表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第三節 原始の箱庭 ~対峙人形群~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/184

神秘庭園 本能台座先末端 Ⅱ

 通路の出口付近、扉が見えるか見えないかの距離。私はそこで、忍び足を止めた。


 かの肉の扉が、私の前方に広がっている。


 ペタペタペタ。

 ベタ、ねちょり、ペタ、ねちょり。

 バタバタバタ、バタバタバタ。


 そこに張り付いていた、生えていた者たちが、四本足で徘徊はいかいしていたのだ。見えるだけで床に敷き詰められるように十体程度。物音の数からしたら、その数十倍はいる……。


 そして、私の姿を捉えたそれらは、


 グゥオオオオオオオオオ!

 ギシャァァァアアアアア!

 ブハブハブハアアアアア!

 ギャキャアア、ギャキャアアア!

 イィィィィィィ!


 絶叫ぜっきょうを重ねる。意味を為さない獣の如き叫びが連なり、響き渡る。それが人の声であることは間違いない。


 それらは、悲しみ、痛み、絶望などの、暗い負の感情が込められた、陰鬱いんうつな絶叫。発生源からの距離もばらばらで、四方八方から向かってくる全ては、私に向けられたもの……。


 一つ絶叫が途切れると、また別の一つの絶叫が生じる。それらは折り重なり、叫喚きょうかんの連鎖となり、絶え間なく私を襲い続ける。


 数分続いたそれが終わると、それらは私に襲い掛かってきた。






 武器としては短いこの肉刀ナイフでこの数の相手をするのは厳しい。()()()()()()


 私は通路の箱庭側の出口の方へと退いた。


 あれらの動きは今のところは緩慢かんまん。だから予想通り難なく逃げ切ることができた。だが、私はこのまま立ち去るつもりは無い。憂いは断つ。


 "灰色の小石"を出し、先頭の人形に向かって投げつける。すると、石を当てられた人形だけが先行する。


 そして、箱庭側で私は待ち構えていればいい。人形が出てきて、周囲をきょろりとする隙を狙う。出口の側面から、肉刀ナイフを当てるだけでいい。


 この肉刀ナイフには、その刀身で傷つけたものを灰に変える力を持つ。命持たないものなら即時に。命ある者であれば、数秒遅れて。彼女が残していた記録からその情報を得て、検証も既に済ませてある。


 肉刀ナイフを振るうタイミングをいっした場合は、再び投石することでひるませ、そのすきを突けばいい。


 それでも対処できないときは、弓矢を使う。あの、()()()()()()を持った弓矢を。






 通路からうごめく音が聞こえなくなったことを確認した私は、投げた石を回収してから再び通路へと入っていき、庭園側へ出た。


 油断したのだ……。だから私は今、追い詰められている……。


 半円状の地面の上で、数十体の人形たちによって、私は幾重の輪状に包囲されているのだから。私から2メートル程度距離を空けて。


 人形たちは低能では無かった……。肉の門へ再び身を潜め、私を釣ったのだ。められたのは、人形たちではなく、私……。


 震える手を握り直し、振り下ろす。


 スカッ……!


 橋方向の人形の一体へ向けて私が振り下ろした肉刀ナイフは空振りする。


 かなり勢いよく振り下ろしたため、私は前へと体制を崩した。左足がスコップであるため、踏ん張ることはできない。


 当然のように私は前へ転んでしまった。






 辛うじて肉刀ナイフを手放さなずに済んだが、すぐに立ち上がって引かなくては。


 だが、もう遅かった……。


 前へ突き出された人形共の顔が、口が、歯が、私の方へと向かってくる。だが、腰が砕けてしまって、動けない。後ずさり程度しかできない。


 終わる……。私が終わる。もはや逃れられない……!


 私は震えながら、自身を投げ出したくなった。だが、足腰は相変わらず立たない。私は恐怖に直面させられ、恐怖に身を、心を、われながら死ぬのだろう。


 どうする? どうやって逃げる……。矢を使う……か? だが、こんな震えた手で、弓を引けるのか……?


 無理だ……。


 もう逃げられはしない……。精神的にも肉体的にも。


 特権Ⅲを使うか? いや、駄目だ……。それだけは駄目だ……。自ら降りることなど、もう私には許されなくなっている。彼女の願いを聞き届けたその時から。私はその証を携えているのだから。






 では、戦うしかない。最後まで……。


 だが、どうする……?


 このざま……で……。


 震えおびえるこの手で振るえるのは、せいぜいこの肉刀ナイフ程度……。後ずさりする私の視界に入ったのは、動きの鈍い左足。スコップ義足の左足だった。


 来るな、来るな、来るな……。


 私は肉刀ナイフを振り回し、人形共の接近を辛うじてしのぎながら、心の嘆きをあげながらも考える。


 だが、考え込む時間が長過ぎたせいか、とうとう人形が私の右足目掛けてみ付いてきた。相変わらず痛みは無い。


 とはいえ、もう猶予ゆうよは無くなった……。私はスコップ足で思いっきり人形のあごを目掛けて蹴り上げた。


 できたすきに乗じ、肉刀ナイフを振るってその人形を灰に変えた。


 そしてひらめく。





 ギィサァァァ!


