原始の箱庭 石造廃都 秘匿区画 Ⅰ
やがて私は更なる違和感に気づく。どんどんと圧迫感が強くなってきている。
この通路は、僅かだが、先に進むにつれてどんどん狭くなっていっているようだ。直方体の通路と思っていたこの道は、進むにつれて、その幅と高さが狭くなってきていた。少し前に戻って確認した。
違和感の正体はこれらしい。
それに気づいた後も私は歩き続けた。ひたすらひたすら歩き続けた。諦めて引き返そうとするのも億劫になるくらいには進み続けてきたのだ。
せめて何か掴むか行き止まりでもないと、戻ろうなんてとても思えない。
意地になって私は進み続けていた。歩いてではなく、地面を這って進んでいた。通路の高さと幅が、腹這いでぎりぎり進める程度まで狭くなってしまったからだ。
到底逆走はできそうになかった。もう私はこの状態になってから、数時間進み続けている。前方向にすら禄に進めなくなっているのだから……。
だが、それ以上通路の幅は小さくならなかったため、私はなんとかそこを潜り抜けることができた。
突如目の前に広がった出口。
私は歓喜した。
そして、おそらく数時間、下手をすれば数十時間振りになるであろう直立姿勢を取った。そして、背伸びをする。
数時間単位であの姿勢でいたのはやはりきつかった。肉体的にではなく、精神的に。閉塞感が半端ではなかったのだ。
そこは、階段の上の円柱状の空間よりもずっと広大な場所であるようだ。
階段部分と同じ、黒茶色の地面。後ろを見ると、つい今しがた下ってきた階段と黒茶色の土壁。
階段の中よりは周囲は明るく、視程は50メートル程度はあるだろうが、それでも随分暗かった。後方以外、視程の外側の左、右、前の三方には闇が広がっている。いや、上方向、天井が見えないのも含めると四方か。
だが、周囲の壁が光を発するわけでもなく、光源も見当たらない、光の届かない地下であることを考えると明る過ぎるともいえる。
喩えるなら、黒い雲で覆われたような灰色の空と薄い光で濃淡なく照らされた屋外のような明るさだった。
歩き回らなくては広さを把握することすらできそうにない。そう思ったところで、
キィィィィィンンン!
周囲一帯から突然聞こえてきた音。私は慌ててその音が一番近かった、後ろを振り返る。
すると、明茶色に側面の壁が仄かに光を発し始めていた。それは広がっていき、天井へ、地面へ、どんどんどんどん広がっていく。
私は明るくなったこの場所を壁に沿って探索し始めた。
天井は、建物4階~5階分程度。視程が数百メートル程度まで一気に伸びたとはいえ、天井と背後と足元の地面以外のこの空間の終わりは見えない。
地下では無いのか、ここは……? 町の外壁の外側にいると考えると、これも有りうるか。だが……。一見柱も何もない、地面を唯堀って造り出されたかのように見えるこの場所が、自重で崩れないのはどういうことだろうか……。
私が入ってきたことを感知したかのように周囲の土が光り出したことからして、常識が通用する場所では無いのだ。
変に考え込むのを止め、私は周囲を見渡す。
広くなった左にも右にも奥にもこの空間は延々と続いている。この場所の広さは一目では把握できないようだ。
数時間掛けて壁に沿って一周した結果、ここは間違いなく、地上部の街よりも広いことが分かった。そして、出入り口は今のところ、私が入ってきた場所だけ……。
この空間の残り部分を調査して、他に進む道がみつからなければ、また長時間の匍匐前進が待っている……。想像するだけで、げっそりくる……。
気を取り直して。この場所は、地上部と比較して、倍で済むとは思えないほどに広いのは間違い無い。直方体に掘られた空間であるようだが、角は尖っておらず、壁面も微妙に丸みを帯びていたかのように思う。出入り口は、入ってきた場所だけしか
私の目視の感覚はだいぶ狂ってきてしまっているようで、この場所の広さを凡そですら把握できない。
中央へ向かって進んでいると、正面に突然、砂煙や地響き無く、何やら浮かび上がってくる。壁ではない。何だかの建造物だろうか?
