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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第四節 原始の箱庭 ~悪魔の誘い~

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原始の箱庭 石造廃都 外郭部 Ⅰ

 不思議な場所だ。安易な表現かもしれないが、それが最もしっくりくる。そして、安心できる。空気が濃いからだろうか。


 風は相変わらず吹いておらず、私が歩く音以外、一切の物音がない。それが余計にここを神秘的に感じさせているのだろう。


 見た感じではここは広大な空間だろうと思う。というのは、湿気た空気のせいか、そこまで視程が長くないのだ。水平方向で、数十メートル先までは見えるが、数百m先はぼやけてしか見えない。


 側面、つまり、外壁の役割を果たす大樹の一本に手を触れる。外の木々とは異なり、その幹は剛健だった。堅く、しならない。まるで堅固な城壁のようだった。


 そして、どういうわけか、側面と天井壁面以外は石造りである。


 地面は一面の石畳だった。それらは純白な石であり、少なくとも、この箱庭でも、あの庭園のものとも違う。私はこのようなただ真っ白いだけの石は一切見ていない。ここ以外では。


 側面は巨木の幹で、天井は大樹の枝とそこから生い茂る濃緑の葉によってすき間なく覆われていた。


 天井からは、なぜか適度な明るさの光が透過してきていた。見上げてみても、目をつぶりたくなる程はまぶしくはない。


 また、大きく影ができている部分はなく、周囲は均等に照らされているようだ。庭園のように、周囲の石自体が光源となっている訳ではないらしい。


 これらの木々が自然に生えていたとは到底思えない。一体どこからこのような石を運んできたのか見当も付かない。


 そう思ったが、よくよく考えてみると、あっさり答えに辿り着く。


 彼女の話では、町は荒野の中の水場の近くに形成されたものだったはずだ。こんな森の中に都市といえるような規模で存在しているのは、彼女の話と矛盾する。だから、町の成立後に、後から計画的にこの森林帯を造り出し、このような形にしたと考えるのが自然だろう。


 そして、森が今のようになる前には、石畳の道があり、石を外から運搬できていた。そして、長い年月を掛けて、森が今の形になり、石畳は消え去り、堅牢な木々に覆われた都市となった、と。


 この都市は巨大な樹木によってできた環の中に存在している。やたらに大きなドーム状をしている。町一つをすっぽりと収めるドーム。ドームとして考えると大きいが、町として考えると小さく思えるのは何とも奇妙なものだ。


 きっと、今の形こそが、この町の完成系、彼女が目指した最終的な姿だったのだろう。そう考えると、ここが町であるにも関わらず、拡張性が無さそうに見えることにも説明がつく。






 外壁内側に沿って一周し終えた私は、町を構成する、今は唯の廃墟はいきょでしかない建物物群へと足を踏み入れた。


 町の周囲は自然に囲まれているというのに、この町内側は、側面と天井以外、自然は存在していない。建物は直角で、無機質で、如何にも人工物、という感じだ。


 だが、それよりも気になることがある。この空間の天井に比べ、建造物全般の高さが低いことだ。


 建物の大きさも大体(そろ)っていて、小さいものは1階建ての建物程度の高さ。大きいものでも2階建て程度の高さの建物しかない。数十階建て程度の建物がそびえるだけの空間的な余裕があるというのに。


 どれも見かけは大差なく、白く四角い煉瓦れんがを積層させて作成したような直方体の建物ばかり。煙突も窓も無い。入り口のようなものがあるのが見えるばかり。扉はなく、ただ口を開けている。






 折角なので、それらの建物一軒一軒に足を踏み入れてみることにした。まずは外側にある家から順番に。


 私は、取り敢えず目についた、一番近くにある家に入った。入り口は南。家というよりも、倉庫。そういった印象を受けた。だいたい六畳くらいの一つの部屋だった。


 一切の生活臭が無い。この町が滅びたのがどれだけ前か分からないため、それが長い月日が流れたためなのか、何者かの手が入ったためなのかは分からない。


 ほこり一つ無い。だが、それはこれまで回った場所全てに共通することだ。手掛かりにはならない。


 よくよく考えると、庭園にしても、この原始の箱庭にしても。どこかしこにも、一切埃ほこりが積もっているのを私は見ていない。ほこりが積もらないのは、この世界の仕様なのだろう。


 何も入っていないツボなどの容器がいくつかあるだけだ。それも割れているものが多数。ツボの色はどれも灰色で、地面はそれらの破片が飛び散っていた。自然に割れたのではなく、荒らされたか、もしくは、地震などで割れたのか。


 いや、荒らしたというのも考えられる。どちらにせよ、地震などではないだろう。建物自体に一切のひび割れが見られないのだから。


 残っているツボのうちの一つを持ってみる。見かけよりもずっと軽い。まるでプラスチック製のツボでも持ったかのように。だが、触り心地は明らかに陶器とうきだ。一体どういう仕組みだろうか?


