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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第三節 原始の箱庭 ~対峙人形群~

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神秘庭園 本能台座先末端 Ⅲ

 "赤い水晶球"を台座にめた私は、念のためにスコップを手にして、つながった橋を進んでいく。


 活動している状態の人形はいない。半月状の地面の上、門の前から少し距離を取って立つ私は、そのことを確認した後、大きく息を吸って、活き込んで庭園へ向かおうとしたところで、


「【人型の抜け殻よ、伽藍洞がらんどうよ。なんじ、虚ろな中身で未だ仮初の心で生を望む、か。】」


 文が視界に映し出される共に、低く重々しい荘厳そうごんな声が頭上から降ってきた。周囲の空気が急に重く、よどむ。


 そうして、私の束の間の安寧あんねいは、終わった。


 ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ。ザッ――――。


 振ってきた大量の人形たち。数十体いるそれらに、私は取り囲まれた。人形たちは私から1メートル程度離れて円状に幾重に私を包囲していて、その状態で体の動きを止めた。


 なるほど……。これこそ、私が何となく感じていた違和感の正体。最初は低能で愚鈍に見えた人形たちが、妙に知性的に、協調して動いたことに対する答え。


 人形共には、指揮官がいる。


 原始の箱庭で私を襲ってきた人形を見てそれは一度は頭から消え去ったが、先ほどこの場所で橋が消えたことを認識せずに闇へと踏み出して落ちていった人形を見てよみがったが、あまり重要視していなかった疑念。


 それが、荘厳そうごんな声を聞いて一気に意識に浮かび上がったのだ。






 私が頭上を見上げると、それは、居た。浮いていた。


 魔。その正体が何であるか私はその瞬間、確信した。


 悪魔。


 私の世界でそう呼ばれていた、空想上の生物。幻想でしか無い、超常の存在。そのはずだ。だが……、この世界では違う。そういうことだ……。


 全身は黒い。光沢はない。人の体よりも一回りは大きい、全長3メートルはあろう巨体。手や足の全長における比率は人と大差ない。


 腕を組んで、私を見下ろしている。


 ゴォォォォォ!


 それは、轟音ごうおんと共に、高度を下げていく。門の前の人形たちが横に退き、そこにそれは降り立って、私に対峙たいじした。







 見てとれる、異様な点は3つ。


 1つ目は、黒く、ところどころぼろぼろに穴が開いた翼を持つこと。翼といっていいか、本当のところは分からない。形は翼なのだが、目の前のこの悪魔は翼を羽ばたかせることなく、浮遊している。


 2つ目は、2メートル程度の距離を取って私と対峙たいじしていること。少なくとも、人形とは違い、目の前の存在は明らかに高い知能を持っている。そして、人形を従える者であるのだ。


 3つ目は、濃密な存在感。それの周囲、輪郭といえばいいのだろうか。その周りに沿うように、風景が歪んでいる。それの周囲の人形たちやそれの後ろの門が歪んで見えているのだから間違いない。

 これが、それから何かもやでも出ており物理的に歪んで見えているのか、威圧感からくる目の錯覚なのかは判断がつかない。


 しかも、それが私の視覚か物体に干渉して意図的に歪めているように思えてならない。


 それの表情ですら分からない。まるでもやでも掛かっているようで、髪型も、顔の各部位も、顔の大きさ、形も、この距離であるにも関わらず、認識できない。


 とはいえ、全く、顔が見えないというわけではないのだ。そこにあるのがそいつの顔であることは分かる。だが、そいつと顔としての造形と表情が全く読み取れないのだ……。


 ただ、恐ろしい。私は間違いなく、目の前の存在に恐怖している。


 スコップを肉刀ナイフに切り替えると、焦りの象徴が垂れた。手汗が、額の汗が、背中の汗が。


 手が震える。思わず肉刀ナイフを握っていられなくなりそうに錯覚する程に……。


 それから目を逸らすことができない……。


「【我、"本能"を司る者の分体なり。なんじの定義に当てめると、"悪魔"という存在なり。】」


 悪魔は私が何も返さずとも、私の意図を読み取り、伝えたいことを直接打ち付けてくる。






「【久々の人の流入。よもやそれとの遭遇そうぐうの機会が、我が所属する世界に訪れるとは。我が本体、"physiological"もお喜びになられている。】


 私の体の震えはだいぶましになっていた。


 この悪魔は、私に周囲の人形たちをしばらくはしかけるつもりは無いことが分かったからだ。いつ終わるのか予想がつかない一方的な長話を、私はこの悪魔に聞かされているのだ。


