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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第一章第二節 神秘庭園
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神秘庭園 中央広場 Ⅰ

 ドゥォォンンン!


 体中に衝撃が響き渡る。だが、体の損傷は感じられない。それどころか、痛みすら無い。どうやら上手くいったようだ。


 着地音と共に巻き上がったのは土煙の類だろうか? 依然として無音の暗闇の中ではあるが、気力は取り戻した。まずは先ほど落した靴を何とかして探さなくては。


 そう思い、私は直ぐに立ち上がろうとしたのだが、突然感じた眩しさに思わず目をつぶり、その上から手で目を抑える。


 目を瞑る直前に見たのは、視界を占めていた暗闇が、黒い暗幕が上がるように下から上へとすっと消えていき、差し込んでくる――――私が待ちに待った、光。


 目の痛みが退いたところで、私は目を抑えていた手を退けた。前を向くように背筋を伸ばしながら、一度閉じてしまった目をゆっくりと開いていく。


 差し込んでくるのは柔らかな光。暖かさは感じないが、心が安らぐ。先ほどまで感じていた、延々と沸き起こる不安は曇りなく晴れてゆく。明るさに慣れ、周囲に広がり始めた神秘的な光景に私は感動せずにはいられなかった。


 夜空のような背景の中、優しく包み込むように白い光を放つ石造りの庭園が、眼前に広がっていたのだから。






 その光景に惹かれるように手を伸ばし、一歩を踏み出した私は体勢を崩し、転ぶ。つまづきの原因が、私の落下の衝撃によって形成されたらしいその穴によるものであることは、足元へと視線を向けることで考えるまでもなく分かった……。


 一旦そこから抜け出て立ち上がり、見下ろすように私はそれを確認する。


 私の着地地点であるそこから半径3メートルくらいの地面の、白を基調とした石材が砕け散って周囲に飛散している。その下の地面1メートル50センチ程度がクレーター状に抉れていた。


 土質は非常に硬くふちひび割れを刻んでおり、明度の高い黄土色の地面を露出していた。


 ついでに、自身の服装が、上下黒のスーツ一式であることが目に入ったが、そんなことよりも、この周囲の状況に私は興味()かれていた。


 石材の断片が光を放っていたことから、石材自体がこの柔らかな白光を生み出していることに私は気付いた。形を残しているクレーター周囲の無事な石材一つ一つは、庭園の各部位によって大小様々な煉瓦れんが状であり、敷き詰められて石畳を形成している。


 クレーター外部の床を形成する石材に触れてみる。白を基調とし、灰色の石目を縦横無尽にその中に走らせ、柔らかな白い光を発するそれは、あまり光沢がない。滑らかな手触りをしていた。とはいえ、つるつるという程でもない。光を反射するほど磨き上げられている訳でもないが、表面は凸凹ではない。ちりほこりの類が一切付着していないことが、その神秘さを高めている。


 つや消しした白大理石のようだった。自ら光を発しさえしなければ、だが。


 頭上と足元をしきりに何度も見返す。頭上に広がる美しい星空を無視できてしまうほど、私は酷く動揺していたらしい。どう見ても、数百メートルは上……。建物一層分の高さを優に超えている……。


 どうして、私は無事でいる?


 ……。






 星空と、空にある穴。


 今更ながらに、その矛盾に気付いた私は立ち上がり、どうやら並外れた視力を持っているらしいその目で、星空をひたすら見上げていた。


 一面の星空が広がっているように見える。だが、その星の配置は、私の記憶の中のどれとも共通点が見い出せない。


 推定位置である真上辺りを凝視していると、星の光り方がおかしいことに気付いた。極稀にだが、その星たちは僅かに点滅するのだ。


 ――――造り物、か。まるで星のような仄かな光を放つ点が、その壁面に内臓されているらしい。空を模した人工の天球が、この空間の壁面として存在しているのだ。


 つまり、ここも、先ほどまでいたコの字の通路も、どこかの地下なのだろう。だからこその、暗闇と無音。


 一つ謎が解けて、私はようやく少し、肩の力を抜くことができたような気がする。


 そして、私は周囲の探索を始めた。






 一通り見て回った結果、私はこの庭園の構造を大まかに把握した。


 ここはどうやら、それなりに広い場所であるらしい。


 この庭園の形状は、基本的には一辺500メートル程度の正方形。下り階段の類は存在しないようだ。


 中央部には、半径10メートルほどの巨大な噴水ふんすいがある。但し、水は枯れていおり、先ほどのえぐれた地面と同様の色の土に埋もれている。


 その周辺から放射状に、枯れた草木がまばらに残るせた土色のひび割れた花壇が広がっている。


 庭園の外縁部から下を覗き込んでみたが、底の見えない暗闇が広がるばかりであった。外縁部の四辺の向こう側には何かあるように見えた。だが、それらがある辺りは暗くてただ、何かあるということしか分からない。


