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てさぐりあるき  作者: 鯣 肴
第一章第一節 暗黒
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??? 暗黒通路 Ⅰ

 ()。ここ……、は?


 気付けばは、光無き一面の闇の中に座り込んでいた。


 私の鼓動以外、音は存在しない。熱さも寒さも感じず、空気の流れも無い。空気が乾いているか湿っているかすら分からない。


 体に異常は感じられない。直前には、何かあったような……。思い出せない。そもそも――――私は誰だ? どうしてこんな何処かすら分からない闇の中にいる……?






 記憶喪失きおくそうしつ


 自身がそのような状況に陥っていることに気付いた私は、体の震えが止まらなくなった。得体の知れない不安が心の底からじわじわと現出して大きくなってきていることに気付いたのだから。まるで、心身共に、深い闇の中に囚われているかのよう……。


 一刻も早く、この無機質な暗黒無音の中から脱出したい……。これ以上ここでじっとしていたら、私の精神は不安に押し潰される、そう遠くないうちに。それに、目がこの闇に慣れることはないだろうというのも私を後押しした。


 追い立てられるかのように、私はこの場からの脱出のために探索を始めた。






 見えないまま動くのは怖い。まずは、手。手を伸ばす。ゆっくりと手を上下左右に、伸ばして動かす。触れる壁は固くて滑らかで、その上を掌を滑らせても摩擦は一切感じない。正体が判らず、非常に気持ち悪く感じた。


 続いて、足。左足の爪先をゆっくりと前に出して扇状に地面の上を滑らせて、自身の足元の様子を探る。


 っ!


 突如、踏ん張るための軸足である右足を滑らせ、体勢を崩しそうになる。壁についた両手をつっかえさせ、ぎこちなくも転倒を防いだ。


 ほっと胸をで下ろす。


 そうして探索を続け、初期位置付近の地形が掴めた。後ろは壁。右も壁。左も壁。しっかりと立って手を伸ばせば届く程度の高さの天井。そして、前は開けている。


 狭い通路のような場所に私は今、いるのだろう。






 爪先と両手を使っての探索に慣れてきたことと、恐怖に背中を押されることから、私は探索速度を上げていた。着ている衣服にやたらと重さと汗臭さを感じることから、私は今、全身汗だくに違いなさそうだった。


 コト、コト。


 だからこそ鳴り始めた私の足音。その音からして、私は革靴を履いているらしい。


 コト、コト。


 静寂な空間に私の靴が地面を叩く音だけが大きく響く。今のところ探索は上手くいっているといってもいい。今までに踏破したところまでで集めた情報から、この場所がコの字型の通路のような地形をしているのではないかと一応であるが予想が立てられたから。


 何一つ分からないということが最も恐ろしい。だからこそ、何か分かることが増える度に、得体の知れない不安というのは薄れるものだ。とはいえ、体力と気力の消耗が予想以上に激しい。このコの字の暗闇の中に数十時間はいるように感じているからだろうか。


 だが、どれだけ疲労しようと、こんな場所で眠るなんて、私には耐えられない……。今のところ喉の渇きや腹の飢えは発生していないが、出始めたらもう収まらない。


 確実に、発狂する……。


 今すぐ泣き叫びたい、という衝動を抑えようとして、私は思いっきり壁を殴り始めた。こんな場所で発狂すれば、何重にも反響する自身の声で、もう、戻ってこれなくなるのが目に見えていたから。


 ゴゥ、ゴゥ、ゴゥ――――。


 石のように硬いその壁を何度強く殴ろうとも、痛み含め、拳に一切の反動はない……。






 私は嘆きと焦燥を含んだ吐息をあげながら、両手と足先を使って地形を必死に探索を続けた。その結果、今私の目の前には下へと続く、深さの分からない穴が存在していることが分かった。


 穴を越えた先は壁。つまり、行き止まり。私の初期位置はコの字型の通路の左上角部分であり、今私がいる位置はその通路の左下角部分の手前にある穴の前。


 地形の推測は当たっていた。この、私の体がすっぽり収まる程度の径の下への穴以外、先に進む道が無いらしいこと以外は……。


 穴の強度はそう弱いものではないらしく、突発的に空いたものではないことは確か。私は両足を穴の中に下ろして穴の淵に座って考え込む。


 進むしかない。だが……、それは唯の自殺に成り得る。穴から飛び降りるに足る、それが自殺にならないという根拠があれば……。


 そのために必要な情報は、二つ。


 一つは、穴の深さ。もう一つは、穴の下の地面の状態。それらがそろって初めて、飛び降りるかどうかの判断を下すことができる。


 だが、どうやって探る?