 そして、ちょこちょこと私が望む情報をこぼしている。私が頭に浮かべる思考に沿っているのだから当然ではあるが。


 今ので予想がついた。最低、台座の数と同じ4体。こいつの本体級の悪魔が居る。台座に刻まれた単語を冠する悪魔が。他の台座の先にも、この世界と同様に、台座に刻まれた単語の意味にこじつけられた世界が広がっていると予想できる。






 少々自身の心が持ち直してきたところで、私はこの悪魔の話を聞きながら、一つの実験を行っており、その結果がたった今出た。


 この悪魔の話を聞き、情報整理しつつ、嘲笑ちょうしょう侮辱ぶじょくの言葉を心に浮かべたが、反応が無い。このような無駄に誇り高そうな相手が、それを無視するとも思えない。


 この悪魔の話をまとめるのを中断して、嘲笑ちょうしょう侮辱ぶじょくの心の声を大きくすると、


「【汝の命、我が掌の上と分からぬのか?】」


 そう反応が返ってきた。


 つまり、この悪魔は心を読むことができるが、それは、その地点で考えの主体となっている部分だけ。表層だけ。つまり、あざむくことが可能ということ。






「【我はそういう存在なのだ。考え込もうが、実体はつかめはせぬ。】」


 相変わらずぼやけた姿で、私に言葉を投げかけてくる。私の意図を読み、それに対する答えを投げかけてくる。それがとも知らず。


「【では、我が本体の言葉をなんじに伝える。】」


【『我の本体は門の先の世界の何処いずこかに』】

【『なんじ、我の元へ辿り着いてみせよ。』】


【『先ずはそれを退けて見せよ、切り抜けて見せよ。』】

【『なんじの知恵を、力を、執念を、我にさらすが良い。』】


 こいつを、切り抜けろ、だと……。しかも、包囲されたこの状態から……。1対数多数の圧倒的不利のこの状態から……。


「【とのことだ。空虚で矮小わいしょうで虚弱な身体と精神でなんじは何処まで足掻くのだろうな。】」


 こいつは悪魔とはいえ、分体。それも最初の世界の悪魔の分体。ここで手こずるようなら、後は無い。






「【最後に、疑問があれば答えてやろう。なんじ、ここでついえることとなるのだから手向けとし……】」


 グサァァァ!


 私は奴の威圧感が少し緩んだその瞬間、肉刀ナイフを出して、奴に向かって一直線に投げたのだ。それは、思考を思考で覆い隠しての奇襲。


 意識していなければ、避けられはしまい。


 彼女の話からして、あの肉刀ナイフが悪魔に通じないはずは無いのだ。当たりさえすれば。


 そして、見事に当たったのだから、私の勝ちだ。


 ぎりぎりだったが、何とか決断して行動できた。もう少し躊躇ちゅうちょしていたら、悪魔が人形を私にけしかけて今頃私はやられていただろう。


「【ふ、ふはは、ふはははは! な、なんじ……、愚かなり。唯一我ら……、に、有効なぶ、武器をここで消費……、する、と、は。】」


 胸に肉刀ナイフがしっかりと刺さり、後ろにのぞけた悪魔がそう言ったのを聞いて、私はその意図に気付き、悪魔に向かって駆け出したが――――もう遅かった。


「【なんじ如何様いかように……、して、ほ、本体を……。】」


 半月状の足場の左側上空に浮かび、最後まで言い切ることなく、ちりになりながら闇の中へと、肉刀ナイフごと、落ちて消えていった。


 だが、その意味は私に十分伝わっている……。


 まさか……、あの悪魔の本当の狙いはこれか……。






 私は呆然と立ち尽くしそうになったが、何とか気持ちを切り替え、スコップを出して振り回しながら橋側へと無理やり退いて、台座の石を取り外す。


 そうして、今のところ動いていた人形全てを闇にほうむった。


 そして、花壇かだんの大樹にもたれ掛かり、心を回復させた。


 足を欠損するより、読み合いやだまし合いで上をいかれる方がこの世界ではこたえるようだ……。


 蛍色のしずくてのひらに集め、直接体に取り込んで、私は原始の箱庭へと向かった。


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