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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第二節 原始の箱庭 ~痛悔機密~

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原始の箱庭 黒洞窟 小広間 今に至る後悔の過去 Ⅳ

【私は長、彼はその補佐として、引き続き改革を続けました。彼による職人といえる人々への技術指導が活発になっていくにつれ、私は、彼の持つ、これまで気づかなかった資質に気づきます。】


【具体的に彼の言葉を今ここで再現したとしても、その魅力みりょくは表現しきれません。それは唯の話術ではありませんでした。的確に、要求以上に相手の要望に応える話術に裏打ちされた、人をき付ける資質なのですから。】






【それから長い時が経ちました。私と彼は当然のように夫婦となり、長い年月が経っていました。彼には白髪がぽつぽつ現れるようになっていたことから、中年といえる段階に差し掛かていたのでしょう。】


「【私たちには子供はいませんでした。ですから必然的に、私たちの知識や技術は集団内の子供たちに積極的に引き継がせていくことになります。いくら私たちが改革したからといえ、私たちが死んで以前の水準まで戻ってしまっては意味がありませんから、子供たちに積極的にてこ入れしていったのです。】


【この頃には、彼は私よりも理性的、物知り、頭の回転が速い。そういう状態でした。私はすっかり、長としては飾りとなっていましたし。彼がほぼ全て私の仕事を代行していました。そちらの方がスムーズでしたしね。】


【私たちはかつて住んでいたぼん地から出て、新たな生活の場を創り出していました。この世界の中で最も大きな湖のあるオアシスを占拠したのです。その場所は町といってもいいほどに発展しました。】」


【それと並行して取り組んでいたのが、この世界特有の文化の創造です。様々な同じ意味の言い回し、立場による使い分け、そこから生まれた様々な考え方を人々に教え込み、それに派生して文化が生まれる土台を作っていました。】


【ですが、結局、この世界特有の文化が芽吹くのを見ることは叶いませんでした。悪魔から力を奪い、新たに悪魔となった者によって人は滅ぶことになるのですから……。】」







【はい……、その新しい悪魔というのは彼です……。】


「【致命的だったものは、神、天使、悪魔、正義、悪。宗教です。私と貴方のかつていた世界であらゆる争いの原因となった概念たちです。文明を発展させ、文化を作るためには不可欠ではありますけど、重篤じゅうとくな副作用を持つ、劇薬の類です。】」


【人々に教える概念を選択するために、彼に宗教についての知識を能力で与えてしまったのです。そして、そのときに彼の中に芽生えたある欲について、私は気づけなかったことから、彼が悪魔となることを決定づけたのでしょう……。】






「【ある日、彼は私にこう言いました。『君についてきて欲しい場所がある』と。】」


「【すっかり悪魔の姿になっていた彼でしたが、私はそれが彼だと認識できてしまっていました。疑いようもなく。彼の仕掛けたドッキリだろうと楽観していたのです……。彼はたまに私に大掛かりなサプライズを仕掛けることがありましたので。】」


【彼に連れていかれた場所は不気味な祭壇さいだんでした。こんな怪しげな彼に躊躇ちゅうちょせず付いていきました。どう考えても可笑しいですよね、本当に……。】


「【私たちが初めて出会った洞窟どうくつ。その奥に、私が知らないうちにそれは造られていたのです。不自然に拡張されたその洞窟どうくつの最深部。そこは、体育館程度の広さの四角い空間でした。中央にはピラミッド状の祭壇さいだん。その頂上には、6つの(かがり)火で囲われた台がありました。】


【彼は私を抱え上げ、祭壇さいだんへと登り、台の上に私を置きます。台の下がそのとき見えたのですが、そこに刻まれていたのは、 六芒星ヘキサグラムでもなく、逆五芒星(ペンタクル)でもありませんでした。】


【刻まれていたのは、まだ少女だった頃の私と、彼と初めて会った頃の彼に漆黒の羽を生やした姿。】


「【私はそれを見てぞっとしました。ここに来て、思い出すこととなったのです……。私の使命を。彼が、神を名乗る者が言うところの新しい悪魔……。そう確信してしまいました……。】」






【『君はここから動けない。儀式が終わるまで』と、彼は私に向かってそううれしそうに言うのです……。私は彼に向かって手を伸ばそうとしましたが、指先一つ動かせません……。】」


