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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第三節 原始の箱庭 ~対峙人形群~

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神神秘庭園 中央広場 Ⅵ

 両手を噴水のふちに掛けてもたれ掛かりながら、ふと思う。


 自身の顔は確かめられなくとも、自身の体についての観察が今ならできるではないか?


 座って足を真っ直ぐ前に伸ばした姿勢のまま、視線を自身の体に向ける。


 取り敢えず、性別。私はどうやら男らしい。これは確認する必要なく分かることではあるが、何となく私はそれを最初に確認した。


 肌は白い。一切の日焼けを感じさせないほどの白色の肌。だが、不健康という訳では無いらしい。自然な筋肉がしっかりと手足についている。体毛は黒色であるようで、角度によっては青みを感じさせる。


 手を顔へと伸ばそうとして、私はその手を止める。


 後の楽しみに取っておくことにしよう。自身の顔を確認するのは、鏡を見て行うものらしい。私は以前の私によって授けられた記憶映像をのぞいて、そういうものだと把握した。


 そして、ふと頭に引っ掛かる。それは今までほとんど気にしなかったような些細ささいなこと。落ち着いたからこそ出た疑問。


 らしい……?


 まるで誰かに教えてもらったか、知識として聞きかじったかのような。そうでも無ければ出てこない言葉。


 どうして、そんなことが引っ掛かる?






 疑問というものは、一度意識し始めるときりがない。一つの疑問が更なる疑問を呼ぶ。


 自身の中の知識を参照としたにも関わらず、"らしい"と私は自然と付けた。やはり、この特異な記憶喪失きおくそうしつが原因だろうか?


 私の事例は、記憶喪失(そうしつ)の類型には当てまっていない。


 記憶喪失(そうしつ)。又の名を、全生活史健忘。俗に言う、『ここは何処? 私は誰?』状態のこと。


 これが記憶喪失ではなく、特定の記憶を神を名乗る者に代償だいしょうとして捧げたからとは分かっているが。


 ……。どうしてそんなに半端な代償だいしょうなのか? それが私には分からない。役に立つか分からない知識を残して、経験と自身の人格という、きたえられていれば最高の武器になるものを手放した理由が、私には分からない。想像できない。


 私の保有する記憶。それは、一般的常識的知識と幾つかの分野の専門知識、自身が映っていない様々な映像光景に限られている。


 経験と、私個人にひもづけられた記憶、私の存在を証明する記憶だけが選択的に削り取られているのだ。


 自身の名前、仕事、年齢といった、自身の個人的な事柄が思い出せない。ここに来る前に自分がどのような経緯を辿たどってきたのかも。


 一方、社会的な事柄については特に問題なく思い出すことができる。


 もうすぐ2020年であり、オリンピックがこの日本で開かれるというニュースを見た。それが最も新しい社会的な事柄の記憶だった。


 その他の社会的記憶も新聞に載っていそうなお堅いものがほとんど。以前の私はどうやらお堅い人間であったらしい。






 自分というものが把握できていないから、私は自身の抱える知識を、自身のものとは感じられていないのだろう。誰か、他の誰かの知識を借りているだけのような、そんな奇妙な感覚を感じてしまうのだろう。自分の自分自身の印象に"らしい"と付けてしまうのだろう。


 だが、一度そのように認識した事柄については、そのような違和感はもう沸かない。


 これが何よりも謎。そして、通常の記憶喪失(そうしつ)との最も大きく異なる点である。だからこそ、そこにこそ答えがあるのではないかと私は思う。


 経験を含む、自身に関する記憶の一切を持たず、知識のみが頭に置かれている状態。にも関わらず、私は自身のことを紛れのない私自身であると認識できているのだ。疑うことすらなく。それでいて、自分という人間がどのようなものであるかは、全く分からない。 


