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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第一節 原始の箱庭 ~人形遭遇~
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原始の箱庭 黒洞窟 通路 Ⅱ

「【と、そういうことです。練習すれば、そのうち貴方も私がしているように言葉を発することができるようになるでしょう。この字幕は別として。】」


 彼女に励まされて立ち直った私は、彼女から私が言葉を話せなかったからくりを聞き終わったところである。


 言葉を発するという、通常、ほぼ無意識に行う行為。しかしそれは、本能的なものでは無い。技能なのだ。


 だからこそ、環境条件が異なる異世界では、言葉というのは、自身が以前の世界で習得していたものであろうとも、全く同じように発音するのはいきなりは無理。向こうで体が覚えていたように発音しても、それは言葉にならない。


 脳に異常でも無い限りは、練習すれば何とかなるそうだ。彼女もそうだったらしい。というのも、


「【転移で来たのでしたら、練習の猶予ゆうよなんて無いですよね……。転生者である私は幸い、練習する時間はそれなりにありましたからね。幼児の状態だと、色んなことのコツって物(すご)く簡単に物にできるんですよ。】」


 彼女は転生者らしい。あの神を名乗る者は、人間は絶滅したと言っていたが、それに矛盾する。彼女が転生者であることは間違いない。人間の精神で、人間でないが、人間に極めて近い体に入っての転生であれば可能ということだろうか?






「【どうやらお互い少しは警戒けいかい心が解けたみたいですね。いつまでも立ち話は何ですし、ついて来てください。】」


 彼女は私を手招きする。


 二股の分岐に3つ遭遇した。それを、右、右、右の順に選択して彼女は進んでいく。それに私は数歩空けてついて行く。


 すると、少し開けた場所へ着いた。通路部分よりも天井が少し高く、一つの部屋のような小広間といえばいいのだろうか。広さは8畳程度の、ほぼ正方形の広間。


「【お座りください。】」


 彼女は部屋の中央を手で示した。


 部屋の中央には、4本の小さめの深緑色の石柱と、深緑色の巨大な平たく丸い台がある。机と椅子いすのようだ。彼女の手はそれらを指している。


 私は椅子を引こうと中腰になり、それを抱えるように力をめる。見るからに重いそれは見掛け通りずっしり重いが、何とか引きる程度はできる。


 ゴォォ、ゴォォ――――。


 椅子を動かしながら私は顔を上げて、今度は部屋の構造を確認した。


 私がこの広間へ入った入り口を下とすると、部屋は正方形の下側の一辺の中央に繋がっている。中央には机と椅子。左側と右側は壁。上側の辺の中央にもう一本道が。


「【奥にあるのは私の部屋だけですよ。行き止まりです。】」


 どうやらそんなに強く念じなくても、私が思い浮かべることは彼女に通じているらしい。果たして、それが私の顔に強く出ていただけか、彼女の能力による読み取りなのか。


 このような場所まで私を招き入れてくれ、未だ保っている私自身の警戒の視線にも悪い顔一つせず、疑問にすら答えてくれている。


 まだそれでも警戒を解く訳にはいかないが、これ以上疑っていたいとはどうも思えない。


 私は彼女を信頼したいのだろう。


 私が席に着いたのを確認し、彼女は私の対面へ座った。そして、


「【私は()()()()()()違いますよ。】」


 思った途端、これ、か……。






 私は椅子からすっと立ち上がり、彼女から距離を取る。机をはさんでいるとはいえ。


 ここまで案内してくれたということは、本当に彼女は私をある程度信用したということだろう。彼女と同型のような人形を壊した私を。本当に……、ありがたかった。


 だが、それと同時に。彼女がどうして、あの人形のことを知っている……? 復讐ふくしゅうか? 援軍が来るまで私をここに縛りつけておく時間稼かせぎか? 狙いは、何だ……?


 悪い疑念の方が、ずっとずっと強かった……。ここは、油断が死を招く危険な世界なのだから。


 私は以前の私にある意味願いをたくされたともいえる。だからこそ、もうこれ以上無残な失敗は積みたくないのだ……。失敗するにしても、唯の油断ではなく、力及ばずの終わり。どうしようもない終わり。そうでなければ、納得できない。報いれない。自分を許せない。


 強く念じる。


『答えて欲しい。貴方は、見ていたのか? あの光景を』


 念じる際に、強くあのときの光景を思い浮かべる。そして、彼女を強く強く見つめる。


「【……。全て、説明致します。ですので、どうか、どうか、私の話を聞いて下さい。私を人と看做みなして、人として扱ってくれ、人として対話してくれる。そんな貴方のような人と出会えたのはもう遥か昔であって、もうずっと前に諦めたことだったんです……。】」


