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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第二節 原始の箱庭 ~痛悔機密~

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原始の箱庭 黒洞窟 小広間 閉じる後悔の生 Ⅱ

「ありが……と……」


 彼女の体は最後まで言い切ることができずに力無く項垂れ、前へ倒れ込みながら、急速にちりへと変わっていき、消えた。


 場に一冊の褐色のやけに上質な表紙の本を残して。


 私の本に似た紙質のその本の表紙には、金文字で書かれた少し黒ずんだ表題が、くすんだ光を放っている。


【 "last reincernationer" 】


 "最後の転生者"、か……。皮肉に満ちている。これを場に生成したのは死にゆく直前だった彼女の意志では無い。あの、神を名乗る者だ。そうとしか考えられない……。彼女が私に渡した紙片とその本の紙質の差から察せられる。


 神は直接は人を救わない。神そのものは、唯、見ているだけ。それを私は実感する。


 きしみの音をあげる手でその本の背を握る手を一度緩め、私はそれを開くことを決めた。


【 "私の後へ続く者へ" 】


【私を殺めたことを貴方が背負う必要はありません。私の望みを、約束通り、貴方は果たしてくれた。貴方は私を殺したのではなく、救ったのです。】


【ですから、その足を止めないで下さい。貴方の話を聞く限り、貴方の旅はまだまだ続くようなのですから。】


【貴方は先へ進み、かつて私の愛した彼に遭遇そうぐうすることになるでしょう。貴方に渡したその肉刀ナイフは必ず持っていってください。彼が悪魔に成り果てていようとも、これなら効くことがもう実証されているのですから。】



【最後に一つ、お願いがあります。彼に一言だけ、伝言を。】


【『もう、いいのよ』と。】


 涙が……止まらない。間違いなく、この本には彼女の意志が反映されている。私はそっとその本を閉じた。


 埋めるつもりだったそれを、私は携えることを決めた。


《[ "last reincernationer" を手に入れた]》






 洞窟内部にあった木片を砕き、簡素な十字の墓を作った。何も埋まっていない、形だけの墓。彼女の名前すら私は知らない。


 せめて形だけでもと思い、彼女をとむらった。


 そもそも、彼女に止めを刺した私にそのような資格はないかもしれない。そんな心を抑え込み、祈りを捧げた。


 その後、私は洞窟の最深部へと進む。彼女の遺言に従い、彼女の後へ続く者として事を成すために。






 奥へと進むと、立方体に掘られた余裕のある高さと広さをした部屋が姿を現した。16畳程度の広さ。遺されていたのは、彼女が生活のために使っていた用品と、この世界の各種資料のようだ。


 部屋の中央には巨大な机。左端奥にはベット。右端は何やら物品が置いてある。正面奥には本棚が並んでいる。


 その部屋の家具はどれもこの洞窟の土を固めたものでできているようだった。色が洞窟どうくつの壁と同じだったからだ。しかし、どのように固めたのだろうか。


 私は今部屋の中央の机に手を触れている。四本の細い脚を持つその土板の机は、磨いた泥団子のような光沢が表面を覆っている。高さは、私の腰より少し上程度。近くに一つだけ椅子いすがあった。部屋の正面奥側である。


 私はその、背もたれのない土柱の椅子いすに腰掛けた。


 机の上にはぼろぼろに痛んだ紙片が散らばっている。私はそれらを読み込んだ。座ったままでは到底机の端まで手が届かないので、やがて立ち上がり、移動して全部の資料を読み込んだ。


 彼女の話の中で出てきた事柄について書かれたものがほとんど。その多くは、彼女の愛しの人である彼について記されたものだった。


 数十枚単位で、A4程度の紙片をひもくくってある。そんな束がたくさん出てきた。一文字当たり、5ミリ四方のマス目に入る程度の大きさのかなり小さめの文字が紙片の裏表にぎっしりと書き込まれていた。


 これらの紙片の保存状態はかなりよかった。 地べたに落ちていた紙片や、右端に積み上げられていた紙片に比べて。多少端が砕けていたりはしたが、特に内容を確認するのに困る程ではない。


 おそらく、彼女は彼についての記録はこの中ではわりと上質な紙片に記したということだろう。彼女にとってそれだけ重要だった。そういうことなのだ……。


 胸が痛かった……。







 机を離れて、椅子の後ろ側の壁面へ。正面の壁面をくり抜かれて作られた本棚。壁の左端から右端まで、だが、高さは私の目よりも少し低いくらいしかない。天井までは本棚は続いていないのだ。


 そこの資料は机の上のものよりは痛んでいるが、地面のものほどではない。握ってしまうと崩れてしまうが、下から掬うようにして持つと特に問題なかった。


 本棚というが、本が並んでいるわけではない。縦に積まれた紙片の山があるだけだ。通常横に本を並べるべき本棚を、縦に使用している。


 私はそれらを順に机に運んでは読み、終われば戻して次を。疲れれば、ベットを拝借して眠りに就いた。長スパンでの時間の感覚が薄れてきており、目安もない。だからこそ、疲れればその時に休む必要があった。


 ベットの感触は幸い、堅くはなかった。ねっとりはしているわけではないが、柔らかかった。固まりきらない、色のついた紙粘土にめり込むような感じだった。


 手で型をつけても、しばらくしたらゆっくりと戻る。低反発マットレスのような感じだといえばいいのだろうか。


 寝そべってみるとはじめは冷たかったが、数分程度で程よく暖かくなる。私の体温を吸収したのだろう。


 私はそこで床に就き、目が覚めると再び資料を読み込み、疲れるとまた床に就いた。特に何回寝たかのカウントをしたわけではないが、ぎりぎり一桁で収まる程度には寝て起きてを繰り返した気がする。






