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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第二節 原始の箱庭 ~痛悔機密~

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原始の箱庭 黒洞窟 小広間 閉じる後悔の生 Ⅰ

「【何か聞きたいことはありますか?】」


 彼女は暗い影を顔に浮かべながら私にそう言った。だが……。こんな重い、救いの無い話がくるとは思っていなかった私は、到底彼女に質問する気になれなかった。


 疑問は幾つもある。だが、それらを尋ねることは彼女の心をえぐることに他ならない。これ以上、()()むち打つことなんてしたくはなかった……。


「【では、その中の一つだけ、私が選んで答えることにしますね。】」


 彼女は作り笑いを浮かべながら、そう言った……。






「【私は、貴方が私の元町人だった者の一人、貴方の言うところの人形が貴方に対して敵対行動を取り始めたことは感知していました。ですから、洞窟どうくつから出て様子を見に行きました。】」


「【そこに、人間である貴方が、この世界にもう存在しないはずの人間がいたということに驚きつつも、私は貴方を助けることなく、距離を取ったまま、様子をうかがっていました。】」


「【貴方の立場が分からなかったからです。私は、彼が生きていて、悪魔の力を使って人間の姿をして私を炙り出そうとしたのではないかと思いました。】」


「【私は、彼の最後の声を聞いて以降、同胞たち、その成りの果てである人形たちを一度たりとも見掛けませんでした。それなりに調査しましたよ。恐らく数十年単位で。だからこそ、突然のその事態に、私は素直に動けなかったのです。】」


「【貴方は、あの状態から人形を打ち倒し、生き延びて見せた。必死の貴方を見て、私はそれが演技ではないと確信しました。となれば、貴方には助ける価値がある。】」


「【そう思い、洞窟へ運びました。貴方が話が通じる人かどうかは分からないため、これは賭けでしかありませんでしたが、閉塞へいそくしきっていた私にとっては、分のある賭けだったのです。】」


「【私があなたを助けたのは、結局のところ、打算です。貴方なら、私の願いを叶えてくれると思ったからです。そして、通路での遣り取りで貴方を試し、話が通じると判断し、交渉のテーブルに乗せた訳です。】」


「【彼は儀式によって、私に力を注いだようです。魔法と呼ばれる力を。私に与えられたのは、約束のじゅん守の力。約束を結んだ相手も、私も、それを破ることは許されない。破れば何らかの呪いが掛かる。その魔法は今でも有効。貴方にも掛かっています。条件は満たしました。私の願いを聞いてください。】」


 どんどん雰囲気は重くなっていく。だから、今ある彼女の話の穴を突くことすら、押し切られてできなくなる。今しか、無い。私は頬に冷たい汗を流しながらも、強く念じる。


『それはおかしいだろう。私が貴方の願いを叶えるか叶えないか。それは自由に決められると言っていたではないか。無駄だ。私はだまされはしない。そもそもどうして、条件を付けて私の答えを縛らなかった?』


 彼女が顔を背けた。答えたくないらしい。私は更に強く出る。


『やろうと思えばできただろう、それくらい。貴方はどこかで思っているのだ。貴方が私にする願い事。それは私にさせるのが後ろめたいことなのだろう?』


 今にも泣き出しそうな顔をしている。だが、退くわけにもいかない。


『貴方の話を聞いていて分かった。貴方は優しい人だ。お人好し。非情になれはしないのだ。とはいえ、願いを言うチャンスくらいはこれまでの礼として与えよう。聞き届けるかどうかは、私が自由に決める。それで構わないな?』


「【分かり……、ました……。】」


 彼女は私が提示した条件を飲み、約束の形は私にとって都合の良い形で確定した。







「【私の最後の願い。どうか、貴方が聞き届けてくれることを祈ります。】」


 彼女の出す雰囲気が一気によどんだ。暗く、重く、そして冷たく。


「【それは、この生を終わらせることです。】」


 冷たく抑揚のない、沈んだ声だった……。彼女はそれを揺るがぬ意思を持って願っているのだと、私は直感させられた。


 雰囲気に呑まれるかのように……。


「【まず、願いを言わせてくれて、ありがとうございます。ですが、返事は少し待ってください。ついでですので、もう少し話をさせてもらってもいいでしょうか?】」


 私はうなづいた。






「【おそらく、私に与えられた罰とは、永久に独りで悔い続けよということでしょう。私のために堕ちたともいえる彼を踏みにじったのですから。悪魔というのは本来、天使と比べて優しく、人の心を解するものですからね。きっと、彼に力を与えた悪魔は、そんな私を許せなかったのでしょう。】」


