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こちらは本編三章~四章辺りに関連するお話。
本編では気の毒な出番しかなかったブルーの兄上が出てきます。
当作中に出てくる2種族の読みは、
雪兎族:ゆきと 夜兎族:やと になります。
ルビだと環境によって見づらいらしいので、前書きにて('-'*
うちの兄貴は、いわゆる“何でも屋”だ。
と言っても、あくまで冒険者としての能力を活かしたそれであって、例えば迷子探しとか探偵めいた仕事を請け負う訳じゃない。攻撃・補助魔法に剣技と小器用にこなす兄貴の下には、結構難しめの依頼がステラ内外からやって来る為、最近では俺も時々、その助手めいた事をしている。
そんな境遇だから、大抵の事には驚かない自信はある。だが、流石に……これは予想外だった。
よもや、ひと月ぶり位に帰ってきた兄貴が ―― 「兎を拾ってきました☆」なんて展開は。
「いや、だってさ。町の外壁辺りでいかにも中に入りたそうにうろうろしてたから……何だか結構困ってそうだったしね。だからゆっくり家で話を聞いてみようかと」
呑気に言うが……兄貴の連れ込んだ“兎”は、どう見ても只者じゃない。俺の記憶が確かなら、こいつの種族はかなり魔法に長けた一族だ、下手に暴れ出したらステラ上層部から、こいつを連れ込んだ責を問われかねない事態に発展するだろう。
だが、そうした懸念を説いても兄貴の呑気度に変化が見られる訳ではなかった。
「まぁ、敵意はなさそうだし大丈夫さ。と言うか、あの子ステラへは何らかの依頼に来たみたいだからね。それ自体に嘘の気配もなさそうだったぞ? ひとまず話を聞いてみようじゃないか」
「……仮にも魔法種族の“雪兎族”が人間に依頼? その時点で、厄介度Maxとしか予想できないのは俺だけか? 兄貴……」
でも、溜息なんかついてみせた所で既にどうにもならないだろうな……と言う事も予想できてしまうのが悲しい。止むを得ず兄貴と共に、居間のテーブルで依頼人にしちゃ妙にお気楽な気配を漂わせつつ野菜スティックなんぞ食べている子供の所へと移動した。―― そう、子供。どこぞの魔法塔の管理人を彷彿とさせる白っぽい髪に銀の瞳の……但し、その髪の間からにょきっと2本、見事なウサ耳を生やした子供だ。
「やぁ、お待たせ。どうかな、人里の野菜の味は」
「ん~。思ったよりはいける感じ?」
「はは、そりゃ良かった。―― あぁ、まず改めて自己紹介からかな。おれはレッド、こっちはおれの弟で時々仕事の手伝いもしてるブルーだ、宜しく。さて……じゃ詳しい話を聞かせてもらえるかい?」
そう促された子供は、齧りかけのセロリをぽいっと口へ放り込み……少しの間もぐもぐした後。
「―― まさかステラに来ていきなり、本命に会えるとはねー。どうせなら有名どころに依頼したいじゃない? 何しろすっごい困った話なんだからさ。ボクは見ての通りの雪兎族、名前はミール。頼みってのは……雪兎族の宿敵とも言える“夜兎族”の呪いを何とかして欲しいって事なんだ」
「夜兎族の?」
その名が出た瞬間、あ~やっぱり厄介度が半端なさそうだ……と、早くもうんざりしてしまう。こっちの心境を知ってか知らずか、問い返す兄貴の声音は普段通りだが。
「確かに君達は、事ある毎に争ってる間柄な種族だとは知ってるけど ―― 夜兎族が『攻撃・呪詛の魔力に長けた一族』なのに対して、君の種族は『防御・浄めの魔力に長けた一族』じゃなかったか? それ故にこの2種族間の紛争はずっと硬直状態とも言える感じだったと記憶してるんだが」
