり振り切れた。
肉刀の効果を発揮させるためにどれ位の深さの傷をつければいいか試し、蓄積ダメージは関係無く、一撃がある一定以上の深さ、刀身の半分以上を突き差した状態であれば効果が発揮されることを確認した。尚、直接私が握っている必要は無いらしい。投げ槍として使っても効果は同様だった。
とはいえ、"砕黒紋肉刀"と比べ、随分使い辛い。だが、そんな文句を言っても仕方はあるまい……。特殊効果を発揮させない深度にしか刺さずに使えば、通常の肉刀と同じように使える。やけに鋭い肉刀として。
そして私は、即席槍スコップを仕舞う。再び空間から出す。すると、括り付けていないバラバラの状態でそれらは出てきた。
それらを再び空間に収納して、ついでにもう一つ試すことにした。
右拳を握り込み、左足で踏み込み、最前列の、一際がっちりした男型の人形の腹に向けて、殴打。
メキッ、ミシミシミシ、ボキブシュ!
左から右へ。ついつい、連打してしまう。それでも人形は倒れない。
拳の効果は、効いているように一軒思えても、実際は薄い、意味は無い。そういうことになる。
武器が無い場合を想定してやってみたが、これでは私はまともに戦えなさそうだ。組み臥して関節技でも掛けてみようと思ったが、人形の体はびくりとも、私が引っ張っても動いてくれないのだから。
砂時計の砂は、まだ3分の1程度の量、上側に残っている。
私は少々危険だが、ふと今しがた思いついたことを試してみることにした。肉刀の柄を"白の髪縄"で抜け落ちないようにしっかりと括り、縄の端を自身の手に握り――――振り回した。鞭のように。
鋭い肉刀の刃は、刃部分に触れた人形をすぱりすぱりと、白い石にして光の柱に変えて浄化していく。
面白いように人形共が始末されていく。だから私は調子に乗って、勢いよく振り回し続けていた。が、加減を謝り、私の顔の左側、頬を掠るように、後ろに跳んでいった。すぐさま後ろを振り向きながら、手を放す。
これは……、良さそうだが辞めておこう。不規則な機動を描いて攻撃できるのはいい。だが、下手すれば自滅が待っている……。
怖すぎてとても使用する気にはなれなかった。
はは……。今のは本当に、死ぬかと思った。腰が砕け、立てない。額から流れ出す汗が止まらない。背中に走る寒気が収まる気配が無い……。
これ以上、思いつきで無茶するなんてことが無いように、私は残った人形たちを弓で石を緩く放って一発で2つの人形方陣を消し飛ばそうとしたところで、……またふと思いついた。
もし、矢となるものを同時に二本放ったら、どうなる?
だが……、いいのか、試して。また危ない目に遭ったりしないか? いや、だが……、これが最後だ。最後。だから別に……、構わないだろう。
結局迷いを振り切った私は、石ころではやりにくいので、石ころを仕舞い、代わりに矢を2本出し、それを同時に弦に引っ掛け、念のためにあまり強く引かず、放った。
すると、二つの矢は風を纏った。そして、纏った風と風が接し、互いを引き寄せ、一つになり、私の体全体の大きさ程度の直径の球となった。
ああ、不味い。これは絶対に、不味い。
やってしまった……。だが、後悔するより先に、今は――――私は一目散に、逃げ始めた。
だが、矢を放った地点から人形たちまでの距離は数十メートル。そして、矢の速度は私が走るのと同程度の早さ。
猶予数秒でそう必要なだけ離れられる筈も無い。
そして、着弾。
竜巻のような烈風が巻き起こり、当然私は当然それに巻き込まれている。だが、髪は全く揺れず、私がその風を受けている印象は無い。視界が遮られているだけだ。それが数十秒維持された。
風が止む。
それが私には嵐の前の静けさとしか思えず、未だ足を止めることなく、この範囲の外に出ようと、無駄と半分諦めつつも、全速力で走り続けていた。
あの風の塊の大きさからして、範囲は軽く見積もっても、キロ越えは間違い無い……、とはいえ、外側の方が被害は小さい……かも知れない。
吹き飛ばすような風圧、つまり、弓矢の特殊効果の余波的な二次被害。それは射出者である私も対象外では無く、巻き込まれる。
そうして私は、豪快に吹き飛ばされた。
当然、地面は一切吹き飛んでいなかった。
だが、私は懲りない。二つであれだ。三つなら、四つなら、どうなる? 胸躍った私は、先ほどの矢を回収し、拾い上げ、今度は三つの矢で同じことを試してみようとするが、ターゲットとなる人形がもう一体も残っていないことに気付いた。
どうしようか……。だが、どうしても、試したい。