 彼女は涙を流していた。声も震えていて……。それが嘘とは思えなかった。嘘と思いたくもなかった。だが、それでもまだ、一歩、足りない……。



 私は彼女をにらみ付けたまま、位置取りを変える。拳を構え、威嚇いかくする。


「【……。では、これを。気に入らない、やはり信じられない、そう思ったときは、これをお使い下さい。】」


 コトン。


 ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ。


 彼女が机の上にそれを置いて離れたところで、私は机の上に置かれたそれを手にした。


《[" 砕黒紋さいこくもん肉刀(ナイフ)" を手に入れた]》


 それは、刃渡り30センチ程度の大きめの包丁。柄から刃まで継ぎ目は無く、純白の堅い一枚の石を研いで造られたよう。刀身には、1センチ程度の丸と三角と四角をモザイク状に重ねた黒い紋様が深く刻まれていた。


「【傷つけたものをちりにする力が込められています。この世界がらち外の法則が跋扈ばっこする世界であるという証拠の一つです。貴方の答えがどうであろうとも、それは差し上げます。】」


 刀身の文様を見つめる私に、


「【試して……みます……か……?】」


 彼女が問い掛ける。悲しそうな顔で、声で。こちらに歩いてきて、


「【危ないので……、しっかり、握っておいて、下さい、ね。】」


 彼女は私の左手首を掴んで、肉刀ナイフの切っ先を彼女自身の服の胸元直前に持ってくる。寂しそうに微笑を浮かべながら。



 それが本気であることは間違い無さそうで……。


「【席について、頂けますか……?】」


 彼女の手を振り払うこともせず、その手を更に前に付き出すことも、引くこともしない私に、彼女はそう、懇願こんがんする。


 私はこくんとうなづき、それを空間に仕舞った上で再び席についた。


「【ありがとう、ございます……。】」


 彼女の涙は取り留めも無く流れ続けて……、彼女の服の胸元を濡らすのだった。


 一旦信じる。私はそうすることに決めた。 を仕舞ったのはそのため。手に握っておくのが一番確実だろうが、それなら彼女が示した誠意に、身をていした賭けともいえるその行為に泥をることになる。


 彼女はあの人形とは違う。見掛けはこれでも、中身はまぎれもない、人なのだ。


 トスッ。


 彼女は自身の席に戻って座り、机越しに私を見つめる。私が座るのを待っているのだろう。


 私は心の中で強く念じる。不愉快ふゆかいな疑いを掛け、申し訳ありませんでした。


 ゴンッ!


 机に強く頭をぶつけるように、私は彼女に頭を下げた。


 ああ、冷たい、冷たい……。これは……、涙、か。


 自身の目元が罪悪感で湿っていることに気付いた私は、すぐに頭を上げることなく、そのまま頭を下げ続ける。意図してそうしたのではない。頭を上げられなかったのだ。謝罪として、頭を下げるその意味を私は経験として、知ることとなった。


「【伝わったの、です、ね……。うぅ、ありがとう、ござい……まし、た……。頭を上げ、て……くだ……さい。】」


 泣き声混じりのその悲しみを含んだ言葉を聞いて、


「うあ"あ"あ"あ"あ"あ"―――――」


 私は自身の頭を上げることなく、両手を添えて、机に頭を抑え込み、罪悪感に耐えきれなくなって、そのまま狼狽ろうばいするように泣き続けた。






「【落ち着き……ましたか?】」


 念じる。


『もう問題は無い』


 もうすっかり、頭は冷えていた。心身共に落ち着いていた。


「【良かった。話が通じる相手と出会うことが再びあるとは思っていませんでしたので、に角、に角、色々話したいのです。いいでしょうか?】」


 彼女の目にも、胸元にも、涙のあとはもう残っていない。彼女はとてもうれしそうに見えた。


 身を乗り出して、そう言ってくるほどに、彼女はうずうずしていた。


『では、頼めるかな?』


 願ったりかなったりである。私から話すべきことは、この世界に来てからの疑問しか無い。話し始めに話す世間話など、自分を失った今の私には無いのだから。きっと、剥き出しの言葉は彼女を傷つける。そうなると、今までの遣り取りで確信している。


 だから素直に、私はそう心の中でつぶやいたのだ。






「【あっ、そういえば! 少し待っていてください。】」


 彼女は口を開いていよいよ話し始めようというところで、突然何か思い立ったようで、私を置いて奥へと消えていった。


 そして、数分後。奥から彼女が戻ってきた。左手に何か携えて。


《[ "緑の代用紙片" を手に入れた]》

《[ "黒枝樹液筆" を手に入れた]》

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