原始の箱庭 石造廃都 中央部 Ⅰ
目に付くところの探索は大方終えた。
町の中央部の、半径15メートル程度の小さめの広場の真ん中にある、半径1メートル程度の小さな枯れた噴水の淵に腰掛けて、私は頬杖をついて周囲をぼうっと見つつ、考えていた。
特に危ない何かと遭遇することもなく、この都市の文明レベルは把握できた。だが、それだけだ。私の目的は遺跡探検を楽しむことでも、考古学的研究でも無い。
私がこの場所を探索し始めたそもそもの目的である、悪魔の痕跡や、彼女が彼と出会った洞窟がある盆地へと続く道は見つかっていない。
本を開き、白紙の頁にこの都市の概要図を書いた。円形。出入り口は南のみ。街の外縁部から中央部まで、同じような建物が並ぶ。中央には、小さな広場があり、枯れた噴水を一つ備えてある。
地図を見た限りでは、ここからその盆地へ向かえる筈だった。だが、実際は行き止まりである。
あるべき筈の建物が見つかっていないのだ。だからこそ、何処かに見落としがあるとしか思えないのだが、目に付く限りのあらゆる建物に×印と番号が書き込まれてある……。
中枢的な施設が一切無いのだ。
書庫は? 武器庫は? そういった、行政施設、個人ではない都市所有であろう建物が一切見当たらない。今のところ、日常の残り香しかここにはない。
この場所とは、また別の場所に、分割して町が存在しているのかも知れない。それか、樹木に一部飲まれたのか。
また、あの森の中を延々と歩き続けなくてはならないのか……。特に収穫も無く……。
私は諦めて立ち上がり、来た道を引き返していく。行きとは違い、元気なく、弱々しい歩調で。
だが、そこで事態が動く。枯れた噴水から十数歩進んだところで、それは起こった。
グゥオバカァァ!
っ!
その物音と共に、視界が揺れて、
ガラガラガラガラ!
地面が突如崩れたのだ。
ガシッ。
闇に飲み込まれそうになった私は何とか、崩れた地面の淵を掴むが、
バカッ、ガララララ!
そこも崩れ、成す術も無く、私は闇の中へと、瓦礫と共に落ちていく。
物静かな世界に崩落の音のみが響き渡り、
ガラララララ!
ガァァン!
頭に強い衝撃が走る。
ガァァン、ガァン……。
追い討ちのように落ちてくる瓦礫が頭に続けざまに当たり、私の意識が……薄れてゆく。崩落の音だけが耳に響き、私が底……へ、落ちるより前……に、その音……は、消え……た……。
……っ!
ガラララララ!
意識を取り戻した私は、瓦礫を払い退け、這い出る。幸い、そう深くは埋もれていなかったらしい。
頭はしっかりしているので、大丈夫だろう。血も出ていないようだ。
だが……。左手甲が腫れあがっている。力が入らない、と思ったが、こういうことか。折れている、間違いなく。そして、相変わらず、痛みは発生していない。
手の負傷。では、致し方ない。切り時だ。
私は"蛍色の液体"のハンカチを取り出して患部に当てる。左手の腫れが急速に収まっていき、感覚も元通りになる。
そして、ハンカチから、蛍色はすっかり抜けきってしまった。悪魔と対決しなくてはならなくなった時や、どうしようもないと思えるほどの不測の事態に備えてとっておきたかったが、仕方あるまい。
これで、庭園に戻るまでは肉体的精神的な保険はもう無い。いや、今後は、肉体的な保険には成り得ないか。"蛍色の液体"に対する体の慣れが思っていたよりも早い。
このハンカチ一杯の分量では、次からは怪我の緊急回避の用途ですら半端にしか使えないだろう。
上を見上げた。光が差しており、瓦礫が積もっている辺りだけは地上と同じように明るい。
崩れ去った場所と今私がいる場所には建物3階程度の高低差があり、周囲に梯子も階段も柱も無いため、上へ戻ることはできそうにない。
とはいえ、ここは通路の途中であるようで、前後に道が続いている。
まず、後ろに進んでみる。
ここは地上ほど明るくはないのだ。だが、暗いわけでもない。壁の色は地上とは違い、明るい赤茶色をしている。光源があるわけでもないのに、足元と20mほど先を確認できるくらいには明るい。その先には暗黒の空間が広がるばかりだが。
100メートルほど進んだ結果、行き止まりだった。足元に何か落ちていたので、回収した。
《[ "赤錆歯車" を手に入れた]》
それは、幅30センチほどの、錆びた大きめの歯車である。ずっしり重い。
引き返し、今度は前へと進んでいく。
数百メートル歩いたが、何も見当たらない……。隠し扉の類でも無いかと目を光らせていたが、何も見つかっていない。
それでも前へ進み続けて。どれほど進んだか、どれくらいの時間進んだか分からなくなった頃、前方に柱のようなものが見えた。
近づいてみると、広い場所に出た。天井も高くなっている。だが、地上部まで突き抜けてはいない。
ぐるりと一周歩いてみた結果、ここは、半径数十メートルで、高さは建物2階分程度の、円柱状の広場のような場所であるようだ。そして、先へ続く道の無い、行き止まりでもあるようで……。
中央部に、周囲とは違い、純白の石材を積み上げられてできた半径2メートル程度の柱が見える。
地上部のものと同じ煉瓦を積み上げてできているようだが、一部が抜き取られ、その中に、歯車やポンプといったものを含む部品の複合体が露出している。
歯車の集合体部分がある。そこの歯車が一枚足りておらず、動きを伝えられないようになっているようだ。
私は先ほど拾った歯車を空間から出し、嵌め込んだ。すると、歯車はひとりでに回り出し、他の部品も連動するように稼働し始めた。
そして――――遠くで、水が流れる音がした。
地上部にあった、あの枯れた噴水が復活したのだろうか? だが、私はこの都市を復旧しにきたわけではない。何をしているのだ、私は……。
ギギギギィィィ!
