17.ハウスキーパーの仕事
俺がハウスキーパーとして、働きはじめてから1ヶ月経った。
1ヶ月もハウスキーパーをしていれば、どこに何があって、何が不足しているのかと、屋敷の事は殆どわかるようになった。
そんなんで、何時ものように、シュン達を見送ってから、チモシーに留守を頼み。俺は買い物に出掛けることにした。
今夜は、シュンとバロンの武器防具の修理が終わると言うので、ブリーフィングをする事になっている。
そうは言ってもシュンのことだから『次は××をする事にしたから、明日から××に向かうぜ』で終わりそうな気もするが、意思統一は重要なことだから是非はない。
おおいに話し合って、長期冒険に向かってほしい。そしたら、誰彼に憚ることなく自由な生活が出来る。まぁ現状でも自由っちゃ自由だけどね。
屋敷は端とは言っても、内壁の内側に建っているので安全面には事欠かないし、お金だって屋敷の修繕に××が必要だったと言えば、ほぼ使いたい放題なわけで。と言っても、倹約家ではないが、元から物欲があるわけでもないので今日の様に、本当に必要な物くらいしか買わないけどね。
それでも不満はあるのさ、例を挙げれば風呂が無いこと。確かに水浴び場は有るのだが、日本人的にはやっぱり温かい湯に浸かりたい。だけど王都であっても、そんな風習はないので言い出せない。
なのでシュン達が冒険に出掛けている間に造ってしまおうって魂胆だ。
それと、物作りの作業場を造ろうと考えている。実際は、スキルですべて出来るからスペースは要らないし、道具も火も要らない。でも、ないない尽くしでどうやって造ったのかと調べられたら、きっと錬金術スキルがバレてしまうから、それ相当な設備を造っておきたいのだ。
バレたら晩年の古の錬金術師の様に、使い潰されるに違いないからね。
バレたら楽しくない未来が見えるのに、なぜ作業場を造るのかと言えば、洞窟生活の8年で物作りの魅力に囚われてしまっていたからだ。
作業場が出来たら、一番初めに作りたいのは『頭でっかちんの親玉』って、さんざん笑われてしまった頭部防具の改良だ。
俺の頭のサイズや、衝撃を吸収するために必要な構造は変えられないから、頭が大きいと言う印象は変えられないと思うが『頭でっかちん』の愛称は払拭したい。その為には、デザインを……
そんな事を考えながら買い物をしていると、メイから尾行者の報告が送られてきた。
子スズメ達も、この1ヶ月で600羽を越えていて、調査や監視に割くには過剰になっていたりする。でもこのまま子スズメを放ち続けて『最近スズメが増えたねぇ』とでも、ママ友グループで噂に上り、それを聞き付けた騎士団に調査でもされたら、魔力の塊でしかない疑似生物だとすぐにバレてしまうだろう。そろそろ待機場所を考えなければならない。
ミン、リン、メイのスズメさん達もこの1ヶ月で何度も話し合った結果、取捨選択を理解してくれたので、並列思考にも余裕が出来ていたりするが差し迫った事も無いしバレる要因を増やす必要は無いだろう。
以前、メイから屋敷を監視する者達が居ると報告を受けていた。なので逆監視をしてみたのだが、直接監視をしている者は下っぱの様で、何度も伝言ゲームを繰り返し、最終的に王城に消えていく事がわかった。なので、それ以上の調査はやぶ蛇になりかねないと思い、放置することにしていた。
この1ヶ月、俺だって屋敷から何度も出掛けているのに、一度も尾行されてはいなかったはずだ。でも今日に限って尾行されているなんて、俺のことで何かあったんだろうか。まさか、錬金術スキルを宿していることがバレたとか。
気にはなるけど、だからと言って、こちらから絡む訳にはいかないし、、向こうの出方を待つしかない。
そう考えて買い物を続けていたが、結局何事もなく屋敷にたどり着いてしまった。
「ただいま」
「ん……おかえり」
「何もなかったかい」
「ん……ない」
「そうか、昼はどうするんじゃ」
「ん……サラダ」
「油炒めか湯通しするかの」
「ん……ホクホク」
「承知じゃ」
チモシーと話をしていると、俺もつられて短文になってしまう。
それでも意味が通じるから問題ないけど、何か複雑なことを説明しようとすることがあったらどうなるんだろう。
因みに、ホクホクとは温野菜のことだったりする。王都では、俺が生産できない実の部分も購入できるので、野菜生活は更に向上している。今日の昼は芋をメインにブロッコリーとか温野菜サラダにしよう。ドレッシングは、日持ちしないなんちゃってマヨネーズを使いきることにした。