【唯、私には一つ、心残りといえばいいのか、懸念があります。貴方がこの世界に現れたことで確定したと言っても問題ないでしょう。彼は生きています。悪魔と成り果てて……。】」


「【彼を滅することは貴方の旅の目的の一つとして避けられないものなのでしょう。私はそれを止めてくれというつもりはありません。寧ろ貴方がそうすることが、彼を止めて、終わらせて、解放することになるでしょうから。】」


「【あんなに優しくて、私を思いやってくれた彼が、賢い彼が、堕ちるとは私には未だに信じられないのです。まるで、何者かに誘導されているかのよう……。貴方は私の話を聞いて、その辺りどう判断します?】」


 だいたい言いたいことは分かる。だが、それは……。私の旅の、彼女の転生の前提を疑うことに他ならない。取り敢えず、意見を示さないと彼女に悪い。何も言わないのがこの場において、最も無礼。


『要するに、何か後押しがあったとしか思えない。つまり、黒幕がいる、と。それは、あの神を名乗る者かも知れないし、この世界の悪魔かも知らないし、別の未知の何かかも知れない。しかし、貴方の愛した彼、最も理解していた彼の単独の純然たる意志によるものでは決してない。そうとでも言いたいのか?』


「【まあ、そんな感じです……。貴方が今思い浮かべたように、最も怪しむべきは、神を名乗る者だというのには私も同意します。】」


「【っと。話が逸れましたね。思わず尋ねてしまい、申し訳ありません。無理矢理言わせてしまって……。】」


 彼女はしおらしくそう言った。


『この際だから気になることは全部聞いておくことにしたい。とはいっても二つ程だが。別に構わないだろう。貴方は最初のような遠慮はもうすっかり無くなってしまった。だから私もそうしても構わないだろう? 互いにとってそうした方がいいはずだ』


 私のその提案に彼女はうなづいた。






 まずは一つ目。彼女はどうして、自殺しないのか。


「【自殺しないのではなくて、できないんです。さっき貴方に差し上げた肉刀ナイフ少しお借りできますか?】」


 彼女はそれを手に握りながら語る。


「【私は自殺しようと、件のナイフを自身に向けました。ところが……、結果はこの通りです。】


 彼女は自身の胸元に向かって思いっきり肉刀ナイフを振るおうとしたが、その刀身が彼女に触れることなく、止まる。明らかに止まらない勢いで彼女はそれを彼女自身に振るったにも関わらず。


「【この体には一切の瑕疵かしはありません。傷一つ自身の手で付けることはできないのです……。悔いを自身の手で終わらせることは私には許されないのです。】」


 彼女は肉刀ナイフを机の上に置き、席から立ち上がって、私の左手にすがりついた。


「【ですから、お願いします。どうか、貴方の手で私を終わらせてくれませんか。】」


 上目遣いで、懇願こんがんするように彼女は私に頼み込む。






『君の昔話を聞き終わった地点でそのような願い事がくることも想定の一つとしてあった。その理由は予想外のものだったが。とはいえ、私は君の願いが私の旅を阻害するものでない限り、何であろうとも聞くつもりでいた』


 彼女は希望を見たかのように、涙を流しながら私を見上げている。


「【とはいえ、実際に願いの成就まで持っていけるかどうかはまた別問題。だからこその2つ目の質問だ。】」


 私は彼女にそれを伝えた。


『殺すために必要な条件や物品はあるか。もし今手元にないとすればそれは手に入れることが現実的なものかどうか。』


「【全てそろっています。】」


 彼女は私の手をぎゅっと握る。だが、私の話はこれで終わりではない。


『そして、貴方の言う通りやってみて、私の手で貴方を殺すことが不可能だと私が自身の意志で結論付けるか貴方が無理だと思ったら、その願いを私に叶えてもらうのは諦めてもらう。』


「【それで問題ありません。このような願い、聞き届けてくれて、ありがとう……ございます。本当に……。】」


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"――――」


 彼女は私の手を放し、崩れ落ちて泣き続けた。それはきっと当然のこと。彼女にとって、その願いを叶えてもらえることは、救いの手を差し伸べられることと同じなのだから。





「【私が反射的に防衛したり反撃したりする可能性もあります。ですから、思いっきり、力尽くでお願いします。貴方があの人形を壊したときのように、思いっきりお願いします。その肉刀ナイフであれば確実に私を殺せるはずです。】」


「【ああ、それとですが、私を殺した後、ここは好きにしてもらって構いません。貴方にとって役に立つものも何かしらあるでしょう。】」


 そう言って彼女は目をつぶって、机から離れた地面に正座し、祈るような姿勢を取った。


「【では、お願いします。】」


『ああ。』


 私は彼女に終わりを振りかざした。

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