16.ミン・リン・メイ
夜空に消えていく30羽の子スズメを見送り、俺は窓を閉じた。
かと言って、【疑似生産】スキルの確認をしてから30日経ったわけではなく、あれから数時間しか経っていない。
1日1羽生産の縛りは親スズメだけの様で、子スズメは30羽生産出来た。このまま毎日生産すれば3ヶ月ちょっとで2997羽のフル体制が完成する事になるってことだ。もっと早くスキルの詳細を確認していればと思ったが、もし確認していたら【小鳥遊】スキルだけの1000羽体制で魔神の守護竜と対峙していたに違いなく、3000羽でギリギリだった戦いに勝利することが出来なかっただろう。だからあの8年の歳月は無駄では無かったはず。
それにしても1日に生産出来るのが、子スズメ30羽って事は【小鳥遊3】スキルの影響があるのかもしれない。
まぁ何にしろ、自衛の体制が早く完成することは良いことだ。
そうそう。3羽の親スズメの名前だけど、THEスズメ模様の『ミン』全体的に色が淡い『リン』頬に黒い点が無い『メイ』と名付けた。
そしてミン、リン、メイの親スズメを纏めて呼ぶときは『スズメさん』達と呼ぶことにした。
スズメさん達は、ハンガー掛けに止まって、それぞれ10羽ずつ部下登録した子スズメからの情報を収集している様だ。目を閉じてフサフサに羽を膨らませている姿は、とても癒されると思いながら俺はベットに潜り込んだ。
翌日の朝の目覚めは、最高な気分であった。保留にしていた悩みがひとつ解決したからだ。だが目覚めてすぐに、最悪な気分になってしまった。
何故かと言えば、俺が目覚めたことに気が付いたスズメさん達から、30羽分の情報が纏めて送られてきたからだ。
あまりの情報量に気が遠くなりかけたが【気絶耐性】スキルのおかげで耐えることが出来たので、スズメさん達に待ったを掛けることが出来た。
こんな時に気絶出来ないって事は、脳への負担を止めることが出来ないってことだ。ほんと脳が焼き切れるかと思った。
待ったを掛けられたスズメさん達は、不思議そうな顔をして首を傾げている。そのしぐさを見て癒された俺は頭をリセットして昨日の夜の事を思い出した。
確かに子スズメ達を放つ時に、不審者やおかしなことがあったら教えてくれと指示した。
だが、立ちションしている人が居るとか、酔っぱらいがふらついているとか、酒場で喧嘩とか、軟派イケメンが美女に平手打ちを受けていたとか、男同士で抱き合っていたとか、この屋敷を一晩中監視してたとか、物陰でリバースしていたとか、ミリィが水浴びしているのにシュンが扉を開けてしまい桶を投げつけられたとか、バロンが胸の筋肉をビクビクさせてたとか、チモシーが一晩中風を受けた柳の木のように揺れていたとか、不審でおかしいことばかりだけど、取捨選択くらいしてほしいと思うのは俺のわがままなのか?
俺のように、直接的に戦う力が無いものにとって、情報とは戦う力となるから大事なものだ。それは間違いない。
でも、取捨選択を間違えた情報は無駄どころか危険でさえある。
得た情報に関してスズメさん達と、話し合おう。そう思った時に、あることに気が付いた。
これがそうなら、俺にとって最高の新たな武器となる。それを確める為に【能力閲覧】魔法を使った。
やっぱりあった。けど、これって……
【劣化並列思考3(自力)】
<分割して思考することが出来る。主を除き最大3分割。
※劣化:能力に制限が掛かる
主を除き分割した思考が低下する。主を越えることはない。
※(自力):自力開花
才能無き者が己れの死を賭けて限界まで努力した際に開花した力>
スズメさん達から、大量の情報が纏めて送られてきたのに、理解出来ていた。その事に気が付いて、思考の処理速度が上がるスキルでも得られたのかと思ったが、並列思考だったとは、これはこれで使える事は間違いない。でも劣化版ですか。
例え劣化版だとしても嬉しいと言えば嬉しい。
要するに、俺の思考速度が300だとして、主は除くのだから、並列思考中も俺の思考速度はそのままで、1分割なら単純に思考速度300の俺がもう一人出来るって事だろ。ただ劣化版だから、分割した思考を更に分割すると分割した分、思考速度が落ちるってことは。
2分割すると150になって最大の3分割すると100になるってことだ。
最大3分割って言うのもスズメさん達が、関係しているのだろう。
とにかく基本は変わらず、やれることが増えたのだから問題なし。
だけど、(自力)の説明からすると、スズメさん達に待ったを掛けられなかったら俺って死んでいたのか。
××の才能ってスキルが有ったから、簡単にスキルを得ることが出来たけど、スキルを得るのはたいへんなことなんだと理解した。
その後スズメさん達と情報収集の方向性を話し合った。現状はこんな感じ。
ミンの部隊は、王都周辺の動植物を調査。
リンの部隊は、王都の道と商品の調査。
メイの部隊は、この屋敷の警護を兼ねて監視している奴を監視。