 やっとのことで資料の読み込みが終わった私ではあったが、特に目欲しい情報は得られなかった……。


 資料の読み込みの合間に洞窟どうくつ内の探索も行っており、幾つかこの先役に立ちそうなものがあった。


《[ "白の髪縄" を手に入れた]》

《[ "原始の弓" を手に入れた]》

《[ "黒曜石の抜けない短矢" を20本手に入れた]》

《[ "ひとみの記憶の地図" を手に入れた]》


 "白の髪縄"は、太さ2センチ、全長数十メートル程度の繊維の束。机の上にあった記述からそれが彼女の髪であることを私は知った。彼女はそれをロープ代わりに使っていたらしい。


 "原始の弓"は、この世界の動物の骨と皮でできた、幅1メートル程度の弓。弦は何由来か検討も付かない、赤茶色の繊維状のもので、太さはおよそ1ミリ程度。同程度の輪ゴムよりもずっと弾力性があり、それでいてたやすく引けて、強い力を込めることができそうだ。


 "黒曜石の抜けない短矢"は、一枚岩を削りぬいて作ったかのような矢。長さは20センチ程度と短い。見た感じでは黒曜石でできているように見える。軸部分は1センチ程度しかなく、大部分がやじりである。やじり部分の淵には、細かい間隔で深めの鋭いギザギザの返しが付いている。


 "ひとみの記憶の地図"は、左上に書かれている単眼の意匠からそう名づけることにした。黒い縄のようなもので縁取られた、上を向いた黒い眼がそこには描かれていた。A1程度の大きさの四つ折りの巨大な地図であり、この原始の箱庭を示している。






 私は机の上を片づけて、"ひとみの記憶の地図"を広げていた。どうやら、黒眼が向いている方向が地図の北を示しているということだろうか?


 私がこの世界に入ってきた丘の場所も地図には記してあった。だが、そこに、あの通路の存在は書き込まれてはいない。


 丘はここから西にいけば着くようだ。幸い、そう離れてはいない。あの丘から最も近い水()まりまでの距離と同じ程度だろうか?


 この洞窟どうくつの出口は一つしかないようで、そこから出て、ただひたすら西に進めばいいらしい。


 やるべきことは、あの通路から人形たちがい出てきていないか確認すること。何事もないと一度確認しなければ、安心してこの世界での探索はできそうにないからだ。






 この場を後にする前に、一つ確かめるべきことがある。私は自身の本を念じて出した。自分の本に新たな文章が記されていないか確認してみると、やはり――――新しい記述が現れていた。


なんじ、かつて人であった者の亡骸なきがらから得た本。】

【それはなんじの助けに成り得るだろう。】


【表題は、その者の称号を示す。】


【この世界において、転生もしくは転移した者は、この世界で死する時に本を残す。】

【同じく転移もしくは転移した者のみにしかそれは知覚できない。】


【何故ならそれは、その者の無念を、果たされなかった意思を後へ続く者へと伝えるものなのだから。】


なんじにその者の無念を晴らす思いあらば手にせよ。】

【そして、その想い、継ぐべし。】






 私はここへ入ってきた道を、逆方向へ進んでいく。左、左、左。そしてあとは、湾曲している通路を真っ直ぐ。するとそのうち出口が現れると地図が教えてくれたから。


 壁に書かれた彼女の文字と、私の血文字。それを通り過ぎて進んでいくと、薄く光が見えてくる。薄明かりといえるほどの光量だったが、洞窟どうくつ内部の明るさと比べると強い。


 そして、湾曲が終わって、出口が見えた。だが、思わず目をつぶる。数日は洞窟どうくつ籠もりをしていたであろう私にはそれは少々まぶし過ぎた。


 立ち止まって目を慣らしてから出口へと向かう。だが、出口の目の前まで辿たどり着いても光は先ほどと比べて強くはなっていない。私の目の前、洞窟の出口には、透明な幕のようなものが存在していたからだ。丘の上の通路の出入り口に存在したのと同じもののように感じた。


 それを潜って外に出ると、やはりまぶしい。結局、また思わず目をつぶり、慣れたであろう頃にゆっくりと目を開いていく。


 相変わらず明るい常昼の屋外。外から見た幕は岩肌と同化していて、全く見分けがつかないようになっている。どおりでこの洞窟の存在に私は気付かなかったのだろう。


 私が出た辺りには、灰色の小石がちょこちょことまだらに転がっていた。再び訪れる機会もあるかも知れないので、私は洞窟どうくつ出入り口付近数メートルの小石を払い退けた。


 何となくその幾つかを拾い、空間に仕舞った。肉刀ナイフを使うまでもなく、弓矢を使うには勿体もったいない相手への牽制けんせい用に使えるかも知れないと思い。


《[ "灰色の小石" を13個手に入れた]》






 私は決めていた通り、丘まで一気に駆けていった。洞窟を出る前に再び固定し直した義足代わりの左足のスコップの具合を確かめるためである。


 相変わらず一切の痛みがない。固定も前よりもしっかりとできている。これなら問題無いだろう。


 肉刀ナイフを右手に構え、私は覚悟を決める。


 そして、庭園へ続く通路の入り口である無色透明な膜を潜った。懸念けねん払拭ふっしょくするために。


 通路に入ってすぐに、ぞわり、と寒気が背筋にまとわり付き始めた。


 コト、コト、コト、コト。


 私はぴたりと足を止めた。そして耳をませるまでもなく、


 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、


 私以外の足音が、する……、ということを確認した。


 体が震える。額から汗が、噴き出してくる……。


 気のせいではない。あの人形たちがこの通路の先に確実にうごめいている。だが、進まなくては……。


 私は肉刀ナイフの柄を一層強く握りしめ、再び歩き出した。

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