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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第三節 原始の箱庭 ~対峙人形群~

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神秘庭園 中央広場 Ⅴ

 それを手に収めた瞬間ストックし、両手両足で台座を抱きめた。


 私の思った通り、半月状の地面へと伸びていた道は台座の手前のところまでを残して消える。


 叫び声を上げることすらせず闇の底へと落ちていく人形たちと、橋が消えたことにまるで気付いていないかのように私の方へ向かって進んで落ちていく対岸の人形たちを見届けて、私は庭園へと進んでいった。


 橋を進みながら先のことを考える。


 一旦休もう、そして初期位置に戻っているであろうスコップを拾おう。次に、地図を頼りにあの原始の箱庭の未到達部分の調査を行わなくては。


 そういえば、"蛍色の液体"で、このような浅い傷は治るだろうか? 失った左足の再生などはいくらこのような世界でもあり得ないだろう。それでもせめて、左足切断部が露出した状態はもう見たくはない。どうにかふさげないだろうか……。


 傷を塞ぐ効果は無かったとしても、先ほどと今のような失血によるピンチは避けられるかも知れない。この世界での出血は自身の認識に作用されるようだから。


 試してみなくては。


 そうして私は、何はともあれ、今は自分の身が十全ではないが残っており、生きていることに安堵あんどした。


 こうして私は助かった。勝ったのだ。






 庭園北側にあるであろうスコップを回収しに行こうと花壇かだんを通り抜けようとした私は、その途中で足を止めた。


 危機が去ってしまったからだろうか。体が弛緩しかんし切ってしまう。庭園の草木から放たれる暖かい光に包まれているからだろう。


 私は近くの一際大きな大樹にもたれ掛かり、……。






 ……。


 どうやら眠ってしまっていたらしい。スコップを回収して水浴びをしてから眠るつもりだったのだが。


 非常に心地良い。


 私は欠伸あくびをしながら背伸びして、()()()()()()


 足が、左足が、生えている……?


 それに、体中の傷が無くなり、服の破れも無くなっている。いつの間にか、対岸に置きっ放しのはずのジャケットを着ている……。衣服や体に付着した汚れはそのまま残っている……。


 夢でも見ているのだろうか? だが……。


 左足の切断箇所だったところに残る、生々しい傷の痕跡こんせき。手に残った、塞がった傷の跡。


 脳裏に残る、決死の光景。


 ……。


 庭園北側に向かうと、ちゃんとスコップは最初見たときと同じ状態で置かれていた。


《[ "びた金属製のスコップ" を手に入れた]》


 "本能"台座の先へと続く橋は途切れており、"赤の水晶球"を私はストックしている。


 ……。


 間違い無く、これは現実だ。






 ザバァァ!


 泉には水が満ちていた。んでいる清涼な水に、泥と血を含む汚臭が流れ出し、拡散し、消える。頭を沈め、数秒の静止後、頭を勢いよく上げて頭を振る。水飛沫(しぶき)を周囲に散らしながら。


 それが心地よくないはずはなかった。


 私はまず、それに両手を入れてゆすぎ、次にすくって飲んで、今、頭を突っ込んで出したところである。


 次は、これにかりつつ、衣服についた汚れを取る。衣服全てを子細に確認するためでもある。原始の世界で、スラックスに付いていたベルトはそれなりに役に立った。蛍色の液体を沁み込ませたハンカチも役に立った。他にも何か、把握していれば状況が良くなったものがあったかも知れない。今後のために、これは必要なこと。


 まずは、靴と靴下とスラックスを脱ぐ。靴は揃え、その上にスラックスを畳んで置いた。余裕が今まで無かったからだろうか? 私は今まで自身の服装をほとんど気にしていなかったということに、今更ながらに気付いた。


 奇妙なくらい、服が体に馴染んでいたからこそ、今まで私は服装に気がいかなかったような気がする。下着以外の全てを脱ぎながら、脱いだそれらを確認した結果、私の着用しているものはかなりの高級品のようであると分かった。


 このような場所にいると最初に気付いたとき目に映るのが暗闇だけだったから、服装の確認という段階が飛んでしまったというのもあるかも知れない。


 靴もスラックスもジャケットもシャツも、ビスポーク。つまり、オーダーメイド。寸法に私の体との一寸のズレも無かったのだから。


 ということは?