「うん、ちょっと前までは確かにそんな感じで拮抗してたんだよねー。そもそも争いっても、仕掛けてくるのはいっつもアイツらの方だ。ボクらはそれを防御・追い返すってやり方で里を守って来たんだけどさ~……数年前、夜兎族の王が替わった辺りからパワーバランスが崩れ出して……で、今回アイツらは卑怯にも、ボクらの一番大事な魔法作物・『山人参』に強烈な呪いをかけてきたんだよねー」
「山人参って確か……煎じたり乾燥させて粉末にしたものが、大概の病の薬の調合時に使われる万能薬って感じの作物だったよな?」
今度は俺が思わず訊ねる。それ単独でもかなりの病の特効薬となる、正に“夢の薬草”と言える植物 ―― 故に市場では結構な値段で取引される一品だ。これは雪兎族が世に誇る魔法作物と言って良いし、彼らの重要な資金源でもある筈で……だがそうした植物だけに多少の呪い程度は、畑で生育中であれば撥ね退ける力さえ備えていると思ったが。
「うん。確かに今まではアイツらがちょっかい出してきても、ボクらの防衛もあったけど、山人参自体の力で呪いを撥ね返す事は出来てた。けど、今度アイツらの王になった女は、その呪力が途方も無いんだ。連中に言わせりゃ、史上最強の女王らしい。実際、今回の呪いはボクらの長でさえ解呪出来ない代物で……お陰で今、山人参は本来の効力と真逆の成分を宿しちゃってる。つまり口に入れたら最後コロッと逝っちゃう様な毒草に化けちゃってるんだ」
「そりゃとんでもないな。確かにそれを放置しておいたら、やがて各地で薬が足らなくなって多くの病人が困る事になる。事は君達の争いってだけじゃ済まない話に発展するね」
「そうなんだ。だから……レッドさんだっけ? この依頼、ぜひ受けてよ。ボクらは夜兎族とは違う、ちゃんとお礼はするからさ」
「いや、報酬がどうのって話じゃなく……これは危険すぎるぞ兄貴。良く考えた方がいい」
呪術ってのは、戦闘ならドレインなどが有名だが、魔法より遥かに「かわし難い」のが特徴だ。発動までに魔法よりは手間がかかる術も多いが、一旦発動すればその特性故にまず確実に相手に決まる。もしその女王とやらが即死系の術でも持っていた日には、下手に首を突っ込んだ時点で葬式の準備が必須になってしまうじゃないか ―― この子供や雪兎族には悪いかも知れないが、俺的には兄貴の身の安全の方が優先度は上だ、出来ればこの話は断ってもらいたい。
が、俺のそんな気配を察したか、目の前の子供が銀の瞳をきらりと光らせ、髪より白いウサ耳をやたら振りつつ怒った声と顔になり。
「あんたは、ただの助手だろ? 依頼を選り好みする様な権利まで持ってる訳? て言うか、こんなか弱い兎が困ってるってのに冷淡なヤツだなっ。そんな奴には“今の山人参”で作ったキャロットケーキを無理やり口に押し込んでやるっ!」
「そんな脅迫する様な兎のどこが『か弱い』んだ、どこがっ! 何かむかつくから、もう絶対断ってやるこの話っ」
「うわ、なんて冷酷非道な人非人だっ。こんなか弱くって可愛くっていたいけな仔兎をいじめるなんて、性格悪すぎてモテないぞお前!」
「お前な……幾ら子供だからって、男が自分を“可愛い”とか言うな気色悪い!!」
と、急にウサ耳の口がぴたりと止まった。流石に反省したのか? と思った次の瞬間……。
「お前の目は節穴かぁぁぁぁぁっ!!!!」
そんな絶叫が聞こえたのは ―― チビっ子の割に異常な勢いと威力の回し蹴りのせいで背中から壁に激突したのと、多分同時だった。
「―― なっ……何をするか、この暴力兎!!」