 何か特別な力でも持っているものではないかと思い、ストックしてみようとしたが、何も起こらなかった。不自然に軽いだけの、ただのツボだったのだ。






 その家を出た私は、"黒枝樹液筆"を取り出し、入り口のある壁面、だいたい私の目線くらいの高さに、×印と、1という数字を書いた。これで、1番目に足を踏み入れた踏破済みの家、ということが分かる。ここを忘れるくらい色々回った後であっても、見れば分かるのだ。


 この後に踏み入る建物にも同等の処理をすることにする。入口が複数ある場合は複数×印と数字を書けばいい。


 インクが保てばいいが……。


 洞窟どうくつないを探しても新たにこれは見つからなかった。これ一本のみ。製法どころか、インクの補充方法すら資料として残されていなかった。


 彼女に聞いておかなかったことを今更ながら後悔する。


 インクが途中で無くなったら、さっきの家にあったようなツボの粉でも入り口前にくことにしよう。どうとでもなる。


 開き直った私は、次に踏み入る家を決めた。






 1軒目の左隣の家へ私は足を踏み入れた。先ほどの家の入口が南だとした場合、この家の入り口は西側にあった。目に付く壁面全てに×印と番号を書くことに方針変更することにした。


 中に入ってみると、2つの部屋からそこは構成されていた。入ってすぐのところは、ただの物置のようだった。


 先ほど入った建物と同じようにツボが置いてある。しかし、こっちではツボの破片や粉は見当たらない。




 今いる部屋は4畳程度と、少し狭い。入り口から真っ直ぐ進んでいくと、その先に別の部屋が続いている。そこは少し広そうだ。足を踏み入れてみると、6畳程度の広さだった。


 先ほどの家とは違い、ただの物置たけというわけではなさそうだ。そこには生活のあとがあった。


 石造りの、かまど? としかいえなさそうなものがそこにはあった。かまどの上には何か、鉄器のようなものが置いてあり、下にはまきが炭化したものが置いてある。


 鉄器のようなものを手で叩いてみる。金属音はしない。ということは、これは石器だろう。石で作った鍋のようなもの。肌触りからしても間違いなさそうだ。底の方には何やら、黒茶色の何かがこびり付いている。恐らく、ここで調理されていた食物の残骸ざんがいだろうか。それが石のようになっていた。


 化石化している?


 どれだけ昔のものなのだろうか、これらは? 他に特に収穫はなかった。ちょっとだけ、この都市の食卓の方式が分かった程度だろうか。


 机や椅子いすというものは、この町での食卓形式には存在していなかったらしい。その証拠に、部屋の中央付近の地面が凹んでいた。尻の形に。毎日同じ場所に座りこんで食事をしていたのだろう。食器類は見つからなかったので、もしかしたら、あの鍋のような石器に入れたまま料理を食していたのかもしれない。


 とはいえ、まだここでそう決めてしまうのは早い、か。まだ2軒目なのだから。


 私はその建物から出て、印と数字を刻み、まだ入っていたに手近な建物に足を踏み入れた。











 それからも暫く、都市の外側の方にある家を中心に探索を続けた。


 外見が一見同じなため、中に入らないとそこが何なのか全く分からないのだ。これはたまたまそうなったのか。もしくは意図的なものなのか。


 私にその答えを教えてくれる人は誰もいない。とはいえ、私の考察は形になってきていた。


 基本的に、石を多用した文明であり、それらはそれなりに洗練されていたようである。たとえるなら、古代ローマ。


 ローマがもし、巨大な木々の外壁で覆われていたら。そんな感じだ。


 どうやら住民それぞれが職業として受け持つ仕事があったようで、大抵、どこかしらの家には、何やらの専門的な工作のための施設があった。


 例えば、2軒目に回った家。あそこは、住居ではなく、料理屋だったのかもしれない。


 家と家の間。軒先には、煉瓦れんがで舗装された道があり、道の端には排水溝があった。つまり、下水があったということだ。


 今の私と同じように尿や便を出さないとしても、不必要になった汚れた水を流す、という意味では下水はやはり、生活する上では必要だ。


 いや、もしかして、この世界では雨は存在しているのではないか。偶々、私が原始の箱庭に来てからは雨が降っていないというだけで。


 ……。流石にその線は薄い、か。


 私は建物の中でも低めのものの一つに近づき、その屋上へとよじ登った。


 地面がそこまで激しく磨り減っていない。とても長い間整備されておらず、廃墟はいきょ状態が続いており、雨が時折降っていたとすれば、たとえ石材が雨に溶けない材質だとしても、ある程度は浸食作用で絶対に削られるはずだ。だが、そのようなあとは無い。風も吹かないため、削られる要因がなく、角も丸まらず、綺麗きれいに形を残している。


 私はすっと、その上から飛び降りて、足元を見た。


 目前のその石の排水溝は明らかに浸食作用によって削られている。それなりの水量が長い期間流れていた、ということを示している。


 では一体……。


 上を見上げた私は思い至った。


 巨木の葉。あれらがそれなりのまとまった量の水を落とす、と考えたら? ありそうだった。


 ここは樹上の都市。


 水源ならある。それは、周囲の巨木たち。この都市が町であったときに存在したであろう湖が、巨木たちの放出する水の起源だとすれば、筋が通る。

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