 視覚は使えない、もしくは無い。手足での地形把握ができたのだから触覚はある。靴が地面を蹴る音が聞こえることから聴覚もある。意識すると感じる汗臭さから嗅覚もある。


 とはいえ、打てる手はあるのか……?


 それに気付いて、私の体は芯から冷えていく。この通路と同じように、行き詰った。とうとう思考の展開が止まった。気を紛らわせるために、私は足をばたつかせる。


 コト、コト、コト。


 靴が地面と衝突する音が響く。革靴だけあって、よく響く。その音を聞いているうちに、ふとある考えが頭をよぎる。


 靴。


 音を立てる靴。これを穴に落とす。耳を澄まし、靴が穴の向こうの地面を叩く音が何秒後になるかで高さを判断。どのような音がするかで地面の堅さも分かる。下は泥沼でした、なんてことも判別可能。


 これだ!


 その頭に走った熱い衝撃に従い、私は勢いよく、両足を穴の上へと上げた。






 まずは、穴に靴を落す前に、その靴が実際どの程度の速さで落ちるのか検証しなくてはならない。私は両足を地面に上げて、右足の靴を脱いだ。そして、立ち上がり、念のために穴から十分に離れて、天井の高さまで掲げて、落とす。


 ゴォーン。


 天井から足元まで、約1秒。思っていたよりも結構大きな音がした。これなら、地面が多少柔らかかったり、そこにあるのが地面ではなく、水などの液体であってもおそらく分かるだろう。


 次に、出た結果毎にその後の行動を予め決めておいた。いざ飛び降りることになっても日和ひよらないために。


 そのパターンは四つ。


 一つ目。音が返ってこなかった、もしくは、返ってくるまでの秒数が10秒以上。この場合は、進まない、絶対に。たとえ強いえやのどの渇きに襲われたとしても。それでも進むということは、もう唯の自殺でしかない。


 二つ目。液体に当たった音がした。この場合は、危険を承知で進む。これ以上リスクを軽減する方法は思いつかないだろうから。


 三つ目。普通の音。なおかつ、返ってくるまでの秒数が5秒未満。この場合は、比較的安心して進むことができる。


 四つ目。普通の音。なおかつ、返ってくるまでの秒数が5秒以上10秒未満。この場合、何か高さによるダメージを軽減する方法を用意するまでは、保留。無理やり下りても、死にはしないが大怪我は確実。もうどうしようもない、となったら無理矢理進む。


 五つ目。恐らく無いだろうが、そのどれにも当てはままらない。この場合は、保留。どうするか再び考える。


 五つ目の選択肢のような保留の目がある地点で日和っている気がするが、今の私にはこれ以上は割り切れない。


 うつ伏せになって、脱いだ靴を床の高さから落下させ、私は耳を澄ませた。祈りなど無駄であると分かってはいるが、高鳴る自身の鼓動の音と共に、神に祈らずにはいられなかった。


 どうか良い方に転びますように、と。






 手を離したと同時に、私は心の中でカウントを始めていた。


 1、2、3、


 その瞬間、


 ゴォッ!


 それは、穴の先から響いてきた、私の靴が地面に衝突して転がった音。


 4秒。


 それが落下までに掛かる推定時間。凡そ、建物一階層分の高さといったところ。着地に失敗しなければ怪我をすることは無い。


 これで全ての不安要素がぬぐえたわけではないが……。


 私は軽く数回屈伸運動して足腰を解す。そして、穴の中に両足を通し、そこに座り込む。そして、大きく息を吸って、口を閉じ、歯をしっかり閉じ合わせた。


 覚悟を決め、生唾なまつばを飲み込む。地面に乗った尻を、横の地面についた両手で浮かせて、前へ。


 宙に体が浮き、私は下へと落ちていった。

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