何の音だ? 奥から聞こえてくる。
ゴォォォォォォ!
周囲が揺れ始め、
クゥィィィィ、ガコン!
何かが開くような音がした。
その音がしてきた方向、広場の奥へと進んでみた。すると、正面の壁が左右に分かれるように開いて、通路が伸びているのと、その通路の手前数メートルの地点に、上へと伸びる螺旋階段が現れていた。
まずは螺旋階段から調べてみることにした。
周囲の壁と同じ色の石を積み上げられて造られているようだ。幅は1メートル程度。奥行きが30センチ程度のあまり厚みのない石の段が上へと続いている。私の世界にあったような、金属製の螺旋階段をそのまま石で再現してしまったように見える。
崩れないか心配になるような、自重を無視したような造りだったが、物怖じせずに私はそれを昇ってみた。
天井付近まで登ってみたところ、階段の径と同程度の、木の蓋がそこには存在しているのが、拳で小突いてみて分かった。
コッ、コッ。
蓋はがっちりと固定されているか、かなりの重さがあるのか、持ち上がらない。それに、取っ手も何も無い。
私はスコップを取り出し、両手で持ち、剣先を上に向けて、思いっきり突き上げ、
ガコォォ、ゴロロロロロ!
ゴッ、ガッ、ガララララ。
蓋を、その上の石畳ごと打ち抜いた。生成された瓦礫は私の両腕にぶつかりながら階下へ降り注いだ。
そして、私は、よじ登るように地上に出た。
するとそこは、町の入口から最も遠い位置。側面の巨大樹木の幹の壁の辺りであるようだった。
やっと、戻ってこれた。
一安心したところで、再び螺旋階段を降りて、その先に現れた通路へと私は入っていった。
しばらくは真っ直ぐな道が続いていたが、ある地点からは、下へと続く階段が。当然、私はそれを下っていく。
一段一段の大きさは、大体、横幅が、道幅と同じ5メートル程度。各段の幅と高さは30センチ程度だった。
造りも、これまでの場所とは違うようだ。石でできているのではなく、土を堀り進めて造られたものであるようだ。濃い目の茶色で、黒味を帯びている。岩というほど硬くはないが、この周囲は固めの土の層であるらしい。
下れば下る程、どんどん暗くなっていくこと。視程はもう、1メートル程度しかない。むしろ、まだ視程がそれだけ残っているのが不思議なくらいであり、薄暗いのではなく、暗い。
そんな状態で、なぜ周囲の様子が見えるのか分からない。光源は相変わらず見当たらない。周囲の壁や地面も光っていない。なのに、なぜ、色を識別できているのか……。
長く長く続いた階段が終わる。周囲の暗さは変わっていない。依然、視程10メートル程度の明るさを保ったまま。
真っ直ぐな通路が先へ続いているようだ。
私は溜め息を吐きつつ、進んでいく。一体、どれだけ歩かされるのだ? そして、何処へ連れていかれるのだろうか?
これだけ歩き回らせられて、体が一切疲れを感じないことがせめてもの救いだった。
ん?
私は足を止めた。
一瞬だけだが、周囲が真っ暗になったような気がしたからだ。だが、周囲の様子は変わっていない。
少し戻ってみて変化が無いか確認してみたが、やはり何も変わっていない。
気のせいだろうか?