ミンとリンには、俺の生活場所近辺の調査をしてもらい、メイには警護。ゆっくり情報収集してもらえば並列思考で3分割していても処理しきれるだろう。
「サラダ……美味しい」
「チモシー、それはサラダじゃないんじゃ、ホウレン草とコーンのバターソティじゃぞ」
「ジンの料理は昼や夜だと足りねぇが、朝には丁度良いぜ」
「毎食、肉だけもつらいけど、美味しいけど野菜だけって言うのもつらいのよね。やっぱりバランスが大事なのかな」
この1週間朝御飯は5人そろって食べている。
以前はミリィが準備していたらしいが、魔王を倒して勇者と呼ばれるようになってからは、なにかと忙しくなってしまい3食とも外食するようになっていたそうだ。
でも今は俺が料理人だ。独り暮らしのアパート生活と、8年の独り洞窟生活は伊達じゃねえ。野菜過多は否めないが、きっちり3食とも準備している。
だが、昼と夜は俺とチモシー以外、3人はする事があるらしく帰りが遅かったりするので基本外食としてたりするが、それでも早く帰ってくることがあれば、俺が手厚く迎えているのである。
そんな生活を1週間していたが、次の依頼の話しは一切出ないのが気になって遠回しに聞くことにした。
「そう言えば、シュン達の武器防具の修理にどれくらい掛かるんじゃ」
「いつもメンテなら1週間くらいだぜ」
「ぬう、だが今回は損傷が酷いぞ。1ヶ月は掛かると聞いてるぞ」
「なので、修理中はお休みなんですよ。こういう理由が無いと、休む暇もなく次々と無理難題な依頼を押し付けられてしまうからたいへんなんです」
「なるほど。勇者稼業もたいへんじゃのう。じゃが、その間の武器防具はどうしとるんじゃ。依頼を受けないとはいえ、丸腰じゃ不用心なんじゃないかのう」
「ぬう、それがしの武器防具は、この肉体ぞ」
朝飯の最中だと言うのにバロンが筋肉を見せつけるようにアピールポーズをしている。
「俺は、一応持ってるぜ。予備の武器っちゅうか、ショートソードだけどな」
「基本的に王都では、抜刀は禁じられているのよ。だから滞在中、武器・防具の類いは最小限ですましているわ」
そう言うことなら、俺の武器は、ただの棒(自称ミスリル製だが)だから、携帯していても何も問題はないんだな。武器はまだしも防具はどうだろう。気になるし聞いてみるか。
「ところでワシのヘルメットは、シュン達から見ておかしいかの」
他の防具は上着の下に着るタイプだから目立たないし問題ないだろう。でも、フルフェイス型の頭部防具であるヘルメットは、装備している者を見たことがない。目立つ様なら作り直す必要がある。そう考えての質問だったのだが。
「いや、じぃさ、いやジンさんのは格好いいと思うぜ。おかしくなんか……まったくないぜ。なぁミリィ」
「そ、そうね。頭でっ……じゃなくて防御力に優れた防具にしか見えないしね。おかしくなんか……ないわよ」
なんだか間がおかしいような気がするけど、おかしくはないのかな。でもやっぱり気になる。ここは言葉は少ないが、はっきり言うチモシーに聞いてみた方がいいか。
「チモシーから見てもおかしくないかの」
「おかしい……わからない……でも……頭でかい。おもしろい」
「ぬう。シュンとミリィが言葉を濁したところだが、それがしもそう思うぞ。浴衣と言ったかな、その服と相まって背後から見たら、頭でっかちんの親玉にしか見えぬからな」
「バロンさん、ダメですよ。ジン様の事を頭でっかちんのお、親玉っなんちぇったら」
ミリィはカミながらもそう言ったあと、俺に背中を向けた。でも、その肩は震えている。
はいはい。わかりました、やっぱおかしかったんだね。シュンなんて腹を抱えて『親玉』って連呼してるしね。
因みに『頭でっかちん』とは、体長30センチ程の異様に頭の大きな天物である。マントの様な皮膚を持ち、風に流されフラフラ飛んで移動する。天気の良い日は頭が上だが、雨が降るとマントの様な部分を上にして雨水を飲んでいるらしい。だが障害物に当たるだけで死んでしまう程弱いので、その生体は不明である。
尚、物干し竿に引っ掛かり他の洗濯物を汚すので、主婦からは嫌われている。
確かに、フルフェイスのヘルメットはでかいさ、でも俺の顔って言うか頭の大きさが、シュン達の倍くらい大きいのだから、基本サイズが大きくなるし、衝撃を吸収するための緩衝材も入れてあるんだから、その分でかくなるってもんだ。
でもその結果、見た目がてるてる坊主っぽい天物だと。子供が棒を振り回しただけで塵になってしまうくらい弱い生き物だと。
まぁ。それはそれで良いか。俺って実際弱いし。下手に強そうに見られるより、弱そうに見られている方が、なにかと都合も良さそうだしね。
でも、王都にいる間は、フルフェイスなんて必要ないだろうし、別の物を考えますか。
そう心の折り合いを付けてから、シュン達に別の話題を振ろうとしたが、三人はもう出掛けなければならないと言う。
雑談の続きはまた明日だ。今日もハウスキーパーの仕事をまっとうしよう。