いつものように、チモシーと殆ど会話のない昼御飯を済ませてから、自室に戻って尾行者のことを考えてみた。
尾行者は、茶色のフード付きマントを深く被っていたので、性別さえ判らない。これが元の世界なら、あまりにも怪しい格好なので、ただちに警察に職質を受けてしまうだろう。でもこの世界では普通に見掛ける格好なので人混みに紛られてしまうと、追跡出来なくなる。子スズメからすれば、人の区別なんてあいまいだろうし、監視と言ってもこの辺りが限界なんだろう。
メイに尾行者の尾行をお願いしていたが、残念なことに見失ってしまったそうだ。
この尾行者も王城がらみなら、勇者の屋敷管理を任された俺の調査をしているだけだと考えられる。それならば気にする必要は無いけど、違う場合は俺を出汁に、シュン達をどうかしようと考えているのかもしれない。
迂闊な行動はしない方が良さそうだ。
午後からはブリーフィングの為に、会議室の清掃を中心に空き部屋の清掃をしていたのだが、珍しく日が沈む前に3人とも帰ってきた。
武器防具の修復が済んで御機嫌だろうと思い「お帰りなさいませじゃ」と、少々茶目っ気を入れて出迎えたのだが……。
「お、おぅ」
「ぬぅ」
「ただいまですますわ」
何やら様子がおかしい。取り合えずリビングに座らせたあと、チモシーを呼びつつジャスミンティを出して話を聞いてみた。
問題は3つ。
先ず、数百年前に古の錬金術師が造ったと言われている、シュンの勇者の剣が修理の限界を迎えたそうだ。
竜のような強敵と全力で殺りあわなければ、当面は大丈夫らしいが、剣の背骨である刀芯にまでダメージがあるので保証は出来ないと言われたらしい。
最上位竜である、魔神の守護竜と殺りあった付けが残っていたってことだ。
因みにシュンの防具、バロンの武器防具は問題なく修復出来たとのこと。
次に、8年前に突如現れて、各地に甚大な被害をもたらした、魔王達が活動を再開したらしい。
当時暴れていた魔王の一部は各国が集った騎士団と冒険者達が、勇者と共に戦い倒すことが出来たが、大半は逃してしまった。それでも各国が協力して魔王を探し、見つけては倒しを繰り返していた。この事が国同士の争いにならなかった理由の一つであるのだが脅威には違いない。
そして半年前くらいにシュン達が28体目を倒した。
当時の調査で50体以上の魔王が居たことが確認されている事を鑑みて、やっと半減させたと言うのが一般常識だったりする。
でも俺は魔王が88体居ることを知っている。なのでこの世界に魔王がまだ60体居るのだが、さすがにその事を話す訳にはいかない。いくら賢者だと思われていても怪しいことこの上ないからだ。
話を戻して、魔王が燐国であるアフロディーテ女王国と、マーズ王国、ヘルメス連合国家に現れ暴れているそうだ。
どの国も燐国であり、落とされでもしたら次はこの国が攻められるかもしれない。
シュン達が向かう地の選択は国が指示することになっているので、その事について悩むことは無いが、シュンの武器のこともあるので、不味い状況であることは間違いない。
そして最後の問題は。
「ワシは行かんぞ」
「そんな事は言わずによう。俺の直感がジンさんを連れていけと言ってるんだ。この通りお願いします」
そう言ってシュンは頭を下げているのだが。
「シュンの直感でも無理な物は無理。ワシが戦える訳がないじゃろう」
「ジン様が直接戦うなんて事はさせません。私とチモシーで守りますから。それに、こんな難局に私ではどうにもなりません。賢者様の知識が必要なんです。お願い致します」
ミリィにお願いされると少し心がなびくが、無理な物は無理。絶対攻撃力1で魑魅魍魎である魔王の1体と対峙するなんて絶対無理だ。
「ぬう、もう少しで何かが掴めそうだ。それがしの訓練に付き合って」
「バロンの訓練の為じゃな。それなら……」
「お。ジンさん着いて来てくれる気になったんか」
「それなら難易度を上げた訓練場を造るだけじゃ。ワシは行かんぞ」
何の話か、もうわかると思うが、最後の問題は俺も魔王退治に付き合えってことだ。
ハウスキーパーの爺が、戦いに付き合わされることは無いと考えて、了承したのに、ものの1ヶ月でひっくり返されてしまった。
こんな事なら、さっさと別れておけば良かったと後悔するけど、俺は諦めないぞ。俺のことは諦めてもらい4人だけで魔王退治に行ってもらうんだ。