 危険を承知で左足にくくり付けたジャケットを裂いて、取り外したスコップで私は前面の人形たちをぎ払い、その一部をどこまでも続くように見えた闇へとほうむった。


 数体残ったがひるんでいたため、すぐさまスコップを空間に仕舞って、肉刀ナイフを手に、それらに飛び込むかのように振るう。そして、橋側へと逃げ込み、石と肉刀ナイフ牽制けんせいしながら台座まで逃げ切ろうと私は足掻く。


 襲ってくる人形の数が数だ。とはいえ、今のところは対応できている。囲いの最前列の人形だけが私に直接手を出してきており、その動きは緩慢かんまんだからだ。


 だが、そんな状態はいつまで都合良く続いてくれる?


 後列にいる人形まで一気に私に襲い掛かってきたら? あの箱庭で私を襲ったあの人形のような敏捷びんしょうな動きに切り替わったら?


 人形共には恐怖心というものが欠けている。私ごとこの下に広がる暗闇へ落ちていくことも躊躇ちゅうちょしはしない。






 キィィ、クイッ、ガシィィ!


 人形たちのうち、最も突出していた個体が私から数センチの距離に到達し、いきなり機敏な動きを見せたのだ。不覚にも私は一瞬放心し、そのすきに、残った右足をつかまれてしまう。


 くっ……。


 万力のように強い力ではさまれ、


 メリメリメキメキ――――。


 めきめきと私の右足は根を上げる。


 私は焦って、肉刀ナイフをスコップに瞬時に取り換えて、左上から右下へと振り回すが、握りが甘過ぎたのだろう……。人形の右足に蹴られて弾かれ、スコップはそのまま暗闇へと落ちていってしまった。


 だが、ここで固まるわけにはいかない。


 人形の蹴り足が伸び切って、地面に再びつくまでの間。それはすきだ。逃す訳にはいかない。


 私はすかさず前へ飛び込み、すっと出した肉刀ナイフを右手に握り、右下から左上へ振り切った。


 体勢を崩しかける人形。


 そして、さらに深く前へ。尻と頼りない足で何とか踏み込み、左から右へナイフを返すように降り下ろし、辛うじてかすらせた。


 いける!


 そう思った途端、体が少しばかり軽くなったような気がした。熱が、力が、下半身に戻ってくる。


 私は少々震えが残る足で、腰で、橋へ逃げるのではなく、橋へ進むために進撃する。


 スコップは、……やはり肉刀ナイフとスイッチできない。庭園での実験通り、この場合紛失扱い。


 この手に握る肉刀ナイフ。どれだけ切れ味鋭いとはいえ、肉刀ナイフなのだ。人形共の硬い部位や、床に当たった場合、私の手から弾き飛ばされる可能性は大いにある。振り回している今はその可能性が更に上がっているのだ。


 それでも止める訳にはいかない。このままでは、削り切られる。気力を。


 人形の軍勢は大きく二つの集団に分かれていた。寝ぼけたように未だだらっとしている扉付近の動き出したばかりの人形。私の付近に波状に広がって急速にせまる、活発な人形。 そして、活発な人形の数は増えていく。






 進行方向の囲いの約半分まで、何とか切り開いた。


 どんどん次が襲ってくる。前に進みつつ、私は後部からも側面からもつかまれては、しがみ付かれてはならない。


 私は必死だった。


 まだ体は動かせる。私は折れない。あきらめない。ひたすら自身に言い聞かせる。私の心が折れない限り、退かない限り、止まらない限り、体は動き続ける。


 まだ、まだ目はあるはずなのだ。


 痛みは無いとはいえ、肉体に刻まれる傷は増え続けている。


 体の端をかすられ、裂かれ、えぐらえ、み付かれ、肉をわれ、けずられ続けている。


 血が出てきた……。


 無数の傷口から、血が、失われていく……。強く意識したからか。認識してしまったからか。傷口から流れ落ちる血を想像してしまったからか。


 先が見えたことで、助かる道が見えたことで、十分な目があると思えてきたことで、私の必死さは緩んでしまったのだろう。


 原始の箱庭での出血と同じ……。


 失血、気絶、そうなれば、終わり。

 くっ、未だ……だ。


 私は少し気(だる)さを感じ始めた体に力を込める。


 グゥギィヤァァァ!


 ガブッ!


 ナイフを持つ右手を狙って飛び掛かってきた人形を、左手を犠牲にして防ぐ。


 クィィィッ!


 肉刀ナイフを振り下してちりへ変えた。






「ぐぉぉおおおおおおお!」


 私は雄たけびを上げながら最後の一歩、最後の一押しを成そうとしていた。


 台座まで後、一歩。私の体にしがみつく、大量の人形。直接私にしがみついている数体に、更に抱き着くようにしがみつく数十体の人形を引きりながら、


 ザァァ!


 時折肉刀ナイフの一撃で人形共を橋の外へと落としながらここまで来た。


 その瞬間に私を掴んでいる手や口などを狙ってナイフを振り下ろす。間に合わなければ私ごと人形の重さに引かれて闇へ落ちていくのだから。


 あと一歩なのだ。そこまで行けば、後続を絶てる。逃げ切れる。


 ザッ、ザッ。


 足と胴体に直接ぶら下がる人形をまとめてちりにした私は、すぐさま胴体にしがみついてきた1体の人形とそれに連なる4連の人形ごと最後の一歩を踏み出し、


 サッ!


 肉刀ナイフを振るう。しがみついた人形に触れたかと思ったところで空間に仕舞い、台座に飛び付き、天辺てっぺんめられた球を外す。


《[ "赤の水晶球" を入に入れた]》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