そうして、目についたのは、どういうわけか、あの巨大砂時計だった。自分でもどうかしているとは思う、しかし、私は欲望に負けて、数百メートルの距離から、三本の矢を、50センチほど弦を引いて、放った。
やってしまった。しかし、後悔は無い。私は飛んでいく矢をその場から見届ける。
発生した風の塊と風の塊と風の塊が合体するところまでは同じ。と思ったら、これまでとはエフェクトが大きく違った。
私の数倍程度の風の球。それは、紫色に迸る雷を纏っていた。煌めきながら、バリバリ音を立てている。
それを見て、私は考えを改め、無茶苦茶後悔しながら、後ろを時折振り向きながら、全色力でそこから離れていく。こんなの、唯吹き飛ばされるだけで済む筈が、無いだろうが……。
そして、数十秒後、着弾。あれだけ大きいのだから、着弾の瞬間は嫌でも分かる。
後方から展開され周囲に広がっていく風。それは数瞬で私を追い抜き、覆い尽くし、これまでの比ではない程に、周囲全域を覆う。そんな烈風渦巻くさまは、まるっきり酷い台風のそれだった。緑色の線の密度が桁違いで、禄に自身の手も足も見えないくらいだ……。
相変わらず、この地点では私は一切の風圧を感じない。
だが、今回はそれだけではない。烈風の中に、無数の紫電が迸るかのように、縦横無尽に走り回り始めた。
私は戸惑いつつ、足をそれでも止めない。じっとしていてもその雷に体が触れるのは必然。私が対象の外であることを祈りつつ走る。
幸い雷に触れても一切問題は無いらしいが、それは別に、問題の解決には繋がらない。先ほどですら、私は範囲外に逃げきれなかった。だから、絶対に今回も逃れられない。
それでも生き汚く、私は走り続ける。
矢の放つ暴風を越えた烈風。雷すら纏い出した烈風。だが、一本で放った時と二本で放ったときと、着弾してから効果を発揮するまでの時間は変わらなかった。
それだけの強大なエネルギーの暴走。にも関わらず、目が眩むこともなく、熱くもない。ただ、私は二次災害的な吹き飛ばす風圧にやられるだけだった。今回も。
違いは、その威力と、私が吹っ飛ばされる距離だけである。
風が止んで起き上がり、ターゲットを確認した私は、砂時計の上半分が吹き飛んでいるのを確認し、唯、立ち尽くした。
どうしようか、これ……。
残り時間は、分からない……。
そして、自身の軽率さを反省し、もう大人しく寝転がっていることにした。
砂時計は暫くしてすうっと再生し、あと4分の1程度の砂が残っていることを私は確認した。
私はその場で寝そべりながら、実験途中に思いついたが試せなかった、いや、試さなかった事柄について色々考える。
肉刀の紋章。これをもし、他の物品に真似して刻むとどうなるのか? この"砕白紋肉刀"と、失った"砕黒紋肉刀"。刻む素材によって効果が違うのか、刻む素材の色地が関係するのか。
試す絶好の機会だったのに、弓矢のあまりの凄さにはしゃいでしまい、忘れていた……。
肉刀を矢の代わりにして飛ばしてみると、どうなるのか? やはり、ただ、対象に刺さってそれを浄化するだけだろうか? もし弓本体に何か付与されているとしたら、風をまとって、何か新しい効果を発揮するというのも考えられた。
これも試し損ねた……。かなり気になるが、後で空打ちするだけでも危険な気がする……。
弓もしくは、弓の弦そのものに風を纏う効果があるとしたら、その一部を削り取って、他のものに付着できれば、使い捨ての殲滅武器が作れるのではないか。
いや、無理か。何かにこすり付けた地点で着弾したと判定が出そうな気がする。
と、そんな感じで、頭の中で色々するに留め、私は大人しくしていた。
後悔は大きくなるばかり。とても準備万全とは言えない。実験を始める前よりも疑問が増えているような気すらする。
私は折角の実験のチャンスを中途半端にしか利用できなかったのだ。試すべきことなど幾らでもあったというのに。
だが、もう試し切りの相手である人形は、見渡しても全く見当たらない。そして、空打ちですら試す気にはなれない。
今できることは、体と精神を決闘が開始されるそのときまで休めることだけ。
寝よう。
きっと、時間が来たら起こしてもらえるだろう。眠っていたからといって殺されるとは到底思えない。
あの悪魔は決闘に心踊っているようだったのだから。何か言われたら、決闘に備えて、体と精神を休めていた、とでも言えばいい。
私は砂時計の砂が上側に5分の1程度残っていることを確認した上で、そのままうとうとと眠りに就いた。




