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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第二章第一節 原始の箱庭 ~人形遭遇~
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原始の箱庭 原初大自然 Ⅱ

 さっき丘の上から見て分かったことだが、周囲にはその丘以外に周囲より際立って高い場所は無い。つまり、遮蔽しゃへい物が無い。


 そのため、かなり離れてもあの丘を見失うことは無いだろう。見えなくなる距離まで移動さえしなければ。一面の荒野の中の緑色の丘。それは非常によく目立つのだから。


 私は歩を進める。向かう先は、丘から最も近い水(たま)り。おそらく、接近してみればそれは池もしくは湖であろうが。周囲を哨戒しょうかいしながら歩を進める。


 空気がんでいるためか、非常に遠くまで視程が伸びている。数キロ先まで容易に見渡せるのだ。私の警戒けいかいは自然と強まる。視界に何か動くものが入ればすぐに対応しなければならないのだから。


 私の走る速度よりも動物が走る速度は大概速いはずだ。草食動物なら特に問題はないが、肉食動物ならば命の危機である。武器となるのはせいぜいスコップ程度なのだから。私の中の映像で見たものたちより動きが早いということも十分想定しておかなくてはならない。






 私は警戒けいかいしながら、一度も走り出すこと無く、無事に水溜たまりから約300メートル地点へ到着した。念のためもう一度後ろを振り返るとあの丘はちゃんと見えている。問題はない。


 水溜たまりは、湖というほどの大きさではなかった。せいぜい、大きめの池。それでも、25メートルプール4つ分程度の大きさは優にあるように見えた。


 そこには肉食の動物は居ないようである。どの動物ものんびりと水を飲んだり、草をかじったり、木の葉をしゃぶっているからだ。それらは見る限りでは私のかつていた世界の象とキリンのようだった。2倍程度の大きさをしているということ以外は。


 100頭は優に超えている。キリンの頭数を1とすると、象の頭数は2はいるだろう。いくつかの群れが争うことなくその場所を利用しているようである。その中にはまだ幼い固体もいるようだ。


 その動きは非常にのんびりしたもので、一切の緊迫きんぱく感は感じられなかった。水浴びをしたり、のそのそと草を食べたり。寝転んだり。微塵みじんの警戒心すら感じられない。彼らの外敵はこの近くには存在しないのかもしれない。そうだとしたら、私も安心できる。胸をで下ろした。一気に気持ちが軽くなる。


 私の世界の草食哺乳(ほにゅう)類よりもここの草食哺乳類は体が大きいようである。だが、今のところ違いは大きさくらいで、私のいた世界とこの世界の生物は非常に似ているようだ。姿形がそっくりならば、行動の型も似ている可能性が高い。


 もっと接近してもいいかもしれないと思うくらいには安全であると判断を下したものの、念のため、私はそこから動かず、動物たちの様子をじっくりと観察することにした。もちろん、周囲の警戒をおこたらずに。






 しばらく動物たちを眺めていると、私の視界の左側、水溜りの向こう側からのそのそゆっくりと水溜りの縁の緑へと接近してくる一頭の動物が。


 私は息をんだ。


 あれは虫類だろうか? だが……。


 それは、他と比べて異質だった。特に、大きさ。キリンたちの数十倍の巨体を誇っていた。


 大きな鱗を張り合わせたように見える、ごわついて湿気のなさそうな肌。かろうじて虫類に分類できたとはいえ、私の知識の中には存在しない生き物であることは間違いなかった。


 それは、巨大な蜥蜴とかげのよう。色鮮やかな青から緑へのグラデーションが体表で切り替わり、目が4つあり、足が8本あること以外は。蜥蜴成分6、カメレオン成分2、その他2といったところだろうか。


 もっともっと、接近してみたいという欲を何とかこらえ、それに私は注目していた。


 もっと早く気付いてもおかしくなかっただろうが、私がその接近にしばらく気づけなかったのは、三つの理由があった。


 一つ目は、その巨体にも関わらず、一切の砂煙を立てず、物音すら出していないこと

二つ目は、そのトカゲの背が低く、移動速度がゆっくりだったこと。三つ目は、体表が周囲の色に溶け込んで変化すること。


 私が蜥蜴とかげということにしたそれは、荒野と水溜り周辺の緑の間をのそのそと歩いているのだった。おとなしい性格のようで、巨体ではあるが他の動物におそい掛かりそうな気配は一切ない。


他の動物も逃げる気配を一切見せないので、きっと草食性の虫類なのだろう。目が4つあることは十分驚きに値するが、別世界の生物なのだから、驚くべきことではない。許容できる程度の特徴、誤差でしかないのだ。