「【『不老不死をもたらすのさ。そのために、この身に悪魔の姿と力を降ろした。考えてもみてくれ。私たちには子供は居ない。つまり、私たちが生きた証拠は、残らない。』それなら、永遠に生き続けるしかないだろう?』】」


「【『君の足元にあるレリーフ。それこそが答えだ。君は、変わってしまった。あのときのようなきらめきを持たなくなった。私はまた、退屈を感じ始めていた。だが、ただ、無為には消えたくもなかった。そういうこと。私は自身の名を残し続けたいし、そのとき君も共にいないと、嫌なのさ。』】」


「【彼にとって、私は光()()()のでしょう。だからこその、彼は禁忌に手を染めた。このレリーフはそういう意味なのでしょうね……。】」






【そして、彼は儀式を始めました。目をつぶり耳をふさぎたかったのですが、それはできません。動かない、んですよ……。体が一切。声一つ出せません……。私の気づかないうちに、台座の周りに人々が集まってきていました。私と彼の育て上げた民が……。彼によって狂信に染められた民たちが……。】


【台座の周りを囲んでいた人々は、頭をこちら側へ向けて全員俯うつむけになっていました。人々の上に、その体と全く同じ大きさの人形がふっと現れて置かれていき、彼がその上から何やらの文様が刻まれた肉刀ナイフを振るっていきます……。】


「【その肉刀ナイフが原因で放たれる音だけが周囲に響き渡ります……。目を背けることも、耳をふさぐことも、意識を投げ出すこともできない私は、その光景を延々と見させされ、聞かせられ続けました。】」


「【気が遠くなりそうでしたが、やがてそれは終わります。彼が台座へ再び登ってきます。彼が手に持っていた肉刀ナイフの色は、血の色をしていません。彼の体の黒い翼のように、真っ黒でした……。】


「【『私が悪魔の概念を広めたのは、君ならもうこれ以上言わなくても分かってくれるだろう。謝罪はしておこう。君に無断で悪魔についての知識・見解を広めてしまったことを。人々がそれに染まってしまったことを。だが、こうしなければならなかった。私の望みを叶えるために。』】」


【あらゆる光を吸い込んで消してしまいそうな黒色の肉刀ナイフ。それが私へと振り下ろされます。】


【痛みはありません。それがかえって不気味でした。運悪く傷口は私の視界に入る角度で、えぐられる自身の肉体を私は見させられることになります……。】


【彼が肉刀ナイフで抉り出したのは、私の肋骨の一本。彼はその断面に肉刀ナイフの刀身を擦り付けた後、それを元の場所にじ込むように突っ込んだのです……。骨はくっつき、傷口は急速に閉じていきました……。】


【そして、金縛りは解けました。まるで何事もなかったかのように……。悪い夢でも見ているかのようでした……。しかし、それは紛れも無い現実で……。】


「【『今の処置で、君は不老不死となった。にえとなった彼らもよみがる。私と君の従属者として。』】」


「【すると彼の言った通り、倒れていた周囲の人々がどんどん立ち上がり始めました。彼が肉刀で彼らごと突き刺した人形がちりになるとともに。ですが、人々の顔に生気はありません。しかも、目は白目をいていました。】」


「【ふふ……。彼らこそ、貴方を襲った肉人形の正体です……。】」






「【彼は呆然ぼうぜんとする私の前にひざまずいてこう言いました。『今分かったんだ。私は永遠に君の為の僕であり続けたい。君の為の僕でありたい。私を捨てて。これは、僕が君と会ってからずっと抱き続けてきたんだ。それこそが真に僕が君に捧げる願いだ。叶えてくれるかい?】」


「【『ずっと抱き続けてきた』という彼の一言は、この場で見せられた凄惨せいさんな光景よりもずっと、私の心に刺さりました。】」


「【長く共に、一番近くにいたのに、私は彼が望んでいることが分かっていなかった。自分の望みばっかり押し付けてきた。対等な立場から私を助けてくれる、彼。それを強制してしまっていたことに気づいてしまいましたから……。】」


「【私は彼の知性を頼りにした。それをずっと止めなかった。何で大切な人のそんなことにすら気づけなかったのでしょうか……。】」


「【彼は狂ってしまったのです。私のせいで……。】」

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