一定距離まで接近したら現れるようになっているのか、一定距離以内に足を踏み入れた途端可視できるようになっているのか。どういう仕組みかは分からない。
近づいてみるとそれの正体が判明した、どうやら祭壇のようだ。黒い炎の灯った燭台が幾つか見えるからだ。見るからに禍々《まがまが》しい……。錆びた鉄のように赤黒い煉瓦を積み上げてできているようで、妙に血生臭い……。
決して神聖な類ではない。邪悪の類だ、これは。
この祭壇はかなり大きく、頂上が見えない。が、何やら、上にいくほど、景色が、光が、揺らいでいるように見えた。
どうして、こんなものがあることにこの距離まで気付かなかったのか……。
まずは周囲をぐるりと回ってみた。底部は、一辺数百メートルの正方形。というのも、この祭壇は、煉瓦を厚さ30センチ程度の正方形の板状に敷き詰めたものを、上に行くほと一辺が小さくなるように段々に積み上げたかのような形をしているからだ。
つまり、4辺全体が、上へと伸びる階段にもなっている、ピラミッド型の祭壇なのだ、これは。高さと奥行きが30センチ程度の段がひたすら上まで続いている。
そして、何となく予感する。こここそが、彼女の話に出てきた、彼女が人形にされた、人としての生を終えた、彼と決別した、終わりの地なのだと。
この空間を、祭壇以外隈なく歩き回ったが、他に何も見つからなかった。
どうやら、登るしか無いらしい……。
そうして祭壇を登っている途中、視界が一瞬真っ暗になったような気がしたかと思うと――――私は祭壇の頂上の面の端に立っていた。
……。
飛ばされた? 階段の途中から飛ばされて、頂上へ。
同じだ……。長い長い下り階段が終わり、進んでいた通路で突如感じたあれと……。待て……。
ここは町の地下ではない。町から遠く離れた、何処か……。最初からそう造られていたのか、おびき寄せられたのか。その判断は現段階ではできない。
私はスコップを出して、構えつつ、周囲を見渡す。
振り向いて見下ろしてみたが、やはり、地面は見えない。どれだけ高いのだろうか、ここは……。逆に見上げてみると、天井が近い。とはいっても、5メートルほどの距離がある。
そして、この頂上部の広さはおよそ6畳程度。
私は確信した。こここそが、彼女の話に出てきた儀式の場所なのだと。彼女はここで人形にされ、パートナーであった彼と決別したのだ。彼女の話とは広さが違うが、それでも間違いないと断定できる。
その証拠に、頂上中心辺りに、彼女の話通りのものが置いてあった。
黒い樹木でできた、高さ1メートルほどの、黒炎の篝火が6つ。それらは、半径3メートル程度の、円型のレリーフの淵に等間隔に置かれていた。整った造形の少女と、背に漆黒の羽を生やした凛とした青年のモチーフが刻まれていた。
その奥に、乱雑に放置された台座がある。長方形の黒い石の板に、4本の黒い石の柱で支えられた、人一人が全身を伸ばしても余りある大きさの、台座というよりもベットのように見える。とはいえ、布の類はその上にも付近にも落ちていない。
それの上には、一本の肉刀が落ちていたため拾い上げる。
《[ "砕白紋肉刀" を手に入れた ]》
それは、見た感じ、私が彼女から受け取り、あの悪魔に道連れてにされてしまったあの肉刀と大きさも形も刻まれた文様も全く同じだった。
だが、違いは多い。
見ただけで分かるような違いだけでもざっと4つはある。
1つ目は、彼女に貰ったものとは正反対の色相をしていること。白一色でできている。
2つ目は、金属でできているようには見えないこと。柄はまるで石灰岩を加工したかのようにところどころに小さな孔を持ち、ざらざらしており、少し褐色の汚れが付着していた。擦ってみたが、取れる気配はない。
3つ目は、刃はまるで白磁のように白く光沢を持っていること。
4つ目は、私がこれを握ってから、刃がぼやけるような靄のような白光を発し始め。
だからだろうか。私には、それが刃物とは到底思えなかったのだ。一見刃の形をした光放つ陶器にしか見えない。
試しに素振りしてみる。空を切る鋭い音がした。前の黒い肉刀よりもかなり軽い。
見るからに特殊な品だ。見掛けや重さだけで強度の不安に悩むのは早計だろう。
ぎゅうっと強く握ってみる。全く軋みはしない。刀身が一段と強く光りを発する。ついさっきまでとは違い、その光は、私の周囲数十メートルを昼のように照らす。
握りを緩めると元に戻った。
続いて、試し切りしてみることにした。
キィィンン!
台座に傷をつけてみた。金属音が鳴り響く。
塵に変える力は無いらしい。
傷をつけてから数十秒経過した地点でそう判断した。だが、その直後、台座は白い塵になって消えた。
……。
私は篝火一つ一つに、肉刀で傷をつけていったが、消えるまでに掛かる時間は、数秒から数十秒。ばらつきがあった。
時間差で塵に変える力。そして、強く握ると強大な光を発する力。
"砕黒紋肉刀"よりも使い道が広そうだが、塵にするまでに数十秒のラグ、しかも一定ではなく、ばらつきがある。ことからあまり戦闘向けでは無いかも知れない。
そして、私は祭壇から降りていった。先ほどのような転移は発動せず、それなりに時間が掛かった。
一定方向からの通過でのみ発動するかも知れないと思った私は再び上へと登ってみるが、転移は発動しなかった。