 ジャケットの内部を確認する。すると、――――やはり見つかった。私の名前。それがそこには記されていた。






 ところがそれは無駄に終わった。


 いつけられた白い布地に、アルファベットの筆記体で黒いインクで確かに名前は書かれている。だが、それを書いた者は達筆過ぎたようで、何と書いてあるのか判別できない。そして、何故かにじんでおり、どうしようもなかった……。


 仕方がないので、判別は諦めた。他にも何か私自身についての情報の手掛かりは無いか探してみたが、全く……。ジャケットの胸元に入っていたハンカチと、締めていたネクタイにはかなり期待したのだが、名前の刺繍ししゅうなど、見当たらなかった……。


 乱雑に散らかしてしまった衣類のうち、水で洗うわけにはいけないものから順に、重ねて置いていく。


 一番下は、当然、靴。黒の内羽根。柔らかさやつやからして、ボックスカーフが使用されているらしい。底も全て皮。積み上げられたヒールが美しい筈なのだが、湿って、泥も沁みて、汚れて見える。痛みが怖いので、手入れ用品無しでの水洗いなど、到底できない。


 洗う予定の衣服を使って、靴の底面以外の汚れを擦らずにさっと、吸わせるように取り除いて、次へ。


 スラックスとジャケット。これらはセットアップとして、やたらに仕立てが良いダークスーツとして成立していた。ストライプも無い、無地のスーツ。素材はウールのようだ。


 分けて見てみる。


 スラックスは、ストレートでノータック。ベルトループは太めでしっかりしており、その数も多い。ジャケットは、シングルで段返り仕様。胸元はあまり開いておらず、ラペルは細く、小さい。左右のポケットはどちらも二段。裏地にも表地の生地を一部使用している。


 それらを折り畳んで靴の上に。この後も汚れにあらされることになるだろうから、再び多少汚れが付こうとも構わない。


 続いて、ネクタイ。


 紫色のネクタイ。柄無しの、シルクのネクタイ。特に何のひねりも無いが、これもやはり、高級品。裏面にあったたるみ糸は、それがハンドメイドであることの証拠。


 そうして私は、水洗いできないもの全てを畳み終えた。その際、全てのポケットの中を確認したが、あのハンカチ以外、何も出てこなかった……。





 泉の中に再び戻ろうとしたところで、ふと疑問が浮かび、私は立ち止まった。


 私はどんな顔をしている?


 だが、水は透き通り過ぎていて、私の顔を映し出すことはなかった。泉の底がたた見えるだけ。


 よくよく考えると、あの人形の彼女が出してくれた鏡に私は姿が映らなかったのだ。水面にも映る筈はまあ、無い。彼女の立てた仮説通り、私が自身の姿を映すには何かが足りないのだろう。


 泉の水深は70センチ程度。思っていたよりも浅い。とはいえ、座り込んでしまえば頭より下全てが浸かるだろう。泳ぐことも辛うじて可能か?


 ジャケットの下に来ていたシャツと、下着と靴下とハンカチを手に持って、全裸になった私は、ゆっくりと泉へ頭から下全てをからせた。


 番手の高い、純白で長袖の、比翼仕立てのシャツ。ボクサーパンツタイプの紫色の下着。紫色の靴下と紫色のハンカチ。と、それらはどうも紫色ばかりにかたよっていた。






 爽快そうかい。それに尽きる。それに、落ち着く。


 丁度、水洗いしても構わない衣類を洗い終え、しぼって、噴水のふちに干し終わったところで、噴水のふちにもたれかかりながら、私は水浴びを満喫まんきつしていた。


 そういえば、一度心を落ち着けるために、水浴びを優先したのだった……。はやる心を抑え込んで、"蛍色の液体"の効果検証を後回しにして。


 いつの間にか吹き飛んでいたそれを今更になって思い出した。

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