 本来、こんな状態で、自身の自己を認識できるはずは無いのだ。


 それでいて、自身の記憶のように思えない無秩序な記憶の中から、行動に際して必要なものを迷うことなく選び出して想起し、行動できている。


 考えても堂々巡りで意味は無い……。


 水の中で手足を動かす。手先と足先に感じる清涼せいりょうな水の感覚。


 心さえ、強く保てれば、何とでもなる世界なのだから、ここは。


 そう悟った私は開き直り、泉から出て、跳ねて体の水を払う。再生した左足には一切の違和感は無い。


 私はさっと服を着て、花壇かだんへと向かった。







 "蛍色の液体"に、傷を癒す力があることは疑いようも無い。


 ガリッ。


 私は内(ほほ)む。そして、ジャケットの胸ポケットに入れてある"蛍色の液体"ハンカチを口に含ませる。


 すると、血が止まって、傷がふさがるのを感じた。ハンカチを口から取り出してみると、蛍色が口に入れる前の70%程度になっていた。


 指に液を付着させてみる。だが、液は蛍色に染まってはいない。


 傷口一つふさぐのに、30%。これだと、応急処置程度にしか頼れない。この花壇かだんで光にひたっていれば欠損けっそんの再生まで可能であるが。


 私がやっているのは、消耗品として持ち運び可能な"蛍色の液体"の効果の検証だ。あらゆる損傷、欠損からすら回復が可能な品。これから頼ることになるのは目に見えている。


 だからこそ、持っていける量でどれだけの肉体的回復・再生の効用があるかを確かめておかなければならなかった。


 再び内(ほほ)み、同じ動作を行った。






 ……。


 傷が微妙にふさがっていない……。わずかにする血の味。


 効き目が弱くなっている……。ハンカチは紫色に戻っていた。


 どうやら、庭園にしばらく戻って来れない状況では、"蛍色の液体"を頼る場合、精神回復には信頼性があるが、肉体回復にはかなり怪しい。疲れ程度は抜けるだろうが。


 それに慣れが思ったより早く慣れてきている。最初のような快感が無かったことからしてもそれは間違いない。依存性が無いことを祈るばかりだ……。


 考えなければならないことが多過ぎる……。ひどい世界だ、本当に……。


 とはいえ、水と食料の心配をする必要が無い。最初は不気味に感じた、腹が減らず、喉も意識しない限りは乾かず、何も口にしなくても問題無く活動できている状況が在り難く感じられる。


 それに、体調の不良も無い。病気が無いのだろうか、この世界では? 睡眠すいみんもそう重要では無いようで。


 普通旅する上で注意を払わないといけないそれらを無視できているのだから、何もかもが私に都合が悪いという訳でも無いのだから、よく考えてみるとそう捨てたものでもないかも知れない。


 そんなことを考えながらハンカチを蛍色のしずくでしっかり湿らせた。


《[ "蛍色の液体" を手に入れた]》






 噴水ふんすいふちにもたれ掛かった私は、地図を広げていた。


 地図の南西部に位置する原始の箱庭世界への入り口である丘からスタートし、目的地は、地図の北東部にある町っぽいランドマークと、その更に右上の山脈群と盆地。


 その辺りで手掛かりを得て、悪魔の居場所を特定しなくてはならない。


 そして、原始の箱庭に戻る前の最後の準備に取り掛かった。






 私の本と彼女の本を場に出して開く。


 私の本には特に何も変化はなかった。新しい情報は何一つ書き加えられていなかった。


 彼女の本は、そもそも最初のページ目だけ見て閉じてしまった。先に何か書かれているかどうか確認していない。


 先のことを考えるとやはり、読んでおくべきだ。


 2(ページ)目から先は、彼女に聞いた話のより詳細なものが書いてあった。何か未知の情報が書かれているかも知れないと思った私は念のためにそれを読み進めていき、そして、最後のページに到達した。


【繰り返しになるけれど、私の後に続くと決心してくれた者へおくります。】


【どうか、私と彼の罪の結晶を叩き壊して下さい。】


【私がかつていた場所、私が人としての最後を迎えた場所にきっと、全てがあります。】

【彼が悪魔を呼び出すまでに何をしていたか、私は知ることが恐ろしくて調べることができませんでした。】


【そこにはきっと、悪魔が現れた切欠と、呼び出した悪魔に対する対抗策が残されていると私は思うのです。】


【彼は、何かする際、必ず"保険"を用意していたのですから。私の知る限り、例外はありませんでした。】


【どうか、私の話を最後まで聞いてくれたあなたに最後の希望を託します。】


【私の代わりに、彼を、もう、休ませてあげてください。】


 私は二冊の本を空間に仕舞い、拳をきりきりと握りめ、歯をめて立ち上がった。


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