 だから、周囲の詳しい探索は、専らこの庭園中心部にかたよることになる。噴水を含めた中心の円状の広場から、幅3メートル程度の道が12方向へ放射状に走っている。道と道の間は以前は花壇になっていたようだった。


 つまり、この庭園中央部の構造は大きく三つに分かれている。一つ目は、この庭園の中心から半径10m圏内を占める噴水。二つ目は、その外側から半径200メートル圏内を占める花壇。三つめは、花壇の外側の、石材を年輪状に端までぎっしり敷き詰められた石畳。


 花壇の外側にある石畳の一か所に、私が落下して作ったクレーターが存在する。そこは、庭園の一角と中央を結んだ線上に位置していた。


 方角が分かるようなものは存在しなかったため、私は、その自身の落下点を北として考えることにした。


 探索の途中で拾ったものは二つ。


 一つは、靴。探索開始直後に発見した。クレーターのすぐ近くに、先ほど私が穴から落とした右足の靴が転がっており、破損は見られなかったので、拾って履いた。


 もう一つは、金属製らしいびたスコップ。柄の長さが1メートル程度の、両手で振るうタイプのもの。それが北の角に、今にも落ちそうな角度で転がっていたため、拾っておいた。少々錆付いているが使えないほど痛んでいるようではなさそうだったから。


《[ "錆びた金属製のスコップ" を手に入れた ]》






 そして、一通りの探索を終えた今、土で埋もれて枯れた中央部の噴水の前に立ち、目前に広がる花壇を見渡していた。手にしていた錆びたスコップを噴水の淵に立て掛けて。


 私の前に今見えるのは、中央部の土よりもさらに明るい色の土を持つ花壇と、そこに形を残していた枯れた草木。


 その褐色の残骸ざんがいのおかげで辛うじて、このひび割れた土の地面が花壇だったと判定できた。


 ただ、この場所からだとよく見えない。植物の種類が分かれば、ここがどこであるか予想することができるかも知れない。


 そう思った私は花壇へと足を踏み入れる。だが、その足は花壇の土に支えられることはなく、


 ズボリッ……。


 埋まる。


 私は慌ててその足を引き抜いた。硬かったのは表面の数センチだけ。どうやらこれらの花壇の土は砂漠の砂のようにさらさらになっており、花を育てる力を失っているようだ。


 綺麗きれいだがどこか殺風景。そんな場所。もしも花が咲いていたらと、思いをせる。


 噴水から清涼な水が勢いよく流れ出し、水と養分で花壇の土が濃茶色に色付く。その上に青々とした草木、時折花々が咲き乱れ、柔らかな白い光が花壇側面の道から浮かんでくる、かつてあったかも知れない風景に。


 花壇の淵でしゃがみ込んだ私は手を伸ばして枯れた草木のうちの一つをつまもうとすると、それは灰のように崩れ去った。


 それを見てどっと疲れを感じた私は、噴水の淵にもたれ掛かって一度休もうと思ったところで、先ほど立て掛けたスコップが目に入った。


 これで、噴水の砂を除去したら、また水は出始めるだろうか?


 湧き上がる噴水と、その清涼な水をすくい上げて、口に近づける自身の姿が頭に浮かんだ。






 試しに掘ってみるくらいしてみてもいいかも知れない。だが、これを全部掘り出すのは少々骨だ。どれくらい時間が掛かるか……。


 噴水の深さが分からないため、実際のところどれだけ時間が掛かるかの見積もりを立てられないことに気付く。


 だから、まずは一か所、深く掘ってみることにした。軽い気持ちで。


 取り敢えずスコップを、噴水を埋める土へ突き立―――――スコップは勢いよく柄の半分程度まで土の中へ一気に埋まった。


 ぞっとする。


 もし力一杯体重を掛けてスコップを振るっていれば、砂に全身埋まって、崩れて、生き埋め……。


 とはいえ、気をつけていればそういうことにもならないだろう。


 そう思った私は引き続き、そのさらさらした砂を噴水から周囲の花壇に向かってどんどん堀り退け続けていた。


 掘っても掘っても、その周囲が崩れてくるため、一か所だけ集中的に深く掘るということは結局できなかった。むきになって手をどんどん早めるが、どういう訳か余り疲れを感じない。それに、先ほどまで感じていた気怠さは知らないうちに収まっていた。






 砂が重くなってきている?


 それは気のせいではなかった。土の色は掘り進めていくごとに白っぽい黄土色から薄い茶色へと変わっていく。


 一旦スコップを置いて、その土に触れてみた。そこから感じたのは、紛れも無い、湿気。つまり、この下には水がある。量は分からないが、必ず存在している。


 水。


 先ほどの想像が、現実に?


 堀り進め、突如湧き出たそれを口にたっぷり含み、その冷たさと潤いが口内を、のどを、胃を、腸を満たして――――それはさぞ、心地良いに違いない!


 私は噴水ふんすい全体を掘り起こすことを決意し、一心不乱にスコップを振るい始めた。

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