そして俺は風呂に入るんだ。水風呂ではない、温かい湯にゆっくり浸かって8年の垢を落とすんだ。いくら説得されても、それが納得の行くような話であっても、俺は諦めない。そう絶対にだ。
日はすっかり沈み、普段夕飯を食べ終える時刻になっても、俺への説得は続けられた。
シュンやミリィ、バロンの説得の言葉も、疲れからか当初の勢いはなくなり、諦めムードが漂ってきている。シュン達は速攻戦を仕掛けていたが、俺は初めから持久戦を狙っていた。
シュン達は色々考えながら言葉を発しないといけないが、俺は何も考えず『行かんぞ』を繰り返しているだけだ。
脳だって使えば使うほど疲労は貯まる。普段脳を使っていなそうなシュンとバロンは、疲労の限界に見える。この面子で一番脳を使っているだろうミリィでさえ、それほど持ちそうに無い。
俺の完璧な作戦勝ちだ。
だがこのまま俺の勝利で終わりそうになった時に、事態は動いた。いや動いてしまった。
「ん……知ってる」
そう当初から我関せずと沈黙を守り続けていたチモシーが、参戦してきたのだ。
そこに説得の言葉を出し尽くしてしまったミリィが、最後のチャンスとばかり乗っかってきた。
「どうしたの? チモシーは何を知っているの」
「ん……秘密」
「もしかしてジン様の秘密かしら」
「秘密……知ってる」
なんだ。俺の秘密ってなんだ。
まさかチモシーも人の心を読んだり、スキルを見ることが出来るのか?
なんせチモシーは良く判らない天魔神族。特殊なスキルを持っていてもおかしくない。
って、駄目だすぐに否定しないと、ここでの沈黙は秘密があると言うことを肯定してしまうだけだ。
「ワシの秘密を知っとるじゃと。ワシには秘密なぞないぞ、見たまんま、ただの爺じゃ」
「秘密……シュン……倒れる。バロン……逆立ち。ミリィ……怒る……みんな笑う」
俺の秘密を話すとシュンが倒れ、バロンが逆立ちしてミリィが怒るけどみんなが笑う? なんの謎かけだ。さすがのミリィも意味がわからないらしい。当然、俺もだが。
みんなが混乱しているさなか、先に我に返ったミリィがチモシーに意味を聞いている。だがチモシーはそれを無視して立ち上がり、俺の隣の席に座り直した。
身長175センチのチモシーに対して、俺は167センチ。立っているときは、俺が見上げる体勢になるのだ。
だが、こうして並んで座ると、ミリィの旋毛が見えるほど俺の方が視線が高くなる。何故かと言えば、座高の高さが圧倒的に違うからだ。
悲しいけど俺は日本人で一般的な、いわゆる胴長短足である。対するチモシーは俺の腰の高さくらいの位置まで足があるのだ。
その結果、身長差8センチが見事に逆転すると言う謎の現象を起こす。
うつむき加減で俺の隣に座ったチモシーを見おろして、俺は敗戦の瀬戸際に立たされていると言うことに気が付いた。
ただの直感だが、このままチモシーの次の攻撃を受けたら、負けてしまう気がしたのだ。
どうにかして逆転の一手を打たなければと、スズメさん達とのリンクを切り、倍速の思考速度で考えたが、チモシーの次の攻撃に対抗する策を、思い付けないまま時間がきてしまった。
チモシーは、産まれてから一度もハサミを入れたことがない様に思えるほど長い髪を伸ばしっぱなしにしている。そのせいで普段はベールに包まれているかのように、表情さえもうかがえない。
スリムで細長い体躯と緑の髪とが相まって、普段は柳の木にしか見えないので、どちらかと言えば不気味に見える、そんなチモシーが。
前髪を掻き分け、小首を傾げながら、見上げてきて、そして笑顔で俺と目を合わせてきた。そして徐々に近づいてくるチモシーの美しく整った顔。
「……」
無言のプレッシャーに負けて俺は、つい地の言葉を発してしまった。
「お、俺に秘密なんてない」
「ん……知ってる」
更に近づいたことによって初めて感じたチモシーの甘い香りのせいなのか、俺はまともな思考が出来ていない。
「何を……知ってるというんだ」
「ん……知ってる」
チモシーの吐息が鼻孔をくすぐる。もう既に俺が少しでも動けば、キス出来てしまう距離だ。それでも、なんとか抵抗する。
「だからと……言って」
「ん……知ってる」
「で、でも」
「ん……知ってる」
ついに俺は、否定の句を告げることが出来なくなっていた。すると。
「ん……知ってた?」
「え? 何を?」
「あたし……ジン……大好き……一緒……行こ」