「目が腐ってるバカにはいいお仕置きだろ! このボクのどこが男だ、ボクは立派な女だ女!! ついでに人の名前くらいちゃんと覚えろ無能助手っ! ボクの名は兎じゃない、ミールだミール!」
「……は?」
これが ―― この言葉遣いと性格、怪力な蹴りの持ち主が女の子?? とても信じられんっ。
まぁ……言われてみれば声は高めだ、線も細い。しかし……中途な長さの髪、どっちとも取れる意匠の服、それに何だかきりっとした系の顔。やっぱり信じ難いものがあるとしか……。
「……あはは、うん決めた。お前には“この先一生、女の子との縁が出来ない”て呪いをかけてやるっ! かけなくても出来なそうだけどなっ」
「待たんか! お前、実は夜兎族じゃないかそれ!? 雪兎族が何で呪術を使うんだっ!」
「敵を退けるにはまず敵の手口を学ぶべきなんだよっ! 戦略くらい理解しろボケ!!」
「ま、まぁまぁ……大丈夫、依頼はちゃんと受けるよミール。だから、ブルーへのその呪いは勘弁してやってくれないか? ただでさえ、ちょっと心配な所があるんだからさ実際」
ウサ耳子供との口撃戦がどんどん加熱していく中、見かねた様な兄貴の仲裁が入った事で漸く、チビっ子の態度が軟化した。……兄貴の台詞に何だか引っかかる部分があったのは、この際だから気のせいって事にしておこう。
「おー、ありがとっ。やっぱ有名どころだけあって話も解るねっ。……何しろ夜兎族の女王だ、普通に話し合いで解決するとも思えないし多分戦闘になりそうだけど。レッドさんなら勝てるって信じてるよ! ―― アイツらの里までは結構遠いからね、コレあげる。じゃ、宜しく!」
現金な事に口調からして大分変ったチビっ子はそう言うと、何か小さなものを兄貴に手渡し、用は済んだとばかりにさっさと外へ出ていった。あの分だと報酬は後払いって感じか……中々に強かな面もあるじゃないか。
「やれやれ……結局苦労する羽目になったな。ま、今のは少しばかり俺も悪いか。ごめん兄貴」
「まぁいいさ。どの道放ってもおけない話だったからね ―― へぇ、これ“疾風の羽”じゃないか。ちゃんと1往復分くれる辺りは親切だな、あの子」
その言葉に兄貴の手を覗き込む。そこには淡い空色に発光する、ふんわりとした羽が2枚。
“疾風の羽”は、ペレグリヌスという「一日千里を飛ぶのも可能」なタフネス鳥の羽に魔法処理を施した移動用アイテムだ。行き先を強く念じて息を吹きかければ立ち所に、目的地の傍まで瞬間移動できる……が、そのあまりの利便性・ペレグリヌス自体滅多にお目にかかれる鳥ではない、という2点から、購入には下手な武具より余程高い金が要る。
こんな代物を気軽に置いていけるとは、流石は魔法種族の一人だ。……まさか、こいつ自体が依頼報酬なんじゃなかろうな? とも一瞬思ったが、一応、そこまで疑ってかかるのは止めておくか。
「さてと……早速、支度をして出かけようか。あの子も言う通り、戦闘になる事は想定して行った方がいいな。エリクサーもだけど、レストポーションも多めの方が良さそうか」
「解った、じゃ薬は俺が買ってくるよ。他の細々したものは任せた」
或いは大多数の夜兎族との乱闘に発展するかもしれない事態だ、支度は万全にしておかないと厳しい。俺も兄貴も、修得魔法は攻撃系が基本で異常状態を治癒する呪文は苦手と言えるから、一番買い込むべきはそっち系の治療ができるレストポーションだろう ―― 商店街へと向かいつつ、しかし何だか嫌な予感めいたものが胸に湧き起こって来るのは……いや、きっと考えすぎだ。そう言う事に……しておこう。