 今はともかく、観察を続けなくてはならない。恐竜がいるとなると、無闇に飛び出すのは自殺行為でしかない。その巨体故に、食われはしなくても、地面を歩く蟻のように踏み潰される可能性が大いにあるのだから。






 異形の蜥蜴とかげは、声は一切出している様子はなかった。口を開いているのは水を飲むときだけだったのだから。横に細長い巨大な口が縦に大きく開いて縦と横の比率が1対2程度の長方形になっていたので私にもそれはよく見た。


 スケッチ、スケッチがしたい……。写真に、映像に、残したい……。どれができれば、どんなにいいか……。


 私は悔しさをこらえ、それの一挙手一投足を見逃さないように凝視し続ける。その光景を記憶にくまなく刻むために。


 舌はカメレオンのように長くはないようであった。水場へ比較的真っ直ぐ向かってきていたことから、何だかの形で水の位置を特定しているのではないかと思う。目が4つあることから視覚ではないかと私は判断する。


 さらに掘り下げていく。


 光の感情性は? 色は見えているのか? せいぜい温度の違い程度しか分からないのか? それらを検証するにはこれだけではとても分からない。何か水以外の食物を摂取してくれれば予想がつくかも知れないが。


 よくよく考えてみると、この蜥蜴とかげが雑食であるという可能性はまだ捨て切れない。今はただ、腹を空かせていないだけかも知れない。水を飲んでいるキリンや象が存在する地点で、ここの動物たちは、少なくとも何か食する必要がある存在だということなのだから。






 異形の蜥蜴とかげがその巨大な水(たま)りから去って、荒野へと消えていく。結局草は全く食べず、水(たま)りの水を飲み、水浴びをしただけであった。


 ……。もしかして、あれは爬虫類では無く、恐竜の類に分類できるのではないのか? ふと思った、その素晴らしい疑問は、私を昂ぶらせる。


 恐怖など一切沸くこと無く、只々《ただただ》歓喜に酔う。私のいた世界において一切の人が焦がれつつも、それを見ることは叶わなかった光景。想像でしか無かった未知がそこには広がっているのだから。


 命を捨ててでもそれを見ることを望む者がいるであろう存在を私は拝む機会を私は今、得ているのだ。






 それなり、恐らく数時間単位で時間は経過したとは思うが、辺りの明るさの変動を一切感じない。ここがずっと昼で固定されていることは間違いない。もしかしたらこの場所は巨大な閉じた空間、非常に巨大なドームのような屋内なのかもしれない。


 というのは、私の中の常識では今頭上に存在していなければならないものが存在していないからだ。


 太陽、もしくはそれに順ずるものがないのだ。だが、まるで、私の世界の初夏の真昼の快晴の空と同じように、明るいのだ。明るさのムラなく一様にどこも明るい。雲一つないのも影響しているかもしれない。


 そして、影がない。私の足元にも。動物たちにも。もちろん、地形にも。


 人は自身が認識していない異常には気づけない。異常とは、認識して初めて異常といえるのだから。


 私はそのことを痛感した。


 あれだけ、ここでは私の世界の法則が通じないと心に刻み込んだにも関わらず、これだけ大きな異常に今まで気づくことができなかったのだから。


 影がない。太陽がない。つまり、自身の感覚や拍動以外に、時間の経過を測る術はない。時間感覚は既に大きく狂っている可能性が大いにある。


 相変わらず疲れを一切感じないのは非常に都合がいいが。これだけ集中して長時間、ずっと同じ姿勢で観察を続けていたにも関わらず、体の凝り一つすら無い。


 庭園でのことと統合して、どうやら、精神的に飽きや単調さといった物足りなさを感じない限り、疲れはおそってこないということだろう。たとえおそってきても、何か刺激的なことを見つければすぐさま疲れは気のせいだったかのように消え去る。


 つまり、この世界にいて、私の体はそういう仕組みなのだ。






 っ!


 ぞくりと、背筋に寒気が走る。鳥肌が一気に立つ。


 背後に何者かの息遣いが……。


 それは妙に生暖かくて、ねっとりと、こびり付くかのよう。だが、それには臭いが無かった。無臭の気流。だが、その効果範囲はせまいため、自然現象ではなく、何者かの息遣いであると判断したのだ。


 後ろに、何か、居る……。


 警戒けいかいが緩んでしまっており、正体不明の何かが自身の背後に居ることに気づけなかった、のだ……。


 だが、今更、後悔してももう遅い。


 覚悟を決め、スコップをひっそりと手に出して握り、頭を急回転させるように背後を振り向きながら、構えた。


 すると、そこには私の失態のつけ、()()()()()()()()()()が立っていた。

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